「…きいて…くれますか、わたしの…はなしを…」

 

 

 その泣き笑いの表情で、ひどくつらい話をさせてしまうことになるのは、わかりきっていた。

 ただ、それでも…

 

「…わかった。聞かせてもらうよ」

 

 …聞かないという選択肢は存在していなかった。

 

 

 

「……………………………」

 聞いて欲しいとお願いしたはずの椿であったが、何も話さず…話せずに、うつむいたまま、ぎゅっと自分で自分の体を抱きしめたままでいた。

「……………………………」

 二十一のほうも、せかすことはなく、うつむいてただ待っていた。

 椿を見ることが追い詰めることになりはしないかと、わからないなりに自分が思う最善を取ったつもりだった。

「…ごめんなさい、二十一さん。私から…私から、お願いしたのに」

「いいんだ。落ち着いてからでいいから」

 二十一の言葉に、椿がコクンと頷いた。

 

 これから話すことが、どうしても話したくないことであるということが、ひしひしと伝わってくる。

 また、これから聞かされることが、どうしても聞いて欲しいことであることも、どうしようもなく伝わってきた。

 

「…あの、二十一さん」

 椿が顔を上げて、二十一をまっすぐに見つめた。

「…………」

 二十一も無言で顔を上げて、椿の視線をまっすぐに受け止めた。

 

「…わたし…私、いくつに見えますか?」

 

「…え?」

 椿の口から放たれたのは、突然の質問。

 質問の内容ではなく、質問の意図がわからずに、二十一が間の抜けた声をあげてしまう。

 ただ、椿の表情は茶化す感じは微塵もなく、真剣に二十一をまっすぐに見つめたままだった。

「…え、っと…うん、そうだね。多分僕より年下だと思うから、十四…五かな?」

 妹というイメージが強い椿の印象から、二十一はそう答えた。

「はい。年下です」

 椿はこくんと頷いて答えた。

 

 

「半年後に、十歳になります」

 

 

「……え…」

 今度の発言は、質問ではない。だが、先ほどの質問よりも二十一の頭の中には入って行かなかった。

「…といっても、正確な誕生日なんて、わからないんですけどね」

 自嘲気味につぶやく椿の言葉に、否応なくそれが事実であると飲み込まざるを得なかった。

「…第5回闘神大会、その出場者のパートナーだったらしいです」

 椿の言葉には、誰が…というのが抜けていたが、聞くまでもなくわかってしまった。

「…そのころは、人間と…それに魔物が半分半分くらい、出ていたらしいです」

 ポツポツと、ただ言葉をつむいだ。

「…普通、魔物が人間を犯しても、子供は産まれないらしいです」

 今日習った生物の授業を語るかのように、淡々と話す。

「…でも、その魔物は、普通じゃなかったらしいです。

 なんでも、わざわざ人間とも子供ができるように、特殊な魔法だか、薬なんだかを、使ったらしいですよ」

 あはは…と、乾いた笑いを浮かべる。

「…犯されて嫌がる人間を見るよりも、…魔物の子を孕むことで絶望する人間を見るほうが好きだって、そう言ったって、話らしいですよ」

「…………」

 何か声をかけるべきかもしれない。だが、何も言えなかった。

「…そいつは、二回戦でエグゼス様に負けて殺されたって話です。

 その後、孕んでわずか半年で、子供は産まれたそうです。それも、産まれてすぐに立ち上がれるような、2,3歳くらいに大きかったって」

「……………………………」

「…母親は、すぐに気が触れて自殺したらしいです。父親も、もう死んでますし…」

 

 

「…こうして、天涯孤独な化け物が、一匹できたんですよ…」

 

 

「椿ちゃん!」

 抱きしめずにはいられなかった。ザクザクと自分を傷つけている、この幼い少女を癒したかった。

「…はなしてください。きもちわるいでしょ、こんなばけもの…」

「そんなことはない! 椿ちゃんは何も悪くない!!」

 何を言えばいいかわからない。だからこそ、思ったことを思ったままに言った。

 

「…あっ…」

 

 涙をボロボロと流しながら、泣き笑いの顔で言った。

 

 

「…にいさまも、…そう、言ってくれたんです…」

 

 

「…椿ちゃん」

「…私の最初の記憶、それは兄様の大きな背中でした」

 大切な宝物を、そっと見せるように、椿は嬉しそうに話す。

「…産まれてすぐ死ぬはずだった私が、どうして兄様に背負われていたのか、その辺の記憶はわかりません。

 それから…

 

 …産まれたことは悪くない。これからどう生きるかが大事なんだ…

 

 …肩ごしに、そう言ってくれました」

 ぎゅっと左手を右手でつかんで、涙に濡れた笑顔で二十一に告げた。

「…その言葉に…背中の暖かさに、私は救われたんです。

 生きてていいんだって、そう思いました」

 それは、二十一が初めて見る、幸せそうな椿の笑顔だった。

「…それから、町を出て、二人でずっと旅をしました。

 兄様はとっても強かったけど、お金はなかったから、ずっと根無し草の生活でした。

 …でも、幸せでした。兄様がいてくれたら、それだけでもう、何もいりませんでした」

 

「…そう、何もいらなかったのに…」

 

「…兄様が、闘神になるって…いろんなものをあの都市に奪われたんだから、少しでも取り戻そうって…そして、一緒にあの城で何不自由なく暮らそうって…」

 そして、去年の闘神大会へとつながるのだろう。

 

「…うん、わかった」

 

 わからないことばかりだった。

「…二十一さん」

 

「とにかく会おう、椿ちゃんのお兄さんに」

 

 椿の語った兄像と、二十一の抱く印象と、大きな差があった。

 でも、椿の言うとおりであって欲しい、何かどうしようもない事情があったのだと思いたかった。

「はい。お願いします。二十一さん」

 椿はしっかりと頷いて、そう答えた。

 

 

 

 ……………………………

 ………………

 ………

 …

「…や」

「…うん」

 久しぶりに交わした会話は、そんな短い言葉の応酬で始まった。

「寝たままで、失礼するわね」

 丸二日間寝続けた後、ようやくシルフは目を覚ました。

 ただ、まだ起き上がることはできず、話すことだけなんとかできる状態だった。

「…もちろん、かまわないさ」

 話すことはできても、まだ顔色は悪いし、髪の毛も真っ白なままだった。

「…明日、だよね」

「…うん」

 主語はなかったが、何を問うているかなんて聞かなくてもわかった。

 

 

「「…ごめん」」

 

 

 謝罪の言葉は、同時に出た。

「…止めるべきだった。あの最初の一撃だけの段階だったら、まだ全然たいしたことなかったはずだったんだ」

 言葉が重なった場合、いつも譲る側だった二十一だったが、今回はそのまま言葉を続けた。

 二十一の言葉を聞き、二十一の様子をじっと見つめた後…

「…でも、そうしたら、私の負けじゃん」

 …拗ねるように、そう言った。

「…そうなっちゃうね」

 シルフの言葉を、二十一が肯定した。

「…そしたら、私…あれじゃん…」

 さすがに言いづらく、ごにょごにょとごまかしたが、言わずともわかることだった。

「もちろん、そんなことさせない」

 二十一は大真面目な顔で、そう言った。

「…でもそれって、ルール違反じゃん」

 ちょっとびっくりした表情で、シルフが言った。

「うん、そうだね」

「…だったら…」

 

「でも、いやだから」

 

 二十一がきっぱりと言い切った。

「ぷっ…あはは…」

 シルフが楽しそうに笑った。

「…そっか、…そっかそっか…うん、それも良かったな」

 笑ったからだろうか、少しだけ血色が良くなったように見えた。

 

「…私、負けても良かったんだ…」

 

 ホッとしたように、シルフがつぶやいた。

 勝たなくてはいけない。負けたら駄目だ。そう、少なくとも、二十一以外には…そう思っていた。

「…でも、結局、二十一には負けてもいいって、やっぱりそう思ってたんだ」

 深く考えず、ふっと思ったその事実に、なんだかおかしくなってきた。

「ごめんね、決勝に出られなくて」

 そのシルフの様子は、最初と違い、あんまりすまなそうには見えなかった。

「それと…」

 

 

「…優勝、おめでとう…」

 

 

 心から祝福するような笑顔で、二十一にそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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