『宇津保物語』(原作)系図


      

★諏訪さんの『うつほ草紙』と比べて最大の違いは藤原良房が登場しないことだと思います。原作では「太政大臣」と役職名で登場するのみですが、実際この人物は良房をモデルに書かれたのだろうと言われています。
『うつほ草紙』では仲忠たち(&読者)に「本当の幸福とは何か」を反面教師的に気付かせる重要な人物として描かれているのに対して、原作の太政大臣はストーリー展開に果たす役割も小さいようです。

★兼雅も架空の人物だったということを系図を作っていて初めて知りました。とくに養子という設定でもないです。しかし『うつほ草紙』の兼雅と同じ立場に、良房の兄・長良の子で良房の養子になった藤原基経という人物がいたので、諏訪さんはそこから養子という設定をされたのだと思います。
しかし鎌倉時代に藤原兼雅(1148生〜1200没) という人が実在しています。『宇津保物語』の成立は970〜990年頃とされていますので、150年くらい後の人なんですね。ややこしいです〜。

★俊華牙(原作では俊蔭)の父の名前は特定されていません。父を夏野にしたのは諏訪さんのオリジナル設定です。


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