鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第六章 夜伽

 私は緊張しながら、しかし不審に思いながら謁見の間へと向かった。ランス王からの呼び出しがあったときにはいよいよその時が来たか、と身構えたのだが、呼び出された先は玉座の間。これがランス王の自室ならば疑う余地はないのだが、玉座の間には王妃であるリア様や、実質的な宰相である侍女頭のマリス様もいるはずだ。

 まさかリア様の前で『その』話をするとも思えないが、それとも今度の大阪攻めの話なのだろうか?それならば昼間の軍議で済ませたはず……。

 とにかく、疑問を抱えて玉座の間へと至ると、話はきちんと通っているらしく、待つこともなく中へと通された。奥の玉座にはランス王がどっかりと腰を下ろし、そのとなりにはいつも通りリア様が、そしてマリス様が控えている。その様子に私は更に疑問を深めた。

 リア様は軍に関する話をするときには、決して同席されることはない、それではいったい何のために呼び出されたのだろうか?

「山本五十六、参りました」

 玉座の前に進み出て、跪いてランス王の言葉を待つ。ランス王が礼儀など歯牙にもかけない方だということはすぐに解ったが、この場にはリア様達がいる、礼を欠かすことは出来ない。

 しかしその私の気遣いも空しく、ランス王はいつも通りに話し始めた。

「かたっくるしいのは止せ、五十六。もっと早く呼び出そうと思ってたんだが俺様もリアの相手だ何だで忙しくてな。まあ、今日呼んだのは他でもない。大阪攻めまで後三日に迫ったわけだが、その前にお前との約束を確認しとこうと思ってな」

「約束、と申しますと、もしやあのことでは……?」

 私は慎重に言葉を選びながら答えた。もしやとは思っていたが、本当にリア様の前でこの話をするとは。リア様の嫉妬深さは、リーザスに来て日の浅い私でも知っていることだ、当然ランス王もわかっているはずだ。王のお気に入りの侍女に嫉妬して、その侍女をいびっているところをランス王に見つかり、叱責されて落ち込んだ、という話は真っ先に耳にした話だ。

「それそれ、お前のハーレム入りの話だ。わかってるんなら話は早いな、じゃあ早速今夜から……」

「ダーリン何それ! ダーリンにはリアがいるでしょ! 何でこんな女にまで手を出すのよぅ! すずめのことだってメナドのことだって! リアがそんなに不満なの!?」

 本当に解りやすいお方だ、リア様は。私と違い、一国の女王として相応しい気品と可憐さを持ちながらも、この性格がそれらの美点を帳消しにしている。しかも聞いているだけなら可愛らしい嫉妬で収まるのだが、この方はやることが少々過激すぎる。侍女のすずめ殿など危うく責め殺されかけたと言うし……。

 途切れることなく叫び続けるリア様に閉口したのか、それまで煩わしそうな顔をしながらも黙っていたランス王がとうとうリア様を怒鳴りつけた。

「うるさいぞ、リア!リーザスの王はこの俺様だ!その俺様が決めたことにはお前といえども文句は言わさん!」

「うぅっー……」

 口をとがらせ、恨みがましい目をしてリア様がランス王を上目遣いに睨み付ける。だがそれを全く気にせずに、ランス王は先程の続きから始めた。

「と、言うわけで!リアも納得したことだし早速今夜俺の部屋へ来い!解ったな!」

 ここまで来て私に否やはない。しかしその前に、私は覚悟を決めた日に決めた、もう一つの『望み』をランス王に承知させねばならない。これ位せねば、これまで意地を張って屈辱に堪え忍んできたJAPANでの日々が意味を失ってしまうのだ、という思いが私にはあったのだから。

「その前に、ランス王にお願いがございます」

「何だ?今更ハーレムは嫌だっつってもなしにはならんぞ?」

「いえ、それは構いません。ですが、ハーレムに入る条件を一つ追加させていただけませんか?」

 ランス王は不満そうな顔をしている。それはそうだ、一度私は首を縦に振っておきながら、またそれを覆しているのだから。リア様はいつの間にか私を睨み付けている……、あの方の性格からすれば当然だろう。

 そして、マリス様はいつもながら冷静な表情を崩さない。リア様のためならどんなことでもする方だと聞いていたが……、今やリーザスの王であり、リア様の夫であるランス王の言うことには絶対服従というのも本当らしい。

「何だ?言ってみろ」

 これで第一の関門はくぐり抜けた。ランス王が『聞かない』と言えば、『望み』を言うこともできない立場に私はいるのだから。だが、『望み』を言う前に、もう一つしなければならないことがある。リア様に聞かれるわけにはいかないし、何よりこれ以上人前でこんな話をするのは恥ずかしくて耐えられない。

「これはランス王だけにお話ししたいのです。申し訳ありませんが、お人払いをお願いします」

「ちょっと何よそれ!リアが邪魔だって言うの!ダーリン!こんなしっつれーな女、城から叩き出しちゃってよ!」

 これは危険な賭でもあった。リア様の言うことは正論だ、王妃に向かって『邪魔だ』と言っているのに等しいのだから、この場で叩き出されても文句は言えない。

 しかしランス王は、私を追い出すことはなかった。

「リア」

「ダーリン、ダーリンはリアに出て行けなんて言わないよね?」

「ちょっと席を外せ」

「……! 何よダーリン、こんな女の言うこと聞いて奥さんのリアを追い出すの! そんなのぜーったい認めないんだから!」

「しゃあねえなあ……、マリス。リアを連れてってお菓子でも食わせとけ」

 その言葉に、今まで控えていたマリス様が進み出た。リア様はマリス様に向かって潤んだ瞳を向ける。

「マリスはリアの味方だよね?そんな事しないよね?」

「……申し訳ありません、リア様。王の命令は絶対です」

 今度こそリア様は絶句した。そしてそのまま、マリス様に手を取られて、引きずられるように謁見の間を後にする。

「ぜーったい、認めないんだからー!」

 と言う声を残して。

 それを見送ったランス王は、疲れたようなため息をつくと、再び私に目を向けた。

「さて、うるさいのがいなくなったところで、『お願い』とやらを言ってみろ」

 ここからが正念場だ、成功するかどうかは私の口先一つにかかっている。

「はい、では申し上げます。私がハーレムに入ることを条件に、山本家の再興を認めていただく、それに加えて」

緊張のために口の中が乾く。

「……将来、ランス王と私の間に子が出来た場合、その子をJAPANの王としていただきたいのです」

 これが私の『望み』だった。

 自慢ではないが山本家はそこそこの歴史を持つ名門だった。格式から言えば織田家や柴田家などより遙かに上だが、時流に乗り遅れ、一領主の座に甘んじていた。しかし、ここでリーザスの後押しがあれば話は変わる。

 おそらくリーザスはJAPANを征服するだろう。そしてその力を背景に、私とランス王の子、つまりリーザスの王族でもある山本家の者がJAPANに乗り込む。そうすれば、一領主に過ぎなかった山本家が、一躍JAPANの王となることが出来る。

 これは山本家にとってこの上ない誉れとなるはず、それだけのものが私の体一つで手に入るのだ。私は、戦場に望む以上の決死の覚悟でランス王の言葉を待った。

 これはリーザスにとってはほとんどうまみのない話だ。せっかく苦労して征服した国をよこせと言っているのも同じ事なのだから、そう簡単に認められるとも思えない。しかし、難しかろうと何だろうと、何としてでも、これは実現させねばならない。

「いいぞ」

「……は?」

「いいぞ、と言ったんだ」

 私は耳を疑った。まさかこれほどあっさり認められるとは思っていなかったのだ。

「エクスから報告があったんだが、JAPANの風習は大陸と違いがありすぎて、俺達にはやりにくいとこなんだ。長崎の町に送った役人共なんぞ、三日で音を上げて転属願いを出してきやがった」

 王の言葉を聞きながらも、私は先程の言葉を反芻して、わき上がってくる喜びに必死で耐えていた。

「だからJAPANのことはJAPANの人間に任せた方がいいだろう、ってことになってな。五十六がそう言うなら好都合だ、子供が出来たらそいつにJAPANは任せよう。第一、せっかく征服した国を見ず知らずの他人にやるなんて我慢できん。その点、俺様の子供に任せるんなら結局それは俺様の物、みんなが満足して問題なし、ってわけだ」

そこまでが限界だった、喜びのあまり、涙が溢れてくるのを抑えきれない。

「……っておい、五十六、何でいきなり泣き出すんだ!?」

「す、すみません、ランス王。感激してしまいまして、喜びのあまり……」

「そんなに嬉しいもんなのか?」

「はい、お家が再興できるだけではなく、JAPANの王となれるとは……。これで、ご先祖様に申し訳が立ちます。これ以上の供養はございません……」

 顔を上げていることもできなくなり、私は顔を伏せて、必死あふれ出ようとする涙を堪えた。だがその努力も空しく、涙が一滴、また一滴とこぼれて、玉座の間の絨毯にシミを作る。

「そーいうもんか、やっぱりよく解からん……。まあ、それもJAPANを征服した後のことだ。その前に五十六、お前にはしっかり働いてもらうぞ!」

「……はい! この私の身命を賭して、ランス王の覇業を微力なりとお手伝いさせていただきます!」

 涙を拭って顔を上げ、ランス王の目をまっすぐに見据えて私は答えた。

 これでもう憂うべき事は何もない。この方は女としての私の望みを聞いた上で、武人としての私にも期待してくれる。私はこれ以上ない主に巡り会った、その喜びが、私の中を満たしていく。

「それじゃまずは、早速今夜から頑張ってもらおうか! 時間になったら体をきれーにして俺様の部屋に来い! いいな!」

「……は、はいっ」

 一瞬意味が分からなかったが、意味が分かるととたんに羞恥心がこみ上げてきた。今まで戦場暮らしでそんな経験をする暇はなかったのだ、理由もなく恥ずかしさがこみ上げてきてランス王の顔をまともに見ることが出来ない。

「話はここまでだ、また今夜、ゆっくり続きをするぞ!がーっはっはっはっは!」

 高笑いを残して、ランス王は謁見の間を去っていった。

 私はその後ろ姿に向かって跪いた。この感謝の気持ちを表す言葉は、私の中にはなかったから。
 
 

 その晩、私は身を清め、白装束に身を包んでランス王の自室の扉を叩いた。

 その後のことは、事が終わるまでよくおぼえていない。熱に浮かされたような感覚の中で、その時間は私の中を通り過ぎていったから。

 だが事が終わったその後に、私は顔から火が出る、と言う思いを心底味わわされた。二度と思い出したくないほど恥ずかしいこと。あんな思いをしたことは生まれてこの方一度もなかった。

 恥ずかしさのあまり、私のあわてぶりを見ながら笑うランス王の声を背に受けつつ、私は身支度もそこそこにランス王の自室を飛び出した。しかしその時、私は奇妙な満足感をおぼえていた。

 生まれて初めて、この上ない、奇妙な満足感を。
 
 

第七章 大阪攻め

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