「…おはよう。勇二くん」

 

「…ああ、おはよう。まゆ」

 

 二人…魔神勇二と秋月まゆはただそうして、朝のあいさつを交わしただけだった。

 …だが、そのわずかばかりの言葉の中にも、互いへの深い愛情が感じられた。

「どうしたの? 勇二お兄ちゃんも、まゆお姉ちゃんも、朝から見つめ合っちゃって。

 あんまりゆっくりしていると、遅刻しちゃうよ」

 勇二の妹…魔神恵が不思議そうな顔で、そう言った。

「いや、なんでもないさ」

 勇二はただそう答えるだけだった。

 

(…あれがただの夢であったはずはない…

 …それはまゆも覚えていることからも間違いないはずだ…)

 

「…でも、やっぱり夢だったのかな?」

 まゆがぽつりとつぶやいた。それに対し勇二はただぼそりと答えた。

「…そうかもしれない」

 

(…少なくとも恵や、父さんや母さん、兄さんにとっては夢なのだから…)

 

「…しかし、あれが例え夢であったとしても、俺がお前を好きな気持ちは変わらない」

 勇二が真剣な表情で言った。

「……うん。…わたしも……大好き…」

 まゆも真っ赤になってそう答えた。

「もーー! ほんとに遅刻しちゃうよ!!」

 そんな二人に対し、恵がかなり前方から腰に手をあてて怒ったようにそう言った。

「すまん、今行く」

「ごめんね、恵ちゃん」

「あはは、もお、遅いよ二人とも」

 恵が笑い、まゆが優しい微笑みを浮かべ、それにつられるように勇二からも笑みがこぼれる。

 

(…やはりあれは夢だったのだろうか?

 …しかし、俺とまゆは覚えている…

 

 …いや、俺とまゆしか覚えていない…

 

 …本当にそうか?

 

 …本当に俺とまゆしか覚えていないのか?

 

 …真澄はどうだ? あやめは? 来夢は、…ミュシャはどうだ? 本当に覚えていないのか?

 …彼女らは今どうしているんだ?

 

 …それとも、彼女らは本当に存在しているのか?)

 

「…まゆお姉ちゃん、今日はうちでパーティをするんだよ」

「ふーん、そうなんだ」

 いろいろなことを考えていた勇二の耳にそんな二人の会話が聞こえてきた。

「なんでも勇一お兄ちゃんの友達の…えーと、からすまって人が来るんだよ」

 

(…からすま……鴉丸羅喉か…)

 

「それでね、まゆお姉ちゃんも来ない?」

「えっ! …行っても、いいのかな?」

 最後の方は、勇二の方を見ながらまゆが聞いてきた。

「…いいに決まっているだろ」

 勇二がそう言って、力強くうなずくと…

「じゃあ、お邪魔させてもらうね」

 パッと表情を輝かせると、恵に対してそう答えた。

 

(…鴉丸はどうだ? …俺と同じ、刻印を持っていた鴉丸羅喉は…)

 

 

 …………

 ……

「…秋月先輩、魔神先輩一体どうしたんですか?」

 放課後の練習場、仁藤美咲はついに思い切ってたずねた。

「えっ、どうしたって?」

 タオルをたたんでいたまゆは、話しかけられて顔をあげた。

「だって、お昼やすみの練習の時も、放課後の本練の今だって、魔神先輩あそこで正座したまま、ずっと何か考え込んでるんですもの」

「そーそー、肉体労働専門の勇二が考え事なんてヘンじゃん」

 その会話に若人淳が横から参加してきた。

「あっ、若人、それはひどいよっ!」

「なんだよ、美咲だってそう思うから、どうしたのか聞いてんだろ?」

「まーまー、二人とも…」

 そうなだめつつも、まゆにはなんとなく勇二の考えていることがわかった。

 

 …いや、まゆにしかわかり得ないことなのだろう…

 

(…勇二君、きっとあのことについて考えているんだ。そうだよね、夢っていう一言では説明できないことだもの。

 

 …でも、きっと夢だったんだよ)

 

「私は、ただ何か悩みでもあるのかなって思って…」

「それ言い訳くせー」

(…私も、本当は夢だったなんて一言ですませたくない。

 ……だって…

 

 …だって私と勇二君がはじめて……)

 

「…おーい! 秋月ぃー! 赤くなってどーしたー!」

 突然、顔を赤くしてうつむいてしまったまゆに対して、若人が手をひらひらして聞くが、なんの反応も示さない。

「ほんと、秋月先輩もどうしたのかな?」

 そんな輪からはなれたところで、勇二は正座をして瞑想をおこなっていた。

 

 …しかし、勇二が考えているそれは、答えなど出るはずのないものだった…

 

「あっ、勇二君そろそろ…」

 まゆが腕時計を見て、瞑想中の勇二に声をかけた。

「……んっ」

 勇二はうなずくと…

「若人に美咲、個人的な都合ですまないが、今日の練習はこれで終わりにする」

「おっ、ラッキー!」

 指をならして歓声をあげる若人と…

「もうっ! 若人先輩!」

 その様子にほっぺたをふくらませる美咲であった。

 

 

 ………

 …

「……じくん、…勇二君!」

「…なんだ、まゆ」

「『なんだ、まゆ』じゃないわよ、もう、私の話聞いてた」

 帰り道、話に対して何の反応も示さなかった勇二に、まゆが怒ったようにそう言った。

「…すまん、聞いてなかった」

 勇二は素直に謝った。

「もう、やっぱり………

 

 ……勇二君、…考えていることってあのことだよね」

 

 一度は怒った顔を見せたまゆだったが、すぐに心配そうな顔を浮かべるとそう聞いた。

「…ああ」

 勇二はかくさずに短くそう答えた。

「私も、あのことをただの夢だったなんて思えないし、思いたくない。だからそんな風には言わない。

 …でも、考えたってどうなるものでもないと思うの」

「…まゆ…」

「勇二君、言ってくれたよね。

 

 …あれがなんであっても、気持ちは変わらないって…

 

 私もそう。…だから、それでいいんじゃないのかな」

「…………」

「あは、なに言ってるんだろ、私」

 まゆは照れたように、頭をコツンと叩いた。

「…いや、そうだな。…まゆの言うとおりだ」

 勇二はそう言うと、まゆの頭の上に手をのせた。

「うん」

 まゆがうれしそうに答えた。

 

(そう、考えたところでどうなるものでもない。ただまゆを不安にさせるだけだ)

 

 

「もう、遅いよー! 準備のほとんどは恵たちでやっちゃったよ!」

 帰ってきた瞬間、勇二達は怒られてしまった。

「ごめんね、ちょっとゆっくり帰ってきてしまって」

「もー! お兄ちゃん、どうせ今日も部活やってたんでしょ」

「いや、毎日の鍛錬は…」

 言い訳をしようとする勇二に対し…

「と、に、か、く、お客さんが来るんだからさっさと着替えてきてよ」

 有無を言わさない様子で、恵は取り合わなかった。

「くすっ、じゃあ勇二君、また後でね」

「ああ。…しかし、鴉丸が服装を気にするとは思えんが…」

 そんな勇二の言葉に…

「くく、まあ羅喉は気にせんだろうが、妹さんも来るんだ。少しは格好に気を遣わないとな。

 …格闘家というのはみんなそうなのかと思われてしまうからな」

 リビングからやって来た勇一がそう口をはさんだ。

「兄さん、鴉丸たちは何時に来る予定なんですか?」

「5時到着の飛行機らしいから、もうそろそろじゃないのか。

 羅喉が来たら、3人でいっちょ組み手でもするか?」

「いいですね、それ」

 勇二達が格闘家らしい漢(おとこ)の笑みを浮かべて、そんなことを話していると…

「だめだよ! 勇一お兄ちゃんも勇二お兄ちゃんも、恵を仲間外れにしたら」

 恵がプンプンといった感じでそう言った。

「ああ、もちろんそんなことはしないさ」

「あはは、俺も勇二も、恵にはかなわないな。我が家で最強だ」

「もう! いいから、勇二お兄ちゃんはさっさと部屋に行って着替えてくるの!」

 そんな風に勇二は恵に追い立てられて、部屋へと上がっていったのだった。

 

 

「うーん、しかし何を着ればいいか」

 勇二は部屋に入ったものの、困っていた。

 おしゃれなんぞとは全く無縁な人間なため、持っている服自体少なく、またどれも同じ様なものなのだが、それでも服装に気を遣えと言われると、どれにすべきか悩むのであった。

「…しかし、やっぱりいいな。こういうことで悩めるなんて…な」

 

 …やっぱりあれは夢だったのでは…と勇二にも思えてくるのだった。

 

 しかし、その瞬間…

 

 

…眼前で燃え上がる我が家…

 

…大事な人たちを守れなかった絶望…

 

…奪ったものたちに対する暗き復讐の心…

 

…それを溶かしてくれた心通わせた少女達の笑顔…

 

…生きていく希望…

 

…熱き漢たちとの魂のぶつかりあい…

 

 

……そして…愛……

 

 

 ……………

 

 ……

 

「……あれが、夢なわけがない…」

 

 

 

 2階から降りてきた勇二に対し…

「もー、お兄ちゃん! あんまり変わってないよ」

 恵が怒りながら笑う。

「あはははは。やっぱり格闘家ってのはそういうもんだ」

 勇一が豪快に笑う。

「しょうがないな、勇二は」

「うふふふふ」

 両親が微笑みを浮かべる。

「お邪魔してるね、勇二君」

 まゆがやさしく微笑む。

 

「…みんな、ちょっといいかな…」

 

 勇二は落ち着いた口調で、そう話し始めた。

「これから俺が言うことは、みんなからすればわけがわからないし、何を言っているんだって感じると思う。

 でも、できれば最後まで笑わずに聞いてほしい。…いや、笑ってくれてもかまわない」

「………」

 その場にいたみんなは何かを感じ取って、真剣な表情で勇二を見つめた。

「俺はある世界である体験をしてきた。

 …みんなからすれば、『夢』っていうことになるのかもしれない」

「…勇二君」

 まゆがつぶやいた。

「…でも、俺にはそんな一言ではいえないものなんだ。

 …そこで俺は、大切なものを失った。

 …また、大切なものを得た。

 …それらはどちらが大きいとも言えないし、比べることなんてできない、どっちも大切なものなんだ。

 ………俺は…

 …俺は…」

 勇二の目に光るものが浮かんでくる。

「……勇二くん」

 まゆも涙が出てくるのを止めることはできなかった。

 勇二は自らの両親を、兄を…そして妹を見て…

 

「…俺はみんなを護ることができなかったんだ…」

 

「…ゆうじくん…」

「…だから、今みんながこうして元気でいることがとてもうれしい。

 ……だから…

 …だからこそ今、みんなに謝っておきたいんだ」

 勇二は頭を下げると…

 

「みんなを護ることができなくて、ほんとうにすまなかった」

 

 ……………

 

 ……

 

「…ゆうじくん。もう、もういいんだよ。

 みんな、…みんな幸せだから。

 …だから、…だからいいんだよね。もう……」

 まゆはゆっくりと勇二に近づくと、そう言って抱きしめた。強く…つよく。

 

「……勘の…いい男だな…」

 

 男の声が聞こえた。

「えっ…」

 まゆが目にいっぱい涙を浮かべたまま振り向く。

「……勇一…さん?」

 呼ばれた男は口の端にえみを浮かべると、もう一度言った。

 

「…勘のいい男だな」

 

 

 ………

 …

「えっ、えっ…」

 まゆはただ、信じられないという表情を浮かべたまま、辺りを見回すことしかできなかった。

 

「…いつ、気づいた?」

 

 港埠頭の台のうえに腰掛けていた男が聞いた。

「………うそ……うそ…うそ…うそうそ…」

 まゆは呪文のようにつぶやきながら、ガタガタとふるえる体を抱きしめる。

「…まゆ」

 ふるえるまゆの体を、勇二は力をこめて抱きしめる。

「ゆっ! ゆうじくん! こ、…こんな、うそ! …うそよね!」

「…まゆっ!」

 勇二には、ただ抱きしめることしかできなかった。

 

「…そう、…そのお嬢さんの反応こそ正しい…」

 

 魔神勇一の姿をしたものが立ち上がって言った。…その後ろに鴉丸羅喉の体が転がっているのが勇二の目に入った。

「…『恐怖の大王』と相対するものは、そんな風に恐怖と絶望に捕らわれていなければならないのだ…」

 その言葉にはじかれるように、まゆの体が大きくふるえた。

「…そんな、おじさんもおばさんも、恵ちゃんもみんな…みんな…

 …私、ほっぺたつねったよ。…痛かったよ。…なのに、それなのに…」

 

「…悪夢から目が覚めた…というのが夢、…これ以上の悪夢はあるまい…」

 

「…貴様、生きていたのか?」

「…私を倒すことなど、不可能と知れ」

「…なぜ、こんなことを」

 勇二がまゆを強く抱きしめたまま聞いた。

「なぜって、言った通りだ。

 この私…恐怖の大王を前にしたものは、恐怖と絶望に捕らわれていなければならないからだ」

 勇一の姿をしたそれは、ニヤリと笑ってそう言った。

「…ゆうじくん…ゆうじくぅん……ひっくひっく…」

 勇二の胸で泣きじゃくるまゆを見て、満足げに笑うと…

「…お前達人間は、物事を相対的にしか感じられないからな。幸せも不幸も、何かと比べられないと感じることができない。

 

 …ゆえに、考えられ得る最高の幸せを見せてやったというわけだ」

 

 その酷薄な笑みは、まさに悪魔のものだった。

「…もっとも…」

 浮かんでいた笑みを消すと、そいつは少しいまいましげに…

「…貴様に対しては、それほどの効果をあたえれなかった様だがな…

 …だが、これから味あわせてやろう…

 

 …恐怖と…絶望をな…」

 

「…まゆ…少し離れていてくれ…」

 勇二はまゆの耳元でやさしくそう言った。

「……うん…」

 まゆはゆっくりとうなずいた。

「…すぐ…すむから」

 ゆっくりと身を離していくまゆから視線を移すと、兄の姿をしたものをキッと睨み…

「…もう一度、地獄に送り返してやる!」

「やってみろ!」

 

 最終決戦の第2章の幕開けであった。

 

 

 ……………

 ……

 …

「「飛翔竜極波!!」」

 

 同時に叫ぶと、互いに上空に飛び上がって拳を繰り出す。

 

「くっ!」

 拳を受け、勇二は口元についた血を拭う。

「くっくっくっく…」

 相対して、勇一の姿をしたものは余裕の笑みを浮かべる。

 

「「鳳凰天舞!!」」

 

 再び同時に叫び声が上がった。互いに高速に移動し、拳と足を繰り出しあう。

 

「ぐはあっ!」

 地面に転がったのは、勇二であった。

「…どうした? そんなものか?」

 悪魔の笑みを浮かべたままで、そいつは言った、

 

「まだだあっ!!

 地竜鳴動撃!!」

 

 勇二の拳が地面に叩きつけられると、そこから勇一に向かって亀裂が突き進む。

 それに対し、余裕の笑みを浮かべたまま…

 

「地竜鳴動撃!!」

 

 勇一の放ったそれは、勇二の放ったものをあっさりと飲み込むと、勢いもそのままで突き進んだ。

 

「ぐあああっっ!!」

 地面に転がることになったのは、またしても勇二であった。

「…くっくっく、そこまでなのか、勇二よ?」

 勇一の声で、そいつは言った。

「…………」

 勇二は無言で起きあがると…

「…閃真流最終奥義…」

 勇二はゆっくりと構えをとっていく。

「ほう…」

「…波陣…」

 腰だめに、おのが全ての気を拳にこめる。

 

「めっっさあああぁぁぁーーーーーっっっつ!!!!」

 

 

「…波陣滅殺!!」

 

 勇二の目にうつったものは、自らと同様の構えから放たれた…更に強力な一撃であった。

「なっ!!!

 

 …ぐはああああああああああああっっっっっ!!!!!」

 

「勇二君! …ゆうじくーーーん!!」

 吹き飛ばされた勇二に向かって、まゆは駆け寄った。

「勇二君! 勇二君!」

「ぐっ、うっううう……」

 まゆの呼びかけに対し、必死で体を動かそうとするのだが、勇二には指一本動かすことができなかった。

 

「…くっくっく、無力だな…」

 

 背後から聞こえてきた声に、まゆは勇二を守るように抱きしめると、振り返って睨み付けた。

「…いさましいお嬢さんだ。…だが!」

「きゃあああっ!!」

 勇一はまゆを引き寄せると、背後から羽交い締めにした。

「まゆっ! …きっさまああっっ!!」

 勇二は叫び声をあげて体を起こそうとするのだが、その気力は体には伝わらなかった。

 

「くっくっくっく…。勇二、貴様にとことんまで恐怖と絶望を味あわせてやる」

 

「貴様! なにをっ!」

 勇二の叫びに対し…

 

「…お前の目の前でこの女を犯してやろう…」

 

「きっっさまああああああああぁぁぁーーーーーーーー!!!!!」

「いやああああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

「くっくっくっく、愛するものが尊敬する兄の姿をしたものに奪われるのは、どんな気持ちかなあ?」

 

「きさまっ! きっさまああああああぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!」

 勇二が射殺さんばかりに睨み付ける。

 

「くっくっくっく、くやしいか? 憎いか?

 もっと怒れ! もっと憎むがいい! …その怒りと憎しみの炎で私を焼き尽くしてみるがいい!」

 

「がああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

「…だが知るがいい…そんなもので私を焼くことなどできぬことを…」

 

「ぐおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

「…そして、覚えておくがいい…その炎が全て消え去った後…

 

 …貴様に残るのは、恐怖と絶望しかないということをな…」

 

 自らにとって最高の笑みを浮かべて、そいつは言った。

 

 

(殺す! 倒す! 屠る! 滅ぼす! 焼き尽くす! 燃やし尽くす!!)

 

「があああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

……駄目()!!!!!

 

 

 …勇二は確かに聞いた。

 …その声は勇二の知るだれかの声のようであり、また…

 

 ……勇二の知る全ての人の声のようであった。

 

 

 ……………

 ……

 …

 …勇二は静かに立ち上がった…

「…ほう、よく立ち上がったな」

「……ゆうじくん…」

「…くっくっくっく、それほどまでに私が憎いという訳か…

 …見せてみるがいい。その怒りと…憎しみの力を…」

 

「………ちがう…な……」

 

 勇二は静かに言った。

「なにっ!?」

 驚きの声を上げるそいつに対し…

「…みんなが…教えてくれた…

 

 …その力じゃあ駄目だって…」

 

「くっ! 何を言うか! …なら貴様を今ささえているその力は何だっ!?

 それ以外に何があると言うんだ!!」

 初めて余裕の笑みが消え、そいつはうろたえるように言った。

 

「…愛…だよ」

 

 勇二はゆっくりと微笑みを浮かべて言った。

「なっ!? …ふざけるな! 愛だとっ、そんなものにどんな力が…ぐはあっ!!」

 勇一の姿をしたものは、最後まで言葉をいうまえに横から攻撃を受けた。

 

「…いちいちうるさいんだよ…」

 

「…鴉丸さん!」

「鴉丸っ!!」

 鴉丸羅喉は奴に一撃を食らわせた後、まゆを連れて勇二のところまで歩く。

「勇二、その力こそ正しい。

 …復讐の力はなにも生まん。…ただ滅ぼすことしかできない力だ…」

 鴉丸は自嘲気味にそう言った。

「すまない、羅喉」

 まゆの肩を抱いて、勇二が言った。

「フン…」

 

「…死に損ないがあっ! 何が愛だ!! そんなもの…」

 

「…いいや、羅喉の言うとおりだ! 愛こそ人類最強の力だ!!

 

 恐怖の大王よ、愛に勝る力はないと知れえ!!」

 

 逆光を受けて登場したその人物は…

「…タイガージョー!」

「…虎頭か…」

 

「…愛こそ、無から有を生み出すことができる唯一最強の力だ…

 …それは、時には復讐をも生み出してしまうほどの大きな力でもある…

 

 …しかし、真実の愛は全てにうち克つ力となるのだ!!!」

 

 タイガージョーはそう言うと、勇二達のもとへとやって来た。

「勇二よ、それさえわかっていれば絶対に負けることはない」

「ああ、その通りだ、タイガージョー」

「フン、…そろそろケリをつけるか」

「…勇二君」

 勇二は全員の顔を見回して、おおきくうなずいた。

 

「…死に損ないが3人になっただけだ!

 それで私を倒そうなんて、片腹痛いわあ!!」

 

「…お前に一つだけ礼を言いたい…」

 勇二がポツリと言った。

「なにっ?」

「…お前のおかげでみんなに謝ることができた。

 …それだけが心残りだったんだ…」

 

「ふざけるなあああああぁぁぁぁーーーーー!!!!」

 

「「「…閃真流最終奥義…」」」

 

「…そいつはもう通じないというのが、まだわからんか!

 くらえええぇぇぇ!!

 

 波陣滅殺!!!!!」

 

「今、爆熱するは、人類の愛!!」

 

 勇二が力強く宣言し…

 

「「「ぶわあああぁくねえぇぇぇつ…波陣…

  らぁぶらぁぶ…めっっっさあああぁぁっっつううぅぅ!!!!!!!!!!!」」」

 

「ばかなあぁぁーーー………」

 

 それは断末魔の悲鳴ごと、恐怖の大王を討ち滅ぼしたのであった。

 

 

 

 ………………

 ……

 …

「…勇二君」

「…まゆ」

 夕日をバックに、二人はお互いに抱きしめあう。

「……終わったんだね」

「ああ」

 勇二はただ一言でそういった。

「…………でも…」

 まゆはためらいがちに口を開く。

「…おじさまやおばさま、恵ちゃんはいないんだね…」

「………」

 勇二は無言で答えた。

「…ごめんね、勇二君の方が悲しいのに…」

「……言っただろ、まゆ…

 …失ったものも大きいが、得たものもまた大きいって…」

「…うん」

「…比べることなんてできないものだけど、悲しんでばかりはいられない。

 …俺達は生きているんだ…そして…

 

 

 …俺達には何者にも代え難い、最高の愛があるんだからな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

 いやー、ついにやったよ、「Only You」のSS。

 しかも、大きく予想を裏切る超シリアス。

 みんな、私が「Only You」のSSを書いたらギャグになると思ってたでしょうからね。

 しかし、反論が出まくりそうな内容になりましたね。

 

 というわけで、いつものように感想等、大いにお待ちしています。

 もちろん、反論等でも結構ですので、じゃんじゃん送って下さい。

 お願いします。

 

 

 

 


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