鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第二章 敗戦

 戦闘開始から既に半日、戦況は一進一退を繰り返しているように見える。だが、それは『見える』だけ、実際の所、我等JAPANの軍勢は、リーザスの軍勢に手玉に取られている。それが判っているのは、おそらく私と、そばに控えた植木の爺くらいだろうが。

『短期決戦』

 それがこの戦の方針だった。

 柴田は猪とは言え歴戦の将、長期戦になれば数で押し切られることは理解していた。故に、柴田直属の軍団が突進をかけてリーザスの本陣を襲い、大将首を挙げる。実現すれば一息に勝利は決定するが、その困難さは目に見えている。

 しかし、柴田をはじめとする将たちは、困難さを指摘する私の言葉に耳を貸さず、私の軍勢に弓による支援を押しつけて、我先に突撃していった。私の手元にある旧山本家の軍勢は、弓を得意とするものなのでこの配置自体に文句はない。しかし、支援しろと言いつつ、支援しようのない乱戦にもつれ込み、そのまま戦場の中央で足止めされているのでは、何のために軍議を開いて方針を決めたのかわからなくなる。

 乱戦の渦中の連中気づいていないだろうが、リーザス軍は白の軍で柴田達の動きを抑えつつ、赤の軍が二手に分かれて側面に回り込みつつある。何とか対応しなければならないのだが……。

「爺、伝令はまだ戻らないのか?」

「はい、この乱戦では柴田殿の所に届いたのかもわかりませぬ」

 予想通りの答えに私は落胆する。早く何とかしなければ……。

 とりあえずは右翼に回り込んだ赤の軍の進路に矢を打ち込んで足止めするが焼け石に水、多少速度が落ちた程度だ。

「しかし、リーザスの動きは見事だ。柴田の猪武者が大将と言うことを差し引いても完全に我等を手玉に取っている。これが、大陸とJAPANの戦の違い、か」

「仕方がありませぬ。JAPANの戦のやり方はここ百年、変わっておらんのですから。姫様とて、大陸の兵法書を読んでおらなんだら今頃あの乱戦の中でしょう」

「違いない」

 苦笑する。確かに、山本家再興のためにと始めた兵法の修行中に大陸の兵法を学ばなかったら、私も他の将と同じ、ただ進むだけの猪だっただろう。

「それにしてもこれは、見事すぎる。教本に載せたいくらいの戦況だ。一軍をもって攻勢を受け止めつつ、もう一軍によって側面展開、そして挟撃。おまけに奴らにはまだ本陣と魔法部隊が残っている」

「おそらく、リーザス一の智将、白の将エクス・バンケットの手腕によるものでしょう。一時期リーザスに反旗を翻したと聞きますが、この手並みを見れば、許されて戻ったのもわかるというもの」

「そうだな……。だが、それでも私は負けるわけには行かぬ。最低でも生きて帰らねば私の希望は尽きる。何とか柴田殿を引き戻して、この場は引くぞ……伝令!」

 だが、この判断は遅きに失した。既に三分の二まで討ち減らされていた柴田の軍勢が、今日何度目か判らぬ突進をかけたとき、それに切り裂かれるように白の軍が割れたのだ。そして、柴田の軍勢は雄叫びを挙げてそこに切り込んでいく。

 本人にしてみれば、ようやく先陣を破ったつもりなのだろうが、ここから見れば一目で判る、あれは故意に陣を分けたのだ。そしてその場の攻守は、瞬きの間に立場を入れ替えた。

 白の軍が脇に避けた隙間を突き進む柴田の軍の前に、緑の軍が立ちふさがったと思うと、その前進はあっさりと止められた。そして、両側面から白の軍が挟撃をかけ、柴田の軍勢を削り取っていく。そしてしばらく後、どうすることも出来ず思わず舌打ちを漏らした私の元に、凶報が舞い込んだ。

「柴田殿、討ち死に!」

 驚くには値しない、あの場の戦いを見れば当然の結果だ。しかし、これで踏ん切りがついた。

「爺!限界だ、引くぞ!」

「は。ですが姫様、僅かに遅うございました」

「何!?」

 私は愕然とした。いつの間にか、赤の軍が包囲を完成しているのだ。

 信じられないほど速い。その速さは今目の前であれほどの動きを見せた白の軍とも比べものにならないほど速く、速さでは負けぬと自負する我がJAPANの軍でもこうはいかない。

 しかし、そこで思い出した。

「そうか……、赤の軍は攻勢に当たっては大陸一。速さも、破壊力もその上を行く者無し、と」

「は、無念でございます。こうなれば、姫様一人なりとも落ち延びてくだされ。ここで山本家再興の芽を断ち切るわけには参りませぬ」

「爺、寂しいことを言うでない。それにこの包囲網、一人で抜けるような物ではない。仮に抜けたとしても、信長殿がこの負け戦を許すはずもない……。無念だが、ここで枕を並べて討ち死にするほかあるまい」

 リーザスは捕虜をとらない、という風聞が私にそう決心させた。大陸の人間から見れば、JAPANの人間など捕虜にする価値もないのだろう。

 それに私と共にいる者達は皆、山本家が落ちぶれる前からの家臣ばかり、見捨てられるはずもなかった。

 戦場の中央では、いよいよ柴田の軍勢が殲滅され、白の軍がこちらに進撃を始めた。直ぐに全方位からの攻撃が始まり、我等は一人残らず討ち取られるだろう。

 私も爺から得意の弓を受け取り、弦の貼り具合を確かめる。こうなった以上、一人でも多く死出の旅の道連れを増やすことにしよう。皆を死なせてしまうことは申し訳ないが、こればかりはどうしようもない。

「せめて兵達の命は助けたかったが……」

「仕方がありませぬ。リーザスは……」

 爺がそこまで言ったとき、戦場には似つかわしくない声が聞こえてきた。敵陣からの声、それがここまで届いている。それだけならば驚きはしない、魔法で声を拡大しているだろう事はその道に疎い私にもわかる。

 私が驚いたのはその内容だった。それは明らかに女性、しかも私と変わらぬ年頃の娘の声で、こう繰り返していたのだ。

『ぼくはリーザス赤の軍副将、メナド・シセイです。JAPAN軍の指揮官の方、直ちに降服してください。僕たちリーザス軍は、あなた方を捕虜として正当に扱います。根拠のない噂に惑わされないでください。僕たちは無益な殺生は好みません。降服していただければ、僕の名誉にかけて、兵士の安全は保障します。繰り返します……』
 
 

第三章 降服

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