11 そこでもしもあなたが、あなた自身のそれらの邪悪な発言に対して悔悛の行為を本当に行うつもりなら、もしもあなたがそのことを言うことによって我々を単にあざ笑っているのでないなら、もしもあなたがあなたの心の中では――他人の名誉を毀損することによってあなた自身の品位を落とすほどの――不和や争いの愛好者でないなら、もしもあなたが、見せかけにおいてでなく、善き信仰の内に、あなたが間違っていったことを悔いるなら、このような汚い大冒涜に対してあなたは、来て、告解をしなさい。なぜならそれは、本当に、神に対する冒涜だからである。実際、もしも人が、単なる諸々の被造物について誤って語ることにで度を過ごすだけなら、それは、それほど忌まわしい罪にはならない――特に彼が、あなたが言うように、冒涜という明確な意図を持ってそれをするでなく、神の義を擁護したいという熱意においてそれをするならば。しかし、あなたの口を天に対して上げることは、重大な罪である。至高者に対して暴言と冒涜を話すことは、死に値する。我々は、癒しがたいことに対して、哀悼の辞を送ろう。実際、重い皮膚病をもっており、外観と生命との両方において危機に瀕している人の誰が、自分の足に小さなささくれができたぐらいで、あるいは、簡単に直せる自分自身の指で作ったかすり傷がまだ癒されていないぐらいで、大声で不平を述べるだろうか。

 

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