鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第七章 大阪攻め

「あの、五十六さん、なんだか辛そうですけど……、どこか調子が悪いんですか?」

 大阪攻めの出陣のその日、メナド殿が心配そうな顔をして話しかけてきた。植木の爺も何も言わなかったが同じ事を言いたげな顔をしていた。そんなに私は疲れた顔をしているのだろうか?

 あの晩以来、私はJAPAN兵の兵舎を出てハーレムの一室に移っている。

 それから三日間、

『今までやれなかった分だ!』

 と夜毎にランス様に呼ばれ、毎晩愛された。出来るだけ早く子が欲しい私としてはありがたいことだったし、寵愛を受けている、と言う意識は心地よいものだった。

 しかし、今まで経験の無かった私にははっきり言って辛かった。ランス様の攻めは激しく、昨夜など失神するまで攻められたのだから。

「大丈夫です。少し疲れが出ただけでしょう。メナド殿、お気遣いありがとうございます」

 とりあえずそう言って精一杯の笑みを浮かべる。この娘には会って以来世話になってばかりだから、少しでも心配はかけたくなかった。

「そうですか……、あっ」

 それでもまだ心配そうな顔をしていたメナド殿だったが、突然顔を赤くすると、くるりと回れ右をして自分の部隊へと駆け去っていった。

「そ、それじゃ!気を付けてくださいね!大阪攻め、頑張りましょう!」

「は、はぁ……」

 私は駆けていくメナド殿の後ろ姿を呆然と見つめていた。一体何がどうしたというのだろう? 機嫌を損ねたという雰囲気ではなかったが。

「はて、どうしたのだろう……?」

「姫様、おわかりになりませぬか?」

「爺にはわかるのか?」

 私の言葉に、爺はため息を一つついて首を振った。

「メナド副将は将軍と言ってもまだお若いですし、一途で純情な方のようですからな。姫様の胸元のそれは、少々刺激が強かったのではないですかな?」

 爺の指さす私の胸元を見下ろす。と、そこには、昨夜ランス様に付けられた痕が、くっきりと残っていた。

「そういうものはきちんと隠すものですぞ。全く、戦場暮らしで恥じらいまで無くしてしまわれたのですか。全く嘆かわしい、爺は先代と奥方様に申し訳が立ちませぬ……」

 それ以上爺の言葉を聞くことは出来なかった。私は盛大に赤面しつつ顔を伏せ、襟元をかき合わせてその痕を隠した。
 
 

 JAPANの中心、織田家の居城である大阪城は、評判通り、まさに難攻不落だった。

 正面からはリック将軍とメナド殿の赤の軍、ガンジー殿の魔法戦士隊、私の弓兵隊。そして搦め手からはエクス将軍とハウレーン将軍の白の軍、メルフェイス殿と志津香殿の魔法使い部隊。その数総勢約二万、軽く見積もって城内に立てこもる信長勢の約二倍。これだけの数が城を取り囲んで、既に四日が経過している。

 城攻めには少々頼りない数だが、JAPANの軍勢は野戦をその本領とする。事実、連日のように城内から撃って出てきては野戦を挑んでくるが、そのたびにリック将軍とエクス将軍に阻まれ、信長勢は討ち減らされていく。

 だが、日に日に数が減り、既に総数は一万をはるかに下回っているにもかかわらず、信長勢の士気は高い。その理由は一つ、何と言っても、大阪城にはまだ織田信長公が無傷で健在なのだ。六尺を越える銅色の巨躯が大槍を振るうその姿は、味方の兵にはこの上なく頼もしく映る。そして、信長公の発する恐怖は、兵士を縛り上げ、がむしゃらに戦いへと駆り立てる。戦場の恐怖よりも、信長公の怒りの方がはるかに恐ろしいからだ。

 さすがに時間的な余裕が無くなってきたため、そろそろ犠牲を無視してでも強攻策に出るべきかもしれない。魔人カーミラと魔人ラ・サイゼルがリーザス領内に出現するという問題もあるが、それ以上に、隣国ヘルマンに介入の隙を与えるわけにはいかないからだ。

 何よりも、ランス様がJAPAN征服が遅れるのを嫌っている。今日の軍議でも、ランス様は苛立ちを隠すことなく諸将の意見を聞いていた。

「強い……。味方だったときは気づかないものだな」

「そうですな。やはりJAPANの武者も個々の強さはリーザスに引けを取りませぬ。おまけに後ろに信長公の恐怖があっては、死にもの狂いにもなりましょう」

「やはり、このままではらちが明かないか……?」

 とは言っても、私にも爺にも事態を覆すような策は思い浮かばない。時間さえかければ、じりじりと信長勢の数を削り、いずれは勝つだろう。だが、我々は可能な限り早く、この大阪を落とさなければならないのだ。

 そろそろ日暮れが近くなっている。赤と白の軍が攻め立ててはいるが、信長勢は野戦でもよく支えている。そして、いよいよとなると城内へ退き、決め手を打たせてもらえない。このような戦い方は籠城側としてはとるべきではないのだが、今のところそれは成功している。何と言っても時を稼がれているのが痛い。

 指揮を爺に任せて物思いに沈んでいると、戦場ではメナド殿の部隊が一時的に押されているのが見えた。旗印から見て、相手は多田の兵。柴田ほどではないが、剛勇の将として知られた男だ。早速、爺が援護の矢を打ち込み始めている。

 だがその時、当のメナド殿と、多田が一騎打ちをしているのが目に入った。しかもメナド殿が押されている、剣技ならばメナド殿は並の男など足元にも寄せ付けないが、相手は名の知れた武将、しかも力で明らかにメナド殿が劣っている。

 そこまで見て取った私は、メナド殿を助けるべく、弓に矢をつがえ、”力”を練り上げ矢にこめる。

「……必殺必中!”疾風点破”!」

 私の弓の師から受け継いだ秘伝の技であり、必殺の一撃であるその矢は、狙い過たずに多田の頭を吹き飛ばす。”息吹き”によって”力”を引き出し、矢にこめるまで時間がかかりすぎて戦にはあまり向かないのだが、こういう場面では十分役に立ってくれる。

 目の前の相手が突然倒れたことにメナド殿は驚いたようだったが、直ぐに気を取り直して部隊を立て直し、主を失った多田の兵を押し返した。

「お見事でございましたな、姫様」

「うむ……。だが、今日もけりは付かなかった。そろそろランス王もしびれを切らすであろう。何とかせねば……」

「姫様、小細工でございますが、信長公を城から引きずり出す手がないわけではありませぬ」

「何?」

 これは意外な一言だった。植木の爺は頭の回る男だったが、普段から私の補佐に徹して控えていることが多く、自分から献策することはほとんどなかったからだ。

「どのような手だ?」

「はい……」
 
 

 日が西の山の陰に隠れた頃には、敵も味方も陣に引き上げ、今日の戦は自然に終わりとなった。兵士達にも夕食と休みを取らせたが、私達将軍はこれからまた軍議である。

 そしてランス様の天幕に向かう途中で、同じく軍議に向かうメナド殿と道連れになった。

「五十六さん、今日はありがとうございました。おかげで命拾いしました」

「いえ、仲間として当然のことをしたまでです。メナド殿が前線を支えてくださるから私達も効果的な弓働きが出来るのですから」

「それでも、今日は本当にありがとうございました!」

 メナド殿は本当に気持ちのいい娘だ。同じ女将と言うこともあるのだろうが、彼女には本当に心を許して共に戦うことが出来る。

「でも、本当に強いですね、JAPANの軍隊は。今までの自由都市群の軍隊とは全く違います」

「ええ……。味方だったときは気づかなかったのですが、本当に強い……。しかも彼らの後ろにはまだ信長公がいます。何とかして信長公を引きずり出さねば……」

「そうですよね。でも、配下の武将にも苦労している状態で、どうすればいいんでしょう? やっぱり、エクス将軍の作戦待ちかなぁ……」

「……それについては、私に一つ策があります」

 そう言うと、メナド殿は落ち込んだように伏せていた顔を上げて、私の顔を勢いよく覗き込んだ。

「本当ですかっ!? どんな作戦なんですか!?」

「……慌てないでください、メナド殿。これからランス王の御前で話しますので、その時に」

「は、はい、驚かせちゃってすいません。でも五十六さんってやっぱり凄いですね。ぼくなんか何にも思いつかなかったのに」

 メナド殿は、そう言うと私を尊敬するような目で見つめた。私は、その目に思わず苦笑してしまった。これから話す策は、私の頭から出たことではなく植木の爺の考えたことなのだが。

 だが、あえて言うこともないとと思い、私達はそのままランス様の天幕へと向かっていった。
 
 

「……と言うわけで戦況は我が軍に有利ながらも、我が軍の忌避する長期戦の様を呈してきました。この状況を動かす為には、我々から積極的にならなければどうにもなりません。そこで、皆さんの意見を聞きたいと思いますが、何かありませんか?」

 ランス様に報告を終えたエクス将軍が、そう言って我等に向き直った。ランス様は報告を聞いている途中から苦々しい表情を隠そうともせず、諸将はやはり難しい顔をしている。

 前線で戦うリック、メナド、ハウレーンの各将軍達も、志津香、メルフェイス、ガンジーといった魔法部隊の指揮官達も、よい策が浮かばず考え込んでいるようだ。信長公との決戦のために控えている健太郎殿と、巨大な石人形を後ろに従えたサテラ殿は、軍議の推移を見守っている。

 そして私は、メナド殿の期待するような視線を感じながら、エクス将軍に発言を求めた。

「何ですか、五十六さん?」

「小細工の類ですが、信長公を戦場に引きずり出すことが出来るかもしれません」

 私の発言に、ランス王どころか、諸将が驚いたように私に視線を集中させた。

「……続けてください」

「はい、大阪城に、私の名前で信長公宛に挑戦状を打ち込むのです。信長公は籠城を選んだ以上、そうそう挑発された程度では出てこないかと思われますが、あちらにとっては裏切り者の私が名指しで挑戦すれば、彼の者の気性からして自分で出陣してくる可能性は高いと思われます」

 もちろん、私の部隊では正面から信長公に当たっても瞬く間に蹴散らされてしまうので、赤の軍に戦ってもらうことになるが、と付け加えると、リック将軍は当然とばかりに頷いた。

「信長の本陣さえ出てくれば後は我々の仕事です。信長を守る兵を掃討して、キングのための露払いを致します」

「はい!五十六さん達が援護してくれればきっと勝てます!」

 メナド殿も賛同してくれた。後はエクス将軍とランス様がどう思うかなのだが……。

「ふむ、失敗しても特に不利益を被ることもないですし、成功すれば一気に決戦に持ち込めますね。心配なのは被害が大きくなりそうな点ですが、このまま力押しに持ち込んでも被害の点では同様ですか……」

 エクス将軍が考え込むように沈黙したその時、今まで黙ってその場の話を聞いていたランス様が、突然立ち上がって宣言した。

「だーっ! これ以上まだるっこしい城攻めは御免だ! 五十六! お前の作戦を採用する! エクス! 五十六の作戦が成功することを前提にして、明日中に適当な作戦を考えとけ! と言うわけで今日の作戦会議は終わりだ!解散!」

 言うが早いかランス様はマントを翻して出ていった。その後には健太郎殿とサテラ殿が続いていく。私達は慌てて礼をとってその後ろ姿を見送る。

 その場は一時的な沈黙に包まれたが、それを打ち破ったのは、魔法部隊の志津香殿だった。

「あいっ変わらずねー、ランスは……」

 この方は、冒険者時代のランス様と縁があったらしく、主従ではなく対等という意識でランス王に接している。ランス様もそれを認めているらしく、このような言葉遣いにも何も言われない。

「まあ、僕も適当な策が思いつかないことですし、ここは五十六さんの策を軸に煮詰めてみます」

 JAPANの慣れない空気で勘が鈍っているのか、などと軽口を叩きながら、エクス将軍はハウレーン副将を伴って帰っていった。他の諸将も散会し、私もメナド殿と連れだって陣へと戻った。

「五十六さんの作戦、うまくいくと良いですね」

 図に当たれば良いのだが、それは神と信長公のみぞ知る。

 そんな軽口を思いついたが、私は苦笑してそれを頭から追い出すと、とりあえず挑戦状の文面を考え始めた。
 
 

第八章 魔人、織田信長

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