男の体は全身傷だらけであった。

 しかし、それでもなんとかその体を支えていたのは、杖のように持っていた一本の刀と、・・・執念であった。

 その前に闇があった。

 その闇は、同じく真っ黒な刀身の剣を携えていた。

「・・・がっかりだな。こんなに早くに俺様の最大にして、唯一の敵がいなくなっちまうとはな」

 口の端にわずかな嘲笑を浮かべて、そいつは言った。

「黙れっ! ・・・お前だけは許さない!」

 全身から闘気を発し、ゆっくりと刀を構える。

 その闘気は巨大であったが、どこか儚げであった。

 ・・・そう、まるで燃えつきる前のろうそくのように・・・。

「美樹ちゃんのかたき!」

 刀を構えた男・・・小川健太郎はとぶ。

「ラーンスアタッーーク!」

 その渾身の一撃は黒き刃に軽々と受け止められる。

「ぐはっ」

 触れてもいないのに吹っ飛ぶ健太郎。魔法・・・否、全身より放たれた力によって。

「くっ、・・・くそう、はっ!」

 最期に見たものは、凶悪な笑みをはりつけたそいつの顔であった。

「じゃあな、健太郎。美樹ちゃんによろしくな」

 魔王ランス・・・・・・そいつの・・・。

 

「魔王様、聖刀日光は地下の宝物庫に納めました。魔剣カオスが魔王様の手にある以上、我々の脅威はこれで無くなった事になります」

 ホーネットの報告を玉座で聞いていたランスはただ一言つぶやいた。

「・・・つまらないな」

「魔王様・・・」

「・・・ランス・・・」

 ホーネットとかたわらにいるサテラの視線に気付き、目をそらす。

「・・・つまらん・・・」

 しかし、出た言葉はまったく同じであった。

 

 RC暦2年12月、人類は最後の希望を失った。

 二千年前と同様の、闇の時代の幕開けである。

 

 

 たったったったったっ・・・・・・・・・

 かわいい足音が森をかける。

「気をつけないと、ころぶわよ」

「へいきだよー」

 後ろからかかる母親の声に少女は元気に答え、そして心持ちペースを落として再びかけだす。

「お嬢さん。あんまり急ぐと、ころびますよ」

「ぶー、へいきだもん!」

 同じ注意を立て続けに受けて、少女は少しへそを曲げる。

 しかし、すぐに機嫌を取り戻して目の前の紳士に尋ねる。

「もうすぐだよね? パパがくるの」

 尋ねられた紳士・・・ケッセルリンクは、懐から時計を取り出し答える。

「そうですね・・・。魔王様が来られるのは毎週大体この時間ですね」

「パパはやくこないかなー、きょうはアップルパイをつくったんだよ。あとでおじさんにもあげるね」

「それは光栄ですね」

 

 大陸全土が闇に覆われた訳ではなかった。逆になおいっそうの光にあふれている所もある。そのわずかな例外の地がここ、クリスタルの森であった。

 ランスは同じカラーであるという事もあって、この森の統治をケッセルリンクにまかせた。

 彼が魔人の中で最も女性に優しい紳士である、ということもその理由の大きな一つである事は間違いないであろう。

 

「あっ、パパだ!」

 森の奥に黒いものを見つけて少女はかけ出す。

「パパー! パパー!!」

 ものすごい勢いで少女はランスに飛びつく。

「おー、リセット! 元気だったか?」

 少女を抱き上げるとランスは優しくそう言った。

「うん、げんきだよ! パパはげんきだった?」

「おー、元気元気! リセットの顔を見れば元気百倍だ!」

 そうしてランスは、リセットを抱きかかえたまま家の方へと向かう。

「リセットきょうねー、アップルパイをつくったんだよ。いっしょにたべようね」

「おう、そいつは楽しみだ」

 このカラーの少女にとって、ランスが魔王の血をその体内に宿したという事など些細な事であった。

 ただ、森を守る兵がリーザス兵から魔物の兵に変わったぐらいの、そんな些細な違いでしかなかった。

「ねーパパ、つぎはなにがたべたい? リセットなんでもできるよ」

 ランスの腕のなかでリセットが無邪気に聞いた。

「うーん、なんでもいいぞ」

「ぶー、それじゃあだめ! なにがいいかいって!」

 ランスの答えが不満だったようで、リセットは口をとがらす。

「えっ、うーん・・・。困ったな」

「はやくー、はやくー」

 ランスはしばらく迷った末に答える。

「そうだなー。・・・じゃあ、へんでろぱがいいな」

「・・・・・・? へんでろぱってなーに」

 きょとんとした顔でランスに聞き返す。

「あっ、そーか、リセットは知らないのか。じゃあなー・・・」

 ほかの答えをさがそうとするランスの腕の中でリセットが足をばたつかせる。

「ぶー、だめだめ! リセットへんでろぱつくる!」

「えっ、でも知らないんだろ・・・」

 ランスの腕の中でいやいやをして答える。

「しらなくてもつくるのー! ・・・だってパパ、それすきなんでしょう?」

「うーん、・・・でもなー」

「つくるったら、つくるのー! リセット、パパがすきなものはなんでもつくれるよーになるんだもん!」

「そーかそーか。ありがとよ、リセット」

「だからねー、だから・・・・・・」

 リセットは上目がちにランスを見ながら手をもじもじさせる。

「・・・リセットがおおきくなったら、パパのおよめさんにしてね」

 目をきらきらとさせて、娘に言われたい言葉トップテンでおそらく一位に来るであろうセリフをいうリセット。

「・・・じーん・・・(感動している)、そーかパパのお嫁さんになるか!」

「うん!」

 リセットはランスの言葉に大きくうなずく。

「それじゃあ、むしゃぶりつきたくなるような、すっごい美人にならないと駄目だぞー!」

「うん! よくわかんないけど、しゃぶりたくなるびじんにリセットなるよ!」

「そーなったら結婚しよーな」

「ほんとー! やくそくだよー!」

「あー、絶対約束だ!」

「ぜったい、ぜったいにやくそくだよー!」

「あー、絶対絶対絶対に約束だ!」

「ぜったいぜったいぜったい、ぜーったいにやくそくだよ!」

「あー、絶対絶対絶対絶対、ぜーったいに約束だ!」

「うそついたら、はりせんぼんだからね!」

「あー、千本でも万本でも飲んでやるぞ!」

「わーい! パパだーいすき!!」

 リセットが頭にしがみつくように、ランスに抱きつく。

「がーっはっはっはっはっは!!」

 これが、全人類を恐怖のどん底に叩き落としている魔王ランスのまぎれもないもう一つの顔であった。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・へんでろぱ・・・か・・・

 

 ・・・・・・

 ・・・あっ、ランス様。おはようございます。

「うむ。今日の飯は何だ」

 ・・・はい。今日はランス様の大好きなへんでろぱです。

「よし、まずかったらおしおきだからな」

 ・・・うっ、だ、大丈夫だと思います。

「ぱくっ、うっ!」

 ・・・だっ、大丈夫ですか! ランス様!

「がつがつがつがつ・・・・・・、むしゃむしゃ、ぺろり」

 ・・・おいしいですか、ランス様。

「いーや、まずい。というわけで、・・・おしおきだー!!」

 ・・・えー、そ、そんなー!

「とりあえず、おかわりを食ったらおしおきだ」

 ・・・はい。・・・しくしく。

「がっはっはっはっはっは!!」

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

「・・・パパ」

 

 ・・・

「・・・パパってば!」

「・・・おっ、なんだ? リセット」

 びっくりしたようにランスが答えた。

「どーしたのパパ? ぼーーーっとして」

 少し不満そうに、そして少し心配げにランスを見ながらリセットが聞いた。

「いや、なんでもないよ。そら着いたぞ」

 お茶を濁すようにランスは答えた。そして、その思考は再び内へと潜って行く。

 ・・・・・・・・・

 

 

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・シィル

 ・・・

 

 

 

 


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