鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第十章 凱旋、そして

 元・自由貿易都市ポルトガル、ミリ・ヨークス殿の部隊を、暫定的なJAPAN守備隊兼織田家の残党狩り担当として残し、リーザスへの凱旋の途中、私達はこの街で休息をとっていた。

 この街は、三ヶ月前のリーザス侵攻の際に徹底的に焼き討ちにされ、壊滅したかと思われていたが、ポルトガルの商人達の底力の凄まじさを見せつけるように急速に再建され、既に貿易都市としての機能を取り戻していたのである。私達部隊指揮官は、その商人達の中でも最有力の一人であり、リーザスの御用商人でもあるブルーペットの屋敷に滞在していた。

 そのブルーペットと、ランス様が何やらこそこそと話している。

「しかし、返す返すもレベッカのことはもったいなかったですわ。王様もレベッカはお気に入りでしたでしょ?」

「うむ、確かに気に入ってたが、まあ今頃どこかで幸せに暮らしてるんじゃねーか?」

「そうでっしゃろか……? ああ、レベッカにはまだまだ稼いでもらえると思ってたのに……」

「行方不明になったんじゃ仕方ないだろう。いつまでもぐだぐだ言ってないでさっさとあきらめろ!」

 そう言うランス様はなぜかブルーペットと視線を合わせようとしない……。そう言えば、ハーレムに”レベッカ”という娘がいたような……?

 今は、大阪攻めの時の話を肴に、全員が集まってのんびりと酒盛りの最中である。ちなみに香姫様はこのような席に同席させるわけにもいかず、爺を相手に別室で休んで頂いている。私が部屋を出るときの妙に寂しそうな顔が印象に残ったが、やはりまだ安心することは出来ないのだろう。

 そうして少し物思いに浸っていた私をよそに、ランス様達は、信長公の軍勢との決戦時の話で盛り上がっていた。

「なあ、ガンジー、お前があん時ぶっ放した魔法、どーして普段は使わねーんだ?そうすりゃ今までだってもっと楽が出来たじゃねーか」

「それは僕も聞きたいですね、ガンジーさん。あれだけの威力があればこれからの作戦にも生かせますし」

 ランス様とエクス将軍がガンジー殿に絡んでいた。それをガンジー殿は苦笑いを浮かべながらいなしている。そしてそのお二人に応えたのは、いつになく調子を上げている志津香殿だった……、酔っているのだろうか?

「あのねー、あんな魔法、そうぽこぽこ使えるもんじゃないのよ」

「何だ、志津香? 自分が使えないからってやっかみかぁ?」

「私だって使えるわよ! でもね、本来あの手の魔法は長時間の儀式が必要なのよ。それををきちんとした準備無しで使ってご覧なさい! やたらと丈夫そうなガンジーさんだったから一日寝込むだけですんだけど、私なら一週間は動けなくなるわ。おまけにガンジーさん、貴方確実に寿命が三年は縮んだわよ!」

「俺様の”鬼畜アタック”みたいなもんか? あれも使うとレベルが下がるしな」

「ガンジー殿!? そんなに危険なことをなさったのですか!?」

 ランス様達の話を聞いて、私は思わずガンジー殿に詰め寄った。だがガンジー殿は、そんな私の心配を軽く笑い飛ばしてしまった。

「何、あれは儂が選んだことです。将軍が気にすることではありませんぞ。第一、儂は百まで生きるつもりでおりますが、百年が九十七年に縮んだところで大した違いはありますまい」

 そう言ってまた、ガンジー殿は愉快そうに笑い出した。

「ああ、ところで五十六さん、ガンジーさんがあの魔法を使った前後の部隊移動は、貴方が指揮をとったそうですが……」

「ええ! そうなんです!」

 エクス将軍の問いに私より早く応えたのはメナド殿だった。リック将軍もその隣で頷いている。

「ぼくとリック将軍の所に伝令が来まして、その通りに動いたらあの魔法が来たんです! そしてその魔法で怯んだJAPANの兵を、言われた通りにぼくたちが叩いたんです!」

 どうも興奮しているせいか、それとも酔いのせいか、メナド殿の言うことは省略されていてわかりにくかった。しかし、エクス将軍はだいたいの所は察した様子だった。

「大胆なことをしましたね。上手くいったからよかったですけど」

「あのままでは押し切られてしまいそうでしたので、それならばと思い、エクス将軍が使った策を使わせていただきました」

 もっとも、ガンジー殿がいなければそもそも実行すら出来なかったであろうが。
 
 エクス将軍が長崎でこの手を使ったときには、ランス様の本陣があったからこそ出来たのだ。今回はその点をガンジー殿が一人で補ってくれた、私など思いつきを述べたに過ぎない。

「いやいや、五十六さん、そう謙遜することはありませんよ。何より貴方の部隊もそこに参加していたんですし、貴方の指揮があればこそ、苦戦が一転して完全勝利に終わったんですから」

 殊勲は貴方です、とエクス将軍は話を締めくくった。そしてランス様も、上機嫌で杯を傾けながらこう言った。

「よーし、それならば五十六には後でたぁっぷり褒美をやらんとな!」

 その時の志津香殿とサテラ殿の表情が何やら妙だったが、私は特に気にしなかった。

 ……そしてその夜、私は自分の部屋に帰ることが出来ず、翌日の行軍も疲れが酷くて大変な思いをすることになった。
 
 

 鞘走りの音、そして一閃。

 一拍遅れて目の前の巻き藁がずれ、上半分が地に落ちる。ゆっくりと刀を鞘に収めると、今度は傍らの爺から弓を受け取る。

「姫様、剣の腕もまだまだ伸びる余地がありそうですな。ここ数カ月の伸びは、JAPANにおった頃とは比べ物になりませぬぞ」

 爺は私の剣の師であり、私の腕ではまだまだ及ばない。その爺が言うのだから事実そうなのだろう。

「そうかも知れない。だが、私にはやはり弓の方が性に合う」

 そう答えて弓を引き、的を見据えて集中する。

 大阪陥落から既に三ヶ月、リーザスの戦略は新しい段階へと移り始めていた。まずはJAPANに残る織田家の残党狩り、及び織田家に滅ぼされた者達から成る小規模勢力の平定。これにはミリ殿と火星大王殿の部隊と共に私が当たり、ようやく先日、佐渡の大金山に立てこもった織田家の最後の勢力を平らげた。

 余談だが、この時期に香姫様を私が保護する事が正式に許可された。今では香姫様は特別にランス様のハーレム内に一室を与えられている。自由に出歩ける身ではないが、女ばかりのハーレム内で私以外に親しいつきあいをする相手も出来たようで、一安心している。

 また、JAPANの動きが活発化したことで先送りにされていた自由都市群の攻略も、AL教団の本拠地・川中島の陥落をもって完了した。こうして地盤固めが終了したリーザスは、ランス様の目指す第一の目標、”人類の統一”に向けて動き出した。

 最初の目標はランス様の、

『借りを返す』

 という一声でヘルマン帝国と決定され、現在、侵攻目標と侵攻ルートの選定がバレス将軍とエクス将軍を中心に行われている。

 LP四年五月、ランス様のリーザス王即位から一年。長らくリーザス、ヘルマン、ゼスの三大国家によって形作られてきた均衡は崩れ、流れ始めようとしている。

 そして私はその流れの中心の近くにいる。歴史の流れがどう動くか、見るだけではなく、作ることができる立場にいるのだ。

 矢を放ち、息をゆっくりと吐き出す。

 矢はまっすぐに的へ向かい、中心に突き立つ。

 続けて次の矢を受け取ろうとしたところ、突然拍手の音が響いた。見れば、ランス様が後ろに侍女のすずめ殿を従えてこちらを見ていた。

「ランス王、お気づきしませんで……」

 私と爺は、慌てて跪いて気づかなかった無礼をわびた。

「ああ、気にしねーで稽古を続けろ、邪魔しに来た訳じゃねーんだ。今日は単なる暇つぶしだ、それに、一度お前の弓をじっくり見てみたかったしな」

 そう言われれば否やはない、私は爺から矢を受け取り、弓につがえる。

 ランス様がすずめ殿の携えていた大きめのござの上にどっかりとあぐらをかき、こちらをじっと見ている姿が視界の隅にはいるが、それを振り切り的に集中する。一旦集中に入れば後は何も気にならない。狙いを付け、引き絞った弓から矢を放ち、的に当てる、その繰り返しだ。

 いつも通りの鍛錬を終えると、私は再びランス様の方に視線を向けた。しかし、ランス様は何も言わずに滅多に見たことがない呆けた顔をしているだけだった。

「どうなされたのですか?やはり退屈だったのでは……」

「いやー……」

 いつになくランス様の歯切れが悪い、というか、言葉を探している、という様子だ。私の顔、次にすずめ殿の顔をぐるりと見渡して、

「何、女が一番きれーな顔をすんのはベッドの上だと思ってたんだが、五十六は違うんだな」

「な、何を……!」

 相変わらずの時と場所を選ばないランス様物言いに思わず赤面してしまう。この場には爺もいるというのに、見れば、ランス様の背後に控えていたすずめ殿も耳まで赤くなっている。

「今の弓をかまえてるときの五十六の顔、ベッドの中に負けないくらいきれーだったぜ」

「な、な、な……」

「とまあお前をからかうのもこのぐらいにして、だ。すずめ、準備しろ」

「はい、ランス様」

「五十六と爺さんもこっちに来て座れ!」

 そう言いつつランス様は自分の隣をぽんぽんと叩いて私を呼んだ。まだ動悸と頬の熱さは治まっていなかったが、とりあえずランス様の隣りに座る。爺は私の後ろに控えようとして……、すずめ殿に押し戻された。

 四人が車座になると、やはりすずめ殿が携えていたかごの中身が並べられる。

「お前ら昼飯はまだだろ? いー天気だから外で飯を食うついでに、JAPANの話でも聞かせてもらおうと思ってな」

「あまり面白い話はないと思いますが……」

 それから、私と爺が代わる代わるにランス様とすずめ殿にJAPANの風物について語って聞かせた。

 リーザスとは装いの違う四季の姿、平野の多い大陸とは違い、急峻な山や谷、そしてそれらを縫うように流れる川。大陸より狭いJAPANだが、自然の美しさは勝っていると私は思う。リーザスの見渡す限りの穀倉地帯も壮観ではあったが、私はやはり山に囲まれたJAPANの景観の方が好きなのだ。

 そんな私達の話に、ランス様とすずめ殿は物珍しげに聞き入っていた。やがて私達の話の種が尽きると、そのまま談笑へと変わる。すずめ殿が作ったという軽食を摘みながらの談笑は、和やかな雰囲気の内に進む。

 そして、時折ランス様が口にする冗談に赤面しながら食後のお茶をすすっていたとき、突然不快感が襲いかかってきた。

「どうなさったんですか、五十六様?」

 黙り込んだ私を不審に思ったのか、すずめ殿が怪訝そうな表情で問いかけてくる。しかし私は、胸を突き上げるようにこみ上げて来る嘔吐感に堪えるのに精一杯で、答えることもできなかった。

「本当にどうなさったんですか?」

「どーした、五十六?」

「姫様?」

 ようやく不快感が去ったときには、皆が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。安心させるためにもう何ともないと告げ、すずめ殿のいれなおしてくれたお茶を飲む。

「今までの疲れがでたのでしょう、休めば良くなります」

「ですが……」

「五十六、後でアーヤさんの所に行って来い。これからヘルマンに攻め込もうって時に、将軍が過労で倒れたんじゃ話にならん」

 すずめ殿には強がって見せたが、不快感が去った後も気分がどこかすっきりしなかった。だから、ランス様の言葉に甘え、私は天才病院へと行くことに決めた。ぶっきらぼうな声で私を心配してくれたランス様の気遣いに小さな幸福感を覚えながら、私は一人、天才病院へと向かった。

 そしてそこでは、多少の出来事など比べ物にならないくらいの驚くべき、私にとっては喜ぶべき事が、待ちかまえていてのだった。
 
 

「おめでとうございまぁ〜す。五十六さぁん、おめでたですぅ」

「……は?」

 私は爺に今日の部隊の訓練を任せると、天才病院へとやって来た。

 私の目の前に座ってカルテを見ているのは天才病院院長のアーヤ・藤ノ宮殿、私とさして変わらない年だというのに、天才医師の名をほしいままにする才媛である。思ってもいなかった言葉を聞かされた私は、どうにも間抜けな返答をしてしまった。

「ですからぁ、妊娠なさってます。三ヶ月目ですよぉ」

 確かにここのところ遅れているとは思っていたが、戦場暮らしをしているとその位はよくあることだった。

「……本当、ですか?」

「ええ」

「本当に……?」

「はい、間違いなし、ばっちり妊娠なさってますよぉ」

 ぽんぽん、とカルテを叩きながらアーヤ殿は笑顔でそう言った。彼女の言葉が頭の中で繰り返され、その意味するところを認識すると、あまりの驚きに現実感を失っていた心が戻ってくる。

 そして次に、様々な感情がわき上がってくる。

 最初にあったのは驚き、そして不安。だがそれをはるかに上回る喜びと期待、漠然とした幸福感。そして、まだ何か言っているアーヤ殿を残して、私は診察室を飛び出した。

「でも、五十六さんが妊娠第一号さんとは意外でしたねぇ〜。王様ってば、あれだけ好き勝手してるのに未だに一人もお子さまがいらっしゃらないものですから、もしかして種なしなのかな〜とか思ってたんですけどぉ。……あれ、五十六さぁ〜ん?」

 リーザスに降って以来ずっと待ち望んでいた我が子が出来た、これで私の望みは叶う。

 いつもの私ならば何よりもまずこう考えていただろうが、その時私が考えていたのは別のことだった。このことを早くランス様に告げなければ、この子をランス様に祝福してもらいたい!と。

「あれ、五十六さん? そんなに急いでどこに行くんですか?」

「五十六様、お体は大丈夫なのですか?」

 すれ違ったメナド殿とすずめ殿の声も、今の私の足を止めはしなかった。そのまま城内を走り抜け、呆気にとられる人々を無視して私は玉座の間にたどり着いた。

 今の時間ならランス様はここにいらっしゃるはず!

 扉を守る衛兵に来訪を告げると、面倒な手続きを経て扉が開かれる。扉が開ききるのをじっと待っているその時間ももどかしく、私はゆっくりと左右に開く扉の隙間から中に滑り込んだ。

「ランス王!」

 いつもと違うであろう私の様子に、ランス様もリア様もマリス様も怪訝な顔をしている。そのランス様の顔を見たとたん、どういう訳か胸がつかえて言葉が出てこなくなった。言いたいことははっきりしているのに、心の中で渦巻いている感情が上手く言葉にならない。

「どーした、五十六? 何か用か?」

「……妊娠、しました」

 いつまたっても何も言えない私にランス様がかけた一言がきっかけとなって、ようやく私は立たった一言だけ口にすることが出来た。

「何、だって?」

「ですから、……子供が出来ました」

「子供って……、俺様の?」

「はい!」

 その時のランス様の顔は、今まで一度も見たことがないような呆けた顔つきだった。マリス様とリア様も私の言葉に驚いた様子で、リア様など肩を震わせて絶叫した。

「何でー!? 何でリアより先にあんたがダーリンの子供を妊娠するのよー!」

 それからもきゃいきゃいと喚くリア様をマリス様がなだめている間、ランス様は無言だった。やがて呆けていた表情が次第に真剣な物になり、彷徨っていた視線が私に、というか私の下腹に落ち着く。

 そのあまりに鋭い視線に、私は急に恐れを感じた。ランス様は喜んでくれないのだろうか、まさか堕ろせと言われるのではないだろうか、と。

「五十六」

「はい」

 ランス様の声も、滅多に聞けない真剣な口調だった。ますます膨れ上がる恐怖に、下腹を押さえて私は答える。

「お前、ここまで走ってきたみたいだが、その、悪いんじゃないのか?」

「は?」

「いや、妊娠してるんなら、走り回ったりするのは腹ん中の子供に良くないんじゃないか?」

「あ……、そうかも知れません……」

「俺様は妊婦の扱いなんぞ判らんから、アーヤさんの所へ言って詳しいことを聞いてこい」

「……はい」

 ランス様の言葉ははっきりとした祝福の言葉ではなかったが、私と腹の中の子供を気遣ってくれるものだった。私を襲っていた恐れが消え、ゆっくりとだがまた暖かい物が心の中に広がっていく。

「では、もう一度天才病院へ行って参ります」

「あー、ちょっと待て五十六」

「はい」

「か、体には、気を付けろよ」

「はい……。お気遣い、ありがとうございます!」

 照れくさそうに顔を背けながら、ランス様はそう言ってくれた。その言葉をかみしめつつ、私は心を満たす喜びを胸に、リア様の声の響く玉座の間から、再び天才病院へと足を向けた。

「ダーリン! リアも子供作る! 今直ぐ作るの!」

「こら! ズボンを引っ張るな! パンツを下ろすな!」

「リア様、ここは玉座の間です……」
 
 

 その夜、私は一人、部屋のバルコニーから夜空を見ていた。爺も香姫様も、メナド殿やすずめ殿も、親しい人々は皆私の妊娠を喜んでくれた。こうして一人物思いに耽っていると、その時に感じた喜びがまた広がってくる。

 そうしてしばらく夜空を眺めて浸っていたが、体を冷やさぬようアーヤ殿に注意されたことを思い出し、部屋の中へ戻った。窓を閉じ、寝台に横になる。

 私は眠りにつく前に、下腹を撫でながら、まだ見ぬ我が子に語りかけた。

「早く大きくなって産まれておいでなさい、母も、皆さんも、そしてきっと貴方の父上も、貴方を待っていますよ」

 と。
 
 

山本五十六記 第一部 完

後書き

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