まるでバカみたいに
「好きです、ずっと一緒にいてくれませんか」
以前から好きだとは思っていたし、いつかは想いを告げて、あわよくば一生を独り占めできればと願っていた。
けれどまさか喪服を着ているときに言おうとは考えていなかったし、彼にしても思いつきもしなかったことだろう。
オレは彼の悄然とした様子に心を揺さぶられたとか、喪服の衣装的効果に目がくらんだとかもでなく、ただ、彼が金髪の教え子に対して語った「繋がり」を彼とのあいだに持ちたくて、だから言ってしまったんだと思う。
もし明日死ぬようなことがあれば、彼はオレのこの想いを知ることはないんだなと気づいてしまえば、言わなければいけないような気がしたんだ。
言ったとき、彼は一瞬ぽかんとして、小雨の降る灰色の世界に取り残された、幼子のような頼りない顔をみせた。
オレは、彼がオレに対して恋愛感情など一片さえ持ち合わせていないことを知っていたから、その沈黙が過ぎるのをただ待った。
そして彼が、冗談ですかこんなときにいうなんてカカシさんがそんな人だとは思いませんでした、と静かにいうのを聴く。
「いいえ、冗談なんて。本気です」
そうですか、と彼は喪に服する人に相応しい静けさで相槌を打ち、
「お断りします。ごめんなさい」
平坦な拒絶を、オレは聞いた。
顔色の失せた彼が、オレに背をむけて去っていく姿を、消えるまで見送った。
もちろんオレは落ち込んだ。
自分でいうのもなんだがフッたことはあっても、フられたことはなかった。自分から好きだと告白したことがなかったから、それは当たり前のことかもしれないが、人間、初体験っていうのは何事も新鮮で身に沁みるものだ。
あっさりと、それもぽかんとした一瞬のあいだに切って捨てられた恋心は、ざっくりとオレを傷つけた。
だからといって日常はオレをそっとしておいてくれるわけもなく、またオレが彼を忘れるわけもない。
少々ヤケになって遊郭で綺麗で柔らかい黒髪のお姐さんに遊んでもらって、オレは憂さをはらして、表面上は立ち直ることに成功した。
しばらくは受付所やアカデミーを避けていたけど、三代目の死後、勢い増えてきた任務数のために、いつまでも受付へ行く時間をずらすわけにもいかなくなってきた。
表面上は何事もなかったかのようにしているオレだけど、やっぱりまだ彼の顔をみるには勇気がいる。
受付所じゃずっと彼の列に並んでいたし、これからもそうしたい。
だけど、オレの顔をみて、はっきりとはわからなくても、愛想笑いの下にオレがわかる程度の嫌悪が混じっていたりなんかしたら、オレはきっと逃げ出すだろう。
できればそんなことにならなければいい、逃げ出さずに笑って挨拶を返せればいいと願いながら、オレは受付所の扉をくぐった。
任務の絶対数が増えた受付所は、忍びの数が減ったはずなのに込み合っていた。
どの列も平均的に人が並んでいて、オレは一瞬迷ってから、やっぱり彼の受付列に並んだ。
まるで処刑の執行を待つような気分だ。
はきはきとした彼の声をどうしても聞き取ってしまう自分の聴力を恨む。
ああやっぱりもう少し立ち直ってから来るべきだったかもしれない。そうすれば、彼を諦めきれない上に、声を聞くだけでも嬉しい自分と、声を聞くだけでフられたときのあの気持ちがぶりかえしてきて、どうしようもなく落ち込む自分に悩まされなくてすんだ。
未練たらしい。
でもこの想いを捨てる気は無い。
拒絶はされたし、想いを受け入れてもらえなくても、捨てなくてもいいはずだ。
振りそぼる雨に打たれて、冷え切った身体を遊郭の広い風呂で温めて、その後で姐さんの膝でうとうとしながら、起死回生の技でも思いついたように、そう思ったんだ。
イルカ先生と一生を分け合えなくても、好きでいていいはずだ。
だから、そのためには、彼の迷惑にならないように人当たりの良い上忍でいることも大事なことで、それゆえに、オレは列に並びながら赤くなったり青くなったり、一人で頑張っていた。
「次の方どうぞ」
すぐ近くで聞こえた声で、オレはハッと顔をあげた。目の前に彼がいて、あ、と目を丸くする。
「あ、あの」
何かをいわれるまえに、とオレは口を開いたが、それよりも彼が早かった。
いつもどおりの笑顔がオレに向かって、
「お疲れ様です、カカシ先生! 報告書ですね、どうぞ」
一瞬、あの日の彼のようにぽかんとしてしまったが、オレはあわててポケットの紙を差し出した。
彼はべつに気に留めたようすもなく、内容を確認し、受付印をポンと押した。
「お疲れ様でした!」
まったく変わりの無い、いやむしろ以前より労いのこもった、任務数が増えて激務に耐えている忍びに対してかけるに相応しい情感のある声音で、オレはまたぽかんとしてしまった。
それからまた、慌てて彼にちょっと頭をさげて、そそくさと受付所をあとにした。
頬が照ってしょうがなかった。
2007.02.25