鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第四章 恭順

 跪いた私の後ろに立ったメナド副将が、ランス王に説明を始めた。

「山本将軍は、ぼくの降服勧告を受け入れ、戦うことなく降服してくれました。ですが、その条件として、僕は山本将軍配下の兵士の命は保証することを約束しました。だから王様、勝手なお願いですが、降服した兵士達の命は……」

「あー、それ以上は言わんでもいいぞ、メナド。ハウレーンからその辺りの報告は聞いてる」

 さも面倒だと言わんばかりにランス王はメナド副将の報告を遮った。ハウレーン、というのはおそらくエクス将軍と共に控えている白の軍の女将のことだろう。

 そして、ランス王がひらひらと手を振ってメナド副将を黙らせると、今度はエクス将軍が口を開いた。

「メナド副将、降伏の条件についてはランス王の決定次第ですが、おそらく受け入れられるでしょう。その前に、僕がいくつか聞いておきたいことがあるのです」

「はい、何でしょう」

「山本将軍の戦いぶりについてです。僕の予定では、包囲網の完成はもう少し早くなるはずだったんですが、リックの部隊の動きが予想以上に遅くて余分な時間がかかったんです。これは、僕の本陣からは山本将軍の部隊の妨害にあったからのように見えたんですが、近くにいた君からはどう見えましたか?」

 私は全身の血が一気に引いていく思いを味わった。赤の軍の動きを止めたのは、確かに私の指揮によるものだ。あの場はそれが私の成すべき事だったのだが、この場ではそれが不利に働くことは間違いない。

 だが、青ざめた私に気づいたのか、エクス将軍は表情を緩めながら語った。

「ああ、別に責めているわけではありません。先程までは僕らは敵同士、そうするのは当然のことです。僕が聞きたいのは、あのリックの前進を止めるほどの指揮官が敵にいたのか、ということですから」

「あ、はい、エクス将軍の言うとおりです! 右翼からは全部見えたわけではありませんが、左翼のリック将軍の部隊は、部隊の前面に一斉射撃を受けて進行速度が落ちていました。リック将軍でしたから前進を続けられましたが、ぼくはあれだけ効率のいい射撃を受けて前進を続ける自信はありません」

 メナド副将は私の指揮を賞賛してくれているようだが、私は決まりが悪いだけだった。結局、私は負け戦を防ぐことが出来なかったのだから。相手の狙いを看破し、よく戦ったと言っても、負ければそれまで、それが戦なのだ。

「ガンジーさん、貴方はどう見ましたか?」

 エクス将軍は、次にもう一人、控えていた筋骨隆々の大男に問いかけた。大男は全身から武人の雰囲気を放っていたが、果たして何者なのだろうか?

「そうですな、儂の魔法戦士部隊からも見えましたが、メナド副将の言う通りです。あの見事な一斉射の手並み、威力はともかく、効果の点では儂の魔法戦士部隊でもああはいきませんぞ」

 驚いたことに、この大男は魔法使いらしい。魔法使いといえば、巷に多い天志僧の様な枯れた老人しか思いつかないが、これは私の認識がおかしいのだろうか?

「それに加えて、山本将軍の部隊は他の部隊と違い、誘いにも応じませんでしたな。山本将軍、あれはエクス殿の策を見抜いてのことですかな?」

 ガンジーと呼ばれた人物が、唐突に私に問いかけた。この場で発言しても良いものか迷ったが、ランス王やエクス将軍は気にした風もなく、それどころか先を促すような視線を向けている。

「……はい、ガンジー殿の仰るとおり、誘いではないかと気づいておりました。もっとも、総大将たる柴田殿は私の言葉に耳を傾けようともしませんでしたが。それに、私の軍勢は弓を得意とします。乱戦の中に入っても、本来の力は発揮できません」

 私の答えに、エクス将軍は感心したような表情を浮かべた。もう一人の白の軍の将、おそらくハウレーンという女将も驚いたような表情を浮かべ、ガンジーという男は得心したようにうなずいている。私の背後のメナド副将は、顔は見えないが感嘆した声を上げていた。

「凄いですね、山本将軍は。エクス将軍の作戦が読めるなんて!」

 あれはJAPANの軍が大陸式の戦をほとんど知らないために見事に引っかかっただけで、作戦としては初歩的なものなのだが、あえて言うこともあるまいと私は沈黙した。

「ふむ、やはりそうでしたか……」

 エクス将軍は、右手で眼鏡の位置を直すと、何事か考えるように視線を宙に彷徨わせた。しかし瞬きするほどの間に考えをまとめたらしく、再び私を見ると、振り返ってランス王にこういった。

「ランス王、いかがでしょうか?山本将軍の話を聞く限り、先程の僕の提案は妥当だと思うのですが……」

 そして今まで私達の話に口を挟まず、退屈そうに話を聞いていたランス王は、ニヤリという笑いを浮かべると、突然立ち上がった。

「ようし!話は分かった!だが、その前にこいつと二人っきりで話がある!お前らは呼ぶまでどっか行ってろ!」

 ランス王がそう言ったとたん、ハウレーンという名だと思われる女将が、なんとも言い難い複雑な表情を浮かべた。そしてエクス将軍は苦笑いを浮かべ、ガンジーという男は鷹揚に頷いて、それぞれ無言のままに一礼して天幕を出ていく。

 最後にメナド副将が、小声で私に囁いてから出ていった。

「本当に、王様は悪い人じゃないんです。少し無茶なことを言うかもしれませんが、誤解しないで上げてください……」

 そうして、天幕の中に二人きりになると、ランス王は私に近づき、腕組みをして目の前に立った。

「なあ、JAPANじゃ女は戦場に出ないって話だが、お前は何でそんな格好で戦場に出たんだ?」

 突然の質問に私は意図をはかりかねたが、とりあえずは正直に答えることにした。

「山本家を再興するためです。私の父が不名誉な行いをしたため山本家の名誉は地に落ち、領地は取り上げられました。私が戦で功をたて、名誉と領地を回復して家を建て直そうとしたのです」

 しかしそれもこの負け戦で不可能となった。今更ながら無念という思いが胸に広がる。しかし、その後のランス王の言葉は予想外のものだった。

「ふーん。じゃあお前、五十六だったな?五十六、山本家再興の件、俺がJAPANを征服したら認めてやってもいいぜ」

 思わず顔を上げると、ランス王は相変わらずにやにやとした笑いを浮かべていた。そして呆然としている私にランス王は続けた。

「但し当然無条件というわけじゃない。お前が俺様のハーレムに入ることが条件だ、どうだ?」

 そう言ってランス王は好色な笑いを浮かべた。

 私は来るべきものが来た、と思った。私は負けたのだから、体を求められてもどうこう言う権利はない。しかし、これだけは承伏できない。

 私は今までどんな時でも自分の体を武器として使うことだけはしなかった。ここでそれを破っては今までの私を否定することになる。いざとなれば舌を噛み切る覚悟は出来ているのだ、その前に言うべき事だけは言っておこう。

「お断りします」

「何だと?悪い話じゃないだろう?」

「私は女とは言え武人です。武人として扱われず、ただ女として扱われるのはこれ以上ない屈辱です。……御免!」

 心の中で植木の爺や家臣達に謝りつつ、私は舌を噛み切ろうとした。ここで私が自害しても、メナド副将やエクス将軍を見る限り、兵士達の命の心配はないだろう。

 しかし、顎に力を込めようとしたその時、口の中にランス王の右手が入り込んできた。

「ぐっ……」

「いっでー!」

 私の歯は舌を噛みきるのではなく、ランス王の右手を傷つけたにとどまった。

「なぜ……?」

 ランス王は右手についた私の歯形に息を吹きかけつつ、呆然とする私を見ながらこういった。

「この早とちりが、人の話は最後まで聞けよな。誰が武人として扱わないなんて言った。ハーレムに入るのは当然だが、もちろん将軍としても働いてもらうぞ。これからJAPANを征服するのにもお前の知識は必要になるし、まがりなりにもエクスと読み合いが出来るお前にはその後もしっかり働いてもらわにゃならん」

「JAPANを征服した後も、でございますか?」

 この人は何を言う気なのだろうか。私の好奇心が再び舌を噛むのを止めさせた。

「そうだ!俺様は自由都市群、そしてJAPANを征服した後、ヘルマンとゼスも征服する! 最終的には、今まで誰も成し得なかった魔人領の征服を行い、世界を統一するのだ!」

 今度こそ私は呆気にとられた。人間の領域の統一さえ、かつてM・M・ルーンが一度だけ、それも完全には統一しきれなかったというのに、言うに事欠いて魔人領の征服とは!

 しかし、私はそう語るランス王の目に圧倒された。

「そのようなこと、本当に出来るとお思いなのですか……?」

「出来る!今まで誰にも出来なかったことだが、今までは俺様がいなかったのだからな! だから五十六、お前も俺様のために働け!そうすれば兵士達の命は助けてやるどころか、そのままお前の部下として使ってやるし、山本家の再興も認めてやる!」

 夢物語のような話だったが、私はその夢物語に惹かれつつあった。そしてそれを語るランス王自身にも。

 それに、どうせ私に示された選択肢は多くはないのだ、多少筋を曲げても、ここは私の望みを叶える一番の近道をとるべきかもしれない。今まで一度も考えなかったようなことを思いながら、私は一つの決断をした。それと同時に、もう一つの決断も。

 どうせこの身を売るならば、出来る限り高く売りつけてやろう、と。

「解りました……。ランス王、この身を貴方にお預けいたします」

「いよぅし!よく言った!これで今日からお前はリーザスの将軍だ! エクス! ガンジー! メナド! ハウレーン! どうせその辺にいるんだろう、入ってこい! JAPAN攻略の拠点は確保した!予定通り白の軍を残して俺様達はいっぺん引き上げっぞ! エクス! 二週間後には大阪攻めをやるから、それまでにこの辺を制圧しておけ!」

 その声に応じて、エクス将軍達が天幕に入ってくる。

「かしこまりました、ランス王。白の軍はこれより周辺地域の制圧に移ります。つきましては、長崎防衛のために青の軍を出していただけませんか?」

「うっし!直ぐにキンケードを送ってやるから安心しとけ!」

 彼らが入ってくるのに合わせて、私もすっくと立ち上がった。

 この日を限りに、私はJAPANの将ではなく、リーザスの将、山本五十六になったのだ。
 
 

第五章 軍議

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