てのひらのきおく








―――――掌に覚えたもの。


温もり。
熱。
思いやり。
優しさ。
愛しいという気持ち。


覚えたのは心。
けれど、触れれば思い出すのは


やはり掌の記憶なのだった。















 意識がもどったとき、カカシの眼前は暗いままで、耳のすぐ近くでパチパチと燃える音がきこえた。
 薬草のような乾いた匂いがしている。
 ここはどこだ、と声を出そうにも喉はひりついて動かず、手を動かそうとすれば全身に痛みが走った。

 それを堪えて、ゆっくりと手を動かすと、身体にかけられていたらしい軽く細いものがばらけて落ちたようだった。
 目は開かない。
 うまく動かない指先が、真横にあるらしい壁のようなものにあたった。確かめると、おうとつから木のようだとおもう。
 たったそれだけのことで、腕は疲れて、カカシは腕をおろした。すると今度は指先に、さきほどの軽く細いものが触れた。

 しばらく指先で滑らせたり回したりするうちに、藁だと気づく。
 見えているときに分かっていたものと、暗闇で感じる輪郭は全く違うと、知識でならった憂鬱なことを、いま再確認してため息をついた。
 自分は命を拾ったのだろうか。
 ゆっくりと細い息を吐き出し、全身の痛みを散らすようにする。
 意識を無くす前の記憶は、任務の途中で酷いものだった。
 たしかにこれで終わりかと覚悟した瞬間があって、その結果が今だというなら、自分は幸運なのだろう。

 とりあえず、自分の腹や腕を指でたしかめると、なにかが塗られたような湿り気と、柔らかな布があてられているのがわかった。端の方が盛り上がって糸のようなものがあって、布の切れ端かと思う。
 応急であれ、手当てをうけているようだ。
 耳をすませて辺りの気配を探った。
 人の気配が、壁の向こうからする。
 ガサガサという音とともに、土を掘り返しているような音がするから、土仕事でもしているのかもしれない。壁の透間からだろう、吹き込んでくる寒風とともに、カカシの鼻をくすぐる土の匂いでそう判断する。

 それにしても、目が開かないので判断はしにくいが、耳と鼻、指先で確認しただけでも、ここはそう裕福な家ではないようだ。
 潜伏し回復するには好都合だが、どちらにしろ時間の問題だ。
 追っ手はたしか全て始末できたと覚えているが、いまは任務の途中だ。早く回復して発つにこしたことはない。
 意識のないあいだに固まった手足を、徐々に動かす。
 情けないことにすぐに息が上がった。
 冷えた室内であるのに額が汗ばんできたころ、やっと上半身が起き上がることができた。
 相変わらず、目は閉じたままで開かない。

 首を動かすと、瞼の闇のむこうから透ける光が、ときおり闇を柔らかくする。
 土仕事から夜ではないだろうとおもっていたが、外は昼間だとはっきりわかった。
 上がった息を整えて、今度は目をあけてみようとした。
 いくらなんでも、瞼が動かないのはおかしい。
 震えはじめた指先を何とか、目にやると、そこには体のそこかしこと同じ、湿り気と布。どうやら治療がほどこされているらしいが、それさえも今まで分からなかったことは、カカシに軽い衝撃を与えた。
 目のあたりの感覚がないということだ。
 チャクラが切れるまで術を使ったことは覚えている。
 となると、原因は扱いのやっかいな写輪眼ぐらいしか思いつかず、ため息しかでない。

 眠っていたのは一日か、二日か。
 戻っている僅かなチャクラでは、大飯喰らいのこの眼を正常に戻すには足りない。
 残っている正常な眼のほうは、布のうえから眼球を押してみると圧迫を感じたから、たんに布のために開かないだけと考えてよさそうだ。
 カカシがそこまで考え、ひとまず五体が揃っていたこと、命があったことを確認していると、外の気配が移動した。

 草が擦れる音のあとに、ガタガタッと立て付けの悪い木戸を横に引いた音がした。
 さて、どんな意図があって自分を助けたのか、どんな人間なのかと、見えないながら顔をそちらへ向ければ、はっきりとした男の声が、カカシへかけられた。

「あぁ、起きたんですか。おはようございます」




2007