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「お墓」から社会が見えてくる

Journal d’Ohaka

最近のニュースから、お墓にまつわる話題を取り上げたコラム・コーナーです。


<2001年6月までのコラムはこちら>
<2001年7月までのコラムはこちら>

<もくじ>
1.スウェーデンの散骨墓地「追想の木立」  (2001年9月24日付け アエラより) 
2.宇宙葬ロケットが墜落  (2001年9月22日付け 日経新聞より)  
3.アフガン空爆で犠牲になった国連職員を埋葬 (2001年10月10日付け 日経新聞より) 
4.ジョージ・ハリソン氏死去。遺灰はガンジス川へ (2001年12月3日付け 日経新聞より)
5.NYテロの犠牲者、別人のお墓に埋葬 (2001年12月3日付け 日経新聞より)
6.墓石の高級品、庵治石の産地復権への動き (2001年12月24日付け 日経新聞より)


1.
スウェーデンの散骨墓地「追想の木立」  (2001年9月24日 アエラより)

 土葬がいまだ主流のヨーロッパにあって、スウェーデンは都市部では90%ともいわれるほど火葬率が高まっている。その遺骨の多くが雑木林や丘の一角に設けられた「ミンネスルンド=追想の木立」という散骨墓地に撒かれるようになったという。スウェーデンでは昔ながらの土葬、遺灰の埋葬など、お墓は本人の遺言に沿って建てられ、費用は10万〜40万円。

つまりは、自然に還ること

 私が最初にお墓に興味を持ったのは、陰気臭い日本の墓地に比べて、欧米のお墓がとてもきれいで驚いたからだった。そのことが「死」への考え方にも共通するのかもしれない。つまり、死生観。いまだに「驚き」のレベルで終わっていて、なかなか先に進めないのだが、アエラに載っていたお墓のレポートを読むにつけ、お墓への関心が確実に高まっていることを実感する。皮肉にも、この号のアエラは、ニューヨークの世界貿易センタービルに飛行機が激突し、爆発の火花が炸裂している表紙、そして同時多発テロ事件を大々的に特集している。その中で密やかに紹介されていたレポートがこれ。スウェーデンのお墓にも並々ならぬ興味を抱いている私にとっては、テロの特集記事よりも価値があったといえるだろう。

 アエラでは「ミンネスルンド」の他に、世界遺産にも登録されている「スコーグシュコゴード=森の墓地」も紹介されていた。別の資料では「スコーグシュコゴーデン」と表記されているものもあるが、おそらく同じところだろう。首都ストックホルムからわずか南に7kmにある約96万uもの広大な敷地に葬祭場と霊園があり、1915年の着工から23年をかけて完成したという歴史的にも価値のある墓地だ。写真で見る限り、木立の間の芝生に点在する墓石は高さがあまりなく、いたってシンプル。年代によってお墓の形式にも個性があるという。世界的大女優、グレタ・ガルボもここに眠っている。

 それにしても、「追想の木立」といい「森の墓地」といい、ネーミングの素晴らしいこと!北欧は、一応キリスト教の文化圏に属しているが、自然崇拝的な世界観がまだ息づいているそうだ。それはそうだろう。冬の寒さ、短い春夏の煌めき、深い森に囲まれ、その厳しさと恵みを享受してきた人たちが、自然と寄り添わずしてどうして生きていけるだろう。だからこそ愛する人の死も、森の中で癒してきたのかもしれない。「死は必ず訪れるもの。人の命もいつかは自然の中に還っていく。そして魂はやがて再生する」という独自の発想が、葬送のスタイルを形成してきたのだ。それでいえば、日本には八百万の神さまがいて、自然信仰に近い部分もあるのだけれど、残念ながらこうはいかない。費用も、日本では考えられないほど安いが、これは国土と人口の問題が大きいといえるだろう。とはいえ、「ミンネスルンド」も「スコーグシュコゴーデン」も、これからの墓地の理想形として日本でも注目されつつある。「ああ、一度訪れてみたい」。

 そう思う私を、あなたはやっぱり「変わった奴だ」と笑うだろうか。

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2.宇宙葬ロケットが墜落  
(2001年9月22日付け 日経新聞より)

 アメリカ東部時間の9月21日午後2時頃、カリフォルニア州バンデンバーグ米空軍基地から打ち上げられた小型ロケット「トーラス」が、打ち上げに失敗。午後2時49分の打ち上げから85秒後にインド洋に墜落した。このロケットには、新型オゾン層観測衛星ほか、日本人14人を含む、50人の遺灰が積まれており、「宇宙葬」が行なわれる予定だった。

星を願う人々

 SO−TAI−KIのリンクページでも紹介している「宇宙葬」。このニュースを知って、思わずサイトを訪ねてみたら、いま現在表紙には「9月21日第4回打ち上げ決定!」の文字が躍っているばかり。おまけに「ネット上のリアルタイム中継」の案内までしてある。試しにクリックすると、なんと打ち上げ風景を見ることができた。http://www.uchusou.com/

 ニュースの通り、いったん打ちあがったロケットは急に水平になり、そして落下。画面は砂嵐になって終わった。Oh My God!

 画像はこの宇宙葬のサービスを運営しているアメリカのセレスティス社のサイトにアクセスすることで見ることができる。その中に今回宇宙葬に参加された日本人14名のうち7名について氏名・写真・遺族のメッセージが載っているページがあった。一面識もない人々なのに、読んでいるうちに涙がぽろり。どなたも精一杯人生を送っておられた。高齢の方もおられるけれど、わずか23歳で亡くなった学生さんもいる。遺族のメッセージが、またたまらない。

 大切な家族の死を何とか乗り越え、100万円を出しても、どうか星になって空から見守ってほしいという遺族の思いを込めたロケットが、その願いを叶えることなくあっという間にインド洋に落ちたのだ。(こともあろうに、今まさに新たな戦争の舞台になろうとしているインド洋に!)中には打ち上げを現地まで出向いて見守った遺族もおられたようだが、そこまでしたのに失敗するなんて、なんと無念なことだったろう。1回の打ち上げに必要な遺灰は7g。失敗した場合でも契約は続行されるそうだが、ショックはいかばかりかと思う。

 星になるつもりが、海の藻屑と消えた14名の遺灰。一見ロマンティックな宇宙葬にもこんなリスクがあったのだ。

 その後、過去3回成功している宇宙葬の参加者一覧のページをのぞいてみた。日本人は第3回目から参加しているけれど、ほとんどはアメリカ人だった。『スタートレック』の著者、ジーン・ロウデンベリーも参加しており、その他も『スタートレック』が大好きだったという人が多い。間違っても『スターウォーズ』じゃないんだね。
 
 ちょっとのぞくつもりがほとんど全員の人生と死に遭遇。ぼろぼろ泣いてしまった。長生きしても、早世しても、家族にとっては唯一無二の存在。人は誰でも代替のきかない人生を生きているんだなあということをひしひしと感じる。宇宙に打ち上げられると、遺灰の入ったカプセルは約1000年間、軌道上を回り続けるのだそうだ。空から見守ってくれているという安堵感、空の下から見ていてくれる安らぎ。宇宙葬の意味を、あらためて感じたニュースだった。墜落したロケットの50人にも早く安らぎが得られんこと、心から祈るばかりだ。

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3.アフガン空爆で犠牲になった国連職員を埋葬 
                            (2001年10月10日付け 日経新聞より)

 10月9日、アフガニスタンの首都・カブールを襲ったアメリカ軍の空爆により、国連関連の非政府組織(NGO)の地雷除去組織「アフガン・テクニカル・コンサルタンツ」のアフガン人警備員4人が命を落とした。同10日、関係者はこれまでの内戦で亡くなった数千人が眠る墓地に、犠牲者を埋葬。葬儀には数百人が参列した。

いったい何のために

 10月8日にアメリカがイギリスと手を組んで始めた報復的攻撃。翌日からはアメリカ単独で空爆を続行。3日続けての攻撃を終え、アメリカは「アフガンの制空権を確保した」と発表し、ブッシュ大統領は「今や米軍機が脅かされることなく自由に飛べるようになった」と記者団に答えている(日経新聞より)。その一方で、今回4名の民間人を犠牲にしたことについては「どこの攻撃によるものか確認する情報がない」「目標の選定にはあらゆる注意を払っているが、戦闘では予期せぬ損害は起こりえる」というコメントを発表するにとどまっている。爆弾を落としておく一方で援助物資も投下する。そしてますます昂ぶる戦意。こいつら、どこまで傲慢なのだ。

 もともとは旧ソ連の置き土産だった地雷。無数に仕込まれた地雷を踏んで足を吹き飛ばされ、不自由な体を強いられている人々の姿をTVで観た。その除去作業に当る組織で働いていた彼らが、今度はアメリカ空爆の犠牲になるとは、あまりにも不条理ではないか。新聞には埋葬風景の写真が載っていたけれど、墓石があるお墓はまだましな方で、斜面に杭か細い石塔があまりにも無造作に立ててあるだけのお墓が並んでいた。あるいは、難民がひしめく村ではただ土をこんもりとかぶせただけのお墓が、荒れ野に累々と並んでいるだけの風景も目にした。こんな悲惨な状況下でも、死者を弔い、土に帰す儀式には心を尽くすのだ。

 アンケートによると、アメリカ国民の約90%は今回の空爆を肯定しており、「空爆でアフガンの民間人に犠牲者が出るのはやむを得ない」と考えている人は約60%に上ると、FMのニュースで伝えていた。恐ろしい。タリバンのテロリストたちがアメリカに行なった行為と何が違うのだろう。

 さっき、ネットでニュースを見ていたら、アメリカのペイジという教育長官が、全米の公私立小中学校10万7000校の校長に「愛国心を示すため12日午後2時、全米の子供たちが同時に『忠誠の誓い』を暗唱しよう」と呼びかけたという。今回の報復について、アメリカ人は子どもたちにどんな説明をしているのだろうと思っていたけれど、国を挙げて愛国心を子どもたちに強制する動きに出ているのだ。もともと愛国心で団結してきた国民性は周知のことだけれど、これでは反戦を訴える人はまるで非国民ということだ。戦争は、誇りある民主主義さえも骨抜きにするということを、まざまざと実感する。そういえば日本でも国旗掲揚をめぐってひと悶着あったけれど、一度勢いのついた流れに逆らうことがどれだけ大変か。私たちも心せねばならないだろう。

 この記事の横に世界貿易センタービルの倒壊によっていまだ行方不明になっている富士銀行の人たちをしのぶ会がニューヨークの教会で行なわれたニュースが載っていた。がれきの下で、遺体さえ見つかる可能性のない人たちを、どのような形で土に帰してあげられるのだろう。想像しただけで、苦しくなる。怒りは収まることを知らず、そして新たな恐怖にもおののいている。愚かすぎる。

 この事件から明日で1ヶ月。私たちはもう、あの1ヶ月前の私たちには戻れない。


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4.ジョージ・ハリソン氏死去。遺灰はガンジス川へ 
                    
(2001年12月3日付け 日経新聞より)

 11月29日にがんのため亡くなった元ビートルズのギタリスト、ジョージ・ハリスン氏は、死去発表前に荼毘に付され、家族だけの葬儀をひっそりと済ませていた。遺灰はインドのガンジス川にまかれる予定。これらは故人の希望だった。

最期こそ静かに

 ジョン、ポール、リンゴ、そしてジョージ。本来、バンドではヴォーカルに続いて花形スターになるべきリードギタリストのジョージ・ハリスンは、カリスマ的なジョンとポールの影に隠れて、常にビートルズのナンバー4の地位に甘んじた。その解散からすでに30年。ソロで活躍するも、端正な顔立ちとは裏腹に、後半生はさらに地味なものになったような気がする。もちろん、“Something”に始まり、“ギターが泣いている”“マイ・スウィート・ロード”など、ヒット曲もあるにはあるが、スタンダードの域には残念ながら達していないのではないか。あそこまで伝説的なビートルズのメンバーとして、ジョンはまさに伝説になり、ポールは現役街道をひた走り、リンゴはどうだか知らないが、少なくともジョージこそ、その後も「元ビートルズ」という冠をつけられ続けた人だった。さぞや耐えがたい苦痛だったろう。しかも、ギターの神さまと崇められ、今も大スターとして君臨するエリック・クラプトンに奥さんを寝取られちゃったり、淋しいイメージはいつもついて回った。中学時代、姉の友人に熱狂的なジョージファンがいたけれど、彼女は今、ジョージの死をどのように受け止めているだろうか・・・。

 二度のガンを克服したかに見えた彼は、結局脳腫瘍で命を奪われた。享年58歳。思えば、まだ若い。闘病中にレコーディングしていたそうで、そのCDを発表することが、彼にとって最期の夢だったようだ。亡くなって初めてその価値を認められるとは、アーティストによくある話だけれど、彼こそまさに、死して本当の真価を問われるのかもしれない。

 葬儀費用は日本円でわずかに6万2000円だったという。かつてシタールを弾いたり、インド音楽に傾倒したことから、火葬を望み、遺灰をガンジス川に流すという思いに至ったのだろう。けれど、そうなるとペール・ラシェーズのジム・モリソンのように、ファンが墓参したくてもできないわけで、インドにジョージの面影を求める若者がインドに殺到するかも(それもないか・・・)。いずれにしても、ファンに大騒ぎされるより、ただ家族だけに見送ってほしいという彼の願いは、ネームバリューに比べてあまりにもささやかだ。自分の意思とは裏腹に音楽シーンやメディアにもてあそばれた彼にとって、結局、ALL I NEED IS LOVEの境地とはこういうことなのだろう。

ご冥福を心よりお祈りしたい。

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5.NYテロの犠牲者、別人のお墓に埋葬
(2001年12月3日付け 日経新聞より)
                           
 アメリカの同時多発テロで世界貿易センタービルの救出活動中に亡くなり、埋葬された消防士が別に犠牲となった消防士の遺体だったことが発覚。周囲に新たな悲しみを誘っている。

悲しきDNA鑑定

 NYのテロ事件に世界が震撼して、もうすぐ3カ月がたとうとしている。あれほど衝撃的で痛ましい事件。しかも現場ではいまだ多くの行方不明者がいて、アフガンへの攻撃では民間人は犠牲になっているのに、本丸をまだ見つけられずにいる。けれど、どうだろう。私たちはもはや、この事件を過去のものとして風化させてしまいつつあるのではないだろうか。雅子さんのお産で「国内の経済効果」だけを期待するように、世界で起こっている新たな悲しみに、目をそらそうとしているようにも見える。

 正直なところ、このニュース、私もうっかり見過ごしていた。NY市ではこの事件で、343人の消防士を失ったという。そのうちの2人の犠牲者の間で起こった遺体確認ミス。最初に本人だと確認されたグアダループ氏の葬儀には、本当の本人(変な言い回しだ)サントラ氏の家族も参列したそうだ。アメリカの映画で時々葬儀のシーンを目にするが、だいたいにおいて葬儀は墓地で行なわれ、参列者が回りを囲む中、大きく掘られた穴に棺が沈められる。参列者がその棺に少しずつ土をかけ、完全に埋めてしまうのを皆で見届け、花を手向けるというようなものだった。だとすれば、サントラ氏の家族は、自分たちの息子が眠る棺を別人のものとして見届けたことになる。彼の父親は「遺体が見つかるまで絶対に葬儀はしない」つもりだったというから、これは悲しみ以上に苦しい経験だ。

 一方、たとえ遺体であれ、見つかったと安堵したグアループ氏の家族も辛い。葬儀は10月1日に行なわれた。しかしDNA鑑定によって事実が明らかになったのは11月27日。少しずつでも何とか心の整理をつけたかっただろうに・・・。すべては振り出しに戻ってしまった。

 今回のような確認ミスは初めてのケース。5千人ともいわれる犠牲者の中で、遺体が確認できたのはまだ450人程度だというから、見つかる事自体、奇跡に近い。残る遺体の救出・確認作業をする人たちのご苦労もいかばかりかと思う。DNA鑑定が遅かったことを責めるのも酷だが、科学の非情さを見せつけられているようでもある。一度土に埋めた棺が、本当の葬儀・埋葬をいつ迎えるかについては、記事では触れていない。
 
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6.墓石の高級品、庵治石の産地復権への動き 
                           (2001年12月24日付け 日経新聞より)
                           
 高級墓石としては日本三大石材産地の1つと謳われる香川県牟礼町の庵治石。80年代後半は低価格の中国製に押され、シェアは1割にまで落ち込んだ。そこで昨年度より地元の讃岐石材加工協同組合が産地復権計画に着手。現代的な墓石の新開発とともに、若き芸術家の卵たちに庵治石を使った創作体験ツアーを実施するなど、産業としての庵治石のバリューアップを精力的に行なっている。

墓石の意味

 11月半ば、日経新聞夕刊で「メモリアル新事情」6回シリーズが連載された。実は、2年前の日経夕刊でも「現代お墓事情」として移り変わるお墓のありようが取り上げられたのだが、「メモリアル新事情」は、その続きというよりも、ほぼ同じテーマの焼き直し。つまり、「お墓をどうするか」というテーマは、ここ数年の“トレンド”なのだ。

 どちらも、お墓不要論、墓石のニューデザイン化現象、自然葬への関心という内容が取り沙汰されている。お墓=墓石への考え方が変わりつつある今、従来の辛気臭い日本的なお墓は敬遠され、単なる先祖を祀る目的から、“自分らしい終の棲家”を求めている、というわけだ。

 森謙二著『墓と葬送の現在−祖先祭祀から葬送の自由へ−』によると、日本の墓石は明治に入って急に大きくなったという。墓石の大きさがその家の財力をあらわすバロメータになり、その後度重なる戦争による戦死者の増加によって記念碑的としての巨大な石碑が数多く建立された。その結果、共同墓地における土地の権利も高騰し、お墓の大きさは貧富の差を象徴するものにもなった。富める者はますます「立派な墓石」に執着し、家父長制度に代表される「お家存続」の縛りへとつながっていったようだ。

 ところが、資本主義社会が浸透していくにつれ、地方から都市部へと人口が移動。立派なお墓を守る後継者問題が浮上する。同書の中でも民俗学者の柳田国男が、昭和6年の著作で人口流動が産土思想(生まれた土地の守護神を祀る思想)の分解を招いていることや、「先祖」を祀るお墓の無縁化を警告していたと書かれているが、現代人が「お墓はいらない」と言い出した背景にある、「後継者不足問題」は、すでに70年前から今の状況が読めていたことに、驚かされる。

 牟礼町の庵治石は最高級の花崗岩の産地として400年以上の歴史があるという。つい先日もねぎやしいたけのセーフガード問題で、日本と中国が狡猾な綱引きを繰り広げていたけれど、墓石も中国産に席巻されていたとは。「国産品は高い」というのは、どんな業界でもいまや常識だけれど、墓石にもすでにユニクロ化が進んでいたのだった。

 LIVREでも紹介した横田睦著『お骨のゆくえ』によれば、花崗岩は地球上でもっとも多く分布する石の一種で、「御影石」とも呼ばれている。断熱・耐火性に優れ、加工がしやすいという特長があり、
磨いた光沢の美しさでも知られている。エジプトのピラミッドの表面を被っていたのは花崗岩で、完成したばかりのピラミッドは宝石のようにまばゆかったのでは、と横田氏も書いている。世界的彫刻家のイサム・ノグチがこの庵治石に惹かれ、牟礼町にアトリエを構えていたのは有名な話だ。(偶然だけれど、別冊SO−TAI−KIでちらっとその話に触れている。今になって墓石にまで話題が及ぶとは奇遇といえるかもしれない)

 さて、牟礼町の讃岐石材加工協同組合が庵治石の魅力をアピールするために実施した体験ツアーでは、東京・金沢・京都の芸術系大学の学生を招待して、石彫刻の創作に挑戦してもらったり、来年2月には一般消費者を招いて採石現場やイサム・ノグチ庭園美術館の見学を予定しているという。肝心の墓石では、ユニット式の墓石「+cube」シリーズを発表。20p角のキューブを組み合わせ、墓石の形を自由にデザインできるというのが売りで、石を加工する工程でできる石片が有効利用できるというまさに“一石二鳥”な商品でもあるとか。ちなみに価格は工事費込みの140万円。従来は標準タイプで250万円だったという。デフレ不況の時代だけに、最高級の看板にあぐらをかいてはいられないというわけだ。それでも80万〜100万円の中国製には負けている・・・。

 とはいえ、問題はお墓のあり方。お墓を買う場合の摩訶不思議はさまざまに語られている。次々と生まれる民営墓地は宗派や宗教の有無を問わず利用できるという触れ込みで勧誘するのだが、土地の区画と抱き合わせにして墓石を売る石材店のあり方や、「永代供養」を謳いつつ、何が“永代”なのか実態が明確になっていないなど、疑問も指摘されている。

 共同体が存在していた時代から、“個”を尊重する時代へ激変する中、墓石の問題は解決がつかないまま、まだまだ漂流していくようだ。「こんなお墓で眠りたい」「お墓はいらない」というエゴイスティックな希望も含め、あるいは社会や家族との関係、法整備までも包括して、いつかは直面する問題だけに、頭の片隅におかなければいけないのは確かなのだけれど・・・。

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