京都市電開通式式場平面図解説
岡崎公園で開通式に係わった人々の記録



はじめに・古谷三代吉の略歴より抜粋
 明治34年10月3日・京都市道路擴築の為、京都市消防組蒸気喞筒機関手に京都市の各警察署より依頼され消火栓の設計にかかわる。御所を中心とした消火栓の設計図(平面図)の作成。京都警備区域内防火栓位置之図
 明治43年1月15日・京都市道路擴築部に勤務。同年5月用地課に移籍。京都市内主に四条通りの区画整理に携わる。図面多数あり。
 明治44年4月18日・京都市建築主任技師に任命される。
 明治45年(1921)4月27日・京都市臨時事業竣工電車開通式設備部事務官を当時の京都市長川上親晴より任命される。

 そして明治45年6月に京都市営電車の営業を開始するにあたり、京都市左京区岡崎天王町平安神宮神苑に於いて盛大な式苑が催された。
 ここに記載する事項は京都市を挙げて行なわれたスケールの大きな事業であり、その計画(内容)と遂行した
人々の記録である。


京都市臨時事業竣工電車開通式各部分担事項表
部   名
微    章
分   担   事   項
総 務 部
紫   色
1、来賓決定に関する事
2、記念品及び微章調製に関する事
3、招待状発送其の他文書の往復印刷に関する事
4、来賓の迎送案内又船車準備に関する事
5、応急医療に関する事
6、記録編纂に関する事
7、会計に関する事
8、他部に属さない件
式 典 部
白   色
1、祭典執行に関する事
2、挙式に関する事
3、参列員接待に関する事
設 備 部
黄   色
1、祭典式場、余興場及饗宴場其の設備及装飾に関する事
2、アーチ及び電燈装飾の設備に関する事
饗 宴 部
赤   色
1、酒饌(ゼン)に関する事
2、来賓の接待に関する事
3、酌人及び配膳等に関する事
余 興 部
桃   色
1、楽隊、煙火其の他一切の余興に関する事

京都市臨時事業竣工電車開通式處務順序

 1、臨時事業竣工及び電車開通式挙行に関する事務を処理する為め左の役員を置く
     総 長    1 人
     理 事    2 人
     委 員    若千名
     係 員    若千名
 2、総長は市長を以って之に充て挙式に関する一切の事務を統括する
 3、理事は助役を以って之に充て総長を補佐する
 4、委員は市会議員を以って之に充つるものとし市長より託せる用務に参興する
 5、係員は市吏員中より市長之を命し各其の所属の事務に従事する
 6、事務處辨の為め総務、式典、設備、饗宴、余興の五部を置き各部の分担事項を定   むる事左の如し

総務部(1〜8) 式典部(1〜3) 設備部(1〜2) 饗宴部(1〜2) 余興部(1)

 7、部に部長を置く総務部長は理事の一人を以って之に充て其の他の部長は委員の中   より之を選挙する
 8、予算は各部に於いて之を編成し総務部に合議の上総長の裁定を受けるべし
 9、各部は日誌を備え之に處務の顛末を記述すべし
京都市臨時事業竣工電車開通式に係わった京都市役所の人々の役割分担を百年余り年月が経過した
現在実名で記載することとします。京都市臨時事業竣工電車開通式式場平面図及び当ページを
ここに記載する諸氏に奉げたいと思います。 2005・7・9  管理人
京都市臨時事業竣工電車開通式委員事務分擔割
総 務 部 6人
     渡 辺  昭
     井 口 己之助
     三 上 金 冶
     伊 東 平 三
     石 田 音 吉
     三 幣  保
式 典 部 6人
     西 村 彦右衛門
     神 田 達太郎   
     宮 川 岸之助
     三 次 亀太郎
     谷 口 文次郎
     江 羅 直三郎
設 備 部 8人
     鈴 鹿 弥惣吉
     上 野 捨次郎
     若 山 庄 造
     伊 東 庄兵衛
     堀 田 伝 七
     山 下 槌之助
     上 田 万次郎
     三ツ林 豊次郎
饗 宴 部 15人
     藤 原 清兵衛
     丹 羽 兵太郎
     並 川 栄 慶
     奥  繁三郎
     西 村 仁兵衛
     澤 田 辰之助
     山 口 市兵衛
     浅 川 平三郎
     棚 橋 文 作
     堀 田 康 人
     林  長次郎
     佐々木 長太郎
     闢    束
     大 平 文久三
     伊 達 虎 一
余 興 部 10人
     柴 田 弥兵衛
     井 林 清兵衛
     藤 井 音次郎
     井 上 冶三郎
     高 橋 正 博
     西 村 金三郎
     大 伴 源之助
     中 川 徳右衛門
     平 井 熊三郎
     村 岡 角太郎

京都市臨時事業竣工電車開通式係員事務員事務分担
総 務 部 係員
     野 衣 源 吾
     清 水 正 治
     上 田 代 吉
     陶 山 富太郎
     水 谷 善三郎(兼)
       事務員
     木 内 駒太郎
     神 谷 熊 吉
     磯 部 保太郎
     若 松 雅太郎(兼)
     西 堀 徳次郎
     石 塚 胤 長
     小 西 辧次郎(兼)
     吉 田 常次郎
     岡 橋 保太郎
     大 村 知 言
     岸 田 九一郎
     中 西 愛 二
     大 西 源之助
     伴   敏 男
     平 尾 佐 吉
式 典 部 係員
     蟹 江 虎五郎
     福 田 峰 造
     西 池 季 龍
       事務員
     中 津 川 直重
     青 木 正 徳
     松 本   国
     谷 内 安 蔵
     山 口 菊次郎
     青 木 玄之助
設 備 部 係員
     清 水  熙
     大 瀧 県四郎
     大 塚 英太郎
     境 田 賢 吉
     山 下 三 郎
     原   全路
     佐々野 播雄
     多 田 耕 象
     安 田 靖 一
     塚 本 一 郎
     





  
設 備 部 事務員
     水 谷 菊次郎
     角 倉 玄 親
     吉 見   勝
     真 下 省三郎(兼)
     松 岡 重次郎
     鮎 川 豊三郎
     百 束 秀太郎
     板 垣 敬十郎
     野 口 敬之助
     深 田 良 輔
     木 村 豊次郎
     室   秀一
     小 林 菊 蔵
     中 村   政
     辻   勝之進
     古 谷 三代吉
     若 松 雅太郎
     佐々木   誘
     堀 益 三 郎
     高 橋 鎭 雄
     中 村 治 吉
     飯 島 賀 之
饗 宴 部 係員
     保 科 捨 吉
     荘 林 維 新
     尾 形 惟 昭
     水 入 善三郎
  事務員
     真 下 省三郎
     皆 川 勝 寛
     岩 垣 雄次郎
     谷 口 貞次郎
     龍 田 純 吉
     小 西 弁次郎
余 興 部 係員
     富 田 直 詮
     山 田 平 三
     木 村 興三郎
     野 田 貞 憲
     藤 原 賢 海
     生 島 繁三郎
        事務員
     伊 藤 権四郎
     前 川 喜三郎
     古 谷 貞一郎
     井 上 和 市
     新 谷 佳 一
     山 本 邦 雄
     加 藤 安五郎
     會 見 延 蔵    以上     


上記の平面図の解説を参照。
赤色・明治28年に営業開始(京電 
    「狭軌」)
茶色・明治45年6月に営業開始
    市電「広軌」
青色・明治45年6月営業開始
黄色・大正6年(京電買収)時までに
    営業
黒色・京阪電車
京都の市電・日本初の市街路面電車
 明治28年(1895)2月1日から昭和53年(1978)年9月30日までの83年間、路面電車が京都の街を縦横に走っていました。

 明治28年(1895)、民営の京都電気鉄道会社(京電「きょうでん」)が東洞院(ひがしのとういん)塩小路(しおこうじ)下がるの七条停車場
(しちじょうていしゃじょう、京都駅)と伏見町(ふしみちょう)下油掛(しもあぶらかけ)間の営業を開始。
京都に日本初の路面電車が誕生しました。
そして明治45年(1912)6月、京都市市営電車の営業が開始され、
京電との激しい競争が繰り広げられたが、大正7年(1918)7月、
京都市が京電を買収し、競合区間の路線が統一されました。
大正中期から昭和初期までは、市電の黄金時代が続きました。

ここに掲載している論文、写真、設計図面、イラスト画像は個人的にプリントアウトするなどの場合を除き、
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其の他の書籍等に掲載は禁じます。管理人 2005・7・9



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