鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第八章 魔人、織田信長

 城攻めを開始してより六日目の朝、リーザス軍の陣から臨む大阪城は、昨日までとは明らかに違った雰囲気を放っていた。朝霧の向こう、かなり距離があるというのに、肌が泡立つほどの殺気と鬼気が感じられる。

「これは、小細工が上手くいきましたかの?」

「上手くいきすぎたような気もするが……」

 植木の爺の軽口にも、そんな答えしかできなかった。この気配は、かつて何度も顔を合わせてきた相手の物だ。それも、尋常でない殺気を伴っている。

「信長公が出てきますな、これは」

「エクス将軍やリック将軍に知らせるべきだろうか?」

「必要はありませんでしょう。あの方々も一流の武人、この気配に気づかないはずがありませぬ」

 今日の作戦は、実に単純だった。

 挑発に応じて出てきた信長を赤の軍で支え、戦場に釘付けにしたところを白の軍と挟撃し押し包んで殲滅する。昨日まで搦め手に布陣していた白の軍は、早朝の内に陣の移動を完了し、二時間もあれば城門前の戦場に到着できる場所に伏せているはずだ。

 リーザス軍も信長勢も、連日の戦でそれぞれ被害を出しているが、戦力比は二対一からほとんど変わっていない。つまり、成功すれば二倍の数で前後から挟撃することが出来るのだ。そうなればいくら信長公が武勇を誇ろうとも、周りの兵はそうはいかない。信長公以外の兵を片づければ、後はランス様達が決着を付けてくれる。

 問題は、信長公の攻勢を一刻に渡って防ぎきることが出来るかどうかにかかっている。

「一度だけ目にしたことがありますが、戦場における信長公の武者ぶりは、さながら無人の野を行くがごとしでした。リック将軍とてその歩みを止められるかどうか……」

「リック将軍は、止める、と言われたのだ、爺、私達はそれを信じよう。私達の仕事はリック将軍とメナド殿を少しでも手助けすること……。ガンジー殿と息を合わせて、少しでも、な」

「解り申した、姫様。この爺、もう何も言いませぬ。思う存分戦ってくださりませ。爺は、少しでも姫様をお助けいたします」

 朝霧がかすれて消えて行き、向こうにはっきりと大阪城の城門が見えるようになった頃、にわかに大阪城から陣太鼓の音が響きわたり、重い響きをたてて門が左右に開いた。そしてそこには、六尺を越える背丈と、それに相応しい厚みを持つ赤銅色の巨躯に鎧も身につけず、諸肌脱ぎの上半身をさらして大槍を構えた信長公の姿があった。

 その身からは比喩ではなく炎を吹き上げ、あまりの熱気に陽炎を纏っている。信長公は、自ら陣頭に立ち、後ろに武者達を従え、雄叫びを上げて怒濤のごとくリーザスの陣へと向かってきた。

「我はJAPANの王! 魔人、織田信長なり! 命のいらぬ者からかかってくるがよい!」
 
 

 信長公自ら率いる敵の強さは、昨日までとはおよそ比べものにはならなかった。昨日は互角の戦いを演じていたはずの赤の軍が、戦闘開始から三十分を過ぎる頃には押しまくられているのである。このままでは、エクス将軍が到着するまでに赤の軍が抜かれてしまう。

 そうすればその後ろは白兵戦には不向きな私の弓兵部隊と、ガンジー殿の魔法戦士部隊だ、あっと言う間に抜かれて、後ろのランス様の本陣まで突破されてしまうだろう。

 何とかしなければならない、だが、後方からの弓と魔法では、今の信長勢の動きを止めることは出来なかった。見れば、前方ではいよいよリック将軍と信長公の一騎打ちが始まっている。その周囲は剣風が荒れ狂い、近づいただけでもずたずたにされてしまう。

ォオオオオーッ!

「はぁぁぁっ、”バイ・ラ・ウェイ”!

 リック将軍はさすがによく支えている。

 リーザス一の勇者の名に恥じず、JAPANでは無敵を誇った信長公と互角に戦っている。だが、信長公は魔人、人間相手なら必殺の威力を持つリック将軍の必殺技、”バイ・ラ・ウェイ”でも決して傷つけることは出来ない以上、いつかは力尽き、討ち取られてしまうだろう。

 そして刻一刻とリーザス軍は押されていく。このままでは中央を抜かれてしまう。何か手はないかと焦る私の脳裏に、その時天啓のごとく一つの光景が浮かび上がった。だが、この手を使うには私の手勢では力不足だった。

 思い余った私は、藁にもすがる思いでガンジー殿を頼ることにした。

「爺!しばらく指揮を任せる!」

「姫様!?どちらに!」

「ガンジー殿の陣だ!直ぐに戻る!」

 並んで布陣するガンジー殿の陣は、私の足でも直ぐにたどり着く。何事かと目を見張る魔法戦士達をかき分け、私はガンジー殿の前に出た。ガンジー殿はこの戦況にも焦ることなく、本陣にどっかりと腰を下ろして、的確に指示を出している。

「ガンジー殿!」

「これは山本将軍、何事ですか?」

 そこで私は、自分の考えた策をガンジー殿に語った。今の状況を支えるにはこれしかないであろう事を、そして、今の私の手勢ではその策が実行できないことを。

「ガンジー殿、ほんの僅かの間で構いませぬ。信長勢を魔法で足止めできませんか?」

 これが都合の良い願いであることは解っている。魔法は万能ではない、あくまで刀や弓と同じ、道具なのだ。だが、ガンジー殿は、しばらく瞑目して考えた後、かっ、と目を開いて力強く頷いた。

「解りました、山本将軍。このラグナロックアーク・スーパー・ガンジー、何としてでも信長の軍を足止めして見せましょう」

「かたじけない、ガンジー殿」

「恐縮することはありませんぞ、山本将軍。同じランス王の旗の下に集う者同士、勝利を掴むために最大の努力を払うのは当然のこと」

 私は無言で頭を下げると、策を実行に移すべく私の陣へと足を向けた。

「では、私はこのことを急ぎリック将軍とメナド副将にお伝えします」

「あいやお待ちなさい、山本将軍。それより早い方法があります。……スケさん、カクさん!」

『はいっ!』

 声に応じて現れたのは、私より若く見える、メナド将軍と同い年くらいの二人の娘だった。しかも見覚えがある、確かこの二人はランス様直属の忍者だったはず。

 小袖を着て黒髪を後ろに流しているのがカオル・クインシー・神楽、私にはまだ見慣れない大陸風の衣装を着て、見事な赤毛を高く結い上げているのがウィチタ・スケートという名だったはず。

「カオル殿とウィチタ殿ではありませんか?」

「左様、今でこそこの二人はランス王にお仕えさせておりますが、元は儂の従者でしてな。少し前までは共に諸国を漫遊していたのです。その縁で、今でもランス王の呼び出しがある時以外は儂に付き従っております。さて、二人とも、話は聞いておったな?」

「はっ!」「はいっ!」

「では行け! スケさんはリック将軍、カクさんはメナド副将にこのことを伝えよ! 策の実行は赤の軍の移動をもって開始とする! よろしいですな、山本将軍?」

 私はガンジー殿の気迫に圧倒され、頷くことしかできなかった。ガンジー殿はその身から、王者の雰囲気とも言えるものを放っていた。そう、まるでランス様のように。

 だが、圧倒されていた私も、その場からカオル殿とウィチタ殿が瞬きをする間に風を巻いて消えると、正気に戻ってガンジー殿に一礼した。

「承知しました!では、陣へ戻ります!ガンジー殿、宜しくお願いします!」

「お任せあれ!」

 私は、そのガンジー殿の力強い声に安堵を覚えつつ、策を成功させ、この戦に勝つために私の陣へと急いだ。
 
 私の部隊は爺の指揮の元、効果的とは言えないが、この戦況に於いて正確な援護射撃を行っている。

「爺!戻ったぞ!」

「姫様! して、これからいかがなされるおつもりですか? 赤の軍が押されつつあります。急がねば何をしても無意味になりますぞ!」

 そう、これからが正念場だ。機会はただの一度、その時を逃さず定めたとおりに動かねば、私はここで屍をさらすことになりかねない。

「爺! 全隊に伝令! これから直ぐ、赤の軍が一時的に二手に分かれ、信長勢がこちらに向かってくる! そこを狙ってほんの一時でよい、足止めするのだ! そうすれば、この戦は勝てる!」

 全てを伝えているわけではないが、今はこれで良い。全てを伝える時間などないし、今は”一時耐えれば勝てる”ということを兵士達に信じさせればいいのだ。爺もそれが解っているのか、詳しいことは聞かずに伝令を飛ばす。

 そして伝令が行き渡った頃、今まで前面を支えていた赤の軍が、信長勢の前進に耐えかねたように左右に綺麗に分かれた。遮る物がなくなった野を、信長公を先頭に、武者達が一直線に津波のように押し寄せてくる。狙い通りとはいえ、これは尋常ではない恐怖だった。

 これを止めるくらいなら、土袋一つ抱えて本物の津波を止めろと言われた方がましだ。少なくとも本物の津波は、このように殺気をまき散らしながら迫ってくることはあるまい。

 背を向けて逃げ出しそうになる自分を意志の力で押さえ込んで、私は命じた。

「狙う必要など無い! 斉射! 足を緩めさせればいい!」

 私の指揮に、兵達はよく応えてくれた。総崩れになっても不思議はない状況で、自分の兵の事ながら信じられないくらい足並みの揃った斉射を行った。それでも信長勢は止まることなく進んでくる。見たところ、速度がほんの少し落ちた程度だった。

 だがそのほんの少しの差が、勝敗の明暗を分けた。見ればガンジー殿の部隊の陣頭に、ガンジー殿本人が仁王立ちになっている。ガンジー殿は高らかに魔法の詠唱を行っており、その背後の魔法戦士部隊も声を合わせて詠唱を行っている。

山本将軍、お見事! おかげでこちらの詠唱も間に合いましたぞ!

 ガンジー殿の大音声が辺りを圧して響きわたる。

全員、同調開始!……連結!

 魔法戦士部隊から、ガンジー殿に不可視の力が流れ込んでいく。魔法の素養がない私にも解るほど、それは大きな力だった。

奮い立て我が漢の魂! 燃え上がれ我が正義の心! ”超級! 破邪、覇王光”!!

 ガンジー殿が発した魔法の光は、そこに太陽が降りてきたかのような圧倒的な光量を放った。赤の軍を抜いた勢いで、一直線にこちらに進んでくる信長勢の真正面から、光が襲いかかっていく。そして光を浴びた信長勢は、その中で文字通り薙ぎ払われていく。

 光が消え去った後には、総勢の半分を薙ぎ払われ動きを止めた信長勢と、光の直撃を受けた中心点で大槍を支えに立っている信長公の姿だった。

 流石は魔人、手傷を負った様子はないが、衝撃までは消せなかったのか動けない様子だった。その五体から吹き出す炎も心なしか勢いを減らし、弱っているように見える。そして動揺し、動きを止めた信長勢に左右に分かれた赤の軍が牙をむく。

 だが私はそれに気を取られるも、すさまじい光を放った反動か、片膝をついて息を切らしているガンジー殿の元へと走った。私がたどり着いたときには、部下の魔法戦士達が手を貸して陣の中へと戻りかけていたが、ガンジー殿は憔悴した顔に笑顔を浮かべていた。

「……もう年ですかな、あの一発で儂は打ち止めです。後の始末は頼みましたぞ」

「……お任せを。既に赤の軍がとどめを刺しに向かっております」

 私のその言葉に安心した表情を浮かべたガンジー殿だったが、その時戦場から聞こえてきた爆音の轟きが私達を再び緊張させた。もしや、信長公が魔人としての力で何かしでかしたのだろうか?

 だが、再び爆音が轟いた時、ガンジー殿は全身から力を抜いた。

「……これで勝敗は完全に定まりました。この魔力の波動、これを使える魔法使いを私は片手の数ほどしか知りません。あれはおそらく志津香殿の”白色破壊光線”の爆音です。白の軍が奴らの背後についたのですよ」

 ガンジー殿の言う通りだった。

 エクス将軍とハウレーン副将の率いる白の軍が戦場の背後に現れ、赤の軍と共に信長勢を押し包んでいる。信長勢は四方を囲まれ、あれよあれよという間に将も兵卒も討ち取られていく。

 そして三十分後には、戦場でまともに戦っているのは信長公と僅かな供周りだけとなった。ここまで来れば私達の役目は終わりだ、後はランス様達にお任せすればいい。

 そうして信長公を遠巻きにしていると、ランス様と健太郎殿、石人形の肩に乗ったサテラ殿が進み出た。

いよう信長! 始めて顔を合わせるが、いいざまじゃねーか! まあ会ったばかりで何だが、今直ぐ地獄へ送ってやるから覚悟しやがれ!

「王様……」

「ランスってば……」

 ランス様の口上に、さすがに健太郎殿とサテラ殿が呆れた顔をしている。一方の信長公は、屈辱に肩を震わせているが、まだまだあきらめた様子はない。未だ折れる気配もない大槍を振り上げ、雄叫びを上げてランス様達に襲いかかる。

 その怒りを映したように炎が勢いを取り戻し、天を焦がさんばかりに噴き上がる。

おのれぇぇぇぇ! 人間ごときがぁぁぁ!!

「やるぞ健太郎! サテラ! フクロだ!」

 その声を合図に、一対三の戦いが始まった。

 サテラ殿の魔法が足を止め、ランス様の魔剣カオスと、健太郎殿の聖刀日光が信長公を切り刻む。その状況でも信長公は不死身のごとく暴れ回り、サテラ殿と健太郎殿は少なからぬ手傷を負った。

 縦横無尽に振り回される大槍と、その必殺の一撃をかいくぐり、或いは受け流しつつ切り込む二振りの剣。

 しかし三人の攻撃が徐々にその命を削り、ついに信長公も、片膝ついたまま立ち上がることが出来なくなった。それでもまだ信長公は、大槍を支えに立ち上がろうとする。私はその壮絶な姿に、死にかけているはずの信長公に、魔人の凄まじい力に、恐怖を覚えた。

 だが、その眼前に立つランス様は、一つも恐れた風もなく、とどめを刺さんと斬りかかった。

 同時にサテラ殿と健太郎殿も動く。まずランス王の魔剣カオスが信長公の右腕を、大槍ごと叩き切った。サテラ殿の魔法がその腕の落ちた右半身を叩き、次いで健太郎殿の聖刀日光が左半身を袈裟懸けにする。

グォォォォオーッ!

 最後に、再びランス様が信長公の前に仁王立ちになり、魔剣カオスを頭上に掲げた。

「喰らいやがれ!”ラーンスアターック”!!

 そしてついに信長公は、ランス様の必殺の一撃に脳天から股間まで唐竹割りにされ、二つに分かれて大地に横たわり、二度と動くことはなくなった。その五体を覆っていた炎が消え、薄い煙を噴き上げるだけとなる。

 ランス様が、その信長公の亡骸に片足を乗せ、勝ち鬨を上げる。

 こうして六日目にして、大阪城をめぐる激戦はリーザス軍の完全なる勝利に終わったのだった。
 
 

第九章 香姫

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