11作目、私を旅に連れてって
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     1項目、

      「矢尻課長、た大変です。」
       矢尻の前でお客様からの電話を、応接していた瓶野が受話器を置き、汗を拭きつつ言った。
      「礼文島での我が社のツアーで、また事故がありました。」
      「なにっ、これで今月になってから5件目だぞ。」
       課長の矢尻は書類に目をとおしながら瓶野を振り返りどなった。

       奈良では一番大きな旅行社であるトラベル・マックでは、ここの所こういった電話ばかり掛かっ
      てきていた。
      「それで今度は何の事故だ?」
       矢尻の問に、瓶野は
      「はい、それがツアー客の一人が、歩いていた野良犬をいきなり噛んだそうです。」
      「何、うーむ。それはえらい事じゃないか。」

      「取りあえずジージにはサンマを食べさせて、口をふさがせたそうですが。」
      「ジージとは誰だ?」
      「うちのツアー客に噛まれた、お犬さまですが。」
      「そうか、それはよくやった。」
      「しかしこれは、いったいどういうことなんでしょう。」
      「うん?」

      「3日前にはアフリカツアーでも、客が3人がかりでアフリカゾウを密輸しょうとして見つかって
      捕まったらしいし。」
      「うん、それも困った事故だった。」

       その時、2人の会話を聞いていたもう1人の部員である鮒戸が、思い出したように
      「そういえば、一週間前にはニューヨークで自由の女神の像にのぼって、タバコをすう為にライター
      がわりにしようとした客もいましたし。」
      「そうだ。そのほかにも二週間前にドイツでどどいつを・・・。」
       瓶野が途中まで言いかけると、それをさえぎるように矢尻が
      「もういい。もうたくさんだ。ロバート。奈良県内では数ある旅行店の中で5年間、無事故だった。
      いったいどうしてこんなことに・・・」

      「本当ですね。一ヶ月前からですよね。急に。」
      「一ヶ月前か?何か悪い事でもあったか?」
       矢尻は瓶野と鮒戸の2人を見比べながらつぶやいた。

       しばらく考えていた瓶野がふと、思い出したように
      「一ヶ月前といえば、表の看板を新調しましたよね。」
      「そういえばそんなこともあったよな。」

       その時、自動ドアが開いて友人の脇が入ってきた。
      「矢尻さん、看板の字が何かおかしいで。」
       その声に矢尻が外に出て看板を振り返ってみると

       トラベルのべがブになっていた。


         第1項、終わり
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