鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第一章 リーザス軍、侵攻

 LP四年一月。

 新年と共に、長崎とポルトガルをつなぐ大橋を渡り、リーザス王国の軍勢が押し寄せてくる。その数、軽く見積もって我々の三倍、まともに考えればとても太刀打ちできる数ではない。例えこの軍勢に正面から戦っても、とても勝利はおぼつかない。岩に当たって砕け散る波のように、我等JAPANの軍勢もひとたまりもなく蹴散らされるだろう。

 だが、それでも戦わねばならない。それが山本家再興のための唯一の道であり、山本家の最後の生き残りである私のとるべきただ一つの道なのだから。

「姫様、柴田殿がお探しでございます。軍議を開きますゆえ、至急参られるように、と」

 丘の上に一人立つ私を、幼い頃からの守り役だった植木の爺、植木三郎兵衛が呼びに来た。

 ずっと私を支えてくれた初老のこの男は、気心の知れた数少ない心を許せる人間なのだが、いくら言っても改めようとしない癖がある。

「爺、姫と呼ぶのはやめろと言ったはずではないか。私は山本家の再興が成るまでは女は捨てたのだ。五十六と呼べ」

 そう、私、山本五十六は女であることは許されない。父が貶めた山本家の名誉を再び取り戻し、お家を建て直すまでは。

「そうは言われましても、爺にとってはどうあろうと姫様は姫様でございます。ともあれ、柴田殿がお探しです、お早く戻られた方が……」

「ああ……」

 会いたくもない顔が頭に浮かんだ。

 柴田勝家、今回の我等の総大将。

 剛勇無双の侍だが、私を見る嘲るような視線が気にくわない。気にくわない男だがそれでも大将は大将、奴が軍議を開くと言えば行かねばならない。

 その時早くも憂鬱になりかけた私の前に、憂鬱にしたその張本人が姿を見せた。

「こんな所におったのか、五十六」

「これは柴田殿。これより軍議に参ろうと思っていたところでしたが」

 我等に気を使って、植木の爺はすっと脇に控える。柴田はそれを気にとめた風もなく、私の隣りに立って大橋の上のリーザス軍を眺めた。

「うむ、その前に、儂もリーザスの奴らの軍勢を見ておこうと思うてのう。・・・これは壮観、リーザスめ、我等を恐れてか、大した軍勢を送り込んできたものよ」

 心底楽しそうに柴田は語る。品性はともかく、この男は根っからの侍、大軍を前にしても恐れることなく立ち向かうのだろう。

「ほう、あれはリーザス王の旗印。あの男直々に乗り込んできたか」

 リーザス軍を眺めていた柴田が、驚いたような声を上げる。

「柴田殿は、確か使者としてリーザスに赴いたことがお有りでしたね。如何な人物ですか、リーザスの王とは?」

「面白い漢よ。戦場で会うのが楽しみだ」

 簡潔に言って口を閉じる。元から口が上手い男ではないから期待はしていなかったが、この男がそう言う以上、リーザス王とやらも尋常な人物ではないだろう。

 また改めてその視線の先を追っていくと、その攻勢における剽悍さを謳われ、戦場では常に先陣をつとめるリーザス赤の軍の後に続いてリーザス緑の軍、すなわちリーザス王ランス直属の軍の姿があった。そしてその後に、リーザス近衛軍である金の軍が続く。リーザスの近衛は女だけで構成されているが、彼女たちは手練れ揃いと評判である。

 さらに、赤の軍ほどの勇名はないが、あらゆる戦況に於いて万能の働きをする白の軍が輜重隊と思われる荷車の部隊を守りつつ、魔法部隊と思われる混成部隊と共に続いていた。

 こうしてみると、ここ一年足らずの間に急激にその勢力を増したリーザス王国の強さが実感できる。理にかなった部隊構成、充分な数とそれを支える後方部隊。一人一人の兵の強さはJAPANも決して負けたものではないと思うが、この物量差には脅威を感じる。

 柴田はこの大軍の前に、どう戦うつもりなのだろうか?

「柴田殿、敵はその数約一万五千、我が方の三倍です。如何に戦うおつもりですか?」

「ふ、いくら数は多くても所詮大陸の腰抜け共。我等JAPANの侍の前では赤子同然よ」

「しかし、三倍の敵に正面からぶつかっては損害が大きくなりすぎます」

「臆したか、五十六?」

「なっ……!」

 私を見るその目は、嘲りに満ちていた。とたんに頭に血が上っていくのがわかる。私は、必死で自制した。

「何を言われるか!私は臆病風に吹かれてなどおらぬ!」

「そうよな。この戦で功をたて、父が潰した山本家を再興する、それがお主の目的だからな。だが、女の身で本当に出来る思っているのか?いくらあがこうとも女は女。戦場で男に勝てるはずがないのだ。哀れなものよ、お主も父親が無様な真似をしなければ、今頃刀を持つこともなく姫として着飾っていられたろうに」

「それ以上の侮辱は許さぬぞ!」

 我慢の限界だった。鯉口を切り刀を抜きかける、が、その寸前で右手を抑えられた。

「ふん、やはりその程度か。刀を腰に差そうとも、儂には遠く及ばぬ。抜くことも出来ずに抑えられるとはな」

「くっ・・・」

 何も言い返すことが出来なかった。私に出来ることは、嫌な笑いを浮かべるその顔を睨み付けることだけだった。

「それとも、得意の弓で儂を撃つか?卑怯者の娘らしく戦場で後ろから儂を狙うか? だが所詮は女のひょろひょろ弓、傷一つ付けるけることもできんだろうな」

「柴田殿、そこまででございます」

 何も言い返すことが出来なかった私を見かねてか、控えていた植木の爺が立ち上がった。

「戦の前に将同士が不仲では、士気に影響がありましょう。加えて、主家に対する侮辱を、これ以上見逃すわけには参りませぬ」

 植木の爺に気圧されたわけではないだろうが、柴田は舌打ちすると私の手を離し、身を翻して歩き出した。そして去り際に、振り返って再び嫌な笑いを浮かべた。

「山本家を再興する手っ取り早い方法を教えてやろうか?お主、儂のものになれ。そうすれば信長様に儂から願い出て、直ぐにでも許しをもらってやるぞ」

 そう言って柴田は笑った。

「軍議はすぐに始める。お主もすぐに参られい」

 去っていく柴田の背に、私は斬りかかりたくなる衝動を必死に堪えた。今までこの手の侮辱はさんざん受けてきが、今日のはその中でも最低だ。自分が抑えきれなくなりそうだったその時に、植木の爺が私の肩を押さえた。

「姫様、心中お察しいたしますが堪えてくだされ。ここで激発すれば、今まで屈辱に耐えてきたことが水の泡でございます」

「わかっている……。お家を再興するまでは、私は耐えねばならんのだ」

 植木の爺はいつもこうして私を助けてくれる。爺がいなければ、私はとっくに潰れていただろう。

「お主には感謝している。が、いつも言っているだろう。姫様はよせ、と」

 私もようやく落ち着いたのか、軽口を言う余裕が出てきた。いつものやりとり、そして植木の爺の答えも、いつもの通りだった。

「私にとっては、姫様は姫様でございます。さ、そろそろ軍議に参りましょう。柴田殿がまたうるさいですぞ」

「そうだな」

 ため息を一つついて、私は丘を降り始めた。

 そう、お家を再興するためにも、まず目の前の戦に勝たねばならない。圧倒的な戦力差だが、戦い方によっては決して勝てない相手ではないはずだ。可能性は限りなく低いが、私はそれに賭けねばならない。

 決意を固めると、私は本陣へと足を進めた。
 
 

第二章 敗戦

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