TAEYEON 〜Forever〜
(I wanna dream with・・)
第50話「終わりのはじまり」
数日後
某テレビ局
歌番組の収録の為にここを訪れていた少女時代はスタジオでのリハーサルを終え、少しの間その場でスタッフ、出演者と談笑していた。
普段そういう会話はあまりしないテヨンは少しぼんやりとした間を作った後、控え室に戻ろうと歩き始めた。
いろんな事が目まぐるしく過ぎて行く中 特に最近は独りでいることは避けていたのだが、この時テヨンはそれも気にすることなく…ただなんとなく独り、歩いていた。今日がその日だという事もすっかり忘れて。
少し暗い廊下で数人のスタッフと挨拶を交わすテヨン。最後の一人と言葉をかわすとそれだけでも疲れたというように、彼女は息をついた。
「はぁ…。」
ふと前を見る。するともう一人、誰だろう奥からこちらに歩いてくる一つの影。背の高い…男。
(さん?)
なんの疑いもなくそう思ったテヨンは少し戻った気持ちと共に歩幅を広げて足を進めた。だがそうしてから直ぐ、それは待ち人とは到底違う事に気付き足を止める。近づいて来た男は同じリズムで歩を進めた後、当然のように彼女の前で立ち止まった。
同時にテヨンは思い出す。今日が共演の日だったと。独りで歩くのでは、なかったと。
そこには今最も会ってはならない危険人物が、一人静かに立っていた。…相変わらずの冷たい瞳で。
「J…。」
誰かここに来て欲しい。メンバーは?スタッフは?
テヨンは真っ先にそう思い小さく後ろを振り返る。
しかしそこには誰も居らず、悲しい事にそれが訪れる気配すら無い。いや、そんな気配などもしかして、この男が全て消し去っているのではと、テヨンはそう感じるほどだった。それほどまでの不気味な、殺気にも似たプレッシャー。
彼女は身構える。何をどうしても敵うわけがない男の前で。
だが男はこの時、テヨンが想定していたものとはまるで違う行動を取る。彼は小さく一つ息を吸うと、以前より少し伸びたシルバーの髪を揺らしながら、テヨンに向かい静かに頭を下げたのだ。
「え…。」
疑問符にも似た声を小さくあげると、テヨンは半歩だけ後ろに下がる。
やがてJは顔を上げ、何事も無かったようにその場を後にした。
それが謝罪の意味なのかというとそうでは無く、単に会釈である事はすぐに判断できた。だがそんな事をする事自体、あの男に関しては想定出来ない。
ぬぐいきれ無い不気味な感覚に襲われながら、テヨンはこの日の収録を…終えた。
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"Jの様子がおかしい"
テヨンがその話を聞いたのは翌日の午後だった。
楽屋に入るなり直ぐにテヨンの側に歩いてきたサニーは彼女の手を取り椅子に居座らせてから、テヨンにしか聞こえないくらいの声で話し始める。
「聞いたんだけど、アイツ。J。最近、全くダメらしいわよ。」
「え、ダメって?どういう事?」
サニーの予想に反して、テヨンは意外にも大きめの声色で聞き返す。
それに安心したのか、サニーは前屈みの体を起こして声を通した。
「覇気が無いって言うか、やる気が無い?誰に何を言われても特に返す事も無く、っボーーっとしてるんだって。」
「あぁ…、そうなんだ。」
一瞬昨日の情景が頭をかすめる。
そういう風に聞けばあれは確かに、覇気の無さとも取れる行動だった。
その様子をもう少し細かく思い出そうとした矢先にサニーが言葉を続ける。
「何だろうね、気持ち悪い。ま、元々気味の悪い奴だったけど…アレかな?殺人未遂のプレッシャーにやられたのかな?それとも単に失恋の傷心に打ちのめされてるのか……。」
「……さあ。どうだろ…。」
どちらでもいいからその話は止めたい。
テヨンはそう思いながら宙に浮いた返事をした。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、サニーは少しすまなさそうな顔をすると立ち上がり、気持ちを切り替えたようにその話題を収束させた。
「多分これで終わりなんだよ、この事は。きっとそう。…きっとね。」
テヨンは軽くサニーを見上げると、少しだけ明るく微笑んだ。
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テヨンがようやく
に会えたのは、翌日の夕方だった。
"テヨンさんお疲れ様でした!今日はさらにいい笑顔でしたね。ステキでしたよ!"
スタッフの言葉に明るい笑みを浮かべたテヨンは足速に控え室に向かい荷物をまとめる。なかなかカバンに入らない化粧ポーチを最後に無理矢理押し込むと、少し太ったそれを肩に下げ廊下を歩く。
いい笑顔。
確かに今日は、いい笑顔だったのかも知れない。
それは午後にもらった
からの電話。
夜に食事でもどうかと…そんな丁寧な誘いは実質初めての事。
テヨンは悪い事など全て忘れて、スタジオの外に出た。
「
さん!!」
数十メートル先の駐車場に彼を見つけたテヨンは、人目を気にせず大声で
の名を呼ぶ。
その声の方向に向き直り一度ヤレヤレといった表情を見せた後、
は綺麗に微笑んだ。
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「Jがおかしい?」
地元の人間しか知らない程の小さなイタリア料理店。
人目につきにくい奥のブースで、
が向かいに座るテヨンからそれを聞いたのは少しワインが進んでからだった。
「そう。私とすれ違った時も、なんか変に丁寧に会釈してそのまま行っちゃったし。ソニが聞いた話だと、仕事に関してもやる気がある様子じゃないんだって。覇気が無いっていうか、不気味な感じ。」
まるで他人事のように話すテヨンは少しワインが回ったのか、時折目を閉じる様な仕草を見せては小さく息をつく。
「まあ…、不気味なのは前からだけど、そうなんだ。…それは、遂にキムテヨンを諦めたって事か?」
「わかんないけど……。もう止めましょう、この話は。料理がマズくなるわ。」
さっきよりも大きめな息を一つつくと、テヨンは鼻にシワを寄せながら両肩をすぼめた。
「コラコラ、誰が始めた話なんだ笑。」
がナイフとフォークを持ったまま大袈裟に身を乗り出すと、テヨンは全て忘れたとばかりにパスタを頬張りながら微笑んだ。
小さなフロアに置かれた小さなピアノから上機嫌なイタリア人店主の演奏が始まる頃、二人は一通りの食事を済ますとゆったりと静かな時間を過ごしていた。
取り立てて特別でない会話と、いたって静かな時間。だけど今それが、それこそが自分には大切な瞬間なんだと…テヨンは心から感じていた。
グラスに1/3ほど残ったワインを少しだけ口に含むと、それを静かにテーブルに戻しテヨンは目を閉じる。そしていつにも増して豊かな香りの葡萄酒をたしなんだ後、彼女は上目遣いに少し口を尖らせて
に問いかけた。
「今日は…どうして?」
「え?」
急な質問に手に取ったワイングラスを宙に浮かせたまま、
は落ち着いた雰囲気で首を傾げる。
テヨンは少し口を開いたまま目を泳がせるともう一度
の顔を見た。
「こんな風に誘ってもらったの……初めてだから……。」
「あぁ、それはホラ…この前見事にフラれたから、ちゃんとリベンジしないとってね。笑」
は何故かテヨンを直視出来ずに頬杖をつきながら斜め右を見上げる。
その返事にテヨンは静かに息を吐きながら、見守る様な優しい目で
を見た。
「ウソばっかり。」
「…?」
頬杖をついた手から少し顔を離して、
は少しだけ驚いた目でテヨンを見る。
テヨンは一つ息をついて小さく微笑むと、
と同じ手で同じ様に頬杖をつく。
「無理してる。悩んでるんでしょ?」
「え?」
思った以上にストレートな言葉。
はその言葉に思わず笑みを浮かべると、テヨンに顔を近づけながら再び頬杖をついた。
同じ様なポーズをした二人が少し滑稽に見える中、
は穏やかに返事を返す。
「無いよ。悩みなんて。…正確に言うともう、無くなった。今は、…心穏やかなもんだ。」
「じゃあやっぱり、何か…?あったんだ。」
それに一呼吸だけ置いて、
は答えた。
「あーー、業務上のこと…。でももう解決した。オッサンにも話したしもう、考えることは無い。何も。」
「そうなの?……でも
さんこの所ずっと元気無かったし私、ぁ…皆んな、心配してたんだよ。」
別に言い直す必要など無かったかな…。
テヨンは一瞬そう思ったが、すでにその思考に勝るようにして次の質問が口をついて出る。
「じゃあどうして??」
「え?」
「どうして誘ってくれたの?」
テヨンは頬づえをついたまま少し身を乗り出す。
「ああー……、」
はテヨンの目を見て少しだけ口を開き何かを言おうとする。が、その先が今は…出てこない。
テヨンは答えを待ちながら、
を見つめたまま一度だけ小さく首をかしげる。本人に意識は無いが…極めて可愛らしく。
その仕草を見て
は降参とばかりに軽く笑うと、目を閉じながら下を向いた。
「いや……実は伝えたい事があったんだけど。またにするよ。」
「え?……伝えたい…事?」
テヨンは支えた手から顔を上げると、少し目を大きくしてもう一度小さく首をかしげた。
「そう。……でも、今日は無理だ。ってか…無理だ。」
「えー、ナニヨそれ〜!気になるわ、こないだからそんなのばっかりだし。白状しなさい
!」
テヨンは腕を伸ばすと人差し指を
に向け小さく笑う。
きっと彼は…、
はきっとまた何か、気取ったジョークでも言ってはぐらかすのだろう。
テヨンは伸ばした人差し指を、呪文でもかけるようにゆっくりと回しながら思った。
しかしこの時彼の…、
の反応はテヨンが思うそれとは、随分と違ったものだった。
は向けられた人差し指を静かに包むように手を伸ばすと、そのままテヨンの手を優しく握りしめたのだ。
(え…?)
少し目を細めて、
はその手に気持ちを込めるようにしてテヨンを見つめた。
「ダメだなオレは…。君の前じゃ言うべき事も、言えなくなっちまう…。」
キョトンとしたテヨンを見つめるその瞳に気のせいだろうか、うっすらと涙が…見えた気がした。
「
さん……?」
そして
はその瞳のまま、優しい笑顔のままもう一度…テヨンの手を握った。
「大丈夫……。君達は、大丈夫だから。」
「
……さん…?」
テヨンはその意味など全くわかるわけもなくただ、
の優しい目をずっと…見つめていた。
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すっかり深夜に近い時間帯。
綺麗に並ぶ庭園灯が高級な雰囲気を醸し出す中、真っ白のスポーツカーから降りたテヨンは運転席に向かって手を振った。
落ち着いた笑顔で一度だけそれに応えた
は、最後に軽く片方の口角を上げると前を向き走り去った。
赤く光るテールランプを見つめながら、テヨンは少し寂しそうに唇を噛む。そしてそれが見えなくなった後そっと、空を見上げた。
「はぁ……。」
空気が澄んでいるのか、いつも見えるオリオン座が一際近くに見える。
"ダメだなオレは……。君の前じゃ言うべき事も、言えなくなっちまう…"
テヨンはふと今夜の事、
の言葉を思い出した。
「言うべき事……。伝えたい…事。」
エントランスへと向かう庭園灯の光の中、しばらく空を見上げるテヨン。
だがその思考がとある方向に向かい出すと彼女は目線を戻してから、はにかむように小さく笑い始めた。
「え、…いや、まさか、
さんそういうアレで、…だったら、どうしよ、ワタシ、、」 (でゅふ)
止まらない照れ笑い。自然と両手が乙女のポーズをとる。
「何キモいポーズ取ってんのよ。(苦)」
「ぇ、あ!ソニぁ!!!?え、いつから?」
缶コーヒーを片手に真横からイタそうな顔を覗かせるサニーの顔を一度見た後、テヨンは直ぐに目を逸らす。
「ダーリン←に手を振ってる辺りから。」
「ダ!?、ちょ!それ、そんなアレじゃないわよ!ちょっと、送って貰っただけだし、」
テヨンは視線を逸らしたまま片手で少しだけ頬を仰いだ。
「ふうん。じゃご飯まだでしょ?なんか食べる?」
「あ…、あぁ…、それは、………。」
「食べてきたんでしょ。イイじゃん別に笑。それくらい普通にしてたら。隠すような事じゃないでしょうに。」
「あ、……はい。」
「で、
さん何だって?」
「え!?」
思わぬ質問に、テヨンは少し動揺しながらサニーを見る。
「え!?← じゃないわよ。何か言われたんでしょ。白状しなさい笑。」
「そ……それは…、」
テヨンは軽く唇を噛みながら下を向く。
「え?ホントに言われたの!?ウソ!?ナニヨ?ナニ?」
思わず身を乗り出すサニー。テヨンは彼女のコーヒーが溢れそうになるのを慌てて支えると少し落ち着いたのか、一呼吸置いてからそれに答えた。
「何も言われてないわ、ただ……。」
「ただ?」
「言えないって…。」
「は?」
サニーは理解不能を絵に描いたような顔をして口を開ける。
「言いたい事があるけど、言えないって。そう言われたの。」
「え、それってアレでしょ、アイラヴユーじゃないの?きっとそうだよ、良かったジャン!」
意図的にヴの発音をネイティブっぽく言いながらサニーは微笑んだ。
テヨンは少し下を向いて唇を尖らせながら小さな声で答える。
「そりゃそれだったら……、」
「え?」
サニーはワザとらしく耳に手を当てニヤリと笑う。
「そりゃそれだったら!嬉しいけど………、」
「フフフ、ようやく素直になったわね笑。」
しまった、っという顔でテヨンは照れながら顔を隠すように横を向く。だがその後すぐに表情を戻し一つ息をつくと、テヨンは再びぼんやりと夜空を見上げた。
「でも…そういうのじゃないよ……。そういうのじゃ……。」
笑顔を素に戻すとサニーはじっと、少し遠くを見るような目でテヨンを見つめた。
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二日後
収録スタジオ
この日テヨンは、リハーサルを終え空き時間を持て余しつつもメンバーの側に居ることにした。
4日前の廊下での出来事が頭から消し去れずにいたからだ。
しかも今日はアイツとの共演などない。Jがここに居るはずもない。なのにテヨンは一人でいる事は避けた。
ずっと続く何かは分からない嫌な予感が…拭いきれないから。
一人でスマホをイジっていても仕方が無いと、テヨンがメンバーの話に参加しようとした、その時だった。
「わ、」
突然持っていたスマホが振動した為思わず声を上げるテヨン。
そのリズムからそれがメールである事はすぐに分かった。
「なんだろ?」
SNSでのやり取りが盛んなこの頃では、あまりメールを送るという機会も無い。当然もらう機会も少ない。
恐らく登録してあるショップからのDMあたりだろうと、軽く流すつもりでそれに目を通し始めるテヨン。
だが少しその内容に触れただけで、それが不特定多数に宛てられたものでない事はすぐに分かった。
"キム テヨン様"
嫌かもしれないがどうかこのメールを、最後まで読んで欲しい。
これまでの数々の無礼や、貴女の大切な人達へ犯した過ちは
どれだけ謝罪しても償いきれるものではありません。
少し1人で考えて今、それを痛切に感じます。
だけど、だけどそれは全て、
この世で1人の大きな存在…テヨン。
貴女への気持ちが強過ぎたためと、
そう言い訳させて貰った上で、
謝罪させてください。
僕は間違っていました。
本当に、申し訳なかった。
今はそれ以上の言葉は出て来ないけれど
心から…お詫びをします。
そして キム テヨン。
僕はアナタを諦めます。
途轍もなく苦しい想いは残りますが、
僕は全てを、諦めます。
だからキム テヨン。
願わくば一度だけ、
それを叶えてくれるのであれば
2人に会って謝罪したい。
君と君の大切な人に、
しっかり会ってケジメを付けたい。
直ぐにとは言いません。
貴女の心が少し落ち着いて、
それを許せる気持ちが生まれたその時でも
結構です。
もしそういう時が来たらちょっとでも
一言でもいいから、
返事を貰えますか?
僕はそれまでずっと、待っています。
あ、それと
変わっていたメールアドレスを他人に聞いたこと、
最後の無礼としてお許しください。
では
お会い出来ることを
願っています。
J
(本当……?これ……。)
およそ5インチの画面をじっと見つめながら、テヨンは静かに一つ息をついた。
分厚い雲は今だにあれど心は少し晴れの予報に変わってきている……そんな気がした。
「良かったジャン。」
「えっ!?」
振り返るとそこにはメンバー全員が。
それぞれ同じ5インチの画面を覗き込むようにしながら興味深そうに立っている。
「ちょ!ちょっと、勝手に覗かないでよ!?」
テヨンは慌ててそれを抱えるように隠すと再び後ろを振り返った。
勢いに押されたのか前に立っていたスヨンが一歩下がった後少しだけすまなさそうに口を尖らせる。
「だってオンニ、スゴい顔してたから。みんな気になって見に来たのよ。」
「で、その感じだと無事事件解決じゃないの?良かったジャン。」
サニーが本題に戻すように話を変えるとテヨンもそれを思い出したのか、落ち着きを取り戻し一つ息をすると再び端末を見つめた後あらためてメンバーに向き合った。
「そうかな…。これで終わりに…なるのかな…。」
「アンタが後ろ向きでどうすんのよ!良いことだけ信じなさい!」
「そう……、そうだよね。」
全てが上手く回り始める…
そんな気がした。
そう……
その日を迎えるまでは……。
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数日後。
ここ最近はあまり事務所で顔を合わせることの無かった少女時代は珍しく全員集まった。正確に言うと集まったのでは無く集められたのだが、その用件を誰も知らないということに、テヨンをはじめメンバー全員は妙な違和感を覚えていた。
そんな日…AM 11:00
事務所内
9人と
が 再会した部屋
メンバー全員が打ち合わせテーブルに座り顔を合わせる中、スヨンが一定のリズムを刻むようにテーブルの上のお菓子に手を伸ばす。
それを見たサニーは頭の痛そうな顔をして少し体を前に乗り出した。
「アンタさぁ、よくこの状況で食べてられるわね。」
スヨンはカップケーキを半分口に咥えたまま、サニーのほうを向くと少しだけ上を見てまた向き直った。
「この状況って、別に何も悪い事と決まった訳じゃないでしょ。」
「そりゃそうだけど、それが何だか分かんないから不安なんじゃない。」
「大丈夫でしょきっと。次の曲のこととか、ツアーのこととか、そういうのだって。」
「そうなら良いけど、その性格が羨ましいわ。」
一瞬の静寂が訪れ、誰もがそれを嫌う雰囲気の中だった。
小さくノックの音がしたかと思うとそこに顔を出したのは会長のスマン氏。どこか落ち着かず、早く用件を済ませてその場を立ち去りたい。そんな様子なのは全員に一目瞭然だった。
張り詰めた空気が部屋全体を包み込む。
「すまない。集まってもらって。実は、…伝えないといけない事がある。」
伝えたい事ではなく、伝えないといけない事。
スマンのその言い回しにメンバーは、それが普通でない事だと察知する。お互いがお互いを見つめ合う。
テヨンは焦点の合わないような視線でスマンと、その向こうの壁をボンヤリと見つめた。
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事務所の屋上
普段開けられる事のない扉を開けたままにして、
はいつかのように手すりに背を向け空を眺める。
いつもと変わらぬ白い雲が流れて行く。
いつもと同じ空。いつもと同じ風。
視線を落とすとそこには、もう二度と見る事のないであろう……この街の景色。
はもう一度空を見上げると、その青と白のコントラストを目に焼き付けるようにしながら小さく何かを呟いた。
---
「……会長今、なんて?」
事務所内の部屋に響いたスマンの声に、真っ先に反応したティファニーはすぐにそれを聞き直すよう促した。
そして再びスマンは、会長はゆっくりと自らを落ち着かせるようにしながら一度息をつくと、はっきりとした口調でそれに答えた。
「
は、……
は今月限りで少女時代の統括を退き、ここを出る。」
全員の驚きの声が静かな部屋に響く中、テヨンは目を見開き大きく息を吸った。
周りの全てがボロボロと崖崩れのように崩れて行く。
そんな中テヨンは一人、身動きも取ることができずただ茫然と…立ち尽くすだけだった。
---
屋上。
スローモーションに流れる時間…。
クローズアップした口元はもう一度それを確かめるように、小さく数回動いた。
「サヨナラだ……。」
見上げた空をもう一度だけ記憶に焼き付けて、
は静かに…目を閉じた。
TAEYEON〜Forever〜(I wanna dream with・・) 第50話 終わりのはじまり
to be continued.