黄金の月





 ささやかな光に透けて、銀が舞っているように見えた。
 イルカは目を眇めてカカシへと手を伸ばす。
 いま住んでいる部屋の寝室は、窓の下にベッドがあって、こうやって抱き合えば、窓からの明かりは偶さかにカカシを照らす。その様がいつも、綺麗だとおもう。

「―――どうしたの?」

 掠れた、すこし余裕のない声が降ってきた。イルカが行為中にカカシに手を伸ばすことは多いが、こうやってカカシの髪に指を滑らせれば、その手をとられて口付けられる。
 カカシは行為の最中に、イルカが触れるとたまに嬉しそうにした。
 そういうとき、この人はきっと本当に寂しい人なんだと思う。きっと、体温にいつも餓えている人だ。そしてそんなカカシに手を伸ばすときに、言い知れない喜びが沸くことを、イルカはカカシに言っていない。言わないことを、とうの昔に決めている。
 泣いたあの晩から、ふたつの季節が巡った。


「銀、いろだと…、は、あぁ…っ」


 イルカの中で、カカシが蠢いた。もう覚えてしまったある場所を、イルカを我慢をためすように、掠めては奥を侵してくる。

「うん、なに?」
「…、ただ、銀色だと、おもって…や、…ぅん!」
「そう」

 取られた手が、ぐいっと引かれて、イルカは体ごとカカシに抱きしめられる。汗ばんだ体が、ぴたりと隙間なく重なり合って、繋がった部分から快感が広がってくるように感じた。イルカは背をしならせて、自分からも腕をまわす。カカシの背はやはり、銀色の粉を思わせて冷たく、けれど、ぎゅっとしがみつけばすぐに熱く感じた。
 カカシを受け入れるために、いっぱいまで広げた自分の脚をみれずに、イルカはカカシの首筋に顔を埋める。浅ましく、もっとと言いそうで、吐息だけを漏らした。
 カカシの掌がイルカの腰を掴んで、きつく抱きしめる。

「はぁ…ッ、も、カカ…――」

 抱きしめられ、酷くカカシを感じた。いっそう奥まで穿たれ、体の全神経がその刺激に集中する。いっぱいまでカカシのもので充たされ、体が震えた。熱い。
 言い切れなくて、カカシの背に回した手を、密着した体の隙間に入れようとすれば、またカカシに捕られる。

「だーめ」

 いきたいのに。達したい、のに。
 さっきから後ろからの刺激ばかりで、立ちあがって蜜を流し続けているイルカには、カカシはまったく頓着していなくて。
 さっきの抱きしめられた拍子に、カカシの肌が擦れて、もう少しでいけそうだったのに。
 酷い、とカカシを睨めば、余裕のない色の目が、笑った。

「俺と一緒に」

 ぞく、と甘い声音に体が勝手に竦んで、イルカはカカシに口付けを強請った。舌を絡めて、しゃぶりあって、唾液を混じり合わせてキスをする。脳のなかまでカカシで埋め尽くされるような感覚に、瞼を閉じれば、カカシの息遣いが聞こえた。
 イルカと変わらない荒い吐息。熱い、色。
 カカシの指はイルカの身体をなぞり、さっきから触ってほしいと蜜を溢れさせているイルカ自身にやんわりと絡みついた。
 イルカの唇から、溜息のように熱い吐息が漏れる。
 銀色の光が笑う。
 言葉もなく、律動が激しくなった。
 しっかりと抱えられた腰に叩きつけるようにカカシの熱量がイルカを侵食し、イルカの熱はいまだにカカシの指の先に留まって。

「や、あ、あぁ、…も、ぅ…ッぅ、ん…っ!」

 揺さぶりに喉から漏れる吐息が止まらない。
 いたたまれずにカカシにしがみつく。
 カカシは大きく腰を引き、喘いだイルカに激しく突き入れた。

「ああぁ……!」

 ぐりっと強く指がイルカ自身を弾いたのは同時。
 閉じた瞼に光がはじけて、イルカは精を吐き出した。
 一瞬遅れてカカシが白濁をイルカの中へと注いだ。







「今日は月が綺麗だね」

 荒い吐息を、抱き合ったままで整えたあと、ふいにカカシがいいだした。
 いままでそんな情緒的なことをついぞ聞いたことがなく、イルカはカカシを見つめてしまった。カカシは噴きだす。

「ほら、銀色だっていったでしょ、イルカさん」

 ああ、とイルカはだるい身体を肘で支えて上げる。そうすると、ベッドのすぐ上にある窓、カーテンの隙間から月光が差し込んでいるのが、室内の埃がきらきらと照らされて、分かった。今日も満月じゃないな、とぼんやりとイルカはカーテンの隙間を見つめる。
 にゅっとカカシの腕が伸びてきて、イルカを抱きしめた。

「月が、好きなの?」

 他愛無い問いに、イルカは首を振った。

「好きなわけじゃありません」
「そう? じゃあ」

 カカシはその銀色の髪を、綺麗な指で摘み上げた。

「銀色の髪の毛は?」

 イルカはそれをじっと見つめた。ややあって指を、カカシが摘み上げているそれに沿わせる。すこし硬い。さらさらとしていて、ささやかな光沢を映すそれは、とても綺麗だとおもう。カカシの白い肌に、とてもよく似合っている。その眼も、唇も、声も。とても綺麗で、一番綺麗なものが、その髪の色だとおもう。
 つ、と引っ張って、イルカはその髪に口付けた。
 そのイルカにカカシは苦く笑った。


「好き、なの?」


 なおも訊いてくる様子が、言質をとりたがっているようだとイルカは思う。
 カカシは綺麗。銀の髪も綺麗。
 綺麗だけど、好きとは違う。
 心が奪われるようだと思うだけだ。
 そして、そんな自分を愚かだと。
 しょうがないと、思うだけ。


「好きなわけじゃありません」
「そう」


 またカカシが声をたてずに笑った。
 その笑んだ唇は、イルカの唇をかすめ、額にも一度。


「おやすみなさい」


 カカシの腕と汚れたシーツにくるまれて、イルカは瞼を閉じることにした。
 瞼の裏には、光に舞う、銀と黄金が、つかのま煌めき、やがて消えていった。



2003.6.11