ナデシコが、軽い足取りで坂を下り、転がっていた手ごろな大きさの岩に腰掛けた。
俺も、手ごろな物を捜してナデシコの前に運び、それに座る。
「……どこから騙してたんだ?」
「どこからや思う?」
笑いながら、俺に聞き返す。小悪魔を連想させる笑み。
ようやく、誰かさんの弟子だと実感が沸いてきた。
「最初だよな」
ナデシコが驚いたような顔をし、まるで心を読もうとするかのように、じっと見つめてきた。
「そこまで気づいとったんやな。やったら、ウチの完敗。
結構自信あってんけどなぁ」
両ひじを膝の上に立て、その上に顔を置く。
演技には本当に自信があったのだろう。本当に残念そうだ。
声の感じもさっきまでとはまるで違う。
さっきまでは丁寧な後輩といった感じだったが、今は『元気いっぱい』という感じで、丁寧さはどこへ行ったのか。
丁寧なのはアルタイル譲りだろうかなんて考えていると「どこで気づいたか教えてくれん?」と、今度はナデシコから聞かれた。
「あの程度で男を押し倒す女性はいないだろ。
そんなのただの男の妄想だ」
ナデシコが黙って頷く。
「腕にくっつくってのも同じだ。それで平気な女性は……これがいないんだよな……。
あとアイリスに気を配ってない。
実際は違っても、男女がパートナーを組んでいたら、普通誤解するだろ?」
ナデシコがその黒真珠のような輝く目で俺をまっすぐに見る。
その視線は、納得できないという事を口より早く俺に伝えていた。
遅れてナデシコの口が開き、
「そんなん、全部例外はあるやん。
男に媚びる女はおるし、色仕掛けってのもある。
無神経やったり、師匠たちから聞いとったら、アイリスには気いつかわんでええ」
確かにそう。だからこそ疑いに過ぎなかった。
あとは少しでも確信できるものがあればいい。
「分かってるんだろ?」
「……あれか……」
ナデシコが手を隣に付き、真上を向く。静かに夕焼け空を眺めた後。
「やっぱし、気絶はやりすぎやったな。
ホンマやったら、避けて飛び続けてんけど……」
「ああ。ランクAが飛んでて、ぶつかるなんてありえないんだ。
そういう検査は絶対にするはずだからな」
戦闘能力は徹底的に測定される。
おそらく敏捷性の項目に入るのだろうが、一番得意なそれでミスする訳が無い。ましてや自分より遅い相手にぶつかるなんて、絶対無い。
そして、ナデシコが気絶すれば俺とアイリスが気兼ねなく話せる。
こいつなりに気を使ってくれたのだろう。
「それより、演技でもよく俺の布団に入る気になったな」
「え!?」
「昨日の夜、わざと遅れて俺の部屋に入ったんだろ?
考えてみればそれ以外ありえないしな」
ナデシコが目をぱちくりさせ、頭をかく。
「え〜〜っとやな……」
顔が赤くなって。ってあれ?
「……ほんまに一本道の林道で迷って、深夜になってしもて……。
ほんで、部屋間違えて……」
さっきまでの元気はどこへ行ったのか、もじもじしながらやや下を見て話す。
目が泳いでいる。
「せやから、騙したんは朝からやねん……それまでは、全然演技もしてなかったしいつもどおりで……」
うつむきながらそう言って、チラッと俺を見る。顔が真っ赤だ。
そんなことより、あれでいつも通りって……。外に出して大丈夫なのか?
「そうや!そんなことより!
なんでアイリスに黙っといてくれるんや?」
…………言いにくいこと聞くなぁ。
「……いい思いしたからな」
最初からこんな事あるはず無いと思ってはいた。
残念ながら全部演技だったが、女性が俺の腕にくっついて、一緒に話して……。
アイリスじゃなかったのだけは残念だったが、楽しかった。
ナデシコも察してくれたようで、苦笑いとため息で済ませてくれた。
「さあ、これが一番重要なことだ。
指示したのは誰だ?俺とアイリスを仲違いさせてなにする気だったんだ!」
「あっ!ちゃうねん!師匠は二人に……!」
ナデシコが慌てて口を押さえる。
「また、リーリアか」
なんとなくそんな予感はあった。リーリアな気がしていたからこそ、騙されたフリをして思いっきり楽しんだ。
大方最後に教えたい事、とやらだったんだろう。
「アルタイル師匠は関係ないで!責めんといてや!」
「分かってるって」
もし知ってたら、絶対ナデシコを来させなかっただろうからな。
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