鬼畜王ランス列伝
山本五十六記
作:たのじ
第十五章 反撃
カバッハーンの追撃を受け、リーザス軍はテープの街周辺でゼス魔法兵団”雷”と対陣することとなった。この選択は、消去法の結果である。
テープの街に籠もっているところに、ラファリア副将達を消滅させた魔法を喰らう可能性があるし、サバサバまで戻っても同じかも知れない。かといって、ここまで来てリーザスまで撤退することをランス様が許すはずもなく、味方ごと吹き飛ばされることもないだろう、と足を止めてカバッハーン率いるゼス軍との交戦に入ったのである。
さすがにゼス軍の重鎮、今や四将軍ただ一人の生き残りとなったカバッハーン・ザ・ライトニングの用兵は、けれん味の無い、つけ込む隙のない見事なものだった。経験に裏打ちされた堅実さは、派手さこそ無いものの容易なことでは隙を見せない。
また、カバッハーンも例の魔法を恐れて、大胆な動きの取れないこちらの心情を読んでいるのか、その戦法はこちらを徐々に消耗させるもので、リーザスへと撤退させようとする意図が見える。だが、強攻策の取れないこちらとしてはそれに付き合わざるを得ず、攻撃を直接受け止めている将軍達は損害を最小限にすることに腐心している。
途中、志津香殿がゼスの魔法使いであり、父の敵と探していたチェネザリ・ド・ラガールに魔法で呼び出され、魔法勝負に負けて危ういところでランス様に助け出される、という事件もあったが、それ以外はひたすら耐えるだけの戦闘だった。
この状況を打開できる僅かな希望は、現在こちらに向かっているはずの魔法研究所のカーチス所長とガンジー殿だけなのだが、こちらの早うまが到着してからリーザス城を出たことを考えると、どうしてもまだしばらくはかかってしまう。
この、引くも進もできない状況が二日、三日と続き、死者こそ少ないものの負傷者が量産されていくにつれて、兵士達の士気は加速度的に下がっていった。それは我等指揮官も同じ事だが、同時に何とかしなくてはという焦りも膨らんでいく。
大きく迂回し敵の後方に回り込んで挟撃、或いは補給線を襲うという試みもなされたが、さすがに相手もさるもの、迂回しようとしたパットン王子とヒュバート将軍、ロレックス将軍の部隊は動きを悟られて危うく各個撃破される所だった。救援が間に合わなければパットン王子達の部隊は壊滅し、戦局は一気にこちらに不利になっただろう。
そしてこの手詰まり状態に、にランス様がどんどん不機嫌になっていった。
”迷ったときにはとりあえず前へ進む”という思考の持ち主であるこの方には、カーチス所長達が到着するまでの時間稼ぎに苦労しているこの状況は不満だらけなのだろう。それでも、ランス様の不満といらつきの反動を、シィル殿が全て被ってくれているためランス様が暴走することもなく、シィル殿には申し訳ないが現在の状況は維持できている。
そして、対陣して一週間目になる今日もまた、カバッハーンの攻勢を受け流すための戦闘が始まった。
「ランス王、カーチス所長とガンジー隊長がただいま到……」
伝令兵が二人の到着を告げる間もなく、ガンジー殿は大地を揺るがしながら天幕の中に駆け込んできた。
「ランス王! 申し訳ありません!!」
「うおっ」
「きゃあ!」
そしてランス様の玉座の前に平伏するやいなや、陣地の端から端まで響きわたるような大声で開口一番そう叫んだ。私を含めて居並ぶ諸将は皆その声に当てられてめまいを起こし、目の前でそれをやられたランス様とシィル殿は耳を押さえて悶絶している。
「儂が弟子どもをしっかりしつけておかなかったばかりにあのような禁断の魔法に手を染めさせ! あまつさえそのためにラファリア副将や火星大王をはじめとする数多の有能な士を失い! もはやこの責任、腹かっさばいてお詫びするしか!」
「だーっ! 落ち着けガンジー! おい、誰かこいつを落ち着かせろ!」
叫び終えるなりいきなり諸肌脱いで腹を切ろうとするガンジー殿を押さえるために、少なからぬ負傷者が出る羽目になった。真っ先に飛びついた衛兵達は五人まとめて振り払われ、第二陣もはね除けられたために、結局体術に長けたパットン王子とリック将軍、それにロレックス将軍とヒューバート将軍が四人がかりで押さえつけた。これが、本当に魔法使いの体力なのだろうか?
「ううう……。ランス王、申し訳ございません……」
「あー、お前の言いたいことは後でゆっくり聞くから、今は少し落ち着け。それと、カーチスはどーした」
ガンジー殿が来るまで不満げな顔を隠そうともしなかったランス様だったが、今の騒ぎで毒気を抜かれてしまったらしい。そしてようやく騒ぎが収まったところに、今度はカーチス所長がやってきた。どうやら共にやってきたガンジー殿の爆走に付いてこられなかったらしく、すっかり息を切らせている。
しかしこのカーチス所長、まだ少年と言っていい年齢なのだが、尋常ではない美形な女顔と相まって、息を切らせている姿にやたらと色気がある。
「お、やっと来たか、かまチス。……しばらく見ない内にかまっぷりに磨きがかかったな」
「はあ、はあ、ら、ランス王、お呼びにより、ただいま、到着、致しました……。ゼスの、魔法結界と、正体不明の、大規模魔法について……、げほげほっ」
そこまで言ったところでむせてしまった。
「カーチス所長、落ち着いてください」
衛兵達があらかたひっくり返っていて役に立たないので、私はとりあえず背中をさすって落ち着かせた。
「す、すいません、山本将軍……。あの、ところで、この有様は、一体何が起こったんですか?」
「……説明するのも面倒だから気にするな」
「はあ。ところでゼスの結界と大規模魔法の対策の為に僕たちをお呼びだそうですが、僕からはまだなんとも言えません。結界は調査してみなければわかりませんし、大規模魔法については、リーザスの研究所にはまだ資料がそれほど揃っていませんので……」
カーチス所長は申し訳なさそうに言葉を濁した。さすがに天才と呼ばれ、十代で魔法研究所の所長に抜擢された彼でも、百年の開きがあるといわれるゼスとの魔法技術の差を埋めるのは容易ではないのだろう。
ランス様は失望を隠そうともせず、今度は未だに押さえ込まれたままのガンジー殿に目を向けた。
「ならガンジー、お前はどーだ?さっき”自分の弟子共”とか言ってたな、やっぱりお前、ゼスの貴族か何かだったのか?」
パットン王子達に押さえつけられたまま、ガンジー殿は静かに顔を上げた。ひとしきり暴れてようやく頭が冷えたらしく、先程までその表情を満たしていた激情は見受けられない。その様子に、押さえつけていたパットン王子達は離れていった。
そしてガンジー殿は、改めてランス王の前に片膝ついて平伏すると、静かな口調で切り出した。
「……はい、ランス王。儂はゼスの、ゼスの王、ラグナロックアーク・スーパー・ガンジーでございます」
その場の全員が、ランス様までも言葉を失った。敵対する陣営に、その国の王が属しているなど誰が考えるだろうか?
次の瞬間、私を含めて素早く立ち直った将たちが剣を抜きかけたが、
「やめろ!」
「お待ちください! 全てお話しいたします」
ランス様とガンジー殿の声に、動きを止められてしまった。
しかし、私はこれで確信した。今の声から、そして今までに幾度かガンジー殿から感じたランス様と同じ王者の雰囲気、間違いなくガンジー殿は一国の王たる者である、と。
そして、私達の前でガンジー殿は全てを語った。諸国を漫遊し、見聞を広めると同時に己の正義を確かめ、悪を叩いてきたこと。
「諸国漫遊〜?」
「左様、王宮にいるだけでは民の暮らしはわかりませんからな」
「……お前も変な王様だな」
……お前『も』ということは、ランス様も御自身がが相当型破りだという自覚があったのだろうか……?
ガンジー殿はその旅の途中で、暴君の名を着ることを恐れずに秩序を正そうとしたランス様の姿を見て感動し、その旗の元へ参じることを決意したこと。ランス様に忠誠を誓ったとはいえ、故郷を攻めることに抵抗を覚え、仮病を決め込んで出征を拒否したこと。
「ですが、その儂の感傷が多くの死を産んでしまいました。やはりここはこの腹かっ切ってお詫びを!」
「やめろっつってんだ!」
再び諸肌脱いで筋肉に覆われた見事な上半身をさらすガンジー殿を、私達が飛び出す前にランス様の一喝が押しとどめた。
「今更お前の出自がどうこう言う気はねえ。お前が俺様に従い、俺様のために戦う気があるんならそれで充分だ」
「ランス王……」
ランス様は玉座から立ち上がり、腰の魔剣カオスを抜き放ち、ガンジー殿の顔前に突きつけた。
「それともお前は、もう俺様の下で戦う気がなくなったのか? それなら腹を切る必要はねえ、リーザス王として、この俺様自らお前に引導渡してやる」
「……いえ、ランス王の寛大なるお心、身に染みました。このガンジー、今まで通り絶対の忠誠をランス王に捧げまする……」
ガンジー殿は、今度は感涙にむせび始めた。
ひとしきり泣いてようやく落ち着くと、ガンジー殿はゼス王宮周辺部を覆う結界と、ラファリア副将達を消滅させた魔法、というよりマジックアイテム、”ピカ”について説明を始めた。
それによるとこの結界は、物理的な手段に対してはほぼ無敵であり、いくら優秀な魔法使いでも、正体を知る者でもな限りそう簡単には破れない代物だそうだ。それでも何とかしなければならないのは確かなので、結界破りについては、カーチス所長がガンジー殿の協力を得て全力を挙げて当たることになった。
「さらにこのゼス王宮を守る結界は、”ゼス四天王”の名を持つ四人の魔法使いが守る塔によって維持されております」
ガンジー殿の言う”ゼス四天王”とは、山田千鶴子、マジック・ザ・ガンジー、パパイア・サーバー、ナギ・ス・ラガールの四人の女魔法使いらしい。このうちの一人、マジック・ザ・ガンジーとはその名の示すとおり、ガンジー殿の娘である。また、もう一人、ナギ・ス・ラガールとは、志津香殿が仇と狙う男の娘だという。
ともあれ、この結界と、四人が守る塔がゼスの象徴であり、例え結界を破って王宮を占拠したとしても、四人が生き残っている限りゼスは戦い続けるだろう、というのがガンジー殿の意見である。つまり、ゼスを屈服させるためには、この四人をどうにかしなければならないわけである。
ガンジー殿が王宮に戻り、ゼスの王としてランス様に降服するのが一番早いのではないか、という意見も出たが、
『禁断の魔法に手を出した弟子達に、一度痛い目を見せるまでは帰れない』
というガンジー殿のよく判らない主張によって本人に拒否された。
次に、ゼスの使った禁断の魔法”ピカ”の対策については、ガンジー殿の記憶によれば、次はないとのことだった。この”ピカ”は、ゼス王宮の禁断のマジックアイテムを収めた倉庫の奥に一個だけ眠っていたのだが、その一個を使ってしまった以上もう残りはない。製造することも不可能ではないが、材料が希少なためにほとんど手に入らず、ゼスにおいても難しいということだった。
だがそのおかげでリーザス軍のこれから方針は定まった。”ピカ”が来る可能性がもうほとんど無いとわかれば、一刻も早く今対陣しているカバッハーンを破り、王宮へ進撃する。
方針が決まれば後は細かいところを詰めるだけである。それをするのはエクス将軍なので、私は他の皆と共に自分の部隊へと戻り、戦闘の準備をさせるのだった。
ガンジー殿の到着によって、当面”ピカ”の脅威がないであろう事は確認された。と、なれば、当面の敵であるカバッハーンを叩くのに遠慮をすることはない。”ピカ”の脅威がある内は消極的にならざるを得なかったのだが、もはやその必要はない。
そして翌早朝、リーザス軍が今まで攻勢に出られなかったことを利用していたゼス軍を正面から叩き潰すため、一連の作戦がエクス将軍より発令された。
「……皆さん今までご苦労さまでした。消極的な行動しかとれずにさぞストレスが溜まっているでしょう」
その通り、とばかりにパットン王子達が頷く。
「ゼス軍の方もこちらの事情を見抜いた上で、少しづつ出血させるような手に出ていました。既に総兵力で圧倒的に劣っているのですから、彼らは決戦をするよりも、我々にリーザスに引き上げて欲しかったんでしょう。ですがそれも終わりにします。今まで彼らもよく頑張りましたが、ここらでケリを付けてあげましょう」
続いてガンジー殿が立ち上がる。
「今カバッハーンが率いている軍勢は、魔法兵団”雷”の兵に加えて、ゼス四天王直属の部隊の一部が含まれていると思われます。四天王直属の彼らは練度も高く、優秀な魔法使い達です。ですが、いかんせん数が少ない。それをかき集めたのですから、これがゼスの最後の兵力と言っていいでしょう。残っているのは四つの塔を守る僅かな守備兵のみ、すなわち、これがゼスを巡る最後の本格的な戦闘になります」
「今回の戦闘の目的は、敵軍を完膚無きまでに打ち破ることにあります。ですから、作戦としては敵に対応する暇を与えず包囲することを目的として、中央突破をかけます」
エクス将軍は語った。
まず前進してくるゼスの奴隷兵部隊に対して、赤の軍が突撃をかける。今までのリーザス軍の消極的な対応に慣れているゼス軍は、それだけで僅かでも動揺するだろう。そして、突撃をかける赤の軍に続いて、ヘルマン重装歩兵部隊が正面から押し込んでいく。この時左右に広がりつつ、半包囲の体勢をとる。
最後に、赤の軍が敵中央を突破して、後輩に回ったところで左右に展開、『中央突破・背面展開』の完成である。こうして前後から赤の軍と重装歩兵が包囲してしまえば、ゼス軍はなす術無く殲滅される、はずである。
残る白の軍とパットン王子の部隊は遊撃部隊として自由に戦場を動き回って予想外の事態に備え、私達弓兵と魔法使いの支援部隊は、随時必要と思われる所に支援を行う。
今回はガンジー殿に支援部隊全体の指揮を任せられるので、私も安心して自分の部隊の指揮に専念できる。大軍を指揮するのは将軍としての本懐とは言え、勝手の違う魔法使い達の指揮までとるのは疲れるのだ。
そして本陣では、ランス王が緑の軍と親衛隊に守られ、全体の指揮を執るのである。
「俺達は正面から奴らを叩いてやれば良いんだな? 俺達向きの役目じゃないか」
ヒューバート将軍が嬉しそうに指を鳴らし、ロレックス将軍も同感、といった顔つきをしている。この二人はリック将軍と同じで間違いなく攻撃型の将である、今までの守備一辺倒の戦いはさぞ不満が多かったことだろう。
「一つ注意して欲しいのですが、昨日の日暮れ前に五百ばかりの魔法兵が敵軍に合流したとの報告がありました。数こそ少ないですが、四天王直属の旗を掲げていたとのことですし、もしかすると四天王が来ているかもしれません」
「四天王達は、指揮官としては四将軍にこそ劣るが、魔法使いとしては四将軍より遙かに上。各部隊の指揮官の方々は、その点を忘れないで頂きたい。不用意に近づけば大きな損害を被ることにもなる」
と、ガンジー殿がエクス殿の言葉を補足する。私はそのガンジー殿の言葉に一つの不安を覚えた。
「そのような魔法使いならば、以前ガンジー殿が使ったような大規模な魔法を使うのではないでしょうか? その際、我々は如何に対処すればいいのでしょう?」
JAPANの、大阪攻めの際にガンジー殿の使った魔法が頭をよぎる。それが我等に対して使われたらどうなるのか?
だが、その懸念はガンジー殿によってあっさり払われた。
「問題はないでしょう。確かに四天王ならば儂よりは劣りますが大規模攻撃魔法は使えます。しかし、あれは本来数日単位の儀式の末に行われるもの、儂がやったような使い方はいわば邪道、本来の使い方ではないですし、あのような使い方を思いつけるほどの経験と機転のある者は今の四天王にはおりません」
「それでは、今日のゼス軍の行動に合わせてこちらも動きます。上手くいけば今日中に決着が付きますので、皆さん頑張ってください」
エクス将軍がまとめる、ランス様がおもむろに立ち上がった。
「エクスはそう言ってるが、俺様はこれ以上長引かせる気はないからな。いいか! 上手くいけば、じゃなく絶対に今日中に終わらせるぞ! もたもたするようなら俺様直々に撃って出るからそう思え! お前ら、俺様の手をわずらわせんじゃねえぞ!」
ランス様らしい激励を受け、私達は部隊の指揮を執るべく各々の持ち場へと急いだ。
急ぐ我等の背後から朝日が昇り、戦場を照らし出す。
その向こうに見えるゼスの軍との戦いも、今日で決着が付くのだ。