『アスランずるい!! 何で僕が作るとめちゃくちゃになるのに、アスランはちゃんと作れるの!?』
『人には得て不得手があるんだよ。そのかわり、カードはキラのお手製じゃないか』
『弟のくせに生意気。大人ぶって話しするな』
『弟おとうとって、キラはいっつもそればっかりじゃないか!!』






『イザークお兄様の逆鱗編・前編』






 がしゃん。

 物が壊れる音は、何故こうも派手なのだろう……?
 なんとなくそう思いながら、キラもアスランも呆然と床を見つめた。

 ――そこには、割れた白いカップが一つ……。


「キ、キキキキキラ…………!!!?」
「ア、アスラン………………ここここれって!!??」


 二人は動揺のために声が震え、言葉にビブラートがかかる。
 そして二人は再度、同時に床を見た。
 どこからどう見ても、やはりカップが割れている。

 そう、イザークのカップが――


「……これ、イザークのお気に入りの……、だよね?」
「ああ。しかもイギリスからわざわざ持ってきた……」

 イザークは日本に戻ってくる前はイギリスに住んでいた。
 つまり、そのときからの愛用品ということになる。

 キラとアスランの顔が一気に青ざめた。

「アスラン。金魚鉢のこと覚えてる?」
「いや、それより雪合戦の時のほうが悲惨だったって……」

 二人は思わず過去を振り返った。
 こうして振り返ってみれば、兄に怒られた記憶は山のようにある。
 イザークは基本的のキラのことを一番に可愛がっているが、起こる時は容赦なく怒る人間だった。
 そう、忙しい実父母の代わりに弟達の面倒を見てきた分、怒られた記憶は両親よりはるかに多い。

(ど……、どうしよう)

 キラは焦って視線を泳がす。
 素直に謝って怒られるのが一番なのだが、なるべくそういう場面に出くわしたくないというのが人情だ。
 横を見れば、同じように動揺している双子の弟の姿。

 キラリとキラの瞳が光った。

 そして瞬時に、アスランのみぞおちにヒザを決め込む。

 どす。

「がは」

 ばた。

「……き、キラ?」

 アスランは体を崩し、驚愕の表情でキラを見上げる。
 キラは爽やかな表情でアスランに微笑みかけた。


「駄目じゃないかアスラン。イザークのお気に入りのカップを割っちゃって」

「ひ、卑怯な!」
 俺に罪をなすりつけるのか!?

 アスランの悲痛な叫びがダイニングに響くが、キラは何食わぬ顔でしゃがみこみ、倒れこんでいるアスランの顎をひょいと人差し指で上げた。

「お兄様には絶対服従」

 そういって覗き込むキラの顔は、口元は笑っていたが目元は笑っていなかった。


「大丈夫。誠心誠意謝れば、きっとイザークも許してくれるよ」

 両手をあわせて瞳を輝かせ、あさっての方向を見ながらキラは断言する。もちろん、言葉の後に「多分」と言い加えるのを忘れずに。

「俺一人の責任じゃないだろ?!」

 みぞおちに対するあまりのダメージに、アスランはいまだに立ち上がれず、はいつくばったままの形で抗議した。

「僕は何も見てなーい、何も聞いてなーい」

 耳を閉じ、芝居がかった調子でくるりと半回転するキラ。どうあっても罪はアスランになすりつけるつもりらしい。



「そうか、そっちがそのつもりなら俺にも考えがある」

 ゆらりとアスランは立ち上がった。どうやら立ち上がれるぐらいには回復したらしい。

「何? イザークに自分は悪くないって言うわけ? けど、イザークは絶対僕の言い分のほうを信じるよ?」

 アスランとイザークの仲の悪さを考えての言葉であった。ついでに言うと、兄弟の中で自分が一番可愛がられている自覚もある。
 ふふん。と、キラは胸をはった。

(確信犯め)

 アスランは心の中で毒づく。だがそれだけキラも必死なのだ。
 しかしアスランも、罪を押し付けられるのを黙ってみているわけにはいかない。
 ゆえに腕をくみ、キッパリとキラに断言した。

「いいや? もう二度とキラに苺パフェ作ってやらないだけだ」


 がーん。

 キラはショックで力をなくし、床に手をつく。
 追い討ちをかけるように、アスランはキラに事実を告げてやる。

「俺の料理の腕は日々進化していってるからな。もちろんおまえの一番の好物の苺パフェだって例外じゃない。最後に作ってやったのはいつだったかな?」
「あ、アスランの卑怯者!」
「それをおまえが言うか?!」

 いつしか二人の言い争いはヒートアップしていった。
 どちらに罪をなすりつけるか、それだけのために彼等の背後には争いの炎が立ち上がっていく。



「うるさいぞ貴様等! わめくなら外でやれ!」

 店まで響いてきたぞ、とイザークが勢いよく扉を開いて入ってきた。


 びくびくっ。

 キラとアスランは大げさなほどにその声に反応する。

「「い、イザーク!?」」

 イザークの視線が自然と床におとされる。そこにあるのは、見覚えのある割れた白いカップ。

 キラとアスランは、ドキドキしながらもイザークの次の言葉を待っていた。
 なんというか、死刑執行人を前にした死刑囚の気分とはまさにこのことなのだろう。
 しばしの沈黙の後、イザークがゆっくりと口を開くのを、キラとアスランは涙目で見届けた。



「何をしている?」