かわりになってよ







 カカシが、イルカを訪れたのは結局それから二ヶ月後だった。
 イルカにしても任務は外務も含めて、自宅にずっといるわけでもない。ましてやカカシにいたっては里にいるほうが珍しいだろう。その二人が同時に里にいるとなれば、それぐらいの期間は空く。イルカはそれをなんとなく思い浮かべて予想していたので、思い煩うでもなく、反対に二ヶ月ぶりにカカシが戸を叩いたとき、まだ覚えていたのかと驚いたほどだった。

 「こんばんは」

 以前と同じ文句。意外と礼儀正しいのは、前回知っている。イルカは、暗部装束のままのカカシを中へ招きながら、勝手な人だけど、とこっそり付け加える。負け惜しみのように。

「―――…風呂、沸いてますよ」
「そう」

 イルカの腰へ腕を回し、口付けを強請るカカシ。

「イルカさんは入ったの?」
「いえ、まだですが…」

 カカシの体温は低い。夏向きだ。だが、扇風機しかないイルカの家は夜になっても暑く、いくら体温が低いといっても、ぴたりとくっつけば暑かった。身を捻って、カカシから離れようとしながら、嫌な予感を覚えた。

「じゃあ一緒に入ろうか」
「俺の家の風呂は小さくて、一緒には入れません」

 嫌な予感はしっかり当たって、イルカをげんなりさせた。この暑いのに、さらに暑いことをしてどうするのか。

「残念。じゃあイルカさんが先に入って」
「でも…―――」

 カカシのほうが疲れているだろうにと、躊躇えばカカシは茶化すようにいった。

「俺が先だと、我慢できなくなるでしょ」







 二ヶ月ぶり、だというのに違和感はまったくなかった。
 それどころか、以前は掠めるような快感が、いっそう大きくなってイルカを戸惑わせた。カカシの熱を受け入れる瞬間の抵抗感はたしかにあるのに、それがイルカを揺さぶると、堪えようのない吐息が漏れた。

「―――ぁ、あ…っ、も、…や……ッ」

 あまりに強く感じすぎて怖く、瞼を閉じれば、カカシがそれを舐め上げて、イルカの背が震える。甘い痺れが、じんわりと広がって、カカシの熱を酷く意識させた。動くたびに、熱い。

「イルカさん、俺を見て」
「……」

 熱い。カカシが。動くな、と思う端から、動いてと願う。
 イルカの眦から汗とも涙ともつかない雫が零れた。
 瞼を開くと、カカシが見ていた。薄い唇が半ば開いていて、なにか切羽詰ったような顔をしていた。必死な、顔。
 手を伸ばして、カカシの頬を触った。カカシが、よくイルカにしてくるように。
 カカシはふっと目を綻ばせた。

「―――…そんな、締め付けないで」
「そ、んな…ことしてな…ぁ、…あぁ…ッ」

 大きく突き上げられて、声は途切れる。
 浮かんだのは、窓からの月明かりで黄金にそまるカカシの髪。頬。睫毛。そして眼差し。
 それを言葉にできなくて、それを綺麗だと思ったと伝えられず、ただカカシにしがみついた。真夏の夜の情交に、カカシの背も汗ばみ、熱かった。







 二度目、いや三度目の性交はあんがい、穏便に終わった。三度の精を吐き出したところでカカシが手を引いたからだ。イルカを抱きしめたまま、眠りについてしまった。イルカといえば、放心したように腕のなかに収まって、寝るときは暑いから離れてくださいという間もなかった。
 イルカも、疲労に瞼は重かったが、なぜかうとうととするだけで眠れない。
 もしかすればそれは、寝室の窓から指す、黄金の月明かりのせいだったのだろうか。
 カカシの銀髪が、今夜は暖かい色に輝く。
 共寝しなければ拝めないだろうカカシの寝顔を、じっくりと見る。黄金に染まっていても、カカシは綺麗だ。
 今度、会うときには、きっと里も黄金に染まって、風もきっと涼しくなっているだろう。
 ふと、思ったが、やはり先のことを考えるのは怖く思えて、イルカは考えを消した。
 先のことを考えない、それはイルカがカカシを「勝手な人」だとすることと同じ。
 それでいい。
 イルカは瞼を閉じた。
 気づかぬまでも溜まっていた疲労に、急速に眠りにおちていきながら、イルカは黄金の月を思っていた。








2003.6.2

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