鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第三章 降服

「降服勧告を受け入れていただいて感謝します。ぼくが赤の軍の副将、メナド・シセイです」

「山本五十六です」

 声の通り、赤の軍の副将のメナドという人物は、若い娘、しかも明らかに私より年下の少年のような快活な雰囲気を持った、私から見ても可愛らしい女性だった。その目に嘘はなく、事実、私の兵達は武装解除されてからは危害を加えられることもなく、植木の爺にまとめられ一カ所に集められている。そして私はメナド副将に引き連れられて、リーザス王の本陣に向かっている。

 赤の軍の将軍であるリック・アディスン将軍は、現在近衛軍のレイラ・グレクニー将軍と共に戦場の後処理に当たっているため不在、ということだった。

「でも、驚きました。JAPANでは女性は軍にはいないと聞いていたのに、指揮官がぼくと同じくらいの女性だったなんて」

 女性がJAPANで指揮官になるのは、苦労したんでしょう? と彼女は屈託無く問いかけてくる。そう言う彼女こそ、リーザス最精鋭とも言われる赤の軍の副将になるまでには相当の苦労があったのだろう。そう問い返すと、彼女は照れたような、しかしどこかもの悲しそうな目で、

「そんなことはないです。リーザスでは機会は与えられますし、功績はきちんと認められますから」

 僕は副将になってからの方がいろいろあって大変でした、と彼女は笑った。そして、いよいよ本陣が近づくと、彼女は不意に真面目な顔つきになった。

「貴方をこれからランス王にお引き合わせします。その前に、知っておいて欲しいのですが……」

 彼女は慎重に言葉を選びながらこう言った。

「王様は、その、大分破天荒な方でして、山本将軍から見れば、驚かれるかもしれません。でも、王様はとっても良い方ですから、悪いようにはならないと思います。ですが……」

 そこで彼女は言いにくそうに口をつぐんだ。

「構いません、何でも仰ってください。私は降服した敗軍の将、兵士の命を助けるためならば、いかなる事でも覚悟しています」

 そう、戦場に立つと決めたときから覚悟は決めている。

「はい……。山本将軍は、その、美人ですから……。王様は、あの、女性に関しては手が早くて、少しばかり節操のない方でして、その……」

 やはり、と思った。これでも十五の頃から縁談も、側室にと望む声も山ほどあった身だ、自分の容姿については認識している。その手の話を利用すれば山本家の再興も容易だったかもしれないが、それは私の望む所ではなかったから、話を全て断り、私は戦場に立った。

 そして、女が戦場に立つ、それがもたらす結果は当然予想していたがこうも早くその時が来るとは。覚悟を決めたつもりではいたが、さすがに顔が強張ってくる。私のその表情を見たせいか、メナド副将は慌てたように付け加えた。

「ですが、あの!ほんとに王様は良い方ですから、それ以外は絶対悪いようにはなりません!ぼくも口添えしますから、その点は安心してください!だから勘違いしないでください、王様は悪い人じゃないんです!」

 その必死な様子に、思わず私は笑ってしまった。彼女のような邪気のない人物にこうまで慕われるのだから、ランス王とやらは確かに一角の人物なのだろう。彼女の様子から、彼女が心底ランス王を敬愛していること、私に、ランス王に対して悪い印象を持って欲しくないと思っていることがよく判る

 つい先程まで私が従っていた信長公とは大違いだ。あの男と家臣をつないでいるものは、恐怖と利のみ、信頼などは欠片もない。

 私も家臣達とはそこそこの信頼関係が出来上がっているとは思うが、メナド副将がランス王を慕うように、私を慕ってくれる者がいるかどうか自信はない。植木の爺がいることはいるが、爺は少し違うだろう。

「判りました、メナド副将。私は貴方という人物を信じます。ですから、貴方が信じるランス王を私も信じましょう」

 言葉が足りなかったかもしれないが、それを聞いて安心したのだろう、メナド副将はほっとした笑みを浮かべた。そのころころと良く変わる表情を見ていると思わず笑みが漏れてしまう。このような多感な少女が、戦場という殺伐とした場所にいても明るさを失わないのは、きっとそのランス王の為なのだろう。

 どのみち私に選択肢はないのだ、兵士達の命だけでも助けるために、私に出来ることは何でもしてやろう。私の命と体で千あまりの兵士が助かるのならば、分の悪い取引ではないはずだ。

 そうこうしている内に、私達はひときわ豪奢な天幕の前にたどり着いた。天幕の前に緑の鎧を身につけた兵士がいるとこらから見て、これがランス王の天幕であることは間違いない。覚悟を決めたはずだが握った掌に汗がにじむ。

 だが、私はこの時緊張はしていても恐れてはいなかった。先程のメナド副将とのやりとりで、ランス王に興味を、そう、彼がどのような人物かに興味を持ったのだ。部下にあのように慕われる人物がどういう人物なのか。

 もっとも、そう考えることでこれから先に起こることを考えないようにしていたというのも正解かもしれない。

「メナドです。山本将軍をお連れしました!」

「やぁーっと来やがったか!挨拶なんぞいいからさっさと入ってこい!」

「は、はいっ!失礼します!」

 そのやりとりだけでも私の緊張が消えるのには十分だった。メナド副将に答えたのは、彼女の様子から見てもランス王に間違いないだろう。しかし、一国の王の言葉とは思えない。確かにランス王という人物は破天荒な人物らしい。

 開かれた天幕の扉をメナド副将の後についてくぐると、そこにはリーザス軍の鎧を身に纏った将が二人、さらに筋骨隆々、と表現するに相応しい人物が一人、玉座のそばに控えていた。

 白い鎧を身にまとった人物が二人、一人が女将であるところを見ると、もう一人がリック将軍と同様、諸国に名を轟かせたリーザスの智将、エクス・バンケット将軍だろう。JAPANでは滅多に見ない眼鏡の奥から、鋭い視線が私に向けられている。何もかもを見通すかのような視線が、私の推測を確信に変えた。

 そして、天幕の奥の玉座には、緑色の、天幕の豪奢さとは違って、実用を最優先で作られたと思われる、見るからに頑強な鎧を身にまとった男がどっかりと腰を下ろしていた。その口元には、自信にあふれた笑いを浮かべ、エクス将軍とは違う、獣のように鋭い視線が私を見つめていた。

 しかしその目には、私が想像していたような、今まで私の周りにいた信長配下の将たちのようなどこか濁った光はなかった。メナド副将のような、いやメナド副将以上に邪気のない、いたずらっ子のような無邪気な光があったのだ。

 一瞬その目に見とれてしまったが、醜態を見せるわけには行かないという意識が私を引き戻した。気を引き締め、精一杯の虚勢を張りつつ私は言った。

「ランス王、JAPANの将の一人、山本五十六にございます」

 その私の言葉にランス王は、またも予想を遠く外れた答えを返した。

「お前がJAPAN軍の女将軍か、確かにいー女だな。俺様がリーザスの王、ランスだ!」
 
 

第四章 恭順

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