浮遊方位磁針 

  
★観察実験には専門知識と経験が必要です。本サイトの閲覧は理科教育関係者に限らせていただきます。★
1.はじめに
  「パスカル電線」の講座を実施するにあたって,利用しやすい方位磁針を求めていました。普通の方位磁針は,水平の動きしかできません。自動車用品として販売されている「液体を封入した球形の方位磁針」に期待したこともありますが,運転中に使いやすいように方位の表示が逆向きという問題があります。そこで,「磁石で方位磁針」で用いた「穴あきフェライト磁石」を水に浮かべてみようと思いました。

  いくつかの課題がわかりました。磁石を水に浮かべて方位磁針にする場合,普通は,発泡スチロール板の先を尖らせ,中央部を削った窪みに磁石を押し込んだ船を利用することと思います。かなり弱い磁石でも,方位磁針となります(多少のコツというか注意がありますが‥後述参照!)。今回の目的は,水平に這わしたパスカル電線の横に置いた方位磁針に,水中で立ってほしいのです。しかし,立派な船に乗っていては,そうはいきません。
  穴あきフェライト磁石は,棒磁石のように長くないため,水中でも立ちやすいだろうと期待しました。具体的には,円形フェライト磁石の両面に発泡スチロールを貼り付け,全長を短くしようということです。いろいろ試していると,同僚の先生が解決してくれました。発泡スチロール球を貼り付けるというものです。ドーナツ形の穴に発泡スチロール棒を挿し込もうと努力していたのですが,最適な形状がなく苦労していました。これなら簡単です。


  用いた「穴あきフェライト磁石」は,二六製作所製(外径24mm,内径10mm,幅3mm)です。フェライト磁石としたのは,とにかく安くしたかったことによります。ネオジム磁石を用いると,もっと小さくて高感度な方位磁針になることでしょう。

  以下の内容は「磁石で方位磁針」と重なりますが,用いたドーナツ形磁石での実験を掲載します。授業では,「N極とS極を,どうやって見つけますか?」という問いから始め,どちらの面がN極かS極かを確認します。

落とす
図1  磁石を5mm〜1cmほど上から落とす
動く
図2  平らな面が南北を向く(手前がN極)


  二六製作所製の穴あきフェライト磁石は,とても倒れやすいことがわりました。少し薄い(幅3mm)ことにも理由がありますが,北に倒れることが多いので「伏角」の影響がわかります。

  磁石の針が重心でつり合うのは赤道付近だけで,京都では磁北が50度近く下を向きます。この角度が「伏角」です。「伏角」の存在は,棒磁石の横に方位磁針を置くと,よくわかります。

※「伏角」は地域によって違うため,市販の方位磁針は,出荷先ごとに重量バランスをとったいくつかのバージョンがあるそうです。
北へ倒れる
図3  「伏角」で,北へ倒れやすい!


2.浮遊方位磁針の作り方
必要物品
「二六製作所製の穴あきフェライト磁石(外径24mm,内径10mm,幅3mm),発泡スチロール球(直径15mm,2個),両面テープ(保護紙剥がし用の爪楊枝付),透明容器(部品容器と水槽兼用)」

注:1個の発泡スチロール球は,水性エマルジョン塗料で着色します。油性ペンは溶けるので使えず,水性顔料系などのいくつかを試しましたが,いずれも水中で色落ちします。水性エマルジョン塗料にごく少量の水(5%程度?)を入れて,筆で丁寧に塗ります。どぼっと漬けると,塗料が偏っていびつになるとともに乾燥時間がかかります。薄めすぎると,はじいて塗れません。

キット
図4  浮遊磁石キット
部品容器と水槽を兼ねた透明プリンカップ
量産
図5  たくさん製作した一部
手前:ガチャ玉利用の容器,奥:プリンカップの容器


剥がす
図6  両面テープを爪楊枝で剥がす
N極面は図1〜3の実験で確認
貼る
図7  発泡スチロール球を貼り付ける
赤:N極,白:S極

  水槽(ガチャ玉とプリンカップ)に水を入れ,完成した「浮遊方位磁針」。

  2個を近づけたため,お互いが引き合いながら北(磁北)を向いている。
浮遊方位磁針
図8  磁北を向く浮遊方位磁針


3.「浮遊方位磁針」を用いた実験
  生徒,一人一人が手にした浮遊方位磁針は,磁北を向きます。最も簡単な確認方法は,この浮遊方位磁針を手にして一回転することです。常に,赤色発泡スチロール球が北を向いていることがわかります。やってみると,私でも嬉しくなります。すべての生徒が同時に同じ結果になるようすは,見えない力を実感し,とても興味深いものです。

  「パスカル電線」に利用するには,底が丸くて直径の小さなガチャ玉水槽の方が使いやすいのです。磁針が中央に位置しやすいだけでなく,電線に近づけられるよさもあります。しかし,気に入った大きさのガチャ玉の入手は難しく,普通は,安価で入手しやすい透明プリンカップの利用となります。

  下図をよく見ると,発泡スチロール球の浮かび方に違いのあることがわかります。これは,伏角の影響です。赤球が沈みがちで,白球が少し浮いています。

ガチャ玉
図9  ガチャ玉水槽の浮遊方位磁針
赤球の方が沈んでいる
プリンカップ
図10  プリンカップ水槽の浮遊方位磁針
赤球の方が沈んでいる

  図9と10の写真撮影をしていて困りました。発泡スチロール球が,中央に位置しないのです。常に,端に寄って容器に接触しようとします。いろいろ調べて,2つの理由のあることがわかりました。
(1)磁北に引き付けられる。
(2)プラスチック容器の内側面が水をはじき,接触している水面がへこんでいる。そのため,その隙間に浮遊磁石が落ち込んで動かなくなる。


  結果,磁針を常に中央に位置させるのは難しいことがわかります。また,(2)の影響は,ない方がよいのです。そして,(1)は,教材として利用できることがわかります。

  そこで,磁北へ向かう磁針の移動を観察する方法を考えました。内側面を洗剤できれいに洗ったガラスビーカーを用意しました。濡れと表面張力によって,内側面に接している水が壁を登り,水の斜面を形成します。これによって,南内側面で手を離すと,水面を磁北へゆっくりと移動する浮遊方位磁針が観察できます。なお,対流などの影響があるようで,ビーカーは200cm3程度がいいようです。

移動1
図11  磁北への移動1
移動2
図12  磁北への移動2
移動3
図13  磁北への移動3
移動4
図14  磁北への移動4


移動5
図15  磁北への移動5
移動6
図16  磁北への移動6
移動7
図17  磁北への移動7
移動8
図18  磁北への移動8


4.「パスカル電線」への利用
  水平に設置した「パスカル電線」に規定の4Aの電流を流すと,横に置いた「浮遊方位磁針」が立ちます。予想通りとはいえ,興味深いものです。蓋を閉めれば水が漏れず,もっと自由に扱えます。

パスカル電線1
図19  水平に設置したパスカル電線と浮遊方位磁針の動き


  垂直に設置した「パスカル電線」の横に置いた「浮遊方位磁針」の動きです。電流の向きによって違った動きをします。予想通りとはいえ,クルクルと向きを変える「浮遊方位磁針」は,少しユーモラスでかわいいものです。

パスカル電線2
図20  上から下へ電流の流れている例
パスカル電線3
図21  下から上へ電流が流れている例

5.備考
  目的は,「パスカル電線」で用いる「浮遊方位磁針」の開発でしたが,ついでに,「伏角」や「磁針の水面移動」現象に驚かされます。いつものことですが,何かやってみると,「そうなんだ!」と予想外のことに気づかされます。それが,おもしろいのです。
  今回は,小さな容器を利用した例ですが,大きな水槽にたくさんの「浮遊方位磁針」を浮かべ,そこに「パスカル電線」を入れると,どうでしょうか? いろいろと,これからの発展も期待できそうです。

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