月ヶ瀬のそば粉と木賊(とくさ)               
                                        05年 3月 記
     奈良県添上郡月ヶ瀬村はこの4月奈良市に編入されるが、県の北東部にあって三重県や京都府とも隣接した山村で、江戸時代から月ヶ瀬梅渓といわれる梅の名所である。
    梅や桜のほか水と緑に恵まれた景観に村営の日帰り温泉施設も加わり、そのうえ地場野菜などの農産物直売所もあって、旬に出会せばコゴミやタラの芽など思わぬ山菜も安く手にはいる。
     私の住む大東市からだと阪奈道路で生駒を越え奈良の街を通り抜けるまでは一本道で、突き当たりの東大寺や興福寺辺を左に曲がったあたりから景色が一変する。柳生の郷を経由する路の大半が緑に囲まれていて、川沿いの田舎路や山あいの茶畑の斜面など格好のドライブコースでもある。

     梅は五分咲きあたりだったが、道草をしながらなだらかな梅林をめぐり、道端の茶店や露天をのぞきながら散策したあと温泉で一休みして、地の野菜などを物色する。
    今年はそんな中で思わぬ掘り出し物に出くわすという収穫があった。
    月ヶ瀬産のそば粉と都会では見かけなくなった大振りの木賊(とくさ)である。
    そば粉は地元産のソバを挽いたという少し黒みのある「挽きぐるみ」だし、木賊の方はかなり丈も長くて太い。

     そば粉はいままで衝動買いで買ったことはなかったが、昨秋の台風被害をきっかけに国内産のそば粉が品薄で値も上がり、このところ外国産ばかりでそばを打っている。ここのは挽いて間もない地場のそば粉だそうだし、ビニール袋でパックされているので中身はよくわからないがいつもと少し違うような気がしたので300g入りを二袋買ってみた。
    早速次の日に、この600gにつなぎ(中力粉)100gを加え700gで打ってみた。
    収穫されたソバの保存状態や製粉方法はわからないが、挽いたばかりで鮮度も良かったとみえ打ちやすい粉で、いくぶん外皮(ソバ殻)も挽き込んだのか黒みのある田舎風のそばに仕上がって食感、風味ともまずまずのものであった。
    最近このあたりでもソバを栽培するところが増えてきて、例えば桜井市の笠地区、大柳生、少し京都に入るが笠置、それと今回の月ヶ瀬など、そば打ちを趣味にする素人にも喜ばしいことだと思っている。

     もうひとつの木賊は、ヤスリクサとか爪研ぎ(つめとぎ)とも呼ばれて昔から磨き材に使われてきた植物である。
    古くは銅鏡の手入れにも金剛砂とともに使われたり、珊瑚や鼈甲または象牙などの細工物に柔らかな艶と光沢を出すために木賊の持つ微妙な磨き具合が重宝された。柘植櫛(つげくし)の仕上げにもナイフ状にした柘植に木賊を貼り付けたヤスリが使われている。
     そばを打つ麺棒(打ち棒)は単なる丸棒で、材質の硬さや柔軟さなどそれぞれに違いがあっても形状はどれも同じで至って単純だ。
    ただ、麺帯の生地の表面をなめらかに仕上げることが大切で、そのためには麺棒に狂いを生じさせてはいけないし、木肌をなめらかでしなやかに保っておく必要がある。

     麺棒はそば打ちを始めて何本も買ったが、ほとんどは同好会で使う共用道具にしているので、専用のマイ麺棒は4本しかない。
    巻き棒は桧(ひのき)と朴(ほお)を110センチの長さにして二本、延し棒はそば打ちを始めた頃に旅先の信州で買った90センチの木曽桧と、もう一本は普段使っていて木肌が荒れやすい栂(つが、関西ではとが)である。
    この栂の麺棒はたまたま真ん中あたりに小さな模様のような節目があって、練習の頃の一時期、丸出しの大きさを決める目安にして使い慣れた延し棒である。
    栂の木は、生長が遅いので年輪の幅が狭くて柾目を形成しやすい特性があるとかで年輪がはっきりと見え、また肌目は荒く表面を削ると白い粉のような物質が出る材質だそうだ。使い慣れた麺棒にもこの特性が出て、一度に多くのそばを打ってこの延し棒を酷使すると肌目が粗くなりところどころに白い粉の吹いたようなひっかき傷が出現するのであまり道具の手入れをしない不精者にはやっかいな特徴であった。
    このことが頭にあって、木賊を見た瞬間これで栂の麺棒を磨いてみたいと思いたった。
     数日後、あり合わせの紙筒に木賊を貼り付けただけの磨き材を作ってみたが狙いは的中して至極使い勝手がよく、荒れていた肌目にところどころ残る小さな傷もきれいに磨きが掛かり見違えるようになめらかになった。
    仕上げに胡桃の油をほんの少量手のひらに付けて均等に延ばして乾拭きしただけであるが、今までと違った木賊ならではの磨きの効果が持続していてなによりの驚きである。
         木賊の磨き材 】

     そば粉についての余談だが、昨秋はソバの収穫期に台風が集中して北海道をはじめとするソバの産地は大きな被害を受け、新そばから一気に品薄になって価格も高騰してしまった。
    台風被害を被ったことは確かなので、わたしのような素人のそば打ちでも途中から価格的に安定している外国産そば粉を使うように切り替えた。値段もずっと安い。
     最近は、外国産であっても輸送や保管にかかわる品質管理が向上し、ソバ自体の品種改良も進んでいるうえに製粉方法を同じにすれば、国産と外国産の大差はわからない。個性のはっきりしている食品とは違い微妙な風味の違いや味や香りまでは識別することはデリケートすぎて、少なくともわたし達素人にはわからない。
    とすると、価格差との関連でみると甲乙付けがたいと言う現象も出てくるのである。
    とはいうものの、そばの季節というのがあってまずは北海道からその年の新そばが届き、ややしばらくすると東北のも出まわって、と少しずつ産地が南下してくる国内のそば粉に今まで通りのこだわりを持ってそば打ちを楽しんでいきたいと思っている。

     余計なことかもしれないが、台風被害などで品薄になった筈の国内産のそば粉が、年を越して梅雨が過ぎたあたりからどこからともなく品物が出てきて値崩れし、出回ってくる現象を何度か経験したが、今年はどうだろうか。
    個性が少なく見分けの付けにくいのがそば粉の特徴であるからなおさら産地への信頼が大切だと考える。
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