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「お墓」から社会が見えてくる

Journal d’Ohaka 2 

ここでは2001年6月までのニュースを扱っています。
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<もくじ>

1.ハンセン病訴訟勝訴(2001.5.11)
2.日本郵船が「海洋葬」ビジネスに着手 (2001.5.13)
3.バーチャル墓地はせちがらい?(200126)  
4.キトラ古墳。村おこしか保存か (2001.5.28)  
5.米国オクラハマ・連邦ビル爆破事件。死刑囚に死刑執行 (2001.6.12) 
6.香淳皇后のお墓竣工 (2001.6.15) 
7.田中外相、訪米先でお墓参り (2001.6.18) 
8.川崎市で墓地の使用期限付きの条例案 (2001.6.19) 
9.靖国問題と千鳥ケ淵墓苑 (2001.6.20)
10.野党3党で国立墓地整備を提案(2001.6.24) NEW


1.2001年5月11日、ハンセン病勝訴
 
  ハンセン病の元患者127人が起こしたハンセン病国家賠償訴訟で、隔離政策を放置してきた   国の過失を認める判決が出された。
  

  
  「あそこには絶対入りたくない」と、その人は言った。

   今、学校ではハンセン病と日本が取り続けてきた政策と現状について、子どもたちに正しいこと  を教えてくれているのだろうか。私の経験では、成人するまで耳にする機会は数少なかったよう   に思う。ましてや、学校の授業で取り上げられた記憶はない。けれど今回、この訴訟を契機に、   日本人はようやく現実を受け止める機会が与えられた。重いけれど、しっかり見ていかなければ  ならないだろう。今後の、東京地裁、岡山地裁の判決。そして、国の対応を。

   現在、日本にはハンセン病の療養施設が全国に15ヵ所あり、約4500人の方が暮らしている。   彼らの多くは、いわば強制的にそこに入所させられ、故郷や家族とも断絶。実名を名乗ることは   おろか、子孫を持つことすら許されない状況下に隔離されて、生きてこられたという。それらを退   所し、社会復帰を果たせた方は一握り。ほとんどは、療養所内でひっそりと亡くなってきたのだと  いう。

   療養所には、亡くなった方を荼毘に付すための火葬場が設けられているという。遺骨は故郷に  帰ることもなく、またしても療養所内の納骨堂に安置される。同じ形状の白く小さい骨壷は、書類  を入れた方が似合うような、あまりにも殺風景な書庫の中に納められていた。その骨壷に書かれ  る名前も本名ではないのだ。

  『ニュースステーション』を観ていたら、ある元患者さんこう言っていた。
  「あそこ(納骨堂)には絶対入りたくない。死んだら遺灰を利根川に流してほしい」
  
   また、ある女性は、すでに他界した両親のお墓参りに行くことがようやく叶うという。その姿を取  材させてほしいとTV局のスタッフが頼むと、「それはお断りします」と強い口調で答えた後、こう言  った。「本名が映るようなこと、絶対にできません。私は死ななきゃあならないんですよ。家族に死  んで侘びなければならないんです」。10代で入所以来60年以上、彼女はいまだ家族への思いに  、苛まれているのだ。聞いているだけでも、胸が苦しくなった。

   勝訴の歓喜に沸き返る熊本裁判所前で、ある女性記者が原告の一人に質問した。
  「この結果はご家族に知らせますか」
  何気ない質問のつもりだったのだろう。けれど、その人の嬉しさでほころんだ顔はたちまち悲しげ  な表情に崩れた。そして首を横に振る。なおも食い下がり、励ますように取り繕う女性記者。
  しかし、その人は泣きながら答えていた。「捨てられたんですう・・・」

   国の無策によって、生き方、死に方、お墓のあり方など、自分の意思で考えることすら、叶わな  かった人たちのあまりにも深い悲しみを、私たちはどれだけ理解できるのだろう。

   それにしても、「国」っていったい何だろう・・・。
  

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2.日本郵船が「海洋葬」ビジネスに着手 (2001年5月13日付 日経新聞より)

  大都市周辺における墓地価格の高騰、残った家族に迷惑をかけたくないとの思いから散骨を   希望する人が増えてきたという傾向を見据えて、日本郵船は仏壇販売業者と提携。希望者か  ら集めた遺骨を沖合いに運び、船長が散骨を代行するという。料金は未定。


 現実主義者の切なる願い

  私ごとではあるが、昨年の大晦日、いっこうに盛り上がらない紅白歌合戦がTV画面を賑わしてい る横で、義父(夫の父)がポロリとこう言った。
 「わしが死んだら、骨は奄美の海に撒いてくれ」と。
 
  奄美大島は、義父と夫の生まれ故郷。しかも、東シナ海を望む本島西端の小さな村だ。義父は  小学校の身で上京し、東京の学校を出て仕事を始めたものの、第二次世界大戦後、後継ぎとし  て村に戻り、養豚を営みながら、村の復興に貢献したが、後年再び東京で仕事をしていた。不在に なってもなお、故郷ではちょっとした名士として名前は知られていた。数年前に能梗塞で倒れてか らは、すっかり隠居の身であり、我が家から車でいける距離に義母と暮らしている。

  義父が村の人々を語る口調はあくまでクールそのもの。嘘も誇張もなく、感じたままを話す姿は、 ある種冷徹なリアリストの表情が見えた。東京育ちゆえか、はたまた元々の性格か。帰ってきて  ほしいと思う村人たちが多いことを知ってもなお、「帰らない」と言い切っていた。
 
  その夜、普段は控えているお酒を飲んで上機嫌になった義父は、故郷の話をいろいろと聞かせ  てくれた。いつもは無口は人なのに、なんと饒舌なことか。おまけに、得意な島踊りまで踊り出す  ほど だった。そんなとき、父が「まだ生きていたら、奄美に帰ってもいい。骨は海に撒いてくれ」と 言い出し、私は驚いた。図書館でしょっちゅう本を借りて読んでいる義父なので、ひょっとしたら、自 分の最期についても密かに研究しているのではないだろうか。

  とにかく、人の世話になるのは大嫌いな義父のこと。家族に迷惑をかけたくない思いから始まっ  たことだと思ったはずだ。本人の願いは、後の揉め事を避けるためにもできれば正式な遺言状にで もして残してもらえればいいのだろうが、今となってはそれも本心なのか、お酒の上でふと漏らした たわごとなのか、唐突に確認することは難しいと思われる。

  それにしても、「海葬」をビジネスチャンスととらえた日本郵船および仏壇販売業者の抜け目のな さったら。なんでも、第二次大戦中に海で夫や子どもを亡くす体験者には、「家族が眠る海に葬って ほしい」という“ニーズ”があるらしい。しかし、本島に船長さんにお任せしていい問題なのだろうか 。遺族には後日確認証が手渡されるそうだが、何かおかしな気もする。最近話題の「自然葬をすす める会」あたりは、このニュースを 朗報と受け止めるのだろうか。それとも、「商売にされてはたま らん」と 、眉をひそめているのだろうか。

  もちろん料金面も気になるところだ。一方、墓地の高騰ぶりはどれほどなのか、機会があれば併 せて一度調べてみたい。

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3.バーチャル墓地はせちがらい? (2001.5.26.月刊『オブラ』7月号より
 
  とある霊園。相続人は毎月墓石の前で一定時間過ごすと、相続金を受け取れるというシステムが開発された。墓石はビデオスクリーン。相続人本人であるかどうかは網膜スキャナーで確認され、墓の足元にある圧力パッドに乗ってビデオを鑑賞しつつ30分間過ごすと、最後に墓石スクリーンがATM画面に変わり、遺産金振込が行なわれるそうだ・・・。
  

 遺産がなければ、愛もなし
 

  「なんちゅー話じゃい!」と思ったら、『オブラ』誌の「世にも未来な物語・十番勝負」という企画グラビア。墓石はさながらTV画面で、そこに映った映像に見入る遺族らしき人々。あまりにもリアルで、ちょっと奇妙な写真に、現実にある霊園の話だと、しばらく思い込んでいた。

 考えてみたら、日本ではすでにどこかの寺院がインターネットを使ったバーチャルお墓参りを始めているはずだし、現代のテクノロジーをもってすれば、技術的には決して不可能ではないのだ。とはいえ、驚くのは、そこに「遺産相続」のシステムが持ち込まれていることだった。

 お墓参り=会いに来てくれないヤツには、遺産はやらん、と断言して「天国」に召される人って、たとえば経営破綻したそごうの水島元会長のような爺さんなのだろうか(彼はまだこの世の人だけど)。墓参りなどせずとも遺産を相続する権利は法律で守られているはずだが、お金でつらなければお墓参りもしない人々というのも、いかにも拝金主義なる現代人像なのかもしれない。さびしー。

つまり、お墓って、何だろう。
こんな記事を見るとやっぱり、そんな基本的な疑問に行き着いてしまう。

 しかし、遺産相続でもめるのは、たいがいお金持ちの話であって、こんなものものしいテクノロジーを使ってまで、遺族をお金で結び付けるほど、庶民はお金もってないよ。墓石がATMと同等に扱われる時代にだけは、なってほしくないと思うけれど・・・。あなたはどう思う?

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4.キトラ古墳。村おこしか保存か (2001年5月28日付 日経新聞より)
 
  奈良県明日香村で発掘されたキトラ古墳の保存・整備をめぐって、国と村が紛糾。国内で初めて「朱雀」の壁画が発見されたが、古墳内の温度・湿度などの基礎データを収集し、後世に今の姿を残す保存を優先する文化庁に対して、明日香村では文化財は広く国民が共有してこそ意味ありと、一般公開をめざしているという。果たして、どちらが吉と出るか。
  

 考古学ブームにも、賛否両論

 古墳というのは、つまり古代の墳墓だ。私は考古学には甚だ疎いけれど、当時の有力者が来世の再生を願い、贅を尽くして墓を造らせるというセオリーは、古今東西にある。ピラミッドしかり、中国の始皇帝兵馬坑しかり、大阪には日本最大の仁徳天皇陵も有名だ。

 高松塚古墳が発見されたのは1972年だそうだが、その後も佐賀の吉野ヶ里遺跡なども大いに沸いた。日本の考古学ブームは、古墳や遺跡なくしては語れない。これを古代ロマンといえばいいのか。ロマンを追いすぎて、その道ではGODHANDと呼ばれた人が自分で埋めた土器を発掘したと白状して、大騒ぎにもなった。なぜそこまで加熱するかといえば、古墳や遺跡などの文化財が「村おこし」に一役買っているからだ。つまりは、経済原理。

 私など「墓参」の癖を持つ人間にしてみると、考古学ファンが現地を訪ねたいという人の気持ちもよく分かる。まさに「温故知新」「百聞は一見にしかず」の心境だ。一方で、壁画などは文化歴史の観点から極めて貴重なものなのだろうから、(この手のニュースを聞くにつけ、よくぞ今まで残っていたものだと素朴な感慨にふける)できるなら保存に尽力してほしいとも思うのだ。

 しかし、地元の人たちの思惑はさらに切実だ。「村人の高齢化」を理由に、キトラ古墳を観光の目玉にしたいと思っている。だから、早く保存してよ、と国に訴えているのだ。「そのために必要な費用負担も文化庁主導で」と希望するが、そうなると一般公開の可能性が薄れるという不安もある。というわけで、痛し痒しなのである。

 この矛盾にどう折り合いをつけるのか。ここにも、「生」と「死」のせめぎあいがあるといえるのかもしれない。

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5.米国オクラハマ・連邦ビル爆破事件。死刑囚に死刑執行
   (2001年6月12日付 毎日新聞より)
 
  168人が亡くなったオクラハマシティー連邦ビル爆破事件のティモシー・マクベイ死刑囚が、アメリカ中部時間の6/11午前7時14分(日本時間同日午後9時14分)、インディアナ州テラホートの連邦刑務所で薬物注射により死刑執行された。連邦法による死刑は38年ぶりだった。
  

正義か復讐か? 問われる死刑制度
 
 日本では大教大付属池田小学校の事件であまりにも大騒ぎしているため、このニュースはかなり小さく報道されるにとどまったが、BS放送のアメリカ発ニュース番組では、連日この話題が取り上げられていた。日本にとっても決して無関係な話ではない。

 おりしも、小泉首相に提出された「司法制度改革審議会」の最終意見では、一般国民からなる「裁判員制」の案がいよいよ現実のものとして盛り込まれた。殺人など国民の関心の高い重大事件に市民感覚を反映させることを目的にしている。もともとは司法のプロによる判断が市民の社会常識とずれているという問題からクローズアップされてきたもの。つまり、私たち法律の素人でも、殺人犯を裁く役割を担う時代がくるということだ。もし、今回の事件に裁判員制が導入されるなら、ほとんど9分9厘、裁判員たちは容疑者に死刑を宣告するだろう。もちろんこれは、プロの裁判官との合議制だから、別の判断も下されるかもしれない。しかし、市民感情としては当然のシナリオだといえる。

 1995年にアメリカで起きたこの連邦ビル爆破事件では、9名の幼い命も犠牲になっているという。マクベイ死刑囚には、彼なりの大義名分と正義のために罪もない人々の命を犠牲にしたが、同時に2人の子どもの父親でもあった。この死刑執行には、事件の遺族や生存者10名と代表取材記者10名、弁護士や知人、政府関係者らが窓ガラス越しに立会い、被害者の中から希望する約230名が、有線TVの中継画面でその瞬間を観た。一時、メディア側から全米にテレビ中継を要求されたが、拒否された経緯もある。

 考えてみれば、恐ろしい話ではないか。罪を犯した人が死をもってあがなうということは、道理に叶っているようでいて、しかし非常にむなしい。それによって亡くなった人が戻ってくるならいいけれど、それは不可能なのだ。ただ、家族の命を奪った人間がのうのうと生き長らえることは許せない。そういう遺族の気持ちは当然だという思いもある。それが究極の形であらわれたのが、今回の関係者立会いによる死刑の公開執行だった。執行を見届けた遺族たちは記者会見に臨み、執行の一部始終を語っていた。

 ブッシュ大統領は言った。「これは復讐ではなく正義が実行されたのだ」と。執行当日、刑務所前には、死刑反対派たちがプラカードを掲げ、執行に対して非難していた。遺族の中でも死刑執行には反対という人もいたそうだ。一方、99年、全米で行なわれた死刑執行数が過去最高の98件を記録したが、そのうち35件は、プッシュ大統領が知事を務めていたテキサス州だったともいわれている。この数字が何を物語るのか。ともかくも今、アメリカでは死刑制度のあり方が論議を呼んでいる。

 マクベイ死刑囚は、死刑執行後、ただちに火葬された。しかし、どこに埋葬されるかは分からない。BSのニュースではそう伝えていた。遺族の一人は、事件で失った家族のお墓を訪れ、「お前を殺した男は死んだよ」と報告していた。愛、罪、死、そして正義。形や動機、イデオロギーに違いはあっても、私には池田小学校の事件ともオーヴァーラップする、重いニュースだった。

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6.香淳皇后のお墓竣工 (2001年6月15日付 日経新聞より)
 
  昨年6月16日に亡くなった香淳皇后の墓陵「武蔵野東陵」が一周忌を前に竣工し、東京都八王子市内の同墓陵で、15日午前に「山陵竣工奉告の儀」が行なわれた。面積1800uの上円下方墳で、総工費は約18億円。

高いのか、リーズナブルなのか・・・ 


 昭和天皇の皇后だった香淳天皇。晩年は御公務があるわけでもなく、ただ御所と御用邸をバスで往復するような日々。時々バスの車窓越しにその姿がTVカメラにとらえられていた。痴呆を思わせる空ろな目にへの字の口元が印象的だった。

 思えば、皇室は戦後の民主主義(といわれた)の中で、ずいぶんと様変わりしたのだろう。神格化からアイドル化へ(まるで今の小泉人気のようだ)。皇太子が、何とか世継ぎを待つ身となり、国民(といわれる)もほっと胸をなでおろしているところだし、残る心配は、礼宮さんの結婚かも。口こそ出さないけれど、まさに晩婚化ニッポンの象徴といえそうだ。そうは言っても、カメラ片手に雅子妃の追っかけをしたり、新年に皇居を参拝し、ガラス越しに手を振る皇室の方々に日の丸を振る人たちの気持ちはいまだによく分からない。

 その人たちのおばあさんに当たる良子(確かながこと読む)皇后は、亡くなってから「香淳皇后」と命名されたと記憶している。その香淳皇后のお墓が完成したというニュースである。

 昭和天皇の「武蔵野陵」は、総工費約26億円だったという。とっさに思ったのは、費用的にもけっこう差がつけられているんだなということ。天皇と皇后の違いなのか、男と女の違いなのか・・・。それとも、1980年代のバブリーな時期は、今よりもお墓のための費用が潤沢に確保されていたのだろうか。推測するに、もしも平成天皇と美智子皇后のお墓が建てられるなら、国民感情的には同じ大きさを求めるという気がする。ひょっとすると、今の皇太子と雅子妃の場合は、大きさが逆転するやもしれない。

 それにしても、皇室の墓地予定地はいったいいつの時点で確保されるのだろう。1800uは、想像以上に大きいだろうから。また、業者はどんな風に選定されているのだろうか。宮内庁御用達の墓石屋さんがあるのだろうか。昨日今日賑わしている外務省のワイン購入費を巡る憶測の中で、外務省側は「購入しているホテルが価格を2〜3倍にしているからそんなに高いのだ」と弁明しているらしいけれど(当のホテルは「そんなことはない、高くても1.5倍だ」と答えたとか)、たとえばお墓などは材料や建築費などをどのように見積もるのだろう。一般市民ならもっと現実的に、石のグレードや土地の値段、永代供養料などをいろいろと吟味するところだが、実はよもや皇室でそんな値段交渉をするとは思えない。つまり、ワイン同様、業者にとってはかなりおいしいお仕事になるのではないだろうか。で、なければ、18億円というお金は、キョービいかにもな値段という気はする。まあ、一般市民と同じ次元で考える方がおかしいことは重々承知の上だけど。

 皇室をこよなく愛する人には「ざけんなヨ」のネタだったかな。 
 

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7.田中外相、訪米先でお墓参り (2001年6月18日付 日経新聞、他より)
 
  6月16日、訪米中の田中真紀子外務大臣は、ワシントン郊外のアーリントン国立墓地を訪れ、無名戦士の墓に献花。日の丸をイメージした花輪を捧げた。

とにかく、いろいろと物議を醸すお人だ 

 すったもんだの挙句、なんとかパウエル国務長官との会談を終え、無事ご帰還なさった田中真紀子さん。しかし、会談はたった40分だったという。ブッシュ大統領にも会い、本来は外務省の事務方がするはずの会談後の報告会見も、自ら雛壇に鎮座して行なうなど、終始成果をアピールするのに躍起と見えたが、記者会見で語ったパウエル国務長官のコメントには食い違いもあったとか。やれやれ、はしゃぐのは同窓会ぐらいにしてほしいものだ。しかし、公式の訪問先で同窓生を引っ張り出してくる手法、理解に苦しむ。マスコミも、なんだか彼女の前は骨抜き状態・・・。

 アメリカ到着後にまず行なったアーリントン墓地での献花も、実は首相が行なうもので、外相がするのは異例なんだそうだ。無名戦士に花を捧げ、「二度と戦争を起こさないようにしなければ」と心新たに誓う行為そのものに、何の異論もありはしないが、父・田中角栄も現役中に訪米の際、同じように同墓地を訪れ、献花しているという。ははーん。と、意地悪く毒づく私。つまり、彼女は父の後追いをしているに過ぎないのだ。そして、彼女の中には、ある意味で晩年不遇のうちにこの世を去った偉大なる父の怨念を晴らし、ひいては自分自身も伝説の人になりたいという強烈な感情が渦巻いている。あの墓地に佇み、父と同じように献花する自分の姿だけが、大切なのかもしれない。とさえ、思う。

 彼女にとって外務省改革は、いわば刺身のツマ。むしろ、格好の標的を与えられ、目くらましに利用している。サッチーしかり、デビ夫人しかり、「歯に衣着せず」の毒舌キャラクターでもたはやされた人たちをゴロウじろ。私たちは、彼女たちから一体何を学んだというのだろう。今日、週刊誌を立ち読みしていたら、ある人が田中外相をこんなふうに評していた。「彼女は『破壊神』ではあるが、創造したものは1つもない」と。コラムニストの中野翠もアンチ真紀子派のようだ。それでますます自信を深めた私であった。 

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8.川崎市で墓地の使用期限付きの条例案(2001年6月19日付 日経新聞より)

 6月19日、川崎市は墓地に使用期限を設ける条例を制定する方針を決めた。理由は、少子化の影響などで供養する人のない無縁墓が急増する可能性が高いため。最長33回忌程度と想定される期限後は共同供養塔や納骨堂で供養する。2002年1月1日からの施行をめざし、9月の市議会に提出する予定。全国の自治体でも初めての試みだ。

誰のためのお墓か

 都市部の墓地不足が深刻になっている。それを裏づけるような議会の決定だ。「○○家の墓」として永代使用権を払いさえすれば、ほぼ永久にお墓は存在する。そんなお気楽な時代でなくなろうとしていることだけは確実のようだ。ましては川崎市といえば、代表的な首都圏のベッドタウン。永代使用権の売買型と使用期限付き型と、選択できるようにはなるそうだが、少子化の危惧と墓地不足の解消への期待があいまって、こういう墓地は今後も増えていくのではないだろうか。

 そういえば、昭和30年代前半の頃、父方の祖父母が眠る市営の墓地を建てたとき、支払ったのは2万円ポッキリだったそうだ(そのお墓も、阪神大震災の時に一番上の石がごろんと落ちて、角が欠けてしまった。落ちた石は元の位置に直してもらったが、欠けた部分だけは生々しくそのままの姿をとどめている)。

 しかし、墓地の中に無縁墓がゴロゴロしている姿は、やはりあまり気持ちのいいものではない。墓地が荒れていくことを思えば、定期借地権付き住宅のように、一定期限がきたら供養に区切りをつけて、今供養が必要な人に場所を譲るという考え方も、決して悪いことではないのかもしれない。

 ただ、33回忌過ぎたら「ほなさいなら」という合理主義一辺倒も、なんだか肌触りが悪い。私の父には兄がいた。しかし、彼が5歳のとき、川に落ちて亡くなった。祖父母の落胆ぶりは大変だったようだ。父は兄の死後に生まれたので、兄の記憶はなく、祖父母も息子にはその話をあえてしなかったそうだ。その結果、兄のお墓はまさに無縁状態で放置される結果となった。3年前、父は断片的な情報をもとに兄のお墓を遂に探し当てた。それは、まさに奇跡のようなエピソードだった。後日、命日にまた行くというので、私たちも同行した。そこは、いわゆる市営墓地のような区画制の立派な墓地ではない。森の中の傾斜のきつい一角に村人のお墓が並んでいた。木漏れ日が幻想的ですらあった。その一番上の列に、私にとっては叔父のお墓があった。夭折したからだろうか。墓石も赤ん坊の背丈ぐらいしかないものだった。この叔父が生きていたなら、父は生まれてこなかったかもしれない。当然、私も娘もいない。この無常。心を切なくした。

 誰が眠っているか分からないような無縁墓も、確かにこの世に生を受けた人の証し。センチメンタルに表現をすれば、そんな気もしている。ただ、問題はそんな感傷論では解決しないのだろう。誰のためのお墓なのか、何のためのお墓なのか。必要なのかいらないのか。自己選択が迫られている時代には違いない。

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9.靖国問題と千鳥ケ淵墓苑 (2001年6月20日付 朝日新聞より)

 6月19日の第3回党首討論で、鳩山由紀夫代表はアメリカのアーリントン国立墓地を例にあげて「海外の人たちが堂々と参ることができる施設を造ろう」と提案。土井たか子社民党党首も「千鳥ケ淵墓苑を整備し、ここが日本の国立墓地だと言えるようにすべきでは」と質問したが、小泉首相は「千鳥ケ淵墓苑の整備には賛意を示しながら、「戦没者慰霊の中心施設は靖国だという人が多い。その心を無視するのはいかがなものか」と答弁した。

続・誰のためのお墓か

 関西に住んでいる、戦争生まれに私は、靖国神社がどこに、何のためにあるかという根本的な歴史観を持ち合わせていない。まして、千鳥ケ淵墓苑についてはほぼ初耳。ネットで千鳥ケ淵墓苑を検索し、いくつかのサイトを読んでようやく分かったという状態だ。けれど、大方の国民はそんな程度なのではないだろうか。そもそも、太平洋戦争の功罪について、大人たち(今となっては爺ども)がその事実を後世の人たちにきちんと説明してきただろうか。いつもそうなのだ、この国は。

 日本は常々アジア諸国に配慮し、夏になれば閣僚に靖国神社参拝の是非を問う報道が起こる。記者たちは参拝する閣僚達にマイクを突きつけ、判をついたように「今回の参拝は公人としてですか、私人としてですか」と質問する。その意味が、なかなか分からなかった。

 今回、小泉首相があまりにも頑なに靖国神社への公式参拝を表明しているので、中国は不快感を露わにしている。そこで鳩山ユキちゃんとおたかさんは千鳥ケ淵墓苑参拝への提案を持ち出したわけだ。もちろん、田中外相のアーリントン墓地での献花も格好の例として引き合いに出されていた。

 靖国神社には、太平洋戦争のA級戦犯が合祀されている。1959年に完成した国立千鳥ケ淵墓苑には、海外で亡くなった無名戦没者の遺骨、約34万柱が納められている。しかし、すでに戦没地ごとに分けた六角堂に納骨されるところが、すでに満杯状態になっていて、裏手の地下室に入れられたままになっているという。今でも年に1000柱以上が新たに発見されているという現状から、おたかさんは、それをきちんと整備し、日本のアーリントン墓地にしましょうよ、と訴えたのだ。少しの情報でしか判断していないけれど、私もそれが自然だと感じた。

 しかし、ある意味で小泉首相は冷たく突き放した。戦没者慰霊の施設は靖国神社があるじゃないか。それを拒否する気持ちが理解できないと、まるで非国民扱いだった。ハンセン病訴訟であれほど人情味を強調しながら、無名戦没者への哀悼の気持ちは、かなりボルテージが低かった。こうなると「二度と戦争を起こしてはいけないという気持ち」いう言い方も、どこか詭弁に感じられる。すべては戦後処理をなおざりにしてきたツケなのだ。

 なにかにつけて「わが小泉内閣」という言葉を使う小泉さん。よほど首相になれて嬉しいとみえる。しかし、ご本人が「らいおん」の着ぐるみに入っているキャラクターを発表し、浮かれている彼を見て私は思う。ライオンは、自分よりも確実に弱い動物を、本当にお腹がすいてから獲物にする、実は気の弱い猛獣なんだ。特にオスはさ。

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10.野党3党で国立墓地整備を提案 (2001年6月24日付 日経新聞より)

 民主・自由・社民の野党3党は、小泉純一郎首相が靖国神社へ参拝する意向を示していることを受け、宗教色のない国立墓地を整備することなどを盛り込んだ共同提案をまとめる方針だ。国立墓地の設立に前向きな公明党にも同調を迫り、与党側の足並みの乱れを誘う狙いがある。

 続・続・誰のためのお墓か  

 昨日の東京都議会選挙で、自民党が予想以上の議席を獲得した。公明党は全員当選の大躍進。民主党は議席数自体は伸ばしたものの当初の目標を大幅に下回り、社民党は0を1に伸ばしたけれど、自由党は0議席のまま。とまあ、どうみても、小泉人気爆発で野党の影はすっかり薄い。選挙応援演説にやってくる小泉ひと目見たさに行く先々人だかりになっていたことと、この結果がどう関わっているのだろうか。何だか分からないけれど、やっぱり相変わらず期待が大きいということだろうか。それとも単なる人気先行?ひょっとして、この期に及んでも東京都民何も考えていないのかもしれない。いや、これがムード派ニッポンの現状なのかもしれない。悲しいけれど。次の参院選の前哨戦といわれていたけれど、これでますます日本は五里霧中状態だ。

 さて、国立墓地整備の提案ニュースは日経新聞でけっこう大きく扱われていたけれど、この状態では実現はおぼつかないという感じもする。あの党首討論でも、小泉さんは「語気強く、意志ははぐらかす」戦法で巧みに煙に巻いていた。どの党首もそれを打ち負かすことができなかった。ならば、今度は3人寄れば文殊の知恵とばかり、おまけに実は宗教色バリバリの公明党まで巻き込んで「宗教色のない」墓地を作ろうというから、ちゃんちゃらおかしい。公明党が首相の靖国神社発言を苦々しく思っているのは何故なのかと考えれば察しもつくけれど。ここまで宗教を避け(タブー視して)、きれい事にして、お墓までも政権奪取の道具にしなければいけないのか。これでは戦没者も浮かばれない。ただただ靖国参拝にこだわる小泉さんの方がまだ、純粋に見えてくるじゃあないの。 

 政教分離の精神と、心の問題にどこまで真摯に立ち向かえるのか。哲学なき政治の混迷が、SO−TAI−KIを立ち上げてからほんの2ヶ月でお墓問題にまで及んでくるとは、なんとも皮肉な話である。まあ、大方の人は「そんなこと、どーでも」と思っているだろうけど。

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