〜Lovely creature  MIYA〜

《元気の源》

ある私の大先輩が「人間は一生恋をしていないと元気でいられない!
食欲、性欲をもっていないとダメだよ!」と、言われました。
最初聞いた時、“なんと過激な発言を!”と思っていました。
でも、周りを見渡してみたら、そういう人は本当にお元気です。
「恋」と言う言葉のなかには、色んな意味があると思いますが・・・

私は、結婚して22年目になります。主人とは、今は“家族”になっています。
「家族?当たり前じゃない」と思われるかも知れませんが、“恋人”であるよりも“家族”なんです。  
でも、“もう一度、主人と恋愛ができたらいいな!”と思っています。
だけど、最近は空気のような存在になってしまって、新鮮さも少なくなり、お互い自分のことが中心になっている今では新たな気持で恋愛?なんて難しい?
そんな時この映画を観て、結果は不倫だけど、本当の“恋“をして、あまりにも切なく辛い選択をし、一緒には居られなかったけれど本当の“大人の恋”に生きた二人は素晴らしいと思いました。
私も“大人の恋“をしなくちゃ!少し過激かな!

THE BRIDGES MADISON COUNTY
(マディソン郡の橋)

この映画は、1995年に実話を基に作られた、世界中が涙した永遠のラブストーリーです

STORY
 アイオワ州マディソン郡の片田舎。この地方独特の屋根つきの橋の写真を撮りにやってきた『ナショナル ジオグラフィック』誌のカメラマンと、小さな農場の主婦が出会った。男はロバート・キンケイド。女はフランチェスカ・ジョンソン。ごく自然に、あまりにも完璧に、二人は恋に落ちた。まるで、生まれる前からずっと、相手に向かって歩いてきたかのように・・・。 
 運命の相手と出会い、切ないほどに求め合いながらも、共に生きることを選ばなかった、大人の男と女。その、たった4日間の恋を心の中で大切に抱きしめて、二人は二度と会うことなく人生を終えた 
 
『最後のカウボーイ』   それが、キンケイドが自らを定義した言葉だ。
 あらゆるものが決められた場所に収まっている社会の中から、どうしてもはみ出してしまう男。 52歳の今も、古ぼけたジーンズをはき、オンボロのピックアップ・トラックでどこにでも旅をする男。「今では殆どすたれてしまった人種だ!」そうキンケイドは自嘲する。
 彼は、親兄弟も、妻も、友人も持たない。どんな集団にも属さない、完全に孤独な男だ。自分が暮らす社会に適応できず、生活の大部分を旅の中で過ごしてきたが、世界中のどんな場所へ行き、どんな人に出会っても、内面の孤独は満たされなかった。
 そんなキンケイドが、フランチェスカになぜ惹かれたのか。それは、彼女が同じ種類の孤独を抱えている女だったからだ。フランチェスカは、生まれ故郷のイタリアを遠く離れ、アイオワの片田舎で情熱を封じ込めながら暮らし、家族にも村人にもどこか違和感を感じてきた。
 キンケイドが生まれて初めて見つけた自分の居場所は、フランチェスカと二人だけの、この世でいちばん小さな集団の中にあった。しかし、彼女が「私に責任を放棄させないで」と言った時、彼はその意思を尊重する。52歳にして初めて手に入れかけた居場所をあきらめるのだ。

 彼が強引にフランチェスカを奪い去れば、彼女は抗わなかっただろうし、そう彼に告げてもいる。しかしフランチェスカがそばにいてくれる幸福よりも、もっと強くキンケイドが望んだのは、辛い選択をも含めた彼女のすべてを、まるごと愛し続けることだった。それが、これまでよりもっと深い孤独のうちに、人生を送る事であったとしても‥‥‥‥。

"身体の中に、野生の風を持つ男

あまりにも辛い女の選択を受け入れことが、彼の唯一の愛の形だった"

 フランチェスカは、アイオワ州の片田舎の農場主の妻。夫と二人の子供に囲まれ、平凡な主婦として穏やかな毎日を送りながらも、心のどこかで、これは自分が少女の頃に夢見ていた生き方ではないと気づいている。そして眠たくなるような日常の底に、ほとばしる情熱を秘めている。
 しかし、思いもかけなかった出逢いから一生に一度の恋に落ち、誰にも止められないほどの感情を味わいながらも、彼女は愛した男についていくことをあきらめる。そして、彼とのたった4日間の思い出を糧に、その後の二十数年間を生きていくのだ。
 フランチェスカがキンケイドについていかなかったのは、夫と子供、そして今の生活そのものに責任があるから。彼女がキンケイドに告げた決定的な別れの言葉は「私に責任を放棄させないで」というものであった。
 自分自身の女としての情熱も美しさも知っていながら、ひそやかなあきらめの中に生き、心のなかだけ熱い愛を抱きしめて人生を終えたフランチェスカ。
 フランチェスカが“大人の女”であるのは、夫や子供への責任を全うしたからだけではない。心が通じ合った4日間を疑うことなく信じ続け。逢えない時間の中で、愛をさらに深く育んで行くことのできる女性だったからだ。

"みずからの思いの激しさを知りながら、別れを選んだ女
きらめくような思い出を胸に、彼女は最後の瞬間まで愛に生きた”

幾つになっても、女は女、男は男だからどんな出逢いがあって、どんな恋が生まれるかわからない。でも、お互い良き伴侶を持ち、命つきるまで“恋”ができれば一番いいのかな?                                   

                                 〜Lovely creature  MIYA〜

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