Bigrun北海道1988

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もう、旅の相棒の単車とは長い付き合いだ。
プレスライダーのバイトでもこいつと一緒に働いた。YAMAHA SRX4。
ビッグシングルって言われる単気筒。

排気音が、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ って鳴る、人の心臓の鼓動に良く似た音だ。
よく東京の副都心、人気の消えた真夜中の高層ビルの谷間で信号待ちをしている時など、
自分の鼓動と、バイクの振動がピタリとシンクロして、
妙にいとおしく感じて訳も無く泪がにじむようなこともあった。

かなりナルシストみたいだけど、バイクには、車には無い乗る、
乗られる両方に一体感が生まれる、一体感がなければうまく走れない。
黒塗りの艶やかな、女性の体を連想させるゆるやかなライン。
俺に一番近いパーツの一つガソリンタンクだ。

少し眼を上に移すとアルミパネルにはめ込まれたスピードメーター、
タコメーター。暗闇ではほんのり暖かなオレンジ色の数字が白いメーターパネルに浮かんでいる。
180Kmまで刻まれたメーターだけど120Kmを超えたあたりから加速は急に鈍くなる。
高原を走っていても空気の薄さでキャブの調子が悪くなる。単気筒の宿命である。
でも常用域ではいたって快感だ。

ドッ、ドッ、ドッと鼓動が響くたびにアスファルトをグイグイ手繰り寄せるようなトルクに乗った走りだ。
今夜、こいつと憧れの大地、あの松山千春の愛した北海道に旅立つ。
資金はこいつと稼いだ。後はなにも心配ない。リヤシートに積んだバッグの中にも長年の連れ合いのコンロ、
マグカップ、テント、全部入れた。タンクのうえには地図、カメラを入れたタンクバッグ。
茗荷谷のアパートの裸電球の明かりを消す。
これからしばらくは主のいない空間。冷蔵庫も中はカラッポだ。
もっとも、今までも氷とビールぐらいしか入ってなかったか。

さあ、出発だ!おっとその前に儀式がある。
俺のバイクにはセルモーターが無い。軽量、スリムが身上のバイクだ。
余分なものは付いてない。

カコカコ。左のつま先でニュートラルを確かめる。キイを差込み2段ひねる。
パネルにグリーンのニュートラルランプが点灯する。
車体右側のクランクケースから出たキックペダルを外側に向かって起す。
右足で上死点を探りピストンを一番上に移す。慣れた作業だ。
当たりがついたところで一気に蹴りおろす。
軽い女性では物理的に蹴り降ろせない重さだ。

「ドドドルーン、ドッ、ドッ、ドッ」一発始動。頼りにしているぜ。
今夜中に山形県の金山町まで走らなければならない。
そこで行われているオフロードレースに参加している飯島と合流するためだ。
駅前の大通り春日通を東に走り始める。まだチョークは半分開いている。
エンジンが温まるまでゆっくりと流しながら東京の街にさよならを告げる。
股下のチョークを戻した。

昭和通りに突き当たったところで左折。東京上野、バイクショップが両脇に立ち並ぶ産業道路だ。
しかし今はどの店もシャッターが閉まっていてやってる店は一つも無い。
ふっとスペアのブレーキレバーはどこに仕舞ったっけ?と思いが浮かぶ。
東京をぬけると、昭和通りは、水戸街道と名前を変え真っ直ぐ北上する。
国道4号線だ。

めっきり交通量の減った国道を俺とSRXは北に向かう。
北の大地はまだ遠い。

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