鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


幕間 其の二

 ゼスの最後の戦力は、完全に壊滅した。

 四将軍最後の一人カバッハーンがまとめた戦力と、四天王のマジックがかき集めた四天王直属の魔法使い達は其のほとんどがリーザス軍に討ち取られ、今マジックとカバッハーンを守る兵士は百人ばかりしか残っていない。彼らはゼス王宮の結界に最後の希望を託すべく、戦場から何とか脱出して逃走している最中であった。

 しかし、リーザス軍の追撃は容赦がなく、テープからオールドゼス、そしてここ琥珀の城に至るまでの間にそれでも五百はいた生き残りのほとんどが討ち取られていた。

「畜生……。アレックスの敵も討てないで……。大体、なんで親父がリーザス軍に味方してるのよ……」

 マジックは疲れ果てた声で呟く。

 彼女は先の戦闘で行方不明となった(戦場での行方不明は戦死と同義語である)アレックスの仇を討つべく、戦力をかき集めて前線に出てきたのだ。だが、結局仇を討つことは出来ず、また彼女の父親であり、ゼスの王であるはずのガンジーがリーザス軍に加わっていたことに、二重の衝撃を受けていた。

 ガンジーがリーザスに味方していたことに衝撃を受けたのは、彼女の隣で敗走しているカバッハーンも同様である。いや、かつては自分が魔法を教え、共に戦場に立ったこともあるということを考えれば、その大きさはマジック以上かもしれない。

 しかし、それでもカバッハーンはマジックのようにただ嘆くことは出来なかった。ゼスの重鎮として、四将軍最後の一人として、ゼスの王女であるマジックを立ち直らせなければならない。

 王が裏切った以上、ゼスは滅びるのかもしれない。だが、まだ微かにだが希望がある。そしてその希望のためには、マジックが必要なのだ。

 しかし、その時間が自分には与えられないことも、彼は自覚していた。後方に、自分たちを追いかけるリーザス軍の姿が、また見え始めたのだ。

 彼は、覚悟を決めた。

「マジック様」

「……何?」

「敵が追いついてきたようじゃ。ここは儂がくい止めますので、マジック様は一刻も早く王宮へ戻ってくだされ」

「そんな! 貴方を見捨てて逃げるなんて! それならばいっそ……!」

 瞳に自暴自棄な光を浮かべるマジックを、カバッハーンは押しとどめた。

「今ここで死んでも犬死にですじゃ。今は生き延びて、これからのことを考えてくだされ」

「何言ってるのよ! ゼスにはもう戦力はもう残ってないのよ! 今更、これからの事なんて!」

「それでもまだ、何かゼスを生き残らせる手段があるはず。マジック様はそれを探してくだされ。我等の国が、この世から消えて無くならぬように」

 カバッハーンは万感の思いを込めて、マジックを見つめた。この短い時間で、自分の心の全てを伝えることなど出来はしない。しかし、この孫のような少女が生きることをやめないように、諦めないように、それだけを願った。

「……わかったわよ。この場は任せるわ。今までご苦労様、カバッハーン」

「マジック様、お元気で」

 マジックはつい、と目を逸らすと、カバッハーンをその場に残して去っていった。後に残ったのはカバッハーンと、三十人に満たない僅かな数の魔法使い達。

 全員が全員、その場に残った者は満足そうな笑みを浮かべていた。それが自己満足に過ぎないものとわかっていても、カバッハーンは彼らに去るように勧めることはせず、静かにリーザス軍を待った。そして最後に彼は、ここからほど近い自分の屋敷に残してきた双葉と萌、彼の作り出したホムンクルス達のことを思い出した。

「(すまんな、双葉、萌。儂はもうお前達の面倒を見てやれんようじゃ。願わくばお前達のこれからの人生が幸多きものにならんことを……)」

 追撃してくるリーザス軍の陣頭には、指揮官らしい二人の人物が先頭に立っていた。一人は大柄な壮年の男、もう一人は小柄な若い騎士かと見えたが、近づいてきたその姿はなんとうら若い女性だった。

 その二人はカバッハーンの姿を見ると、一つ頷いて二手に分かれた。壮年の男は兵士の半分ほどを連れてカバッハーンを無視して先へと進み、女性はゆっくりと彼の方へ進み出てくる。

 彼女は彼の前まで来ると、涼やかな声で語りかけた。

「リーザスの将、山本五十六と申します。カバッハーン・ザ・ライトニング殿ですね? 降服してはいただけませんか、この戦はもう終わりです」

 敗者に対するあざけりなど全く感じさせない、本心からの彼女の言葉にカバッハーンはすがすがしさを覚えた。しかし、彼の答えは最初から一つしかなかった。

「有り難い申し出だが、そうはいかんのじゃ。儂は長年ゼスの禄をはんできた、今更リーザスに降ることはできん」

「では……」

「剣を抜かれよ」

 同時に詠唱を始める、もうろくに魔法を使う力は残っていないが、この最後の相手に失礼のない程度のことは出来るだろう。

「参ります……」

 カバッハーンが最後に見た物は、表情を消した五十六の顔と、自分を薙いだ銀色の光だった。
 
 
 

 王宮へと向かう道筋、マジックは考えていた。ゼスを生き残らせる道、そんな物はあるのだろうか?

 リーザスの王がそんなことを認めるとは思えない。今更降服してもゼスは存続を認められずに、リーザスの支配下に組み込まれるだろう。

 ならば、リーザスをこの国から追い出すしかない、でもそんな方法なんて……。

「あったわ……」

 虚ろな声で彼女は呟いた。

 自分の塔にある何冊かの禁断の書、その中にならピカ以上の力を持った魔法があるかもしれない。

「今更禁忌の一つや二つ、構うもんですか……」

 アレックスの仇、自分の国を滅ぼそうとする奴らを一掃する、そのためならば自分の命だって惜しくない。彼女は、自分のその考えに飛びついた。

 カバッハーンの最後の言葉の意味に気づくことなく……。
 
 

第十七章 人類圏統一

目次