鬼畜王ランス列伝
山本五十六記
作:たのじ
第十二章 侵攻作戦開始
実に約一年ぶりの軍装に腕を通す。貴慣れてしまった襦袢に打ち掛け、小袖を箪笥に仕舞い込む。それらの代わりに陣羽織を取り出し、具足の上に羽織る。ここ一年弱の間、仕舞い込んで一度も身につけていなかったが、特別にあつらえた鎧具足はぴったりと私の体に合った。
……どうやら妊娠前と体型に大きな変化はないようだ。
そして最後に、刀を大小二本腰に差す。脇差しは以前から所有していたJAPAN製の業物、大刀はヘルマン占領時にラング・バウで接収したクリスタルソードを刀に打ち直したものである。
このクリスタルソード、リーザスとカラーの関係を考えると、カラー達へ返還すべきものだったかもしれない。しかし、ランス様は大量に接収されたこの強力な魔力を持つクリスタルソードを、カラーの女王であるパステル・カラーの承諾を得た上でリーザス軍の指揮官達に装備させたのである。
使い慣れた愛刀ではないが、その秘めた魔力のせいか、この水晶刀はよく手に馴染む。
支度を終えると心と体が引き締まる。やはり私は女であり、母であると同時に武人なのだと実感する。
最後に寝台の上で眠っている二十一と綾女の顔をゆっくりと眺め、同じように見守ってくれている方々に頭を下げる。
「……二十一、綾芽、母はしばらく戻れませんが、元気にしているのですよ。香姫様、エレナ殿、すずめ殿、二人を宜しくお願いします」
「御武運を、五十六殿」
「五十六さん、この王子様達のためにも、無事に帰ってきてくださいね」
「お気をつけて……」
そして私は、一つ頷くと名残を断ち切ろうと無言で振り返り、早足で扉へと向かう。扉の前では、既に準備を終えていたアールコート殿が私を待っていた。
「アールコート殿、お待たせしました」
「ええ、行きましょう……」
そのまま早足で、私達は部屋を出た。
会議場へと向かいつつ、私は考える。
LP五年三月、ついにリーザスに対抗する最後の勢力となったゼスへの侵攻作戦がいよいようこれから発動される。ヘルマン占領後、時を置かずに進められるはずだったこの作戦は、本国防衛の最精鋭である黒の軍まで投入されたヘルマン戦役での被害のために時期をおいての発動となった。
しかしそのおかげで、ヘルマン戦役初期に、宿将レリューコフ将軍の指揮する精鋭ヘルマン第一軍との戦闘で半壊した赤の軍も回復した。ヘルマンを占領・併合し、国力も軍の陣容も充実させたリーザスは、ヘルマンとはまた違った困難さを持つゼスへとこれから侵攻するのである。
ヘルマンはその広大な国土と、精強な重装歩兵団が我々を阻んだ。しかしゼスには、リーザスにはない強力な魔法兵団と強力な魔法、リーザスをはるかに越えた魔法技術が存在するのである。
魔法も剣と同じ道具の一つに過ぎないとは言え、その秘めた力は時に剣など問題にしない程のものがある。そして使い方によっては、少数の優れた魔法使いで一軍を相手にすることもできるのである。そのゼスに戦いを挑む困難さはヘルマンと同等かそれ以上ということをリーザスの将は皆理解している。
しかし、困難はあれど、我等はリーザスが負けるとは思っていない。ヘルマンを併合したことによる圧倒的な国力、それを管理するマリス殿を筆頭とする国家運営組織、そして数多くの有能な将と、練度の高い、実戦をくぐり抜けた優秀な兵達。
そしてそれら全てを率いる、自身が魔剣カオスを持つ超一流の戦士であり、玉座について以来不敗であるランス様、これだけの裏付けが、我々に必勝の自信を与えるのだ。
そんなことを考えながら、私はもう一度を引き締め、久しぶりに足を踏み入れる会議場へと入っていった。
会議場には既に将たちが集まり、ランス様の入場を待つばかりであった。私とアールコート殿は玉座から見て左側の列へと向かう。
玉座から見て左側には、ヘルマン戦役以前からの将が並ぶ。私がリーザス軍に参加する以前からいる将たち、そして私の後に任官したアールコート殿とラファリア副将。
そして右側には、ヘルマン戦役以降の将たちが並ぶ。
ヘルマンの廃太子にして、小回りの利く格闘兵団を率いるパットン・ミスナルジ。
その竹馬の友にして、重装兵団を率いる猛将ヒューバート・リプトン。
黒髪の異種族カラーであり、リーザスには及ぶ者が居ない程の魔力を誇る魔法戦士であるハンティ・カラー。
最後の魔鉄匠であり、聖魔教団の生き残り、青銅の体を持つフリーク・パラフィン。
更にはヘルマンの宿将レリューコフ・バーコフ、軍師クリーム・ガノブレード、智将アリストレス・カーム、剣士ロレックス・ガドラス。
隅の方には、ランス様のかつての仲間であり、志願兵を率いてやって来たバウンド・レス、ソウル・レス兄妹、クリスタルの森からやって来たカラーの部隊をまとめるソミータ・カラー。
ほんの少し前までは互いに命を懸けて戦う間柄だった我々だが、今では動機の差こそあれ、皆がランス様の元で戦う同志である。
私は、その頼もしい同志達の顔をぐるりと眺め渡す。今現在、ここにはガンジー殿と健太郎殿以外の全ての将が集まっている。健太郎殿は、サテラ殿やメガラス殿と同じく魔人から美樹殿を守るときしか動かないため、余程の場合でない限り軍議に出席する義務はない。ガンジー殿はゼス出身らしく、故郷を攻めることを嫌って仮病を決め込んでいるらしい。
もっとも、それを責める者はここにはいない。ガンジー殿のランス様への忠誠と敬意を疑う者は誰もいなかった。また、ガンジー殿の今までの功績からすれば、多少のことは目をつぶっても問題ないくらいの働きをあの方はしてきたのだから。
これから始まる大作戦を前にした興奮で、会議場は静かな喧噪に満ちていた。
そうして隣とささやき合っている者がそこここで見受けられる中で、私は連れだってやって来たアールコート殿、そしてメナド殿とたわいのない話に興じていた。
「五十六さん、二十一くんと綾芽ちゃん、元気ですか?」
「ええ、本当に元気に育ってくれています。次に会うときには、今よりずっと重くなっているでしょうね」
「この時期の赤ん坊は、どんどん大きくなりますから……。今は綾芽ちゃんの方が少し重いですね」
「あ〜あ、ぼくも出征前にもう一度顔を見たかったなぁ。このところ準備で忙しくって全然会えなかったから……」
「暇が出来たら顔を見に行ってやってください。二十一と綾芽も、メナド殿が気に入ったようですから」
「え、そうですか? えへへ、嬉しいなぁ」
「二十一くんも綾芽ちゃんも、人なつっこいですから……。王様に似たんでしょうか?」
「どうでしょう?」
これから戦場へ発とうと言うときに、私達は随分と和やかな会話を続けていた。
そのまま暇を潰していると、ようやく警備兵の声が辺りに響いた。
「ランス王のご入場です!」
ランス様は、軍総司令官のバレス将軍、ヘルマン戦役から総参謀長の役を与えられたエクス将軍、ヘルマンで捕らえられていたところを助け出され、そのままランス様直属の侍女のような役目を果たしているシィル殿、そしてマリス様を従えて会議場へと入ってきた。
大股で皆の前を横切り、どっかりと玉座に腰を下ろす。
自然と静まり返った場内に、エクス将軍の声が響いた。
「それでは、前置きはいいでしょうから、これよりゼス侵攻作戦の概要を発表します。なお、これからの発表は行動指針に過ぎませんので、意見のある方はどんどん発言してください」
エクス将軍はそう言うが、その”指針”とやらは歴戦の将であるバレス将軍と、経験と実績を持った智将のエクス将軍が時間をかけて煮詰めた物、そうそう意見を挟む余地などあるまい。それでも、有効な意見を出せば採用する柔軟性を持つのがリーザス軍の良いところであり、硬直した指揮系統を持ったヘルマンから降ってきたクリーム殿などは、参加当初は驚きの連続だったという。
今回の作戦はヘルマン戦役と同様、シャングリラをまず第一の拠点とする。
リーザスとゼスの間には、ヘルマンとの国境のように行軍にとことん不向きな高山地帯はないが、代わりに要害のアダムの砦が存在する。これを正面から攻めていたずらに損害を増やすような愚策をエクス将軍が採るわけが無く、まずシャングリラからアダムの背後のサバサバへ侵攻し、アダムとゼス中心部との連絡を絶つ。
そしてその上で、リーザス側、ゼス側からそれぞれ一軍をもってアダムを封鎖、そうしてアダムの”国境の砦”としての存在意義を失わせたまま、本隊がゼス中心へと侵攻する。封鎖されたアダムは徐々に締め上げられ、勝手に崩壊するだろう。
そして、本隊はさんざん経験を積んだ野戦でゼス防衛軍を粉砕する。戦略としてこれ以上の物はまず望めないだろう。
後はカラーの領域たるクリスタルの森を通るルートを使うくらいだが、クリスタルの森はランス様とカラーの間に結ばれた協定によって、軍隊は通ることが出来ない。よって、この指針に反対する者はなく、議題は次の、侵攻軍の編成へと移っていった。
まず、青の軍、黒の軍はヘルマン戦役と同様に本国待機。防御戦を得意とする青の軍は、ある程度侵攻が進んだ後に拠点確保のために投入されるのだろう。最精鋭たる黒の軍が投入されるのは最終局面、すなわちゼスとの最終決戦であり、バレス将軍は、その時までリーザス領内の警備も担当する。
また旧ヘルマン領内の警備は、レリューコフ将軍とアリストレス将軍が、元ヘルマン帝国の姫君であるシーラ姫と共にラング・バウに入って担当する。両将軍の手腕と、シーラ姫のヘルマン人民への人気を考えると、これは最適の人選だろう。
次に、アダムの砦の封鎖を行うのは緑の軍である。アールコート殿はセシルの傭兵隊と共にゼス側から、ラファリア殿はルイス、火星大王と共にリーザス側から封鎖を行う。この封鎖組は、形の上ではゼス侵攻の先鋒であり、その中でも最初に接触が予想されるラファリア殿は先鋒の大任に大層機嫌を良くしていた。
そして残りの軍は、機能別に前衛部隊と支援部隊に分けられ、戦場、戦況に応じて柔軟に投入される。かみ砕いて言えば、作戦目標が決まると、それを遂行するための部隊が前衛部隊と支援部隊からそれぞれ選び出され、協力して作戦に当たるのである。
以前のリーザスではこのような贅沢な編成は行えなかったが、軍事力が増大した今では、こうした物量によった作戦を行うことができる。物量で押し切る戦いというのは傍目には華麗には見えないが、戦っている側からすればこれ以上の楽な戦いはないのである。
相手より多い兵力とそれを支えるに充分な物資があれば、戦いの帰趨はほとんど決する。後は現場の指揮官が余程の失敗をしない限り、負けることはまずないのである。
私の部隊は、最終的に支援部隊に回ることとなった。通達を受けた各将達は、早速準備を行うために三々五々に散って行く。
メナド殿も、そして対魔人戦と国内警備の経験しかなく、実質的にはこれが初陣のアールコート殿も、責任を果たすべく会議場を飛び出していく。
私も出ていこうとしたところを、なぜかランス様に呼び止められた。既にバレス将軍達の姿もなく、シィル殿も準備をしに行ったのかここにはいない。
「おーい五十六、ガキどもは元気かぁ?」
相変わらずの物言いだが、私にはわかってしまった。子供達のことを口にするとき、ランス様はまだ照れたように視線を彷徨わせる。
「はい、二十一も綾芽も、健やかにしております。ランス王、出来ればご自身の出陣の前に、一度顔を見てやってくださいませ」
「あぁ、そーするとするか。今度もしばらくはシャングリラ暮らしだからな。リーザス城は居心地はいーんだが、戦場から遠すぎるのが難点だ」
ランス王の言うことももっとも。リーザス城にいたのでは刻々と変わる戦況に対応する事など出来ず、報告を待つだけになる。だから指揮を執ろうと思えば、前線に近いシャングリラへ出るしかないのだ。
しかし、今回はアダムが落ちれば平野部に通り道が出来る、高山地帯より砂漠を通した方が早かったヘルマンとは違うのだ。
「まあ、人間相手の戦争はこれで多分終わりだ。人間同士の大喧嘩もこれで終わりになる」
「はい」
ランス様は何を言う気なのだろうか? 話の流れがつかめなかった。
「その奥の魔人領も俺様が全て占領してくれる。だから、二十一と綾芽がでっかくなる頃には、戦う相手がいなくなってるかもしれんな!」
「今まで誰にも達成できなかった平和な世界、ですね」
「そうだ。俺様のような偉大な英雄には少し退屈な世界だが、ガキどもやお前らにはそう言う世界の方がいいだろう」
「……はい」
この方にはいつも驚かされる。時として信じられないほど無神経で粗暴かと思えば、こんな気遣いもする方なのだ。
私のような凡人には理解するのは難しいという意味で、間違いなくランス様は”偉大な英雄”なのだろう。
「それでは、私も準備に参りますので、これで失礼します」
「おお、しっかり働けよ! ……現役復帰したばかりなんだから、体に気を付けろよな」
ランス様の声に微笑みを返しつつ、私は会議場を後にした。