「ふっ、今回もここまでのようだな、覇道鋼造」

 どこまでもくらい金色の髪をもつ青年が、全身に致命傷と思える傷を負った老人に対してそう言った。

「貴公の役目も、もう終わりであろう。これからは次代の自分にまかせるのだな」

 青年の言葉は、第三者の立場からはまったく理解できないものであった。

「ふっ、ふふっ、種は蒔いた。後は芽吹くのを待つのみ」

 口から血を流しながら、老人はニヤリと笑みを浮かべた。

「その通りだよ、覇道鋼造。すべてはその繰り返しだ」

「神の計略に対し、人の足掻きがどれほどのものかは身にしみている。…しかし、どこまでも足掻こうぞ」

「一度の経験では、絶望を知るには物足りなかったようだな。…まあ、それが貴公だとも言えるが」

「…未来を知っており、さらにその未来になることを避ければいい…なんとでもやりようがあったというのに、もう一度…今一度会いたい…ただ、それだけのために、あまりに愚か、あまりに罪深いことだ」

「懺悔かい、覇道鋼造?」

 そう聞きながらも、既に眼前の老人からは興味ないとでも言いたげな様子で、青年は前髪をいじる。

「懺悔? …懺悔、か。…そうだな、その通りだ。外道を討つためを免罪符に、私も外道へと墜ちた。最後のギリギリの一線までをも越えてしまった」

「ギリギリの一線?」

 わずかに興味をひかれたようで、相づちとはまた違ったニュアンスで尋ねる。

「ふっ、げふごふっ…ふふっ、ふふふっ、…お前は知らなくて良いことだよ…」

 老人が皮肉げに三日月型に口をゆがめる。…さながら、赤い血を滴らせる赤い三日月のようで、その老人がするのは極めて似合わない…いや、あり得ないような邪悪な笑みであった。

「そうか、ならば死ぬがいい」

 あっさりとそう言うと、青年の手から一筋の光が放たれる。

 

 確実に心の臓を貫かれ、死に至るまでのそのわずかな間に老人の中に駆けめぐる走馬燈…極めて険しく、苛烈にして鮮烈なる人生…その終止符に頭に浮かんだ言葉は…

 

 

「また会おう、瑠璃。…そして、すまない…ジャンヌ…」

 

 

 

 …頼むぞ、ウィンフィールド…

 

 その言葉は絶対であった。違えることは、おのが命を捨ててでも許せぬことだった。

 

 …頼むぞ、ウィンフィールド…

 

 今の主に黙り続けるのは、極めて辛く、身が引き裂かれる思いを感じるが、かの言葉は絶対であった。

 

 …頼むぞ、ウィンフィールド…時が来るまで、瑠璃には伝えないでくれ…

 

 なぜなら、その言葉は最も敬愛するあのお方の遺言なのだから。

 

 

 戦況は著しく厳しかった。

 これ以上はないと言えるほど、厳しいものだった。

「大十字さん! 逃げてください!!」

 瑠璃お嬢様が、半ば錯乱ぎみにそう叫ばれる。聡明なお嬢様のこと、きっとわかっておられるはずだ…逃げられない…ということを。

 デモンベイン…我らに残された最後の希望…その前に立ちふさがるは、どうしようもない絶望…七体のデウス・マキナ、うち破ることは無論のこと、逃げることすらどこまでも厳しい状況であった。

 

 

 

「そろそろですね…」

 少女はそうつぶやくと、読んでいた書物を閉じる。

 その書物は、予言であり、懺悔であり、詫びであり、遺書であり、日記であった。…そして、その少女がもう一冊の書物の次によく読んだ書物であった。

 少女がゆっくりと向かっていた扉が、少女の意志よりも早く開かれた。

「初めましてだね、お嬢さん」

 眼鏡をかけた、妖艶な雰囲気を醸し出す女性がそこには立っていた。

「…ナイア、さんですね」

 少女は尋ねるというよりは、確認するようにそうつぶやいた。

「そういうことだ。…やれやれ、九郎くんにはまいったよ。今回はこんな隠し球を用意していたとは」

 少女は、ただじっと見つめるのみ。

「彼が金にあかして、膨大な魔道書をかき集めていたことはしっていたけど、秘密裏にあれにまで手を伸ばしていたとは」

 少女は、ただじっと見つめるのみ。

「確かに確かに、あれも魔道書と言えば魔道書、まさかという思いが強かったけど、発想の逆転だねえ」

 少女は、ただじっと見つめるのみ。

「しかし、本当に真逆だよ。九郎くんからは近くて遠いものだったからねえ」

 少女は、ただじっと見つめるのみ。

「…それでだ、お嬢さんがどれほどのものかはともかく、ボクとしてはイレギュラーは極力処理しておきたいんでね」

 少女は、ただじっと見つめるのみ。

「消えてもらおうかな」

 女性がそう言ったと同時に…

 

「黙るがいい、邪神め!」

 

 …白き翼をはやした少女が、いずこからともなく現れ、そう一喝した。そして…

 

 

 …少女は、ただじっと見つめるのみ…だった。

 

 

 

「な、一体何が…」

 

 物事をすぐさま捕らえることが信条であるはずの司令本部にも、何事が起こったのかを理解するのに、しばらくの時間がかかった。

 我々の宿敵、大敵ブラックロッジとほぼ同一の意味を持っていた者…大導師マスターテリオン、奴が滅ぼされた…殺されたのだ、奴の部下であるはずの六人のアンチクロスによって。

「今です! 早く逃げてください! 大十字さん!」

 お嬢様の言葉によって、司令室の時間が再び動き出すのを感じた。

 一番の大敵が消えたとはいえ、まだ六人のアンチクロスとその六体のデウス・マキナは依然として健在であるのだ。逃げれるならば、逃げた方がいい。…それが、どれだけの可能性であってもだ。

「こっ、これは! 空間湾曲確認! なにかがあそこに出現します!」

 オペレーターであるソーニャの言葉に、一同注目する。

「こ、今度は一体なんですか!?」

 そのお嬢様の言葉は、その場にいる全ての者の心を代弁していた。

「空間転移です! 大きさは50メートル超! デモンベインクラスです!!」

 空間転移をするデモンベインクラスの大きさのモノ、デモンベイン以外に考えられるのはデウス・マキナ以外には考えられない。しかし、あの場には既に六体のデウス・マキナが存在しており、マスターテリオンに至っては既に殺されている…つまりは…

「七人目のアンチクロスですか!?」

 そう言う情報もある。…いわく、ブラックロッジのアンチクロスは七名いて、最後の一人は幽閉されているらしいと…

 

「時空震、来ます!」

 

 

 その場に登場したモノ…おそらく、七体目のデウス・マキナ…それは、白い翼をはやした巨大な鬼神であった。

 

 

 

「新しい鬼械神だと! この期に及んでか!!」

 操作席に座っていたアルが、悲鳴とも怒声とも言えない言葉を叫ぶ。

「ちっきしょー! 六対一でももうダメだって言うのに、念の入れすぎだぜ!」

 やつらの念の入れようには、ほとほとふざけやがれってなものだ。

 

 …だが、動揺が走ったのは、俺たちだけではなかったようだった。

 

「なっ、なんだ、貴様は!」

 金色のデウス・マキナに乗っていた黒人の男が、どこか焦ったように怒鳴る。…やつらの仲間ではないのか?

 

「…ロンギヌスの槍…」

 

 言葉と共に、新たなデウス・マキナの右手から放たれた一条の光線は、その金色のデウス・マキナを貫いた。

 最初、ほとんど魔力は計測されなかったのに…

「な、なんだ、どんどん魔力があがっていくぞ!」

 金色の機体を貫いて空中に停止していた光線は、その魔力を爆発的に増大させた。そして…

 

「ばっ、ばかなぁあっっ!!!」

 

 …断末魔の叫びごと、金色の機体を消滅させた。

「な、なんだ、一体何が起こったんだよ」

 一連の出来事の、あまりの展開に、俺の脳みそは完全に混乱してしまっている。

「わ、妾にもわからぬ! なんだ、あの鬼械神は! アデプトクラス…それ以上なのか!?」

 アルもわからないようで、逆ギレぎみに怒鳴り声をあげている。

 

「訂正させていただきます」

 

 戦場には似合わぬ、どこか静かに響く声。

「これはデウス・マキナなどではありません」

 そして、それとはまた異なる怒鳴り声…

「そうだぜ、邪教の信徒共!

 この俺様が呼んだ守護騎神をデウス・マキナなんかと一緒にすんじゃねえよ!!」

 …どちらも、あの機体…いわく、守護騎神から響いてきた。

 

 

「俺様…ヨハネ黙示録が守護騎神! アーサー!! 全ての邪教徒を殲滅せり!!!」

 

 

「…九郎くん、こいつは実にとんでもないイレギュラーだよ」

 闇の中、女性の声が響く。

「いや、むしろ正道と言うべきなのかな?」

 闇の中に光る、三つの目。

「邪神を相手にするんだ、神の力を借りるというのは確かにある意味うってつけなのかもしれないねえ。だけど…」

 光が瞬く。

「…あまりにも君らしくないよ。君らしくないんだよっ!」

 

 それは咆吼か。

 

 

「聖少女を、作り上げるなんて! 君のやり方じゃないはずだ!!

 大十字九郎!!!」 

 

 

 

「ヨハネ黙示録…新約聖書か?」

 アルの意外そうな言葉が、コクピット内に響く。

「意外そうだな、アル」

「…意外? そうだな、意外だよ。アレにとっての邪教の抗争にわざわざ首を突っ込んでくるなんて、思いもよらなんだわ」

 アルの言葉の端々には、トゲがどこかしこに生えていた。

「逆十字には聖十字か…なるほどなるほど、しゃれがきいておるわ。

 鬼械神ならぬ守護騎神で、魔道書ならぬ聖書か…どこまでも自らを特別だとでも言いたげだな、ヨハネ黙示録!!」

 アルのそんな挑発とも…というか、挑発にしかとれない言葉に対して…

 

「黙れ! よこしまなりし書よ! 俺様を愚弄するか!」

 

 …少女の、苛烈なる反論があたりに響き渡る。

「ネクロノミコン、アル・アジフ! 貴様も邪なる書に間違いないのだ! 貴様から滅ぼしてくれようか!」

 守護騎神アーサー、かの手がこちらに向けられようとした時だった。

 

「だめ」

 

 その声は静かに、深く、にもかかわらず、あらゆる反論を封じ込める強さを持って、響いた。

 

 

「倒すのはデウス・マキナ。滅ぼすのはアンチクロス。それが九郎おじさまの言葉…遺言。

 私は、それを守る」

 

 

 

「ふむ、詳細はともかくとして…5対2というわけだな」

 混乱していた戦況に一つの答えを出したように、ウェスパシアヌスがそう言うと、自らのデウス・マキナに乗り込む。アンチクロスのリーダーにも見えたアウグストゥスが敗れたことは、特に気にもとめていないようだ。

「奇襲を決めたアウグストゥスちゃんが、奇襲でやられちゃうなんて、ばっかね〜ん」

 ティベリウスがケタケタと笑いながら、鬼械神ベルゼビュートへと乗り込んだ。

「あの機体に対して、データが少ないのが少々気になるが」

 カリグラが慎重な言い回しをする。それに対して…

「けっ、びびってんのか、カリグラちゃ〜ん? こわいんでちたら、おうちに帰ってもいいんでちゅよ〜」

 クラウディウスがバカにしたようにカリグラに返す。

「貴様っ!」

「けっけけ、アウグストゥスのバカの次にやられないように気をつけなっ」

 そう叫ぶと鬼械神ロードビヤーキーに乗り込むクラウディウスと、それを追うようにカリグラも鬼械神クラーケンへと乗り込む。

「まだまだ、多勢に無勢は変わらないが…」

 最後に残っていたティトゥスも、そう口にしながらも自らのデウス・マキナへと乗り込む。

 

 

「しまったなあ、あの混乱の最中にもう一機だけでも、倒しておけば」

 

 思わず、そんな後悔が口について出る。混乱からの立ち直りが、俺よりも向こうのほうが早かったのだからしょうがないとはいえ、絶好の機会を失ってしまったのが悔しい。

「ふんっ、奴がどれほど役に立つかはわからんが、せいぜい利用させてもらおうぞ」

 そのトゲがありまくりのアルの言葉に反応したわけではないだろうが…

 

「フンッ、5対2ではない、5対1…むしろ6対1でも一向にかまわん!」

 

 ヨハネ黙示録のそんな叫びと一緒に、少女のつぶやきも聞こえた。

 

「…だめ」

 

 こちらに負けず劣らず、なかなかのコンビネーションのようで…

 

「なんか言ったか、九郎?」 

 

 

 

「とにかく、まずは足止めが必要だな」

 ヨハネ黙示録…よっちゃんがそう私に言ってきた。

「なにかあるの?」

 私自身、この機体に乗るのは初めてなので、何があるのかよくわかっていない。

「召喚する! 円卓の騎士を呼ぶぞ!」

「…わかった」

 よっちゃんの言葉にうなづくと、心のなかに浮かぶ言葉をそのまま口にする。魔法とか、奇跡とか人は言うけど、私にとっての常識、普通のことだ。

 

「召喚、円卓の騎士(トゥエルブナイツ)!」

 

 守護騎神より一回り…いえ、二回りは小さい十二の守護騎兵が私たちの呼びかけに答えて現れる。

「これで13対5だな!」

 よっちゃんは相変わらずあの機体…デモンベインを数に含めていないようだ。

 

「ごちゃごちゃうぜえんだよ!!」

 

 円卓の騎士達の中から、一体のデウス・マキナが飛び出してくる。

「飛ぶぞ!」

「うん」

 アーサーの光翼をまたたかせて、飛び出したロードビヤーキーを迎え撃つ。

「召喚、エクスカリバー!」

 心に浮かぶままに叫び、召喚されたアーサーと同程度の長さの両刃剣をつかむ。それをそのままロードビヤーキーへと斬りつけようとした瞬間…

 

「のろまがっ! 調子に乗るな!!」

 

 …感覚に思考が…反応が遅れたと思ったときには、地面へとたたきつけられていた。

「たてるかっ?」

「…うん、びっくりした」

 

 ドンドンドンッ!!!

 

 立ち上がるのを待っていたかのように、ロードビヤーキーから次々と魔弾が打ち込まれてくる。

「キャンキャンと這いずりまわれぇ!!」

 放たれる魔弾をかわし、あるいは剣で防ぎながら、飛び立つタイミングをうかがうのだけど…

「…くっしょー!! バカにしやがってぇっ!」

 …よっちゃんはかなり頭に血が上っている。元から気が短いのもある上に、ネクロノミコンにも散々挑発されて、相当頭に来ているみたいだ。

「あのトリを叩き落とすぞ!」

「うん」

 一瞬、砲弾がやんだのを見計らって、光翼をはためかす。

 

 そして…

 

「あっ…」

 地面を突き破ってきてのびてきた手…

「捕まえたぞっ!」

 …鬼械神クラーケンの腕に捕らえられる。

「カリグラァ! そのまま捕まえとけよぉ!!」

 一瞬で超高速移動へと転じたロードビヤーキーの姿が、眼前に大きく広がってくる。そして…

 

 

「バルザイの偃月刀!」

 

 

 クラーケンの腕が地面に消えているのに気付き、ティトゥスの相手をちっこい守護騎神達にまかせて、偃月刀を召喚するとロードビヤーキーに向けて放った。

「ちぃっ!」

 さすがに早い! 死角から投じられたはずの偃月刀をロードビヤーキーがあっさりとかわす。

「もっぺんだ!」

 ヒラリと上空へと逃れていたそのまま、再びアーサーめがけて超高速飛行へと転じる。

 だが…

 

 ズバッズバンッ!!!

 

「なにぃっ!」

 帰ってきたバルザイの偃月刀が、クラーケンの腕を切り裂く。

「今だ!」

「うん」

 俺の呼びかけに、しっかりとした口調で返したと思うと…

 

 シュバッ!!

 

「うわぁぁあああぁぁ!!!!!!」

 …ロードビヤーキーの銃を持つ方の腕を、見事に切り落とした。なかなかやるやる!

「クラウディウス!」

 クラーケンに乗るカリグラが声をあげるが…

「そんな余裕、あるのかな!」

 …その前に、クラーケンの懐へとデモンベインをすすめていた。

 

 

「レムリアァァ……インパクトッ!!!!!」

 

 

「か、カリグラァァッ!!!!」

 クラウディウスの絶叫が聞こえるが…

「あっ…」

 …既にロードビヤーキーを貫く、一条の光線に気付いたろうか。

 

 

「ロンギヌスの槍」

 

 

 二体の鬼械神の昇滅は、ほぼ同時であった。

 

「息ぴったりじゃねえか!」

「フンッ」

 アルは不満そうだが、俺はかなり浮かれていた。なんといっても、あの絶望的な戦況がほとんどひっくり返ったとも言えるのだから。

 

「いける!」

 

 まさにそう思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

…咆吼…

…砲口…

…放光…

…崩鋼…

 

 

 それはほうこう…その場に駆け抜ける強烈なプレッシャー…そこにある神…クトゥルーの咆吼であった。

 

「なっ、なんだっ!?」

「クトゥルーだ! まだ復元しきっていないというのに、おそろしいほどのプレッシャーだ」

 声にならない咆吼、このあたり一帯に重圧を放つ砲口、目をくらまさせるほどの放光、これまでのデウス・マキナの猛攻に耐え続けていたデモンベインの機体をきしませるほどの崩鋼…一度はひっくり返したと思った瞬間の…さらなるどんでん返しだった。

 

 

 

 

 

 アーカムにできたクレーターに残されたモノ…

 

「…今回は諦めたよ…だから…」

 

 うごめく闇…

 

「…展開を早めさせてもらうよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

「なにかが変わってきている。…よくわかんねえが、そんな気がする」

 

「…くんくん……いっしょ……九郎おじさま……ポッ…」

 

「大十字さんって、もしかしなくてもやっぱり…」

 

「な、汝ぇ…く、くくっ、いつのまにそういうことを仕込んでいたのか、詳しく聞きたいのう…」

 

「ボクの世界を壊すのは、誰でもない、ボク自身なんだよ」

 

「俺様が生まれる前のことなんか、知ったこっちゃねえ」

 

 

「さあ、高らかに一つ目のラッパを吹き鳴らすぜ!!」

 

 

 

 

 

第1話 「Bible Impact !!」 了

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