愛するものを倒し…

 愛するものの屍を乗り越え…

 

 孤独な戦いは続く…

 

「あー、旭ちゃんも負けちゃったんだねえ」

「すぴー、彼方はすごかったのだー」

 

 孤独な戦いは…

 

「うわ〜♪ その言い方はなんだかエッチよ、旭ちゃん♪」

「ぴえっ、そうなのか!」

 

 孤独な…

 

「なんだか、大人な感じよ♪」

「大人な感じなのかー!」

 

 …ゴメン、二人とも楽しそうについてきてます。

 

「ま、たかが雪合戦だもんな」

 ハードでシリアスなノリには、無理があるってものだろう。

「次は誰だろうな?」

「うふふ、そろそろ芽依子ちゃんじゃないかと、私は思うわよー」

「むむっ、芽依子か、あいつは強そうなのだー!」

 

 そんな会話をしていると…

 

「あ、彼方ちゃん、はっけーん!」

 

 

 …予想外のダークホースが出現しやがった…

 

 

「ば…ばかな…」

 

 ようやく絞り出した第一声がそれだった。

「う…うそよ…」

 つぐみさんも動揺を隠せない…もしかしたら、俺が生き返ったときよりも動揺しているかもしれない。

「ぴ、ぴぎゃー!! うさぎ鍋はいやなのだー!!」

 旭も動揺のために、なんだか意味不明な発言をしている。

 

「あれ? みんなどうしたの?」

 

 俺たちの動揺の根本原因が、小首を傾げる。

 俺たちはこいつのことをよく知っている。…いや、よく知っているからこそ、これほど動揺しているのだ。

 俺たちの動揺の根本原因が、あんまんをほうばる。

 そんなところまで、俺たちの知っているとおりのこいつだった。いや、あらゆるキーワードが、目の前のこいつが、俺たちの知っているあいつであることを示している。

 ただ一つ…そう、ある一つの物体こそが、俺たちを惑わし、俺たちの記憶を疑わせている。

「す…澄乃…だよなあ?」

「えう? と〜ぜんだよ〜」

 なんとか頑張って絞り出した質問を、あっさりとこいつは肯定した。

 そう、こいつは澄乃だ。ある一つの物体をのぞいたら、どこからどう見ても澄乃以外の何者でもない。いや、その一つの物体とて、普段だったら、ヘンだなあ程度の認識で、こいつの存在を疑わせるものにはなりえないはずだった。

 

「旭ちゃんとつぐみさんは、彼方ちゃんに負けちゃったんだねえ。でも、私は負けないよ〜」

 

 その発言により、俺たちは最後の可能性まで奪われてしまった。

「す、澄乃…」

「えう、な〜に?」

「そ、その、お前は雪合戦に参加しているんだよな?」

「昨日言ったよ〜」

「そ、その紅白帽は、このイベントに関係ないファッションとかじゃないんだな?」 

「この年でこんなの、イベントじゃなきゃあできないよ〜」

 

 つ、つまりだ…

 

「お、お前は、まだ残っているということなのか?」

 

「そ〜だよ〜」

 

 

 

 この村は、不思議で満ちている…そう思わずにはいられない、俺たちだった。

 

 

 

「じゃあ、いくよ〜、彼方ちゃん」

「あ、ああ」

 

 

 

−第三回戦「出雲彼方vs雪月澄乃」−

 

スノーファイト、レディィィ……ゴォォーーー!!!!

 

 

「ててててー」

 澄乃が力の抜けるかけ声と共に、雪道を駆ける。その動きは予想外に速い!…なんてことはなく、あくまで普通…というか、予想通り鈍くさい動きでしかなかった。

 

 旭はもっともっと、全然速かったのに!!

 

「えい! えい! えい!」

 澄乃が雪玉をこっちに投げつけてくる。その雪玉の速度は予想外に速い!…なんてことはなく、あくまで普通…というか、予想通りへろへろであさっての方向に飛んでいた。

 

 つぐみさんのほうが、全然速くていいコントロールだったのに!!

 

 とにかく、とっととケリをつけようと、雪玉作りのために腰をおろしたそのときだった。

 

 ヒュン!

 

「なっ!」

 

 

 ついさっきまで頭があったところを、一個の雪玉が通過していった。

 

 

「ざ〜んねん、外しちゃったか」

 そう言って、茂みから出てきたのは、澄乃のお母さんである小夜里さんだった。

 注意が完全に澄乃に行っていたとは言え、この小夜里さんに気付かなかったのは、そのしげみと割と距離があったためである。

 ただ届かせるだけでなく、あの距離からあれだけのコントロールで投げられるということは、かなり常人離れした技能と言えるだろう。

「…なるほどね、澄乃がこんな時間まで残っている謎がとけたよ」

 澄乃がどんくさい動きで、注意をひきつけている間に、小夜里さんがその正確なコントロールで死角から攻撃をする…すなわち…

 

「コンビでやっていたってわけだな」

 

「そうだよ〜」

 澄乃が楽しそうに答える。

「ふふっ、一対一であるという記載は、ルールにないからね」

 小夜里さんが不適に答える。

 

 そう、確かにガン○ムファイトの大原則とも言えるタイマンルールは、このスノーファイト…龍神雪合戦にはなかった。…いや、みんなで遊ぶ雪合戦が根底にあるのだ、そんなルールがありえるはずはないのかもしれない。

「ふふふっ、悪く思わないでね」

 小夜里さんが、どこか妖艶とそう宣言する。

「彼方ちゃんに勝つよ〜」

 澄乃が、相変わらず幼稚っぽくそう宣言する。

「いや、逆に謎がとけてすっきりしたよ」

 俺も、ニヤリと笑って不敵に答えた。

 

 改めて…

 

 

 

−第三回戦「出雲彼方vs雪月澄乃&雪月小夜里」−

 

スノーファイト、レディィィ……ゴォォーーー!!!!

 

 

「ててててー」

 澄乃が、再び力の抜けるかけ声と共に、雪道を駆ける。いや、思えばこれもこちらの注意を否応なくひくための作戦なのかもしれない。

 とにかく、コンビだと分かった以上、気をつけるのは澄乃ではなく小夜里さんだ!

 そう考えて小夜里さんへと目を向けると…

「と、遠い…」

 雪玉を届かせることは可能だ…しかしながら当てれるかどうかは偶然にかけるしかない…そんな距離をとっている。

「なら近づいて…」

 

「えいっ!」

 

 澄乃の声が、恐ろしく近くから聞こえてきた。

「うおっ!」

 間一髪、目の前を通り過ぎる雪玉を、マトリックス的な動きでなんとかかわす。

「えうー、惜しかったよー」

 澄乃がすっげえ近く…雪合戦とは思えないほど近くで、悔しがっていた。

「ぬおっ!」

 それをかわしたのは、勘だった。俺ってニュータイプ!って錯覚してしまうほど、いい勘だった。

「くー、おっしい!」

 かなり遠くで、小夜里さんが悔しがっている。

 

 あ、甘かった…コンビと分かったら…そう思った…所詮、一人は澄乃だ…そんな考えは、非常に甘いものだったと思い知らされた。

 

 思えば、最高のコンビかもしれない。

 

 近距離をチョロチョロと澄乃…だが、注意を離すとどんどんとこちらの間合いを詰めてきて、外しようがないほどの超近距離から攻撃を加えてくる。

 遠距離をじっと小夜里さん…だが、注意を離すとその恐るべきコントロールと肩をもって、反撃しようがないほどの超遠距離から攻撃を加えてくる。

 完璧なコンビネーションと言えるかもしれない、さすがに親子、息もぴったりである。

 

「これはさすがの彼方ちゃんでも…」

 つぐみさんの沈痛な声が聞こえる。

「か、彼方、がんばるのだー!」

 旭のやけくそ気味の応援も聞こえる。

 客観的にも、俺の勝機がどこまでもか細いのは明らかと言うことだ。

 

 普通に考えれば、まず澄乃からだ。

 まず澄乃を倒して、それから距離を詰めた上で小夜里さんを倒す。それが普通だろう。

 だがその場合、澄乃に当てた頃には、小夜里さんからの雪玉を食らっているだろう…いや、ぎりぎり当たる前としても、かわしようがないだろう。…澄乃には勝てる、だが、結果としては負ける、それでは意味がない。

 

 では、小夜里さんからなら。

 距離を詰めて小夜里さんを倒す、その後であっさりと澄乃を倒す。それだとどうだろう。

 だがこの場合も、距離が詰まるのをゆっくりと小夜里さんが待ってくれるとは思えない…攻撃が飛んでくるだろう。仮に動き回って狙いをつけにくくしても、あのコントロールだ、かわさなければならない所には飛んでくるだろう。それを澄乃が見逃すか?…ありえない、かわしたところを超近距離から攻撃してくるだろう、そしてそれはかわしようがない。…どちらも倒せない、結果は完敗だ。一矢も報いれない。

 

 

 ならば…

 

 

 

 澄乃から…そう考えるでしょ、彼方くん。

 でも、甘い。切り札は隠し持つものよ。

 

 スケッチブック…澄乃が隠し持っているそれで、彼方くんの攻撃は防げる。あっと思ったときには、私の攻撃を食らっているわ。

 

 戦術では、戦略をひっくり返すことはできない。彼方くん、すでにあなたは負けることになっているのよ。

 

 

 

 ならば…

 

 

 決まっている!

 

 決意をすると、雪玉を片手に猛然とつっこむ!

「えぅ!」

 澄乃がすかさず懐からスケッチブックを取り出す。そんなものを用意していたか!

 

 …さすが小夜里さんだ…

 

「え、えう?」

 後ろから澄乃の動揺の声が聞こえる。

「こちらから狙ってきたのね」

 離れたところで、小夜里さんがこちらに狙いをつけているのが見える。

「彼方ちゃん、まてー!」

 動揺から立ち直った澄乃の声が、背後から聞こえてくる。スケッチブックを取り出す動きで、若干先ほどより離れはしたが、小夜里さんからの雪玉をかわす頃には…超近距離につめてくるだろう。

「もらったわ、彼方くん!」

 勝ちを確信した小夜里さんの声を…『背中』に聞きながら、ゆっくりと振りかぶる。

 

「え、えぅっ!?」

 

 急に振り向いた俺に、澄乃が驚くのが見える。スケッチブックを取り出そうとしているのだろうが…

 

 …遅いよ…

 

 べしゃ!

 

「えぅっっ!!」

 

「でも、甘い!!」

 

 

 振り向いた俺の眼前には、もうかわしようがない距離にある雪玉があった。

 

 

「私たちの勝ちよ! 彼方くん!!」

 眼前には大きくせまる雪玉…

 その向こうには、勝ちを確信した表情の小夜里さん…

 雪玉はかわしようがない…

 

 でも…

 

「賭けに勝ったよ」

 顔か腹…顔と張っていた俺は、あらかじめその辺りにアタリをつけていた左手を動かす。

「えっ?」

 小夜里さんが驚いた顔をする。

 そりゃあ、そうだろう。避けるのは不可能な雪玉を…

 

 …捕られるなんて、思ってもいなかったはずだ…

 

 バシッ

 

「えっ、あっ、ちょっと…」

 想定外のことにあわてる小夜里さんに対して、こちらは左手で捕った雪玉を、右手に持ち替えて…

 

 べしゃ!

 

「わきゃ!」

 

 

 この、死角がないと思われた雪月親子コンビに、勝利したのだった。

 

 

 

「ふう…やれやれ、負けちゃったか…」

 小夜里さんが、どこかすっきりした様子でそう言った。

「彼方ちゃん、すごいよ〜」

 澄乃も、自分が負けたというのに、嬉しそうにそう祝福してくれた。

「彼方ー! かっこいいのだー!」

 旭がぴょんぴょんと雪の上を飛び跳ねて喜んでくれている。

「ああ、サンキューな、みんな」

 俺も、みんなの祝福に答えるようにそう返事した。

「やるわね、彼方ちゃん」

 つぐみさんがどこか真剣な表情で、そう言ってくれた。

「そうね、彼方くんの強さは想像以上だったわ」

 小夜里さんもつられるように真剣な表情で、そう言う。

 

「とりあえず、後は芽依子をぎゃふんと言わせるだけだな」

 

 小夜里さんと澄乃のコンビを倒せたことで、俺もかなり気が大きくなったようで、改めてそう宣言した。

「なるほど、確かに芽依子ちゃんは底がしれないところがあるわね」

「でも…彼方くんは、雪合戦を完成させてしまった。さすがの芽依子ちゃんとはいえ…」

 

 

「待ってろよ、芽依子…」

 

 

 

 

 

               …雪月澄乃&小夜里 再起不能(リタイア)…

                   To be continued 

 

 

 


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