鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第十七章 人類圏統一

 ゼス戦役も、琥珀の街での戦いの後は、最後に残ったゼス王宮の攻略戦を残すのみ。だが、この最後の作戦は、もはや戦いと呼べるようなものではなかった。

 ゼスに残る戦力はすでに無く、やっかいだったのは王宮を覆う結界だけであり、その対策はガンジー殿の協力の下、カーチス所長率いる魔法研究所の手に委ねられた。更に、これから先は、ゼス侵攻開始時ほどの戦力は必要ないとされ、魔法使い達を除く部隊、平たく言うと赤の軍と白の軍、それに私の弓兵隊とマリア殿の砲兵隊はリーザスに帰還し、変わって黒の軍と青の軍が前線に進出してきた。またそれに加えて、アダムの砦を守っていたアールコート殿も砦は少数の守備隊に任せて前線へと出ていった。

 手柄を立てる機会が減ったのは残念だったが、私は既に十分戦働きはしたわけだし、ゼスで保護した双葉と萌の二人の里親を見付ける必要もあったことから、命令に従いリーザスへと戻った。

 そのリーザスへの帰還中に二人の里親を見付けようと思っていたのだが、ここで予想外のことが起こってしまった。私は二人を部隊と共に連れて歩いたのだが、当然周りは男ばかり、そのため二人が怖がると思い、極力自分の側に置いておいた。おかげで私や爺にはなついてくれたのだが、なつきすぎて私から離れるのを嫌がるようになってしまったのである。

「あなた達を引き取っても良いという方を見付けたのです。ですから……」

「やだ!」「いそろくといっしょがいいの!」

「じゃがのう、双葉に萌、姫様はリーザスの将である身、お前達の面倒を見きれるわけでは……」

「じじーもそうだったもん!」「わたしたち、いつもちゃんとおるすばんしてたもん!」

 二人は私にしっかりとしがみつきながら、私と爺の説得に真っ向から反発する。そこまでなつかれたことは嬉しくはあるのだが、カバッハーンの遺言を果たすためにも、出来ることならば戦と縁のない家に預けて、これからは静かに暮らしてもらいたい。

「いそろくも、じじーみたいにいなくなっちゃうの?」「わたしたちのこと、きらいになっちゃったの?」

 なおも二人は言いつのる。涙を溢れんばかりに目に浮かべながら見上げるその姿に、私の心がぐらりと揺れた。

 ……そして、二人の涙に屈した私は、戦とは無関係なところで育ってもらおうという今までの考えを覆し、縁を持ってしまった以上、出来る限り面倒を見なければと自分を無理矢理納得させる。

「……仕方ありませんね」

「姫様、よろしいので?」

「ランス王には私から許可を取ります。……双葉、萌」

 声をかけると、二人は一層強く私にしがみつく。その二人の肩を抱いて、私は泣きやんでもらおうと背中を叩きながら優しく語りかけた。

「リーザス城へ一緒に行きましょう。城には、二十一と綾芽という私の子供達がいます。二人とも、あの子達の遊び相手になってあげて下さい」

 一緒に、というところに反応して、双葉と萌はいっぺんに顔を輝かせた。今度は先程とは違う意味で私にしがみつき、気色を満面に浮かべて口を開く。

「うん!いいよ!」「なかよくなって、そのこたちといっぱいあそんであげる!」

 嬉しそうに笑いながら二人は私にじゃれついてくる。その姿は、まるで無邪気な子猫のようだ。

「……姫様、いきなり四人も子供を育てることになるとは、これから苦労しそうですな」

 含み笑いを漏らしながら爺が言う。

「そうかも知れないな……。だが、この二人は良い子達だから苦労もそう大きくはないだろう。そうでしょう、双葉、萌?」

「わたしたちはいいこなの!」「じいはひとことおおいの!」

 二人揃って振り返ると、彼女たちは爺を睨み付けた。二人の視線にたじろいでしまった爺のその姿に、私は思わず笑い声を漏らしてしまう。

「やれやれ……、子供には敵いませんな。爺はこれで失礼することにしましょう。双葉と萌も、もう休みなされ。明日も早いですぞ」

 苦笑いしつつ、爺は一礼して出ていった。

「そうですね、もう休みましょう。二人とも、寝床に入りなさい」

『はーい』

 素直に返事をして寝床に入る二人、この辺りはカバッハーンの躾の良さを伺わせる。リーザス城までは後少し、城に着けば今回の遠征での私の役目は終了する。

 そしておそらく、これが最後の人間相手の戦争となるはずだ。ヘルマン、ゼスはランス様の予告通りにリーザスの旗に覆い尽くされ、いよいよランス様の最終目標である、魔人領との戦いが始まるのだから。

 魔人の強さは私もよく知っているが、私は、そしてリーザスの誰もが負けるとは思っていない。なぜなら、我々を束ねているのはランス様なのだから。

 ランス様の下にいる限り我等に負けはない、寝床に入るなり早くも寝息を立て始めた双葉と萌の顔を見ながら、私はそんなことを考えていた。

 そして眠りに落ちる前には、ようやく会える二十一と綾芽の顔を想い、早くもリーザスへと心を飛ばしていた。
 
 
 

 雲一つなく晴れた空に、街に入っていく部隊の足音と王都の住人の声が響きわたる。帰還した私達を迎えるリーザスの城下町は、歓呼に包まれていた。

 自分たちの王がついに世界を足下に従えようとしているのである、しかも、ランス王が即位してからまだ三年と経っていないのだ。民は、自分たちの頂く王が人類史上最高の英雄であることを讃え、そうした王を持った自分たちの幸運を素直に喜んでいる。

 私達と入れ替わりに出陣していったバレス将軍とコルドバ将軍もこの歓声に送られたのだろうか?

 そんなことを考えながら、私は街の門から城門へと向かう。そしてその私の後ろでは、うまに引かせた荷車に便乗した双葉と萌が、物珍しげに周囲を観察している。

「何か面白い物でもありましたか?」

「ううん、でも、こんなにひとがいっぱいいるのみたのはじめて!」

「ねー、いそろく、あれがりーざすのおしろでしょ?」

 はじけるように微笑む双葉を押しのけて、萌が小さな体をいっぱいに伸ばして前方を差す。

「その通りです。あそこがこれからあなた達の暮らすところです」

「あそこに、えーと、いるんだよね?えーと、は、は……」

「……?」

「はたかずとあやめがいるんでしょ?」

「そう!」

 口ごもってしまった双葉に萌が助け船を出す、この二人は、本当に見ていて微笑ましくなる姉妹だ。

「まだ産まれて半年ほどですが」

「じゃあ、ふたばともえがおねえさんだね!」

「かわいがってあげるの」

 そう言って二人はまた無邪気に笑う。私もそれに答えて微笑んだ。

「ええ、良い姉になってあげて下さいね」

 こうして私に笑いかけてくれる二人を見ていると、本当にまた子供が増えたかのような気がしてくる。そしてとりとめのない話に興じる私達の前で、間近に迫ったリーザス城の門が重々しい音を立てて開いていった。
 
 
 

 エクス、ハウレーン、リック、メナド、マリアの各将と共にリア様に帰還を報告すると、爺に任せていた双葉と萌を迎えに行った。報告する間、あの二人を連れて歩くわけにも行かないためにそうしたのだが、爺と仲良くやっているだろうか、などとつい考えてしまう。

 だが、その心配は杞憂だったようだ、控えの間の中で、爺はどこから持ってきたのか手まりなど持ち出して二人をあやしていた。

「ほれほれ」

「てんてんてまり〜♪ てんてまり〜♪」

「ふたばちゃん、うまいうまい♪」

 二人と遊ぶその姿は、まるで孫の相手をするのが楽しくて仕方がない好々爺のように見えた。

「おお、これは姫様、お早いですな」

「爺、待たせた。爺も疲れているだろうに、双葉と萌の相手をさせてしまってすまなかったな」

「いやいや、二人とも手の掛からない良い子でしたからな」

「そうか……。双葉、萌、そろそろ行きますよ。二十一と綾芽の顔を見に行きましょう」

『はーい!』

 楽しそうに手まりを取り合っていた二人が声を揃えて返事をする。爺はその二人を愛おしそうな視線で見つめていたが、

「では、姫様。爺はこれで下がらせていただきます」

 と一礼して部屋を出ていこうとする。二十一と綾芽のいるランス様のハーレムは基本的に女性しか入れない、JAPANの大奥と同じ様な物だ。

「ああ待て、爺」

「は?」

「天気がよいから、表で一席設けよう。すずめ殿を探してエレナ殿の花畑に卓をしつらえるように伝えてくれ。私達も二十一と綾芽を連れていく」

「承知いたしました。……姫様、ありがとうございます」

 一層頭を深く下げ、爺は嬉しそうに早足で去っていった。私と同様に、いや、もしかすると私以上に二十一達に会いたがっていた爺に対する、これが一番のねぎらいになるだろう。

 爺を見送ると、私はまたいつかのように双葉と萌の手を引き、子供達の待つ部屋へと足を向けた。
 
 
 

 エレナ殿の花畑の周りは、芝生が敷き詰められてちょっとした憩いの場所になっている。今その芝生の上では、爺とすずめ殿が胸に抱いてあやしている二十一と綾芽を双葉と萌が覗き込み、四人の子供達が楽しそうに笑う声を辺りに振りまいている。

 そして私は、香姫様や花畑の主のエレナ殿と共に、すぐそばにしつらえられた卓を囲んでその風景を見つめていた。

「香姫様、エレナ殿、私の留守の間、二十一達の面倒を見ていただき、本当にありがとうございます。おかげでまたあの子達の顔を見ることが出来ました」

 約半年ぶりに見る子供達は、最後にあったときに比べて大分重くなっていた。無邪気に眠るその顔を見て、久しぶりに抱き上げた時、その重さにようやく子供達の所に帰ってきたという実感が押し寄せてきた。そして、思わず愛おしさのあまり目頭が熱くなってきたとき、抱き上げた綾芽がなんの前触れもなく目を覚まし、私に微笑みかけてくれた。

 どうやら私の顔を忘れずに覚えていてくれたようで、次いで目を覚ました二十一もぐずることなく私に甘えてくれた。たったそれだけのことに、私はなんとも言えない幸福を感じたのだった。

「いえ、五十六殿、私達だけではありませんよ」

「そうです。他にもアーヤ先生やすずめさん、ウェンディさんに美樹さん。ハーレムの皆さんに、時々リア様やマリス様も様子を見に来てくれましたし、サテラさんなんかお守りの人形を作ってくれました」

 おかげで二十一くんと綾芽ちゃんは、全然人見知りしない子になりました、とエレナ殿は楽しそうに微笑んだ。

 たくさんの人達があの子達を可愛がってくれている、そう思うと、どうしようもない感謝の念がわき上がってくる。あの子達を産んで以来、私は今まで知らなかったことを、新しい知識を、今まで知らなかった感情を、次々に学んでいる。

 『親は子と共に成長し、親となる』、ふと、そんな言葉が浮かんできた。

 今の私がまさにそれなのだろう、今度は双葉と萌の細い腕に抱かれて笑っている二人を見ながら、私はそんなことを考えていた。

「これで王様が帰ってくれば、もう戦争は終わりですよね? 五十六さんも二十一くん達と一緒にいてあげられるようになるんですよね?」

 エレナ殿が子供達を見ながらそんなことを言う。彼女は戦火の跡で花を売り歩いたこともあるという。戦争などには全く縁がなさそうに見えて、これでも戦禍で荒廃した景色を見慣れているのだ、それがどんなに悲惨な光景かを人一倍知り、また見たくないと思っているのだろう。

「……ええ、人間相手の戦争はこれで終わりのはずです。ランス王も、今年の内に必ず帰還されるでしょう」

「早く、そうなると良いですね」

「はい!」

 香姫様とエレナ殿が笑い合う。

 いずれ彼女にもわかることだが、ゼス占領が終われば魔人領への侵攻が始まる。だが、今知らせてその顔を曇らせることもないだろうと思って私はわざと口をつぐみ、視線を逸らして子供達を見る。

 そこでは子供達が飽きることもなく楽しそうにはしゃいでいる……、と思っている内にどうしたことか綾芽がぐずりはじめた。そしてそれがうつったかのように、二十一もぐずりはじめる。

「あややや!? どうしたの?」

「なきやんでくれないの……。いそろくー!」

 その二人を抱いていた双葉と萌が泣きやませようと必死にあやすが、泣き声は一層大きくなるばかり、ついに萌が呼んだ声に答えて、私は子供達の所へと向かった。初めはどうしたのだろうかと思っていた私だったが、歩きながら泣き声を聞いている内に、何となく、理屈によらず二人が泣き出した理由を理解した。

「二人とも、どうやらこの子達ははしゃぎすぎておなかが空いているようです。今から食事をさせますから、あなた達も一緒に食事にしましょう」

「はぁい」

「でも、なんでわかるの?」

 不思議そうな声で萌が聞く。

「私の子供のことですからね。泣き声だけでも何となく、わかるのですよ」

「そうなの?」

「そういうものなのです」

 そして私は双葉から二十一を受け取ると、綾芽は香姫様に任せて皆と共に城内へと戻った。今この時、私の周りは至極平穏であり、今の幸福と、これから先の幸福を疑わせる物は何もなかった。
 
 
 

 私達がリーザスに帰還して一月と半、その日、リーザス城はランス様の帰還を迎え、より一掃の歓声に包まれていた。最後までリーザス軍に侵入を防ぎ続けたゼスの結界も、ガンジー殿の協力を受けたカーチス所長と魔法研究所の面々の努力によって切り開かれ、ついにゼスは完全に占領されたのである。

 しかもゼス王宮を巡る戦いの内に、その最後の守りであったゼス四天王の全員を捕らえ、しかも驚いたことにその全員が、今後リーザスのために働くことを承知したという。

 ……美女揃いのゼス四天王を、ランス様がどのような手段をもって説得したのかは、考え始めるときりがないので気にしないことにしよう。

 もっともその際、今までリーザスのために力を尽くしてくれていた志津香殿が、仇だった男の娘であるナギ・ス・ラガールが同僚となることを不満としてリーザスを離れるという残念なこともあったが。

 ともあれ、これでランス様が掲げた『人類世界の統一』という最初の目標は果たされた。リーザス、ヘルマン、ゼスを併せたランス様の王国は、間違いなく史上最大・最強の国となるだろう。かつて世界を統一しかけた聖魔教団と比較しても、魔法技術的には劣るかもしれないが、人・資源・技術の全てのバランスを含めた国力という面では今のリーザスの方が上となるのではないだろうか。

 王宮のバルコニーから、リア様と共に王都の住人の歓呼に応えるランス様を諸将と共に見つめながら、私はそんなことを考えていた。やがて式典が終わりを告げると、特別に開放された城の中庭に集った住民達に城から酒が振る舞われ、式典に代わって祭りの始まりが告げられた。私達が引っ込んだ玉座の間にまで、その喧噪は伝わってくる。

「さーてお前ら! これでようやく俺様は人類圏を統一したわけだが……」

 玉座に鷹揚に腰を下ろしたランス様がおもむろに口を開く。最近とみにその姿に威厳が増したと感じるのは、私の気のせいだろうか?

「お前らのほとんどが知っているように、俺様の最終目標は人類圏だけじゃない! 人間同士の戦争が終わった今、いよいよ魔人領への侵攻を開始する!」

 その言葉に、今更だが玉座の間にどよめきが広がる。今までその事を知らなかった元・ゼス四天王達の声は純粋な驚きの声だが、既にそれを知らされていた我々の声は、いよいよか、という期待とも恐れともつかない声だった。

「……まあ、だがそれも準備が終わってからだ。既にバレス達に計画を立てるようには言ったがまだまだ時間が掛かる! てなわけで、今は俺様の人類統一を祝ってここは一発宴会するぞ!」

『おぉーっ!』

 景気良く宣言するランス様に続いて、パットン王子達が歓声を上げる。そして扉が開くと、侍従と侍女達の手によって卓が運び込まれ、料理と酒が並べられ――そしてそのまま、玉座の間は宴会場へと早変わりした。
 
 
 

 昼から始まった大宴会は、既に宵の口を回った今も続いている。途中からハーレムの華達も呼び込まれ、華やかさを増した会場だったが、さすがに今ではそこかしこに泥酔者が岸にうち揚げられた魚のようにごろごろしている。私はまだリーザスにやってきたばかりで、この城の流儀になれていないマジック王女達と途切れがちな会話をしながら壁の華になっていたので、今のところ彼らの仲間になる心配はない。

 まあ、その光景も含めて今回は至って普通の宴会であり――酔ったパットン王子がハンティ殿に絡んでバルコニーから中庭へ叩き出されたりしていたが――、それもそろそろ自然散会となるだろう。

 未だ賑やかな一角では、ランス様がリア様とシィル殿に酌をさせて、ガンジー殿相手に気勢を上げている。それが視界に入ったとき、思うところがあってそろそろ引き上げようかと考えていた私は、ふとその中に参加しようかとも考えた。

 だが、結局私はその考えには従わずに、さっさと自室に引き上げることにした。ランス様にその旨を告げ、一礼すると自室に足を向ける。

 そしてその時の私が考えていたことは、もう子供達を寝付かせねばならないということだった。双葉と萌は、夜更かしの癖があるようで、注意しなければいつまでも起きているのだ。二十一と綾芽の教育上、そんな癖を付けさせるわけにもいかないし、双葉達の癖も直させなければならないだろう。

……こんな事を考える私は、いつの間にか、一応母親らしくなっていたらしい。
 
 

幕間其の三

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