赤い実




 ―――バチ、とイルカは目を覚ました。


 次の瞬間、上半身のバネだけでがばりと起き上がる。
 脇にすやすやと眠る上忍を、でやっと蹴り落とした。
 ぎゃう、と声がした。

「なんだこれ!」
「いたい! イルカ先生! 酷い!」

 ごつんと音をたてて床へダイブした上忍は、床に転がったまま抗議してきた。
 それを無視して、イルカは叫ぶ。

「カカシ、いやカカシさん、どういうことだ! いやどういうことですか、これ!」
「あはは、混じってる混じってる」
「うがー! 笑いごとじゃねえ!」

 みろ、この鳥肌! とイルカはベッド下の眉目秀麗男に腕を見せ付ける。
 ぽつぽつした肌になっている。

「え〜。なんで〜。てか、なんであそこで切るんですか〜? 切ない俺の想いが実るとこじゃないですか〜。しかもいいとこだったのに〜…」
「…全…ッ然、よくねえ!」
「し〜。イルカ先生、ご近所迷惑でーすよ」

 は、と我に返ってイルカは口を閉じた。
 そして窓際に置かれた、小さな赤い実をつけた鉢植えを、じ〜、と胡乱な目つきで見つめる。
 ちなみに、鉢の側面には「試験中」と薬品部特製の剥がれないラベルが貼ってある。

「…だ、だいたい、これのどこに俺の願望が入ってるんですか…! ほとんど全部あんたの妄想じゃないですか! てか途中、イチャバイ入ってたでしょ! ぜったい! 絆され過ぎだから俺!」

 潜めた声で、イルカは叫んだ。
 カカシは床に座り込んで、ベッドに顎を乗せて上目遣いにイルカを見る。
 むに、と唇を拗ねたように突き出して、アヒルのようにしている。

「な、なんですか、その口」
「いーえ? べっつにー? イチャバイ入れてなにか悪いかな〜って。いいじゃん絆されてれば〜。てか、俺とイルカ先生の願望、ってんなら、なーんであんなにナルトと四代目がでばってたのかなーなーんて」

 おもったりしてー、と言う。
 う、とイルカは詰まった。
 痛いところを突かれた。たしかに、色々と入れた気がする。
 ナルトが誰からも苛められないように、とか、せめて父親と接することが出来ていたら、とか、でもやっぱ俺の生徒でいてほしいな、とか。
 じ〜っと上目遣いにみていたカカシは、ふぅ、とこれみよがしにため息をついた。

「ほーら、イルカ先生は俺のことより、違うこと希望だしてたんだ。あ〜あ、カカシがっかり〜」
「き、気持ち悪い喋り方しないでくださいよ! ちゃんと入れてましたよ、あんたのこと」
「どんな?」
「え? え〜、あー、…なんだっけな」
「やっぱり!」

 酷い! と騒ぎ出すカカシの口を、今度はイルカが塞いだ。

「ご近所迷惑ですよ!」
「イルカ先生が酷いこというからじゃないですか!」
「うー、あー、あ! 書いた、そうそう、書きましたよ!」
「……なんて」
「カカシ先生と一つ屋根の下で暮らしたい!」
「今もしてるじゃん!」

 鋭いツッコミをくらった。

「え、いやほら、夢の中でも一緒じゃなかったら寂しいなあ、とか」
「いま思いついたでしょ」
「そんなことは」

 いいよ別に、と拗ねた口のまま、カカシはベッドに乗り上げ、ぎゅうっとイルカを抱きしめた。
 別に、の言い方が夢のなかとおんなじだ、と思ったが、締め付けられて、ぐえ、としかいえなかった。

「でもまあ、やたらリアルだったし? かなり細かい設定も再現できてたし、まあ展開速かったし矛盾もいろいろあったけど開発部には適当に報告できそうでーすね」

 開発部が今年イチオシの試作品で、願望がそのまま夢にみれるという話で、カカシが試験体にかってでたのはついこの間で、どうしてそんなに乗り気なのかと不思議だったが、これで謎が解けた。

「まだ実は残ってるし〜。おいしいな〜、これ」

 イルカはにやにやしているカカシの鼻を摘んだ。

「ひゃ、にゃにすりゅの」
「酷いです」
「?」

 手を離し、至近距離のカカシの唇をイルカは啄ばんだ。

「あんなの、認めません」
「へ?」
「やり直しを断固要求します」

 ちゅ、ちゅ、とカカシの唇を塞いで、体重をかけてベッドに二人して倒れこんだ。

「あんな一方的にされるのは嫌いです。だいたい一晩だけなんて馬鹿にしてるし、しかも痛いし。あんなのあんたじゃありません。もっと上手いでしょう?」

 暫らくぽかんとしていたカカシは、脳みそに言葉が浸透すると同時に、がばっとイルカに襲い掛かった。

「上手いです! てか続き!」
「続きじゃありません」

 勢いこんだカカシに、きっぱりとイルカ。

「え〜!?」

 なんで〜!? というカカシの耳朶に小声で。

「―――もっと、気持ちよくしてくれるでしょう?」

 カカシの首に、イルカの腕が回り、引き寄せる。
 一瞬、きょとんとした目が、嬉しさと色を滲ませて弓なりにしなる。
 りょうかい、と蕩けた唇が囁いて、二人は夢も忘れるような口付けを交わした。




 ちなみに、残りの実を使って見た夢は、カカシのことを忘れられなかったイルカが、帰郷のついでに学院で研究をしているカカシを訪問し、あれこれの末に恋人同士になるという筋書きだった。
 最後の結末だけは、イルカも満足げだったそうだが、上忍の報告によると、途中、夢のなかでの行為のせいで、起きぬけにベッドから足でけり落とされるのは、どうにかならないかという意見があったそうだ。




2006.8  ハイ、夢オチです! ごごごめんなさい! 初パラレルかと思いきや、という具合です。