ここは無限心母の中、半数の3人となったアンチクロスがいつもの場所に集合していた。

「ふむ、信者達は納得させたが、はてさて、これからいかがするかね?」

 最初に口を開いたのは、ウェスパシアヌスであった。残ったメンツを考えて、議論をまとめる適材としては彼しかいなかった。

「…クトゥルーのあの咆吼、あれで無傷だとは思えんが…さりとて、滅ぼせたと考えるのは、あまりに楽観過ぎるな」

 次に口を開いたのは、ティトゥスであった。議論を好むタイプではなかったが、必要な言葉を惜しむ人間でもなかった。

「あれで死んじゃうようなら、すでに殺せてるでしょ」

 最後に口を開いたのは、ティベリウスであった。議論の場ではかき混ぜるのが好きなタイプなのだが、3人となった事実がそれを許さなかった。

「いかにもいかにも、あれで倒せたと考えるのは早計だろうね。では、それでは、これからどうすべきかだ」

「簡単よん、乗り込んで確かめればいいわん。それで、もう死んでるならラッキー、まだ生きてるならとどめを刺せばいいわけ」

 ウェスパシアヌスの言葉に、簡単そうにティベリウスが答える。

「ふむ、それは結構、実に結構。だがね、そうは言っても、覇道邸において君たち二人が乗り込み、残念ながらうち漏らしたという事実もあるのだがね」

「あらん、あれはテリオンちゃんの命令があったから引っ込んできただけよ。それがなかったら、きっちりと殺してきたわよ」

 ティベリウスはあくまで強気である。そして、それはハッタリなどではなかった、ティベリウスは真実そうだと疑っていないのだから。

「ふむふむ、さて、ティベリウスはこう言っているが、ティトゥス、君はどう思うかね」

「俺はかまわんよ、行けというなら行く」

 ティトゥスはそう答えたが、内心は行く気満々である。

 ティベリウスは、死をまき散らし、生を犯し、さらに死をも犯すことを願っている。よって、たくさんの人間…獲物がいる狩り場、それはまさにうってつけだったからだ。

 ティトゥスはさらにシンプルであった。そこに戦士がいる、自らの魂をふるわせるだけの戦士…ウィンフィールドがいる、それだけで十分であった。

 

「一枚かませるのであーる!」

 

 唐突に、その場にアンチクロス以外の者の声…さらにエレキギターの音が響き渡った。

「ドクター、君も参加したいというわけかな」

「大十字九郎の相手は、この我輩以外にはありえないのである!」

「だーりんにあえるロボー♪」

 ウェスパシアヌスの問いかけに、それぞれがそれぞれの言葉で応と答えた。

「なるほどなるほど、では、君たちにまかせよう、十分な戦禍を期待しているよ」

 

 狩りの始まりだった。

 

 

「…でも博士、気に入らなかったんじゃないロボか?」

「気に入らないのは、今でも気に入らないのである! 

 …だが、展開が、時代のうねりが、我輩を、この世紀の天才、ドクターウゥエェェストゥッ!を呼んでいるのである! ご指名なのである! ナンバーワンなのである!! えへへー、ドンペリなんか頼んじゃってもいいですかー?ボトル入りまーす、やーん、そんなとこさわっちゃだめー、えっちなんだからー、そんなこんなで、席料込みで25万円になりますよーって、すっげえぼったくりやんけー、いやーん、お客さーん払えないなんて言わせ…」

 

 ボカッ!!

 

「うっせえロボ!」

「ギャーッス!! はんこうきー!!」

 

 

 

 覇道邸が誇る地下基地…そこの中でも最も重要な施設とも言うべきデモンベインの格納庫、そこでの混乱は上空の無限心母よりも大きいであろう。

 格納庫は、デモンベインとそれに折り重なるようになっている守護騎神アーサーによってぐちゃぐちゃになっていた。いや、格納庫自体の損傷はこの際それほど問題ではない。

 ギリギリでの転移、それも想定外の二体同時の転移によって、転移装置は問答無用で破壊されていた。

 それでも…

「…大十字さん達が無事なら、それ以上のことは望みません」

 …という、瑠璃の言葉がその場に集まった面々の心情を表していただろう。

 

 

「…ふぅ…なんとか生きてるな」

 デモンベインのコックピットの中で、九郎が安堵の吐息と共にそう言った。

「しかし、やばかったぜ。この転移、お前がやってくれたんだろ、おかげでなんとか助かったぜ」

 九郎は専用シートに座っているアルに、そう声をかけてねぎらった。

「…………とりあえず、出るぞ、九郎」

 しかし、アルは九郎のそのねぎらいに答えず、堅い口調でそう答えた。

 

 デモンベインから無事に二人が出てきたことに、その場に集まった者達から歓声が起こる。その歓声に、九郎は照れくさそうに頭をかくが、アルのほうはただアーサーを睨みつけるのみだった。

 そのアルの視線に触発されたわけでもないだろうが、皆の視線はぴくりともしない守護騎神アーサーへと向けられる。

 

 カッ……

 

 一瞬の閃光の後、巨大なアーサーの機体は消え、かわってその場に現れたのは…

「……………」

「…間一髪だったな」

 …二人の少女の姿だった。

 

 

 腰まである光輝く銀色の髪、どこまでも色素の薄い真っ白な肌、アルピノであることを示している赤い瞳、整った容姿と、それにぴったりとあったゴスロリな衣装…それはよくできた人形のようだった。

「……みなさん、はじめまして」

 その人形のような少女が、集まった面々に対して、ぺこりと頭をさげた。

 その様子を眺めるもう一方の少女…肩で切りそろえた金髪、飾り気も何もない真っ白な服…いや、それは服と言うよりは布を、文字通りてるてる坊主のようにまとっているだけだった。

 しかし、その少女から感じられる印象は、てるてる坊主などではない。天頂に輝く光の輪と、背中で切られている白い布から出ている真っ白な翼、それらが人々に与えるイメージはただ一つしかない…そう、天使と。

「けっ」

 もっとも、その表情は天使からはかけ離れたかわいげのないもので、よろしくするつもりはないことを、態度でありありと示していた。

 

 

「え、えーと、なんだ…とりあえず、自己紹介といくか」

 いろいろと聞きたいことや言いたいことはあったが、まずは名前だった。オーケー、こういういきなりの出会いにはすっかりと慣れたってもんだ。

「俺の名前は…」

「…知っています。大十字九郎さんですよね」

 …まあ、じたばたしたところで、俺の思惑なんか置いて行かれるってことがわかっただけなんだけどな。

「そして、死霊秘法アル・アジフさん、覇道瑠璃さん、ウィンフィールドさん…ですよね」

 知っている…誰かから既に教えられているというように、彼女はすらすらと俺たちの名前を言い当てた。

 

「私の名前は、ジャンヌ。…ジャンヌ・覇道です」

 

 は、覇道だって?

「ど、どういうことですか!?」

 姫さんもびっくりしているところを見ると、姫さんも知らなかったってことだ。

「…それについては、私からお話しします」

「ウィンフィールド!」

 執事さんはそう言うと、姫さんとジャンヌと名乗った少女の間に立った。

「こちらのジャンヌ様は、戸籍上は瑠璃様の叔母に当たることになります。…と申しましても、大旦那様の実の娘というわけではありません、大旦那様が十年前に引き取られて養女とされたのです」

「ウィンフィールド! なぜそんな大事なことを!」

「申し訳ございません。時が来るまでは誰にも言ってはならぬと、きつく仰せつかっておりましたので」

 執事さんがそう言って、姫さんに頭を下げる。

「…そのようなことはどうでもいい。つまりは、デモンベインの他にもう一つ隠し球を用意していたと言うことか」

「あ、アル」

「それが今になって登場とは…いや、あまりに都合が良すぎる登場だったな。まるで誰かのシナリオのようで…まさかとは思うが、それも覇道鋼造のシナリオとでも言うのか?」

「…………」

 アルの射殺さんばかりの視線を受けても、彼女はまるで動じた様子もなく静かにこちらを見つめていた。

「とにかく、不快だな。かなり不愉快だ! 妾達が踏み台のように扱われるのは、はなはだ不愉快だ!」

 アルの奴は魔力まで込めているのか、背後にいる俺にまでかなりのプレッシャーがある。…というのに、相変わらず彼女は静かに見つめるだけだった。…って、憤慨しているアルの奴を素通りして、俺のことを見ているのか!?

「…おじさまにそう言われてたから。

 誰よりも救いを求めているはずなのに、自分の両足のみでしか立たない人。何者にもすがることをしなかった人。どこまでも高潔で、どこまでもひたむきで、どこまでもまっすぐで、そして、どこまでも強い人」

 俺の目をじっと見つめたまま、彼女はゆっくりと歩いてくる。

「…おじさまは亡くなられたと聞いた。おじさまは逝ってしまわれたと知った。おじさまは倒れ伏したと感じていた」

「えっ、なっ、なに!?」

 彼女はそっと俺の頬に手を当てて、こちらを見つめている。そして、ゆっくりと目を閉じて…

 

「…くんくん……いっしょ……九郎おじさま……ポッ…」

 

 …俺の胸に顔を埋めて、なんかなかなかにとんでもないことをおっしゃってくれた気がするんですけど…

 

 

「はっ!!」

 

 それはマギウスとしての勘…幾多の死線をくぐり抜けたことにより、研ぎ澄まされた死へあらがう本能、生にしがみつく執念…その力によって気付く。

 

 ヤバイ! なにがってなんだかわからんが、とにかくヤバイ!!

 

 チロっと、辺りをうかがう。

「大十字さんって、もしかしなくてもやっぱり…」

 姫さんが、自分の胸と俺の顔を見比べながら、そんなことを言う。ヤバイ、なんか違う意味でヤバイ! …というか、やっぱりって姫さん、そんな目で俺のこと見ていたのね…

「な、汝ぇ…く、くくっ、いつのまにそういうことを仕込んでいたのか、詳しく聞きたいのう…」

 アルがすさまじい笑顔で、こちらを見ている。ヤバイ…本気でヤバイ! …というよりも、怖い、マジ怖い、しゃれにならないくらい怖いんですけど。

 その状況から、金縛りにあったように、俺の腕も足も体も、口すら動かすことが出来なかった。

 

 

 −怖いよ。

 

 だけど、何もしなかったらヤバイって分かっていて、それでも何もしないで、……やっぱりその通りになってしまう方が怖い。

 

 

「あー、アルさんや、俺とこの子は初対面、さっき初めて会ったわけ、そこんとこオッケーですか? そこのところ、理解していただけないでしょうか?」

「ほー、なかなかに面白いことを言うのう。初対面で抱き合って、あまつさえ『九郎おじさま』とまで呼ばせられるとは、とてもではないが思えないのだがのう」

 むしろにこやかにアルが微笑む。

 

「死ぬがよい」

 

 

 …何かしても、どうあがいても、やっぱりその通りになってしまうことって、あるよね……ガクッ 

 

 

 

「…むっ!」

「…!」

「………」

「…ふん」

「…どうしました?」

 緊張が走る。この感じは…

「どうやら、直接来たようだの」

「なっ、なにがですか!?」

「お嬢様、司令室に向かいましょう」

「ウィンフィールド!」

 …間違いない、このイヤな感じは…

「アンチクロスだな」

「ま、またっ!」

「急ぎましょう」

「え、ええ」

 

「…それはそうと…」

 

 アルのジト目を感じる気がする。

 

「いつまで寝ているつもりだ、九郎」

 

 …ひでえ、誰のせいだよ(しくしく)

 

 

 

 ビービービー!!

 

 基地内に警告音が鳴り響く。

「…ふん」

 ふるわれる血刀…一降りごとに、大量の血が振りまかれる。

「…最下層だな」

 目指すは司令室、目指すは戦士、それは殺戮者か、それは狩猟者か、…いや、それは探求者、それは求道者なり。

 

「…ウィンフィールド」

 

 

 

 ビービービー!!

 

 基地内に警告音が鳴り響く。

「…くす、くすくすくす」

 ふるわれるは肉塊…時と共に、肉塊は増え、凄惨な地獄絵図が描かれていく。

「とりあえず、下へ行こうかしらね」

 目指すは狩り場、目指すは獲物、それは殺戮者か、それは狩猟者か、…いや、それは快楽者、それは凌辱者なり。

 

「…くすくす、いくわよん」

 

 

 

 ビービービー!!

 

 基地内に警告音が鳴り響く。…いや、それ以上に…

 

 ギャギャギャァァアーーーーギュイギュォォオオオオォォーーーーーン!!

 

 …鳴り響く、狂ったようなエレキギターの音…

「…うるさいロボ」

 ふるわれるはトンファー型の銃…その一降りで、狂った音楽がやむ。

「の、のー!! イタイのである。我輩はそちらの趣味はないのである! …よね?ないと思うのであるが…新しい世界への扉が見えてく…それは新しい自分、こんにちわ、新しい我輩、さようなら、さっきまでの我輩」

「とにかく、早くダーリンに会いに行くロボ」

 目指すは好敵手、目指すは恋、それは殺戮者か、それは狩猟者か、…いや、それは求愛者、それはキ○○イなり。

 

「…ダーリン♪」

「…ふはは、待っているがいいぞ、大十字九郎!」

 

 

 ギャァギュオギュオォォオオーーーーーン…ガインゴイン……だから…るさいロボ…あん…やっぱりイタ……っぴり快感………

 

 

「…なんか、ひどく懐かしくて、聞きたくない音とか声が聞こえてくるんだが…」

 俺のその言葉に…

「…奇遇だな、妾も引き返したくなってきたところだぞ…」

 …俺の肩の上にのっかっているチビアルが、渋い顔でそう答えてくる。多分、俺も同じように渋い顔をしているんだろう。

「…引き返しちゃあ、ダメかなあ?」

 半ば本気でそう言った俺の言葉に…

「…なんというか、個人的には激しく支持したい魅力的な提案だのう…」

 …はげしく揺れているようだった。

 

 

「おおっ! 大十字九郎! そちらからやってくるとは、飛んで火にいる夏の虫!」

「ダーリン! エルザが会いに来たロボよー!!」

 予想通りの面々が、これまた予想通りの反応を返してくる。うわぁ、まじで帰りてえ。

 

「…なんというか、確認したいのだが、お前ら、何しに来たんだ?」

 

「ふははははははーっげふごふっ……はぁはぁ、何を聞くかと思えば、笑わせてくれるな、大十字九郎! 観光に来たとでも思うか!?」

「ダーリンに会いに来たロボー!」

「そう、大十字九郎! 貴様に引導を渡してやるためにやってきたのだ!」

「ダーリン、愛してるロボよー!」

「そう、大十字九郎! これは愛に近いのかもしれない、貴様へのたぎるこの我輩の熱い魂の怒りを拳に込めて!」

 

 うわぁ〜い! 相変わらず、会話してるのかできてるのか、とにかく疲れる連中だ。

 

「…とにかく、お前らだけならともかく、他にもお客さんが来ているようだからな、とっとと叩きのめして次に行かせてもらうぜ」

「ふふん、行くのである! エルザ!!」

「愛し合う二人が戦いあう! 悲劇ロボよー!!」

 

 

 

 血池肉林…それはまさにそんな感じであった。

 変わり果てた肉塊と、床を浸すほどの血、そんな地獄絵図のなかに、出てくる絵を間違えたかのような天使が一人。

「…ふふふ、お嬢ちゃんがあの白い鬼械神の術者かしら」

 仮面の奥で舌なめずりをするティベリウスを前に、2枚の白いマントを交差させて羽織った、ゴスロリ衣装の少女が一人。その少女の肩には天使が一人、それは祝福を与える天使か、それとも罰を下す天使なのか。

「…神罰、執行します」

 ジャンヌは真紅に燃えるまなざしを、ティベリウスに向ける。

「ふふふ、ステキよ。その色のない体、その幼い体躯、染めあげたいわ、赤く、私の色に…」

 自らの言葉にゾクゾクと酔いしれるティベリウスに…

「…下衆やろうが…」

 汚いものを見たと言わんばかりに、肩の天使が眉をひそめる。

「さあ、犯してあげるわ! 魂まで!!」

 

 

 

 それは、白と黒の争い、天使の名を持つ二人のロンド、互いが磁石の異極のように引き合いながら、同時に同極のようにはじかれあう。

 

 閃光の刃が、漆黒の拳とぶつかり、白と黒の光を放つ。

 

 白と黒の閃光は、混り合うように…

 白と黒の光撃は、融け合うように…

 白と黒の機体は、絡み合うように…

 

 しかしながら確かなことがひとつだけ…

 

 白と黒が、完全な灰色に混じり合うことだけは、絶対になかった。

 

 

 

「やれやれ……これだから、魔術師は非常識で困りますな」

「貴方が言えた義理ですか。貴方が…」

 再び二刀を構えるティトゥスの前で、ウィンフィールドがだらりと力を抜く。

「ほう、そう来るか」

 力を抜き、気までも完全に抜き去ったウィンフィールドの前で、力を篭め、それ以上の殺気を刀に籠めるティトゥス。

「御首級! 頂戴!」

 神速の走法と神速の斬撃!

 

 

「奥義−全休符・無音」

 

 

 

 

 復讐者。

 狩猟者。

 凌辱者。

 既知外。

 破滅の彩に染められた侵略者が踊る。

 だが狩りたてる者よ、心せよ。

 汝の獲物もまた、剣を持つ狩人であることを知れ。

 だが狩りたてる者よ、心せよ。

 全ては道化芝居。狩る者も狩られる者も、等しく運命に踊らされる哀れな人形である事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告 

 

 

「なにかが変わってきている。…よくわかんねえが、そんな気がする」

 

「…私は知っている。だからこそ…」

 

「ウィンフィールド!!」

 

「何者だ、汝? いや、何モノだ…」

 

「ボクの世界を壊すのは、誰でもない、ボク自身なんだよ」

 

「俺様が生まれる前のことなんか、知ったこっちゃねえ」

 

 

「さあ、高らかに一つ目のラッパを吹き鳴らすぜ!!」

 

 

 

 

 

第2話 「The Hunt」 了

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