磁石で方位磁針 

  
★観察実験には専門知識と経験が必要です。本サイトの閲覧は理科教育関係者に限らせていただきます。★
1.はじめに
  岡山県の柵原鉱山へ,天然磁石をもらいにいったことがあります。詳しくは,いっしょに行った林丈夫先生に執筆していただきました(「遊々サイエンス」新生出版)。天然磁石を手に入れて,磁石にあるN極とS極は,自然の磁石にも存在することを見せたかったのです。また,鉱石としての天然磁石が存在するというのは,私にとっても驚きだったという事情もあります。一般に,磁石とは工業製品なのです。
  柵原鉱山へ出かけたのは30年ほど前のことで,今では,廃坑になり,資料館があるのみです。なお,この資料館に柵原鉱山産の天延磁石が展示されていますが,私の提案によります。柵原鉱山は硫化鉄鉱の鉱山だったので,当初は展示されていなかったのです。


  手にしている天然磁石は,かなり強力で珍しいものです。さまざまな機会に紹介していますが,同じようなものの入手は難しくなっています。将来,不要になれば,誰かに引き継ぎたいと思っています。

※この天然磁石そのものの写真が,大学の物理系でよく使われている教科書と,小学校の教科書に掲載されました。

天然磁石
図1  天然磁石(岡山県「旧:柵原鉱山」産),現在は入手困難

方位磁針
図2  方位磁針(左:精密な携帯用,右:教材用)

  天延磁石の最初の実用的な用途は,方位調べでした。また,健康によいという怪しげな利用法は紀元前からあったようです。しかし,効果がないということで,流行っては廃れるということを近代まで繰り返しているそうです。

  「方位磁針」ですが,興味深いことに,いくつかの呼称があります。かつては,棒磁石もU字磁石も方位磁針も「磁石」と呼んだはずで,磁石の主な用途が何であったのかがよくわかります。しかし,方位磁針があまり使われなくなり,GPSが普及するにいたっては,方位磁針を磁石と呼ぶのは無理があります。

  こういった経緯故か,方位を調べる磁石の呼称は「方位磁石」「方位磁針」「方位計」「コンパス」などいくつかあり,単に「磁針」と呼ぶこともあります。船の羅針盤(羅針儀)も近い存在です。なお,羅針盤は,事故で電気が使えなくなっても作動するため,今でも欠かせない主要装備です。
※広辞苑では,「方位磁石」も「方位磁針」も「磁針」も見出しにありません。いまだに,「磁石」か「コンパス」です。


2.方位磁針とN極S極
  中学校の授業では,地学ではなく物理の電磁気の学習で方位磁針を用います。電流が流れると磁針の向きがどうなるのかが課題ですが,磁針について理解していることも大切です。ここでは,N極(北)を指すものということだけでなく,小さな動きやすい磁石という位置づけも必要だからです。しかし,生徒は,針が磁石そのものであることやN極とS極の意味などは,あまりわかっていないようです。そこで,方位磁針は「磁石そのもの」「N極とS極の意味は方位」などを考える教材を工夫しました。教師になって最初(1976年)の研究となりました。

落とす
図3  磁石を5mm〜1cmほど上から落とす
動く
図4  平らな面が南北を向く

  丸型フェライト磁石は安価で,生徒全員分を用意できます。わざと,ホームルームの教室で実験し,机の上の磁石のすべてが同じ方向を向くことを観察させました。みんなが同じ結果になることで,地磁気という見えない力がどこにでも存在することを納得できます。なお,通常は教室の左が南になっており(西が前),持ちやすい位置で手を離すと,ほぼ90度回転することが容易に観察できます。磁石を落とす台の材質は,落ちた後の回転し易さに関係します。机は問題ありませんが,柔らかい樹脂などで覆われていると難しくなります。
  結果,北を向く方は北(North)の頭文字をとってN極,南を向く方は南(South)の頭文字をとってS極と定義したことを説明しました。
※けして,「N極は北を向き,S極は南を向く!」ではありません。これでは,再び「N極って何?  S極って何?」とふり出しに戻ります。

磁針と磁石
図5  ステープラーの針が引きつけられる

  こうして,方位磁針は,普通の磁石そのものであることがわかります。そこで,市販の方位磁針の先にステープラーの針を引き付けたり(図5),磁針同士の引き付けあいや反発を観察する実験(図6,7)もしてみました。
  もちろん,棒磁石を吊るして方位磁針にすることも試しました。しかし,糸のねじれで動き続け,なかなか安定しません。円盤状の発泡スチロール上に置いて水に浮かべると,問題なく南北を指します。

注1:図でわかるように,真北ではなく少し西を指しています。これが偏角です。従って,偏角についても触れる必要があります。
注2:N極とS極という呼称を何度も使っていますが,この極の場所はどこなのか理解していません。丸形フェライト磁石なら,両方の面を指すのか,面の中心を指すのか,両端部を指すのか,面から少し中に入った最も磁力の強い場所を指すのか‥よくわからないのです。文献を調べたり,あちこちで聞いてみましたが,回答は得られていません。さて,どこなんでしょうか?
注3:図は,わかりやすいよう,下に十字線を書いてあります。しかし,授業では,何も必要ないでしょう。
注4:図3と4の穴あきフェライト磁石(二六製作所製:外径24mm,内径10mm,幅3mm)は「浮遊方位磁針」用で,授業で用いたのは以下の図9と10のフェライト磁石です。

磁石同士1
図6  方位磁針同士での引き合い
磁石同士2
図7  方位磁針同士での反発

注5:方位磁針が示す北は「磁北」と呼ばれます。地球は大きな磁石ですが,精密に作られた工業製品と違って磁極が怪しげです。結果,地球を一個の磁石と定義したときの磁極と地表の交点である「地磁気極」,そして,実質的な「磁極」(磁針が垂直に立つ場所で,一点ではない幅広い地域や地点です)があります。そのため,方位磁針は,どこを指しているのかというと,はっきりしないのです。そこで,仕方なく「磁北を指している!?」という怪しげな表現になっています。さらに問題なのは,磁北と真北 (地軸から導かれる北)がずれていることです。磁北は場所によって変わりますから,真北とのずれも違ってきます。京都では−7.1度の違い(真北より西に−7.1度振れているということ!)があり,この角度を「偏角」と呼びます。またまた困ったことに,磁北は毎年少しずつ動いていますから,同じ場所でも偏角は少しずつ変化していきます。


  最近入手した穴あきフェライト磁石で試したところ,とても倒れやすいことがわりました。少し薄い(幅3mm)ものであったことにも理由がありますが,北に倒れることが多いので「伏角」の影響がわかります。これも,興味深い教材となります。

  磁石の針が重心でつり合うのは赤道付近だけで,京都では磁北が50度近く下を向きます。この角度が「伏角」です。「伏角」の存在は,棒磁石の横に方位磁針を置くと,よくわかります。

※「伏角」は地域によって違うため,市販の方位磁針は,出荷先ごとに重量バランスをとっているそうです。
北へ倒れる
図8  「伏角」で,北へ倒れやすい!


落とす
図9  丸形フェライト(直径20mm,幅5mm)を落とす
※入手しやすく扱いやすい例
動く
図10  平らな面が南北に向く
※幅が広い(5mm)ので,倒れにくい

落とす
図11  掲示用磁石の利用
動く
図12  平らな面が南北に向く


3.磁石について
U字磁石
図13  古いスピーカーのU字磁石
(1)丸形磁石には,いくつかの着磁方法による製品があります。今回の実験は,裏表がN極とS極になっているものを用いますが,片面に極がないもの(しかし,N極とS極はちゃんとあります。)や,半月形に左右がN極とS極のものもあります。理科教材カタログを見ればわかるようになっています。

(2)磁石には必ず,N極とS極があります。ただ,理論的には片方だけの磁石(モノポール)の存在が考えられるそうです。しかし,本当に発見できるかどうか,懐疑的な見方が多いようです。

(3)磁石のN極とS極は,それぞれ一箇所とは限りません。いくつでも好きな場所に設定できます。こういった複雑な極を持った身近な例は,自転車の発電機の中にある磁石です。

(4)U字磁石は不思議な存在です。実用面での用途は全くないのです。教材としてのみ,存在します。ある磁石メーカーを見学した時,「なぜ,学校ではU字磁石を使うのですか? 教材のためだけに製造するのは大変なのです。」と逆に質問され,困りました。丸や棒状の磁石はベルトコンベヤーで連続的に着磁できますが,U字磁石は一個ずつの手作業なのです。工場の片隅に,専用のとても古い着磁器がありました。

※私が知っているU字磁石の唯一の用途は,古い形式のスピーカー用磁石です。また,ウィリアム・スタージャンが作った世界初の電磁石は蹄鉄形をしていたそうです。

4.備考
  この教材研究は,もう,30年ほど前のことになります。丸形フェライト磁石が方位磁針になることに気づき,最初は,立ててから上を押さえ,端を弾いてクルクルと回しました。そして,止まったときに,面が南北をむくということをやっていました。ポンと落とせばよいということに気づくまでに約1年。もちろん,発泡スチロールの船に乗せたりもしましたが,小細工が少ないほどスッキリとよく理解できます。そんなことにも,気づきました。
  この研究は,パスカル電線の開発と並行していました。さまざまな教材が関連していることにも気づかされました。

※地磁気に関する詳しいサイトがあります。京都大学大学院理学研究科附属地磁気世界資料解析センターです。必要な,ほとんどすべての情報が得られます。
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《SUGIHARA  KAZUO》