イルカがその酒席に誘われたのは、夕方にちかいころあい、窓の上からだった。
 さいきん、カカシの繋がりから会話するようになったゲンマが、アカデミーの建物の窓から顔をだして、グラウンドのはしを歩いていたイルカを呼び止めた。

「よお、イルカ先生」
「ゲンマさん、お疲れ様です」
「お疲れさん」

 イルカは足をとめてゲンマを見上げた。二階の窓から顔をだしているゲンマは、今日も楊枝を器用にくわえている。イルカに話すたびにふらふら揺れていた。

「今日も真面目に働いてけっこうけっこう」
「恐縮です」
「ところでイルカ、今日の晩ちいとお前さんの時間、くれねえか」

 やけに改まった言い方であったので、なにかイルカの仕事に不首尾でもあったかと尋ねたが、そうではないとゲンマは頬を緩めた。

「なに、堅苦しい話じゃない。ただ一緒にメシでも食おうとか思ってな。ほかにも誘ってる奴はいるから、安心しな。取って食いやしないからよ」
「ゲンマさんは拾い食いするような方じゃないでしょう。その席は俺などが同席してもお邪魔ではありませんか」
「邪魔なら誘いやしないよ」

 ゲンマの洒脱ともいえる喋り方や雰囲気が、イルカはけっこう好きだ。カカシと似ているな、と感じるときもある。それでいっそう好ましいと感じるのかもしれない。
 イルカは二階上方のゲンマに唇を綻ばせた。

「ではお言葉にあまえてご同席させていただきます」
「そう畏まらなくてもいいさ。じゃあ仕事が終わったころに―――」
「あ、はい。どこに行けばよろしいですか?」
「カカシさんが迎えに行くから一緒に来てくんな」

 え? と浮かんだ疑問符はゲンマが去ってしまって置き去りに。
 いきなりのように落ちてきたカカシの名前に、イルカはわずかに眉をひそめた。




 カカシがイルカの家に、あたりまえのように居るようになってから早一ヶ月になろうとしていた。冬の厳しい寒さはまだまだ続いていたが、イルカの家のなかは二人分の暖かさがあった。

 この暖かさに慣れてしまえばどうなるだろう、という不安をつねに抱えながらではあったが、イルカは嬉しかった。カカシが「一緒に居たい」と言ってくれてから、その言葉どおりに多くの時間を共有していることが。

 朝の挨拶をかわし、晩には就寝の挨拶をする。
 三度の食事をともにとまではいかなくても、晩方の食事はできるだけ一緒にとる。
 なにか約束があれば、一言、カカシがイルカに、イルカがカカシにと、お互いへ告げる。
 ささいなそれらのことが当たり前のように日常へ滑り込んできた。

 だから、最初のゲンマの話をきいたときも、とっさに「カカシさんに言わなくては」と思っていたのだった。それがゲンマからカカシの名前がでたことで必要がなくなった。

 必要はなくなったが、なんともいえない違和感が残った。
 普段、カカシはイルカと外で出歩くことはない。
 もともと、アカデミーのなかで仕事についているイルカと、外務の多いカカシとがすれ違う場面もない。しいて機会を作るとするならば、アカデミーから近い事務所や、上忍待機所の付近か、その廊下で立ち話といった程度だ。

 先日、いちどだけ時間がぐうぜん合ったので、アカデミーの外で待ち合わせをして一緒に帰った。
 日か暮れかけていた里の大通りを二人で並んで歩いた。
 なぜかそれだけで、ずいぶんと気恥ずかしかったものだ。
 そんな仲だから、思い返してみると、二人で居酒屋などに行ったことはなかった。
 晩酌でビールは飲むが、それとはまた別だろう。
 カカシはどんな酒を呑むだろう。つまみはどんなものを好むのか。静かに呑むほうだろうか、それとも仲間と会話を進めながらだろうか。

 いままで知ったことのないカカシを見れるかもしれないといった期待感はあり、嬉しい。だが、いつもとは違う場面だと想像すると、未来予測のなかにもやもやとした違和感が残るのだった。
 それは、一緒に帰ったアカデミーの帰り道で味わった気恥ずかしさと、よく似ていたかもしれない。



2005.08.30