冬を越え…
サクラ舞う春を過ぎ…
そして再び夏が巡り巡ってくる。
「…そろそろだな」
村に徐々に活気がみなぎってくるのが肌に感じられる。
「…月日が経つのは早いな」
本当に早い、あれからもう一年が経つんだから。
「……で?」
「……で?…とは?」
「…なんで、こんな大荷物を俺が運んでいる状況になっているのかってことを聞いているんだ!」
彼方さんが今更そんなことを聞いてくる。
「彼方さんが村に来て1年のお祝いをしてやろうという、私たちの暖かい心遣いがわからんのかーっ!」
「それはそれでありがとーよーっ!…なんだが、なぜに俺が運んでいるんだ!?」
最初に言えばいいのに、雪月雑貨店からもうだいぶ歩いてからそんなことを言ってくるんだから、やっぱり彼方さんはかなりニブイのではないだろうか?
「彼方さんのためのものだ、彼方さんが運んでとーぜんではないか!」
「ぐっ! …そうかもしれんが、澄乃を見ろ! ちゃんとあんまんの袋だけでも持っているではないか!」
「えう?」
持っているというか…まあ、あんまんをほうばりながら歩く澄乃の手には、確かにあんまん入りの袋が握られていた。
「重いのには慣れた! だが、かさばるのは前が見えなくてつらいんだよ!」
「しょーがないなー、彼方さんは」
私はヤレヤレといった風に肩をすくめると…彼方さんに優しく声をかけてあげた。
「お願いします、芽依子さま…と言え!!」
どんどん…ぴ−ひゃららー…
「あっ、太鼓の音だ!」
澄乃が楽しそうにそう言った。
「そろそろ龍神祭だからな」
野菜入りの袋を持った私が、それに応じる。
「…龍神祭…か…」
感慨深そうに、彼方さんが口を開く。
「去年は彼方さん、いたのに参加できなかったからな」
「そうだねー、でも、すっかりよくなって、良かったよー」
去年の今頃は、彼方さんは落石の下敷きになって重傷を負っていたので、彼方さんはもちろん、澄乃も…まあ、私もお祭りどころではなかったのだった。
「今年はちゃんと楽しもうねー」
澄乃が本当に楽しそうにそう言った。その笑顔は本当に裏表のないものだった。
…澄乃は、もう、ふっきったんだろうか?
「…そうだな、みんなで楽しもう」
せっかくの龍神祭だ、楽しまなければもったいないだろう。
「…そういえば、今でも龍神さまを降臨させているのか?」
「えぅ?」
「はぁ?」
彼方さんのなかなかに面白い発言に、私と澄乃がそれぞれになんとも言えないリアクションを返す。
「まあ、昔は降臨させていたという伝説が残っているが…」
「少なくとも、私が生まれてからは降臨させたっていう話は聞かないよ」
私たちがそう言うと…
「まあ、やっぱりそうだよな」
彼方さんがどこか遠い目をして、そうつぶやいた。
「彼方さんも、なかなかに謎だな…
…はっ! 私に不思議勝負を挑んでいるのか!? ぬぬ、負けんぞ!!」
「いや、そんな勝負は挑んじゃあいないが…というか、勝ちたくねえし…」
「彼方さんに勝負を挑まれた以上、負けるわけにはいかない…なにか不思議な話…不思議な話…」
「おーい、聞けよ、人の話を…」
彼方さんが何か言っているが、私は自分がなんとなく知っていたり感じたりしていることで、すごいのを思い出そうとしていた。
「芽依子もねー、なんかいろいろすごいこと知ってるんだよ〜」
「それは知っているって、だから俺は勝負なんて挑んじゃあいないの…」
彼方さんと澄乃が言い合っているのを横目に、いろいろ思い出そうとしていると…
「そう言えば…」
…天啓のように、思い出したことがあった…
「いつ見たのかも忘れてしまった夢なんだが…」
…それは夢だったのか…今思い出すまで忘れていた…ひょっとしたら、今まで知らなかったことのようにも思えることだった…
冬を越え…
サクラ舞う春を過ぎ…
そして再び夏が巡り巡ってくる。
「…そろそろだな」
村に徐々に活気がみなぎってくるのが肌に感じられる。
「…月日が経つのは早いな」
本当に早い、あれからもう一年が経つんだから。
「ずるいずるいずるいずるいっっっ!! 鳳仙様、ずるいよーっっっ!!!!!」
龍神降臨祭、今年もその時期がやってきていた。…というか、もう降臨はさせていたりする。
「…ずるくない」
「絶対、ぜぇっったい、ずるいよーーっっっ!!!!」
「…ずるくないもん」
「絶対、ぜっったい、ぜぇぇっっっったい、ずるいよーーーーっっっっ!!!!」
今年来られたのは、菊花様だけだった。…そして、来てからずっとこういう風に私をせめていた。
「えっ、えっと、菊花様…」
「えううーー、白桜さまっ! 私も、わたしもー!!!」
みかねた兄上が仲裁に入ったのをいいことに、菊花様は攻撃を兄上に切り替える。
「それはダメです! 人と龍神が結ばれることだけはいけないのです」
兄上がぴしゃりと言う。…でも、それだと…人だったら…
「…コホン、菊花様」
私は兄上にくぎをさす意味もこめて、そこに口を挟む。
「兄上はもう…そ、その…」
思い切って口を開いたつもりだったのに、どうしてもそこで赤面してしまう。
「…わ、私と…そ、その…ち、ちぎりを結んでいる訳で…」
かぁぁーーっと、顔が熱くなってくるのを感じるけど、それは非常に心地よかった。
「えうううぅぅーーー!! 私も姉上みたいに人になるもん! そしたら、そしたらー!!」
菊花様はだだっこのように、そう言って足をじたばたさせる。
「人になってもダメです。兄上は私のものです」
「えうううぅぅぅーーーーーーーっっっ!!!!!」
なんだか、ついとんでもないことを口走った気もするけど、それはそれで、なんだか楽しかった。
「ふふっ」
ふと兄上を見ると、他人事のように楽しそうに笑っていた。
自分のことなのに…いい加減なという気持ちと、そんなふうに笑えるようになったんだ…良かったなという気持ちで、私もつい笑ってしまう。
「兄上…」
「ん…?」
私の呼びかけに、兄上が優しい表情で見つめ返してくれる。
「言っただろ、夜明けは必ず来るって」
「…ああ、そうだな」
私の言葉に、兄上がしっかりとうなずいてくれる。
「未来は、いつだってわからないよ。…でも、きっと幸せになれる未来だって必ずあるんだ」
兄上に…そして、自分にも言い聞かせるようにそう口にする。
「…でもね、たとえどんな未来が待っていても、私は兄上のそばにいるよ」
私はとびっきりの笑顔でそう宣言した。
「えうううぅぅーーーっっ!!!
私も負けないもんっ! きっと人間に転生して、白桜様と結ばれるもんっ!」
「私だって、負けませんよ。きっとそこには私も転生していますから」
それは大変そうだけど、楽しいことになりそうな…
…そう、幸せになれる予感…きっと、あなたのそばにいれば…
…ここで誓う約束は、未来の道しるべ…
「え、えっと…そ、それは…ど、どういうことなのかな…」
彼方さんが、なんだかしどろもどろにそんなことを聞いてくる。
…めぐりめぐる時を越えて、ひとつになる心…
「なんだ、やっぱり彼方さんはニブチンだな」
突如わき上がったようでいて、昔からあったような…そんな気持ちを抱えながら、私は彼方さんに笑顔を向ける。
…もうはなれずに、同じ道を歩いていこう…
「こういうことだよ…」
私は、そっと背伸びをして…
…必ずまた逢えること、いつでも信じていた…
「ああああぁぁぁーーーーーーーっっ!!!!!」
「えうううぅぅぅーーーーーーーっっ!!!!!」
彼方さんに、口づけをした。そばに澄乃がいることも、向こうからしぐれさんが来ていたことにも気付いていた上で。
…永遠に変わらないこの想い、せつなさごと抱きしめて…
「あはははーっ! 捕まえてごらん、彼方さん」
「め、芽依子ーーー!! いきなりなんつーことをっ!!」
「かっ、彼方さんっ!!」
「えうぅーー!! 彼方ちゃん!!!」
…みんなの足跡は続いていく…
……それは、きっと…永遠に……