鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


幕間其の三

 魔王城。

 先代の魔王ガイの居城であり、魔人領の中心だったこの地は、現在ガイの一人娘である魔人ホーネットを中心とする、リトルプリンセス派の根拠地となっている。

 ガイはその死の間際、異世界より自分の後継者となるべき人間の娘、来水美樹を召喚し、その力を伝えた。しかし、当の美樹が魔王リトルプリンセスとして覚醒することを拒否して逃亡したことより、魔王の下に一応の統制を保っていた魔人領は、一気に混乱することになった。

 魔人達は美樹を正当の魔王と考えるリトルプリンセス派と、それを不服とするケイブリス派とに分裂、抗争を開始した。対立が始まって数年、その初期こそリトルプリンセス派とケイブリス派は互角の戦いを続けてきたが、その均衡は僅かな間に崩れつつあった。

 リトルプリンセス派が、ケイブリス派に圧倒されはじめたのである。

 リトルプリンセス派を構成する魔人の数は、当初七人存在した。

 先代魔王の娘にして次期魔王としての教育を受けて育った”完璧なる”ホーネット。

 魔人四天王の一人、魔獣合成の腕では並ぶ者のない”キメラ達の女王”シルキィ。

 ”ゴーレムマスター”サテラ、”最速”を誇るメガラス、”炎の堕天使”ラ・ハウゼル、”竜魔人”ノス、”妖剣士”アイゼル。

 対してケイブリス派の魔人は十三人。

 魔人四天王筆頭・ケイブリス、そして四天王の二人、”怠惰なる女帝”カーミラと”吸血鬼”ケッセルリンク。

 ”最狂の魔法使い”レッドアイ、”鉄拳”カイト、”無邪気な夢使い”ワーグ、”食欲魔人”ガルティア、”雷”のレイ、”魔人紳士”ジーク、”氷の堕天使”ラ・サイゼル、”巨人”バボラ、”天才少年”パイアール、”我が侭お嬢”メディウサ。

 元々二倍の数の差があったのだが、リトルプリンセス派の内のノス、アイゼルが人間との戦いで活動を停止し、さらにサテラ、メガラスをリトルプリンセルの警護のために送り出したために、リトルプリンセス派はたった三人でケイブリス派と戦わねばならなくなったのである。

 一方、ケイブリス派もカーミラ、サイゼル、レイ、ジークの四人をリトルプリンセス捕獲のために派遣し、レイとジークの二人がリーザス王ランスによって活動停止に追い込まれたとは言え、まだ九人が残っている。

 こうして、単純計算で二対一だった戦力比が三対一になったことで、停滞していた状況が動き始めたのである。

 だが、圧倒されつつあるとは言え、リトルプリンセス派はよくケイブリス派の攻勢を支えていた。これもひとえにホーネットの人望と能力あってこそのことだが、個人の能力で支えるのもここ半年で限界に来ている。

 リーザス王ランスが人間界の統一を成し遂げようとしていたまさにその頃、未だ魔王城は絶望には覆われていない。ホーネットの存在と、いずれ美樹がリトルプリンセスとして彼らの上に君臨するという希望が、魔王城に集った魔物達を支えている。

 だが、それもあくまで『まだ』という言葉が付く、絶望の影は、その姿を魔物達にちらつかせはじめている。

 そして、それを助長する存在が、魔王城に潜入していた。
 
 
 

「くすくす……。夢をちょっと操ればいいんだもんね、簡単簡単……。さー、早く帰ってケッセルリンクにお菓子もらおーっと」
 
 
 

「ホーネット様は当然気づいてる、私達はもう限界だよ。この状況を打開する方法は二つ、ケイブリスの首を取るか、美樹様に魔王となってもらうしかない」

「でも、それは……」

「ああ、どちらも難しい。少し前ならともかく、今となってはケイブリスを倒すどころか、ヤツの喉元にたどり着くことさえ難しい。それに美樹様には魔王になる意志がない」

「だから、後はサテラとメガラスを呼び戻すくらいしかない……」

「……下策だけどね。それでも時間稼ぎにはなる。私はこれからホーネット様に上申に行く、ハウゼルもそれでいい?」

「ええ、でも少し時間をちょうだい。私の配下の魔物将軍達が話をしたいと言ってきてるの」

「いいでしょう。でも、早くね」

 魔王城の一室で額を付き合わせて相談していたのは、一見小柄な少女にしか見えない魔人シルキィと、エンジェルナイトそっくりな外見をした、こちらも少女にしか魔人ラ・ハウゼル、魔王城に残る魔人三人の内の二人である。数日前にようやく一段落ついた戦いの疲れからか、二人とも表情に精細がない。

 それでも、その目の輝きは濁っていない、いかにして勝つか、二人はそのために常に最善手を探しているのである。だがそれはホーネットとて同じ事、彼女はここ一年、ろくな休息もとらずに軍務、雑務取り合わせた激務のただ中にいるのだ。

 シルキィはそれが心配で仕方がないのだ、このままではケイブリスと戦う前にホーネットは潰れてしまう、その前に何か手を打たなければならない。自分たちにとって最良の手は、美樹を強制的に魔王として覚醒させることなのだが、美樹の自由意志を尊重するホーネットはそれを良しとしない。

「(……ホーネット様、それでは貴方の負担が増すばかりなのに……)」

 シルキィはため息を付きつつハウゼルの執務室を出た。その際、ハウゼル配下の魔物将軍達とすれ違う。

「……?」

 その時、シルキィはどこか憶えのある気配を感じた、いや、気配と言うほどはっきりした物ではなく、極薄い何かの残り香といった程度の物だった。だが、それはシルキィの感覚に何かを強烈に訴えかけた。

 思わず足が止まり、自分の記憶を探る、その背後で、ハウゼルの執務室の扉が閉まる音が聞こえた。

「(……何? この感じには憶えがある……、一体何……)」

 そこでシルキィはようやくその気配の持ち主を思いだした、無邪気な、だが残酷なこの気配の主。即座に彼女はハウゼルの執務室に引き返す。

 そしてドアをノックすることなく遠慮無しに蹴破り、中に飛び込む。

「シルキィ!?」

 そしてそこにあったのは、魔物将軍達に組み敷かれ、ボディスーツの半ばをはぎ取られたハウゼルの姿だった。

「貴様ら……! ホーネット配下の魔物将軍ともあろう者が、あっさりとワーグの術中にはまりおって……!」

 怒気を隠すことなくシルキィは彼らに迫る、魔物将軍達は口々に何か言っているが、

「四天王の一人たる私が、それに気づかないとでも思ったか! ワーグ!」

 シルキィは問答無用で魔物将軍達に襲いかかる、とっさに彼らも抵抗するが、魔人たるシルキィに敵うはずもない。魔法で焼き尽くされ、首から上を吹き飛ばされ、胴体を輪切りにされて全員が瞬く間に血の海に沈む。

 殺戮の後に残ったのは、幾つかの死体と、魔物将軍の返り血を浴びて呆然とする半裸のハウゼルのみだった。

「シルキィ……」

「何も言わなくていいよ、ハウゼル。……それよりすぐに身支度を整えて。これからホーネット様の所に行く」

「ええ……」

 ……もう私は我慢の限界だよ、ホーネット様。

 シルキィは無言で、ハウゼルが身支度を整え終えるのを待った。
 
 

 数分後、シルキィとハウゼル、そして彼女たちの指導者であるホーネットは、ホーネットの執務室で顔を突き合わせていた。

 魔王城内部にワーグの侵入を許したことを知った三人の表情は硬い。そして何より、ワーグに操られたとはいえ、魔物達の中でも特に優秀で忠誠心の確かな者達ばかりのはずの魔物将軍が、魔人たるハウゼルを襲うような行動に出たことに衝撃を覚えていたのだ。

「ホーネット様、やはりもう我々だけでケイブリス派と正面から戦うことは無理だよ。……ガイ様の遺志を尊重する貴方の気持ちは私にもわかる、でも、もう手段を選べる時じゃない!」

「シルキィ……、私にもわかってはいます。でも、やはり無理矢理美樹様を覚醒させてはいけないのです。それではお父様の遺志は決して果たせない……」

 苦しげにため息をつくホーネット。

「なら、せめてサテラとメガラスを呼び戻さないと! 今のままじゃ戦力が絶対的に足りないよ!」

 いきり立つシルキィ、だがホーネットは首を縦に振らなかった。

「美樹様の護衛を外すわけにも行きません……。でも、戦略の転換は必要ですね」

「転換、ですか? でも、ケイブリス達には交渉など通じません、私達が採る方法は戦うことしかないのでは?」

 ハウゼルが控えめに指摘する。先程のショックがまだ尾を引いているのか、顔色は悪いが判断力は落ちていないようだ。

「もちろん戦いは続けます。ですが、正面から戦う必要はありません。……いざという時には、魔王城を捨て、ゲリラ戦を展開します」

「そんな!ホーネット様! この城は魔人領の主の証だよ! ここを奪われることは、私達の負けという事じゃないか!」

「そうです! それに、ここはガイ様の城、貴方にとって思い出のいっぱい詰まった場所でしょう!? それをケイブリスなどに明け渡すなんて!」

 シルキィとハウゼルが驚きの声を上げる。ホーネットはその二人の声を、辛そうな、だがきっぱりとした表情で遮った。

「……感傷に浸ってばかりはいられません。最終的な勝利のためには、その程度は覚悟の上です。たった今から、これは決定事項です。私はその時に備えた軍の再編を行います。貴方達二人は、城の内部の軍需物資を運び出す準備をして下さい。手段、人員、根拠地の手配は任せます。すぐに掛かって下さい、私達が勝つためには迅速に行動しなくてはなりません」

 それだけ言うと、ホーネットは返答も聞かずに二人に退室するよう促した。なおも言い募ろうとしたシルキィだったが、ハウゼルに部屋から連れ出される。

「一番辛いのは多分ホーネット様よ、だから……」

「わかって……、いるよ……」

 無念そうにシルキィは唇を噛んだ。

 『絶望』は、ゆっくりとだが、確実に魔王城を覆い始めていた。
 
 

山本五十六記 第二部 完

後書き

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