「ふっ、来たな、彼方さん」

「ああ、ここまで来たぜ、芽依子」

 

 ゴールである神社…その石段の下で、ついに対峙する。

 

「芽依子さまだ!」

「くくっ、この勝負の後で、『お許しください、彼方さま』と言わせてやるぜ!」

 

 思えば、最初からお前と戦うために、ここまで来たと言える。

 

「言ってくれるな、だったらこちらは、『ああ、もうやめて〜! 芽依子さまぁ!!』と言わせてくれよう!」

「なにを、なにを! 負けずにこちらも、『ああ、もう堪忍してください、だめぇ!!』と言わせてやるぞ!」

 

「なんかよくわからんのだ」

「ほんとだね〜」

「大人になったわね、彼方ちゃん」

「なんだかね〜」

 

 そんなこんなで…

 

 

 

−第四回戦「出雲彼方vs橘芽依子」−

 

スノーファイト、レディィィ……ゴォォーーー!!!!

 

 

「…どう思う?」

 つぐみが二人から目をそらさないまま、隣に立つ小夜里にそう聞いた。

「どう思うって…そうねえ、確かに芽依子ちゃんには底の知れないところがあるわね」

 そう前置きし…

「…でも、あなたと彼方ちゃんの勝負、あれを見たら、彼方ちゃんの勝利は疑いの余地がない気がする」

「そうね、私もそう思う」

 二人はまっすぐ対峙する二人を見つめて言う。

「彼方くんは、雪合戦を完成させてしまった」

 

 雪玉を避ける、はたく、ガードする。それは考えられるし、実行もできる。

 雪玉を受ける、それは考えられることはできる、でも、実行するのはかなり難しい。

 

 彼方はそれをつかんだ。あの間一髪の状況でだ。無論、いくつもの雪玉が飛び交う、本来の雪合戦ではまた状況は異なるだろうが、1対1ならば…

 

 

 だから、こう言える。出雲彼方は、雪合戦を完成してしまった…と。

 

 

 

「彼方さん、一つ言っておきたいことがあるのだが」

 芽依子が居住まいを直して、そう言ってきた。

「なんだ?」

「彼方さん、この私を差し置いて、『雪合戦を完成させた』とはどういうことかな」

 その言葉に、小夜里さんとつぐみさんが、ドキっとしたように体を震わせる。

 あの二人がぼそぼそと何かを話していたのは気付いていたが、その内容まで聞こえたというのなら、芽依子のやつはとんでもない地獄耳ということになる。

「俺が言っているわけじゃないぜ」

「同じことだ。訂正を要求する」

 芽依子がふんぞり返って、そう言う。

「どうしろって?」

「私ごとき龍神天守閣のパシリが、雪合戦を完成させるなど、ましてや芽依子さまを差し置いて…なんて、とんでもない誤解であります…と土下座して謝れ!」

 えっへんと、どこまでも胸をそらしてそう言う芽依子に…

 

「だれがするか!」

 

 そう言って、構える。

 

 

 雪合戦なのに、雪玉の一つも持たないままで。

 

 

「あれはっ!?」

 

 小夜里さんが驚きの声をあげる。

「どうしたの、小夜里」

 つぐみさんが、すかさず尋ねる。

「あれは、天地上下の構え」

「天地上下の構え?」

「ええ、かなり自己流が入ってるけど…

 …右手を顔の前に、左手をおなかの前に、ああすることによって、顔を狙った雪玉も、胸や腹を狙った雪玉も、いずれも捕ることができる」

 小夜里さんが読者にもわかりやすい説明をする。さながら本部○蔵といった役回りである。

「つまり、最初からあれを狙っているということね」

 つぐみさんがそう答える。小夜里さんが○部なら、こちらは加○と言ったところか。

「本気ね、彼方くん。…これで芽依子ちゃんは苦しくなったわね」

「それって…」

「あの構えは、どこからでもカウンターが取れるのよ。頭でも、胸でも、お腹でも、いずれも素早くつかむとそのままバシャンとね」

 

「マッハカウンターってところね」

 

 

「…なるほど…」

 

 芽依子がポツリとつぶやくと、俺の目の前でゆっくりと雪玉を作る。

 確かに、俺の構えは後の先をとるカウンター、攻撃される心配はまったくないわけだ。

「いくぞ」

 芽依子はそう言って、ゆっくり振りかぶる…

 

 …と見せかけて、足下の雪を蹴り上げる。

 

「ちっ!」

 

 蹴り上げられた雪が煙幕になって、一瞬、芽依子の姿を見失う。

 その瞬間、煙幕を突っ切るように、雪玉が俺の目の前に飛んでくる。

 

「甘いっ!」

 

 右手でその雪玉をつかむと、次の瞬間にはその姿を捕らえていた芽依子へと投げる。

 芽依子は投げ終わった体勢で、かわしようがない!

 

「勝った!!!」

 

 俺が言うが早いか…

 

「甘いのはそっち!!」

 

 …俺の投げ返した雪玉を、左手でしっかりとキャッチしやがった!!

 

 俺は動揺した。

 

 俺しかできない…そう思っていたのかもしれない。

 今の俺に、カウンターで投げ返していれば、確実にヒットしただろう…

 

 

 …しかし、あいつは鼻で笑っただけだった。

 

 

「彼方さん、これができるのは、自分だけだ…とでも、思っていたのかな」

 芽依子のその言葉に、ギクリとしてしまう。こいつはエスパーか。

「甘いな、甘すぎる!」

 ヤレヤレと肩をすくめたあと…

 

「彼方さん! あなたが立っている場所は、1000年前に私が通過した場所だ!!」

 

「なっ、なにぃっ!」

「芽依子さまの実力、まざまざと見せてやろうじゃないか」

 

 

(落ち着け…落ち着け…)

 

 心の中で、そうつぶやく。芽依子にもできたのは予想外だったが、できると分かったのなら、これからは根比べだ。

 

 取り損ねた方が負ける。

 

 芽依子がゆっくり振りかぶって…投げた!

 

「あっ!」

 

 芽依子が足を滑らして転んだのが、雪玉の向こうに見える。奴らしくない…だが、絶好の機会だ!

 雪玉は顔に向かっている…簡単に取れる、捕ってそのままぶつけたら、俺の勝ちだ!

 

 勝った!!!!

 

 …そう思った…その瞬間…

 

「なっ! フォークだと!!!」

 

 すとんと綺麗に落ちた雪玉が、俺の腹に当たった。 

 

 

 

 ………………

 ……

 

 パンパンッ…

 

 雪をくらった体勢のまま、凍りついたように立ちつくす俺をしり目に、芽依子がゆっくりと立ち上がり、転んだとき…おそらくわざとだろうが…についた雪を払う。

 

 そして…

 

「ふっ」

 

 ちっくしょー!! 鼻で笑いやがった。

 

「まあ、彼方さんにしては、よくやったほうじゃないのか」

 負け犬を見る目で、むかつくイントネーションでそう言いやがる。

「ぐおおおお、敗者にむち打ちやがって」

「ふっ、それが勝者の特権だろう」

 威張りくさって、ひでえこと言いやがる。

「うぐぐぐぐぅぅ……」

 ギリギリと歯ぎしりする俺を、口元に手を当ててケケケケと笑う…鬼だ!

 

「まっ、負け犬彼方さんに構うのもこの辺にして、そろそろ上に上がるとするか」

 

 そう言って、ビクトリーロードとも言うべき石段を、芽依子が登っていくのを、俺たちはただ見送るしか…

 

 

「あっ、芽依子まってー」

「ボクもボクも」

「じゃあ、私らも」

「行きましょうか」

 

 …見送るしか…

 

「って、俺も行くぞー」

 

 

 

 

 

                     …俺 再起不能(リタイア)…

                     To be continued 

 

 

 


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