エピローグ
さわさわさわ…
近くの木々の葉が風に揺られて音を立てている。
元北バーミアン帝国の首都ファルクの見える丘に二つの石碑があった。
その二つの石の前には一人の女性が立っている。
「いつからそこにいたんです?」
女性の後ろから話し掛けたのはまだ顔に幼さを残している青年だ。
「そうね、一時間くらいかしら。レイチェルとロウィーナ姫は一緒じゃないの?」
女性、シャナ=ディス=ラシュターは後ろを振り向きながら答える。
「もうすぐきますよ。あの二人すっかり意気投合しちゃって俺の入るまがなくなって」
青年、フォルケル=クラークもといエラード王国第三王子アリオーンは苦笑する。
「どうやらお前達になら平和にやっていけそうだな」
フォルケルの後ろからはレイチェルとロウィーナの他にも、ファナとフォーブス、ギルバート、そして現ナイツテンプラス団長のアレックスや、第一天使イシュタルの姿も見える。
「兄さんに義姉上、それにアレックス団長もすみません、出発の準備に忙しいのにわざわざ呼び出して」
「しばらくここに帰ってこれないかもしれないからな。とりあえずここには来ておかないと」
ヴォルストが大司教サディルとあっている最中に突如悪魔が乱入、大司教サディルはルシファーに殺されている。
そのために現在アスシオン大陸のナイツテンプラスはただでさえ、団長不在の状態に輪をかけて混乱しているという。
これを収集し、アスシオン大陸の異教徒と和平を結ぶためにフォーブス、ファナ、アレックスの三人は、戦後処理もそこそこにすでに海を渡る準備を終えている。
もっとも、ファナのたっての頼みで、時間を作り二人の結婚式はささやかながらに挙げられている。
ファナはアラディーをギルバートに、フォーブスはすでに王位継承権を放棄してエラードをアリオーンに任せている。
「それにしても・・・な、できれば貴公とは一度ちゃんとした形でお手合わせ願いたかった」
ナイツテンプラス団長アレックスが片方の石碑に語りかける。その石碑にはライヴァスの名が刻まれている。
ライヴァスはルシファーの本拠地を強襲した際、ルシファーが仕掛けた最後の罠からみんなを守るために散った。その際シャナとヴォルスト、フォ−ブスも運命をともにしたと思われたがライヴァスの機転で助けられたようだ。
たった二人で、クラーヌ教の’神’の元へと向かったフォルケルとギルバートの窮地を助けるために三人第二天使ヴォーダンとの戦いには駆けつけた。
後から第三天使シヴァと戦い、駆けつけた長老ロキ、レイチェル、ファナと合流し第一天使イシュタルをも退けた一行は’神’との戦いで、結界を張り、すべてを終わらせた。
現在彼らは何者にも束縛されることなく暮らしている。
その典型が第一天使イシュタルだ。彼女は今地上の情勢を調べるために人間に干渉しギルバートと共に暮らしている。
「あいつはどうした?」
フォルケルは今集まっているメンバーに足りない人物に気がつく。
{おまえがよけいな世話を押しつけたおかげで忙しいんだよ」
そういいながら空中から降ってきたのはヴォルストだ。その傍らには竜の翼を広げだヘルが浮かんでいる。
彼は最後の戦いにおいてその使命を負えた白き狼の精神を封印し、今は正真正銘のヴォルスト=アルバ=ラシュターとして暮らしている。もっともよほど親しい人物でなければ彼の変化には気づかないが。
長老ロキと銀狼フェンリルはこの戦いで極度に消耗したため、すでに故郷の島に帰っている。ヘルは魔族と人間の友好を深めるための使者としてバーミアン大陸に残ることになった。
「だが、実際におまえ以外に適任はいないだろう」
すべてが終わった後に残った問題は大きかった。この疲弊した大陸を立て直すため、南部諸国のリーダーであるアリオーンは大陸の統一を提案した。
さすがにそれは受けいられなかったが、各国が代表者を出した会議とその会議にある程度の権限を持たせることには同意がなされた。
ヴォルストはその会議の初代議長に選ばれたのだ。彼は三年で大陸を立て直すと宣言し、文字通り、呪いの解けた体で日夜大陸中を飛び回っている。すでにアラディーの港では戦前以上の活気があるという。
「次の議長はおまえだからな、覚悟しておけ」
実際にはアリオーンを議長にという声もあったが彼がまだ国勢になれていないために遠慮されたのだ。今はエラードで気ままに国王もどきをやっている。フォーブスが王位継承を放棄した今第一王位継承権は彼にあるのだがしばらくは王位を継ぐ気はないようだ。
レイチェルはその身元を大々的にあかし、ヴォルストが後見人となって今はエラードで暮らしている。
シャナは戦後の会議で必要なことだけをすませるとさっさと隠居しふぁるくに移ったシスター・リーマの孤児院で彼女を手伝っている。
「じゃあ、この先このメンツがそろうのは三年後かな」
ギルバートが名残惜しそうに言う。すでに彼らは各国の復興事業の中心人物となっているそうそう好きに行動はできないのだ。
「とりあえず今日は全部が一応の終結を見たことを二人に報告しないとな」
フォルケルの言葉に全員が頷いた。
一通りの会話が終わった後、一人を除いて一同はそろって丘を降りていった。今日ばかりは彼らも夜遅くまで語り合うことだろう、今までの、そしてこれからのことを。
「どうだい、自分の墓を見物する気分は」
たった一人残った人物、ヴォルストは後ろから近づいてきた男に語りかける。
「あまりいいものではないな。壊したくなってくる」
浅黒い肌と真っ赤な髪が特徴のまだ少年といっても良さそうな年齢の人物だ。
「でもシャナに言わなくて本当にいいのか。さっきのあいつを見ただろう、ほとんどリビングデッドだぜ、あれ」
「かまわないさ、俺は死んでいた方が何かと便利だからな。しばらくは本名ででも表世界に出るつもりはない」
「ふーん、で、これからどうするんだ?」
「とりあえずはおまえの手伝いをするつもりだ。おまえほど器用にはできないだろうが俺なりのやり方でやれるだけやるさ」
「そうだ、確認しておくがちゃんともらってくれるんだろうな、妹を」
「・・・約束の十年が過ぎれば会いに行くつもりだ」
「ここに来て約束かい。気障だねえ」
「ふん」
その男、ライヴァスは自らの墓標に背を向けると丘を下っていった。ヴォルストもその後に続く。
2年の間に二度の戦乱に見舞われたバーミアン大陸は徐々に復興の兆しを見せ始めた。
世界有数の商人ヴォルストは宣言通り三年で大陸を建て直すべく、多額の私費を投入して戦乱の爪あとが深く残る南部諸国を中心に貿易網の拡大を目論んでいる。
フォルケルはヴォルストの助言を受けながら異教徒の国々との貿易も考えているようだ。相変わらず即位をしないため国の内政はいろいろ複雑になっているが、フォルケルはそれを国内の膿を取り出す絶好の機会だと思っているらしい。
ギルバートはファナの不在で好き勝手をやっている各部族を少しでもまとめるために平原を奔走している。そのそばににはいつもも背中に翼の生えた天使が付き添っている。近々結婚も考えられているようだ。
レイチェルはエラードで暮らしているが、彼女のことを快く思わないものもいるようだ。最もそんなことを気にして行動を自粛する彼女ではない。今では二匹の使い魔を自在に操り、城内で密偵もどきをしている。
フォーブスとファナは砂漠の大陸で部隊を後退させ異教徒との話し合いに入った。だが両者の溝は深くなかなか和平は成立しそうにない。
シャナはシスター・リーマの孤児院を手伝いながら、指導者がいなくなり、不安定になっているファルクの相談役として働いている。時には再び槍を取ることもあるようだ。
ロキをはじめとする魔族たちは、徐々にではあるがクラーヌ教の国々と交流をはじめている。もはやロキは隠居を決め込んでおり、フェンリルとヘルの親子が実質的に魔族の先頭にたっている。
最後に、ヴォルストが元締めの傭兵ギルドに最近凄腕の傭兵が現れたという。真っ赤な髪を持つ彼はR・Rと名乗り、自ら混乱の存在する国々に向かい、国の中を引っかきまわしているようだ。
彼らはこれからも数多くの困難に立ち向かうことになるだろう。だがそれはそれで別の物語である。