鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第十一章 誕生

 小春日和のある日の午後、、私はリーザス城内の中庭で紅茶のカップを手にのんびりと過ごしていた。

 LP四年十二月、リーザス王国は半年間の激戦の末、ついに長年の宿敵であったヘルマン帝国を滅亡させた。この異常とも言える迅速な勝利の背景には、今まで占領不可能といわれていたシャングリラをランス様が制圧したことにある。これによって、リーザスとヘルマンを隔てる山脈を通る必要が無くなり、ヘルマンの警戒の薄い地域へ大量の兵力を送り込むことが可能となったのである。

 ランス様自ら司令部をシャングリラへと移したこの戦いは、ヘルマンの廃太子パットン・ミスナルジ殿との予期せぬ同盟もあり、リーザス有利の内に完了した。ヘルマンの宰相であったステッセル・ロマノフを捕縛し損ないはしたが、ヘルマンの次期女王であったシーラ王女を捕らえたことでそれを補ってほぼ完全な勝利と言えるだろう。

 現在、リーザス軍主力は今だに抵抗を続けるヘルマンの地方勢力の鎮圧のために帰還のかなわない状態だが、ランス様は正月までに一旦帰還することが決定している。こんな事を思うようになるとは自分でも意外だったが、私はランス様の帰還を喜んでいる。もう臨月ということもあって、間近に迫った始めてのお産に不安があったが、ランス様の帰還が近いと考えただけでその不安が薄くなっていく。

「五十六さん、アールコートさん、王様がお帰りになるのって、もうすぐですよね?」

 私と一緒にテーブルを囲んでいるこの娘は、ランス様がヘルマンから連れてきた娘で、エレナ・フラワーという。何でも父親を亡くして、義理の母親とその娘に虐待されているところをランス様に助けられたそうで、ランス様を恩人として、また”白うまの騎士”として心から慕っている。その証拠に、ランス様の帰還が近いと聞いてから、この娘は浮き立つような雰囲気を周囲に振りまき続けている。

 現在は花売りをしていたという経験を生かして、リーザス城内に作られた花畑の世話を一手に引き受けている。更に、子守の手伝いをした経験もあるというので、色々と教えてもらってもいる。

「ええ……確か、そのはずです……。そうですよね、山本将……、いえ、五十六さん」

 細い声でそう呟くように言うこちらの娘はアールコート・マリウス。ヘルマン侵攻前の兵員増強のために、士官学校から優秀な生徒を繰り上がりで任官させるという話が持ち上がった際、数多の同級生、先輩を追い抜いて増強された緑の軍の将軍に抜擢された娘である。

 気弱そうな外見からは想像もつかないが、百年に一人といわれる戦略戦術の天才であり、その才能にはリーザス一の智将と呼ばれるエクス将軍も賞賛を惜しまなかった。押しが弱く、迫力に欠けるところは問題だが、そうした精神的なものさえ克服できれば将来のリーザス軍総司令官さえ夢ではないだろう。

 ……とは言うものの結局増員はヘルマン戦役には間に合わなかった。彼女は緑の軍の将軍に任官したものの未だ戦場に出たことはなく、妊娠しているために遠征をアーヤ殿に禁止され、出征できなかった私と共に国内警備、及び時折思い出したように飛来する魔人対策に回っていた。

 私が本格的に軍務を行うことが不可能になり、軍装を解くようになってからは直接目にしていないが、共に戦場に立っているときのその働きぶりは見事なものだった。彼女の才能は、いずれ行われるゼス侵攻の際に生かされることになるのだろう。

「でも、不思議ですね……。この、五十六さんのおなかの中に、王様のお子さまがいらっしゃるんですよね」

 エレナ殿が、屈託のない微笑みを浮かべながら優しい手つきで私の腹を撫でている。いずれ彼女も通る道だと思うのだが、今は大きく膨らんだ私の腹が不思議に映るらしい。

 対してアールコート殿は、おっかなびっくりな表情で、そろそろと私の腹を撫でる。

「王様の……。男の子でしょうか、それとも女の子でしょうか?」

「さあ、どちらでしょう。でも、元気に育ってくれれば……」

 私達三人に撫でられて喜んだのだろうか、その時腹の中の子が動いた。その元気な動きに、私達は思わず手を離して顔を見合わせる。

「この元気な様子、きっとランス王似の元気な男の子ですね」

「きっと素敵な王子様になりますね」

「そうですね……。王様そっくりで、頼もしい王子様に……」

 私達三人は、そうしてすずめ殿が探しに来るまで冬の一日を穏やかに楽しんでいた。
 
 

 その頃、天才病院。

 カルテを片手に持ったアーヤ・藤ノ宮院長の独り言。

「ん〜、どうもこの結果から察するに……。まぁ、せっかくだから黙ってましょう。お楽しみは最後までとっておかなきゃ。産まれた時が楽しみです〜」
 
 

「……っ!」

「五十六殿、気をしっかり持って!」

「後もうちょっとです! 頑張ってください!」

香姫様とアーヤ殿の声が聞こえるが、私にはその声に答える余裕はない。

「……だーっ!いらいらする!……」

「……落ち着いてください、ランス様ぁ……」

「……」

 遠くからはランス様とシィル殿の声も聞こえる。声は聞こえないが、爺もそこにいるはずだ。痛みで吹き飛びそうな意識が、皆の声を聞いたせいか少し楽になる。

 だがその次の瞬間、私の意識は一気に真っ白になった。

 長い空白。

 どこからか聞こえてくる、二つの産声を聞きながら、私は……。

 ……二つ?
 
 
 

 ふと気が付くと、そこには満面の笑みを浮かべた香姫様と爺とシィル殿、そして表情の選択に苦労しているかのように複雑な表情を浮かべたランス様が私を覗き込んでいた。

「おめでとう。頑張りましたね、五十六殿」

「姫様……、よう頑張られました……」

「おめでとうございます、五十六さん!」

「……むー」

 皆がそう言ってくれるが、私はまず子供のことと、ランス様の沈黙の方が気になった。

「あの、私の、子供は……?」

「ええ、本当に元気な男の子と女の子の双子ですよ。産湯をつかって、検査が終われば直ぐに会えます」

 にっこりと微笑んで香姫様が言う。

「双子、だったのですか?」

 それで産声の謎が解けた。重い重いと思ってはいたが、まさか二人も入っていたとは。

 不意にノックの音が響き、ドアが開くと、台車を従えたアーヤ殿がやってきた。

「お待たせしましたぁ」

「おらおらお前ら! ベッドの前からどきやがれ! 五十六から見えないだろうが!」

 ランス様のその声と共に、皆が一旦脇に動き、変わりに目の前に台車がやってきた。その上には、産着にくるまれた小さな赤ん坊が二人、すやすやと眠っている。

 思わずのばした私の手に、アーヤ殿が赤ん坊を抱かせてくれた。

「はい、お母さんには男の子、お父さんは女の子です」

「俺様が抱くのかぁ!?」

 見ればランス様は赤ん坊を渡されておろおろしている。シィル殿が不安げな顔をしていたが、ランス様はどうにか上手く抱くことが出来たようだ。

 私の腕の中にも、赤ん坊がいる。赤ん坊を抱くのは初めてのはずなのに、その子はぴったりと私の腕の中に収まった。そして抱いたとたんに、一仕事終えたような充実感と、赤ん坊に対する愛おしさが押し寄せてくる。

 この子達を、私が産んだのだ……。

「はい、ちゃんと首を支えてくださいねぇ。検査の結果、異常は全く見あたりませんでした。どこからみても健康なお子さん達です〜」

 あどけない顔で眠っている腕の中の子をひとしきり見つめ、もう一人の様子を見ようと視線を上げると、ランス様が自分の腕の中と、私の腕の中の子を交互に見ているのに気が付いた。

「ランス王……。顔を見てやってください……。男の子はランス王似ですよ……」

「う〜む……、リセットの時も思ったが……。やっぱ猿みてーだな。これが本当に俺様似か?」

 そのランス様らしい感想に思わず吹き出してしまった。

「産まれたばかりの赤ん坊は皆こうですよ……。それに、目元など本当にランス王にそっくりです」

「う〜む……」

 赤ん坊とにらめっこをしているかのように、しかめ面をしているランス様見ていると、なぜかそれだけで微笑みが浮かんできた。その気持ちは皆も同じだったようで、くすくすという笑い声が聞こえる。

「こちらの女の子は五十六殿似ですね。きっと美人になりますよ」

 ランス様の腕の中で眠っている子供を見ていた香姫様がそう言ってくれた。今はなぜかそんな些細な一言がとても嬉しい。

 赤ん坊を抱く私達と、腕の中で眠る赤ん坊達、いつまでもこうしていたい気がしたが、ふとランス王の先程の呟きが思い出された。

「リセット……?」

「お? ああ、お前には言ってなかったか? カラーの女王のパステルが一ヶ月前に産んだ俺様の娘だ。っと五十六、そろそろ代われ」

 最近リーザスにやってきたカラーの部隊の指揮官、ソミータ・カラー殿の顔が思い出された。

「はあ……。ですが、カラーとの協定が結ばれたのは四ヶ月前では?」

「カラーは三ヶ月で産まれるんだそーだ」

 ……まあ、今更この方の行状をいちいちあげつらっても仕方がないが、今の状況で、私に何の配慮も無しにそう言う無神経さには少し腹が立つ。

 その私苛立ちを察したのか、皆は私からひとまず離れた。

「二人とも、元気そうで何よりです……」

「ほぉんと、凄い産声でしたもんねぇ」

「くすっ、やっぱり男の子はランス様に似てますね」

「……そうかぁ?」

「ですが姫様、本当によう頑張られました。これで山本家も安泰ですな」

 その爺の言葉に私はようやく現実に引き戻され、そして一つのことに気が付いた。この子達は山本家の跡継ぎであり、男の子は将来のJAPANの王になる子。

 だが同時に、未だにリア様との間に子のいないランス様の子達でもあるのだ。

「ランス王……」

「ん?」

 そこまで考えた私は、飽きる様子もなく赤ん坊達をしかめ面して見つめているランス様の腕から赤ん坊をそっと取り戻し、二人を抱いた。

「この子達の父親がランス王であることは、隠した方がよいのではないでしょうか……」

「ああ?何でだ?」

 私の言葉にランス様はそう答えた。政治にはとんと無頓着なランス様のことだから、私の言葉の意味には気づいていないらしい。

「この子達がランス様のお子であることを発表しては、将来リーザスにとって問題になるのではないでしょうか……」

 そう、この子達はリーザス王ランスの子達、すなわちリーザスの王位継承権を持つことになる。いずれリア様に子供ができればその子がリーザスを継ぐことに間違いはないが、妾腹の子の存在は、いつどこの国でも何かしらの問題を引き起こす。

 それを避けるためにはこの子達がランス様の子であることを隠すのが一番良い。そこまで私は説明したのだが、ランス様はその私の考えを一笑に付した。

「んな細かいことを気にするな! こいつらは俺様の子だ、それを隠す必要がどこにある!」

「ですが……」

 ランス様がこの子達の存在を認めてくれるのはこの上なく嬉しいこと、しかしこの子達がまた争いの火種になるのは……。

「だーっ! もう細かいことは気にするな! それよりこいつらの名前だ名前! 五十六、お前もう決めてるのか?」

「いえ、まだですが……」

「よし、ならば男の方は俺様が名前を付けてやる! 二十一(はたかず)、ってのはどうだ!」

「はたかず、ですか?」

 JAPAN風の名前、それ以外に特徴はないように思える。

 何か由来があるのだろうか?

「そこの植木の爺さんと香姫に聞いたんだが、お前の名前、お前の親父が五十六歳の時に産まれたからそうなったんだってな?」

「はい、そうですが」

 私は父が晩年になってようやくできた子だ、それがよほど嬉しかったのだろう、迷わずこの名前を付けたらしい。母は父とは別に娘らしい名前を考えたそうだが、私にその名前は結局付けられなかった。幼い頃は娘らしくない名前に少し父を恨んだものだが、今では父の思いの大きさを感じられるようで気に入っている。

「それでだ、俺様は今年何歳になるか知ってるか?」

「確か、二十一歳になるかと……」

 そこでようやく気が付いた。

「そう! で、俺様が二十一歳の時に産まれたから二十一! 良いネーミングだろう!」

「……!」

 植木の爺と香姫様を見る。二人は、私の顔を見て微笑んだ。

 シィル殿が、控えめに私のそばにやってくる。

「ランス様、子供の名前を考えるのにすっごく苦労してたんです。何でも、リセットちゃんが産まれたときはランス様がいない間にもう産まれてて、名前を付けるのにも参加させてもらえなかったから、今度は自分で付けるんだって。それで、参考にって植木さんや香姫さんにいろいろ聞いて決めたんですよ」

「ありがとうございます……、ランス王……。私などに、そこまで気遣っていただいて、私は……」

 嬉しさのあまり言葉が出なくなる、というのは本当だったのだ。だがその私に、ランス王は続けてこう言った。

「一人はこれでいいとして……、もう一人の名前はどーすんだ? 双子が産まれるなんて考えてなかったから、もうネタがないぞ」

 ゆっくり喜びにも浸らせてくれないランス様に苦笑しながら、私は一つの名前を思い出していた。母が考えていたという、私に付くかも知れなかった名前。

「綾芽、というのはどうでしょう」

「あやめ……。良い名前ですね」

「良い名前です。きっと可愛らしい姫君になるでしょうな」

「私の名前にちょっと似てますねぇ。これは美人になりますよぉ」

 香姫様と爺は真っ先に賛成してくれた。アーヤ殿もけらけらと笑いながらそう言ってくれる。

 シィル殿は微笑んでいるだけ……、耳慣れないJAPAN風の名前なので言及を避けているようだ。

「ん、お前が良いと思うんなら良い名前なんだろう。……二十一、綾芽、元気に育てよ!」

 と、そのランス様の声に驚いたのか、二十一と綾芽はぱちりと目を開け、火のついたように泣き出した。

「おお!? 何だどーした!? こら泣くんじゃない! だぁぁぁっ、シィル! 五十六! 何とかしろぉ!」

「わ、私、子供の世話はよくわかりません〜」

 戦場でも決して慌てることのないランス様のこの慌てぶりを見て、私はふと思った。

 この方は、意外と親バカになるのかも知れない。
 
 

第十二章 侵攻作戦開始

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