| 1.概要 水素と酸素を体積比2:1で混ぜあわせて点火すると爆発的に化合し,その大きな音に驚かされます。ユージオメータは,このための実験装置としてよく知られ,各種の手作り品も活躍しています。しかし,これらは置換物質として水を用いたものが大半で,化合して出来た水の確認ができません。そこで,乾いた試験管に入れた水素に点火してできる水滴を確認したり,水素の炎を黒板に当ててできる水滴で絵を描いたりする演示実験が工夫されてきました。しかし,開放系で燃えて水ができるのは普通の現象であり,十分な証明実験とはいえません。
 
 そこで,燃えてできる水滴を確認できる閉鎖系の器具を検討しているとき,おもしろいものを思い出しました。長いビニルチューブに水素と酸素を満たして片端に点火するとチューブ内を炎が走り,水滴で白く曇るというものです。新採の頃,同僚の先生から聞いた実験で,広く実践されているものだと思い込んでいました。ところが,取り組み始めた1990年当時は,資料や市販品などを見つける事が出来ません。仕方なく,以下のような構造を考えて配布したところ評判になるとともに,思いつきの名称である「火の玉ダッシュ」が一般化するようになりました。また,この実験は,たくさんの生徒が手元で同時に体験できる印象深いものであり,「パスカル電線」の化学版にしたいという目論見もありました。
 
 
    
  
   | 「火の玉ダッシュ」の特徴 
 @水の電気分解により発生した水素と酸素の利用
 (水→電気分解→気体→点火→水)の一連の過程が大切だと考え,「電気分解槽」の存在を前提にしました。従って,水素ボンベと酸素ボンベから導いた気体の利用は,意図的に避けました。
 A「電気分解槽」と「点火筒」の分離構造
 器具は,「電気分解槽]と,圧電素子による火花で混合気体に点火する[点火筒]からできています。この両者を切り離してから点火するようにしたため,「電気分解槽」内へ火が入って爆発する事故を防げます。また,切り離し部分にゴムキャップのパッキンを使用したため[点火筒]内への空気の混入がなく,点火が確実になります。
 
 注:両者の切り離しを忘れて点火すると,「電気分解槽」内での爆発の危険があります。そこで,「電気分解槽」内の空間を極力小さくして大きな爆発を防ぎました。また,「点火筒」が破裂する危険についても同様で,内容積を極力小さくしています。
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   |  図1  「火の玉ダッシュ」の概略図
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 2.使用法
 
    
  
   | ≪準備≫ 
 (1)ビニルチューブの準備
 内径4mm,長さ10〜20mのビニルチューブを用い,端を「点火筒」の「チューブ異径アダプター」に挿し込む。もう一方の端は,危険防止のため窓の外に出す(火気厳禁)。
 ※内径4mmは,気体が溜まる時間,水滴の確認,安全性などを考慮した大きさである。
 (2)「電気分解槽」と「点火筒」の連結
 「点火筒」の端の被せてある青色「ゴムキャップ」中央に爪楊枝で穴を開け,「電気分解槽」のガラススポイトに差し込み,両者を連結する。
 (3)電気分解
 「電気分解槽」の指標位置まで電解液(以下の例参照)を入れ,1A前後の電流を流す。電流は次第に増えるので,初期は1A以下とする。電流が多すぎると,アワ立って「点火筒」内に電解液が入り込んだり,電解液温が高くなり過ぎる。
 
 ※電解液の例
 @ NaOH水溶液の例1: 2%( 約0.5mol/l )なら 4.5V程度
 A NaOH水溶液の例2: 1%( 約0.25mol/l )なら 6V程度
 B Na2CO3水溶液の例: 5%( 約0.5mol/l )なら 6V程度
 C NaHCO3水溶液の例: 飽和水溶液( 約9%,20℃ )なら 6V程度
 
 
  図2  電解液の違いによる通電時間と電流変化
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   |  図3  「電源装置」,「火の玉ダッシュ」本体,「ビニルチューブ」
 |  図4  「火の玉ダッシュ」本体部分
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   | ≪実験≫ 
 (1)「電気分解槽」から「点火筒」を分離後に点火
 危険防止のため,「電気分解槽」から「点火筒」を分離した後,「点火筒」を手のひらで包むようにして保持し,圧電素子の「点火器」で点火する(アクリルパイプの破損の不安が多少あるので,軍手を着用したほうがよい)。
 "パン"という大きな音とともに火の玉が生徒の手元を走る。部屋を暗くしておくと,火がよく見える。実験後は,生成した水滴でビニルチューブ内が白く曇る。
 (2)通電時間
 上記の@〜Cの例で20分間通電した結果,いずれも水滴による曇りが約8mできた。従って,30分もあれば内径4mmビニルチューブ約10mの長さまで混合気体が溜まると考えられる。
※このような予備実験を行って,水滴による曇りのできる長さを調べると水滴で満たされる時間を予想できる。
 ただ,学習としては,ビニルチューブの途中まで水滴ができた方が興味深いと思われる。
 
 ※理論的な発生量
 1A×20分×60秒=1200C(クーロン) 1200C/96500C=0.0124当量
 +極(酸素):5600cm3×0.0124=約69cm3    
  −極(水素):11200cm3×0.0124=約139cm3
 合計の気体発生量=約208cm3    
  ビニルチューブの断面積:0.2×0.2×3.14=0.126cm2
 208cm3/0.126cm2=1650cm=約16m
 (結果,実験値は理論値の約1/2量となった。)
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   |  図5  「電気分解槽」と「点火筒」の切り離し
 |  図6  「点火器」を用いた点火
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   | ≪後始末≫ 
 (1)ビニルチューブ内の水滴の除去
 エアーポンプで送風すると目に見える水滴は数分でなくなるが,さらに数十分通気してほしい。
 (2)「点火筒」の洗浄
 青色「ゴムキャップ」とともに必要なら「シリコンゴム栓」も外し,内部を水洗する。
 (電極はステンレス製なので,錆の心配はない。)
 (3)「電気分解槽」の洗浄
 アルカリ性の電解液で「ゴム栓」が影響を受ける。実験後は,すぐに「ポリカーボネイトパイプ」を外し,洗浄する。
 (電極と電線はステンレス製なので,錆の心配はない。)
 ※「電気分解槽」に「点火筒」を挿し込んだまま保存しない。
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   | エアーポンプでの水滴除去→ 
 アクアアリウム用のエアーポンプの吹き出し口と
 直径4mmのビニルチューブはサイズが一致する。
 
 |  図7  水滴の除去
 |  3.備考
 ・「火の玉ダッシュ」は,1990年頃に原型を作成し,勤務先の研究講座にて実物を配布した。その後,各地の研究会での配布と実演を行い好評だったため「全日本教職員発明展」に応募し,平成4年度(1994年)の「奨励賞」を受賞した。これが,正式な報告第一号である。その後,1996年度の「京都市青少年科学センター報告VOL.27,京都市教育委員会」にも掲載した。
 
 ・これらをきっかけに全国から多くの問い合わせやテレビへの出演依頼などが相次ぎ,見本送付などの対応を続けた。ただ,この構造での複製の製作は容易でなかったこと,電気分解での気体の発生に時間がかることなどにより,市販の酸素と水素ボンベを用いたイベントでの利用が広がった。これについては,私のオリジナルとはいえず,「火の玉ダッシュではない」という見解を伝えた。なお,「全日本教職員発明展」の申請書類にも,ビニルチューブ内での反応に関しては杉原のオリジナルではないことを明記してある。
 
 ・「火の玉ダッシュ」の市販に向けて開発を進めた教材会社もあるが,中断している。
 
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