鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第五章 軍議

 リーザスの中心、リーザス城に入ってから早一週間。今城内は、三日後に迫った大阪攻めの準備のために殺気立っている。

 私もこの一週間、私に付き従ってきたJAPANの兵達をリーザスの指揮体系に組み込むために、リーザス軍総指揮官であり、黒の軍の将軍であるバレス・プロヴァンス将軍と打ち合わせを重ねたり、大阪攻めの際の助言を求められて軍議に出席したりと、忙しい日々を送っていた。

 その分雑務を任せた植木の爺が忙しい忙しいと文句を言っていたが、私が生き生きとしているのが嬉しいのか、そう言いつつも顔は笑っていた。そう、ここに来て以来、私は自分が次第に充実していくことを実感していた。

 降服してきた新参の将、という負い目が最初こそあったが、いざリーザス城に入ってみれば、周りは同類ばかりだった。カスタムの街の元市長エレノア・ランをはじめとするミル、ミリのヨークス姉妹、技術研究所のマリア・カスタード、魔法研究所の魔想志津香などカスタムの街の住人、火星の元市長火星大王。

 他にも、なんと人類の敵であるはずの魔王・来水美樹。彼女は異世界から召喚され、無理矢理魔王の後継者にされたためにその力に目覚めることを拒否しているらしいが、私より幼いその体の内には間違いなく強大な力を秘めている。

 そしてその守護者で、ランス王の魔剣カオスと並び、魔人を倒すことの出来る数少ない手段である聖刀日光を持つ剣士・小川健太郎。この少年も、召喚された彼女を追って異世界からやって来たそうだ。

 また、魔王の護衛と名乗る小柄な少女の姿をしたゴーレム使いの魔人サテラ、高速で空を駆ける異種族ホルスの魔人メガラス、傭兵のルイスにセシル。

 ランス王自身が元冒険者だけあって、こうした雑多な連中がリーザス城には集い、城内には常に清新な活気が満ちていた。聞くところによればランス王はこれだけでは飽きたらず、さらなる新しい有為な人材を得るために士官学校というものを新設し、そこでは将来のリーザスの将軍を目指し、才能ある若者達が日々切磋琢磨しているという。

 私はこの活気に満ちた空気の中で、今まで感じたことのない充実感を感じていたのだった。軍議の席においても、ランス王やリーザス軍の幹部達は女だからといって見下すようなことはなく、有益な献策すればきちんと採用される。そうした心地の良い忙しさの中で、私はこの一週間を過ごしていたのだ。

 そして今日は、久しぶりに午前中は時間が空いたため、ここのところ満足に出来なかった弓の稽古をしている。心地の良い緊張感と、その後の瞬間。何と言われようとも、やはり私には茶や華よりも弓が向いているのだ。

 いつもの通り、脇に控えていた植木の爺が私に次の矢を差し出しながら機嫌の良さそうな声で話しかけてきた。

「姫様、リーザスに来て以来、毎日が楽しそうでございますな」

「ああ、楽しいぞ」

 弓を引き絞り、的を見る。集中するに連れ、的以外は何も見えなくなる。

 そして、放つ。

 矢は狙い通り、的の中心を貫いた。

「それに随分とお変わりになられた。以前は引き絞った弓のように常に張りつめておられましたが、今は余分な力が抜けて、物腰まで柔らかくおなりになっておられる。何より姫様と呼んでもたしなめられなくなりました。ランス王ですか、良い主に巡り会われたようですな」

「ん、そうだな。リーザスの空気は、私の肌に合うようだ。それにランス王は、良い主だ」

 私の心に僅かに影が差す。私はまだ、ランス王のハーレムに入っていない。

 この一週間の忙しさのために私は走り回っており、加えてランス王からの呼び出しがないのをいいことに兵舎住まいを続けている。降伏した条件について爺には詳しく語っていない。いずれ言わねばならないだろうが、爺はその時、どんな顔をするのだろうか。
 
 

 その日の昼間の軍議でのことだった、大阪攻めの軍勢の編成が発表されたのだが、その中に、私の名があったのである。

 それもリック将軍、メナド副将の率いる赤の軍、ガンジー殿の魔法戦士部隊、そしてメルフェイス殿と志津香殿の魔法使い部隊と共に、先鋒の軍を命じられたのだ。長崎周辺の制圧を終え、軍の指揮を一時ハウレーン副将に任せたエクス将軍が、軍議を締めくくった。

「先鋒のあなた方の役目は、僕たち白の軍と共に、魔人・織田信長を丸裸にすることです。信長を守る兵がいなくなれば、後はランス王と健太郎君、そしてサテラさんが信長にとどめを刺します。メガラスさんもいれば万全なのですが、魔人レイ、魔人ジークを退けたとはいえ、まだ魔人カーミラ、魔人ラ・サイゼルが残っている以上、これ以上美樹さんの周りを手薄にするわけにはいきません。忍者の妨害工作による被害を避けるためにも、勝負は一週間です。迅速に目的を達成することを期待します」

「よし! 出発は予定通り三日後だ! お前ら、そのつもりで準備を済ませとけ! では今日は解散!」

 そう言ってランス王はバレス将軍とエクス将軍を連れて退出していった。

 私は複雑な思いを割り切ることが出来ないでいた。JAPANの軍と戦うことは、割り切ったつもりではいたが、まだまだそうはいかなかったらしい。

 その葛藤が顔に現れていたのだろう、メナド殿が心配そうな顔で近づいてきた。彼女とは降服したときのことが縁となってか、比較的親しく言葉を交わす間柄になっている。もっとも、彼女は世話好きなところがあるようだし、憎めない人柄をしているのだから、この縁が無くともそれなりに親しくなっただろう。

「五十六さん、あの、大丈夫ですか?リーザスの将軍になったとは言え、故郷の人と戦うのは……。何だったら、ぼくから王様にお願いして誰かと代わってもらうようにすれば……」

「メナド殿、ご心配には及びません。私は新参の、しかも降将です。ランス王も、ここで戦わねば私の忠誠を疑われるでしょう。この戦いは、私の忠誠を確かめるための意味もあるのでしょうし、私は証をたてるためにも戦わなければなりません」

 そう、メナド殿の心遣いはありがたいが、私はリーザスで功をたてねばならない。戦場で功をたてねば山本家の再興はない、それだけがJAPANにいたときと変わらない私の戦う目的なのだ。

「そんなことはありません!」

 突然、メナド殿が声を上げた。真剣な口調に引かれてその顔を見ると、その目は口調以上に真剣な光を湛えて私を見つめていた。

「王様は、自分の部下を試したりするような意地悪な方じゃありません! エクス将軍やバレス将軍もそうです、仲間を疑うような人はリーザスの将軍にはいません! この編成だって、それが最良だと考えられたから五十六さんが加えられたに違いありませんよ!」

 彼女の言葉はいつも心から出た真摯なものだ。だから、その言葉は心に響く。

「その通りです、山本将軍」

 そう声をかけてきたのはリック将軍だった。常に外すことなく身につけている赤の軍の将軍が代々伝える兜には、『忠』の一文字が刻まれている。リック将軍が、その兜に恥じない一角の武人だということは、一週間あまりの短い期間で解っていた。その将軍の言葉は、メナド殿とはまた違った意味で心に響く。

「キングは一度信じた部下を決して疑いません。信頼すべき相手を、理屈によらず見抜くのがキングの優れたところでもあります。そしてキングは貴方を信頼しておられる、キングは信頼できない相手に先鋒の大任を任せることはありません」

「お二方のお言葉とお心遣い、ありがたく頂戴します。……確かに、私は穿ちすぎていたのでしょう、ランス王は、試すようなことをする方ではありませんでした」

 少しだけ反省した。確かに、あの時私に大望を語ったランス王はつまらない小細工をする人物には見えなかった。

「そうですよ!」

「バレス将軍とエクス将軍もおそらく同じでしょう。貴方の知識はJAPANの軍と戦う上で大いに役に立つ。あの方々は、人材をもっとも効果的な場所で使うことが出来る方々ですから」

「……リック将軍、メナド殿、ありがとうございます」

 私はこの二人に心から感謝した。これで余計なことに心を砕くことなく、精一杯戦うことが出来る。

 顔を上げると、リック将軍はこちらも安心できるような微笑みを浮かべており、メナド殿は照れたような笑顔を浮かべていた。そして私は二人と別れ、出陣の事を告げるべく、植木の爺達の待つ兵舎へ足を向けた。
 
 

 しかし、ランス王からの呼び出しがあったのは、その日の夕刻のことだった。
 
 

第六章 夜伽

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