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         とある居酒屋で、その1
       
        営業廻りの仕事が終わり、一息をついた私は直帰の電話を、総務の多摩子に掛けた。
       さて帰ろうと地下鉄の、入口にむかい歩き始めた。
       この辺の商店街は、以前2,3回きた事があるが、今たっているところは初めてであった。
       ふと見ると居酒屋らしい店が2件、並んでいる。
       時計をみると少し時間がある。軽い気持ちで右の方の、店の暖簾をくぐった。
       「いらっしゃいませ」
       ママさんというか女将さんというのか、明るい女性の声がひびいた。
       明かりのかげんで、歳ははっきりとは解らないが、かなりの美人にみえる。
       「ビールは麒麟にしますか、旭にしますか?」
       座るなりリズムの良い言葉できいてくる。
       「ドライ。」
       ビールをいつものやつにして、あてにおでんを3つ程注文して、なにげなく横をみると先客が一人。
       ジャージにベスト、スニーカーといったスタイル。
       サラリーマンでもなさそうだし、近所の若者かなと見るでもなくみていると、
       新しく二人連れのお客が入ってきた。常連らしくママさんに、挨拶をしながらビールを注文した。
       身なりはきちんとしており、紳士らしくみえた。しばらくしてそのうちの一人が、
       ベストの男に何か声をかけた。席も離れておりまったくの他人同士かと、思っていたのに意外であった。
       内容ははっきりとは、わからなかったが何かBBSが、どうのこうのと言っていた様に思える。
       ラジオか薬の話でもあろうか。
       
        しばらく時間も過ぎ、二本目のビールを注文した。
       そうこうしているうちに次の客が入ってきた。この男は小柄ではあるが、スーツを着こなし
       一部の隙もなさそうで、一見どこかの会社の、役職クラスの人間かと思えた。
       その時、突然ベスト男がその紳士に
       「組長、ご苦労さんす。」
       と声をかけた。
       組長?この優男がと、以外な展開に聞き耳をたてていると
       「ななさんもご苦労さんやな」
       「今日も出勤かいな。」
       とニコニコ顔でベスト男の隣にすわった。後は声をひそめ、イカがどうのタコがこうのと
       なにか怪しげな話をしている。ここは一見、居酒屋風ではあるが、なにか秘密のかおりがする。
       これはやばそうだと、慌てて帰ろうと席を立とうとしていると、続いて二人の新しい客が入ってきた。
       
        一人はずんぐりとしたいかにも、その筋の顧問といった(何でわかるねん)ふうで、もう一人は
       顔色は黒く精悍な面魂で、あごに蓄えたひげもそれとわからないほどであつた。
       そしてその、残虐そうな鋭い目であたりを、睥睨しながらはげ、いや影のように顧問の後ろに、
       よりそうように立っていた。
       その時、組長(らしい)とひそひそ話しをしていたベスト男(電車男とちゃうで)が慌てたように
       立ち上がり、
       「顧問、かしらどうもです。」
       と言った。
       組長、顧問、かしらとくるとこの連中は、やはりその筋の人たちか。
       しかし顧問(やっぱり)と呼ばれた男は、組長とは一線を引いているのか、何か距離を置いている
       ように思われた。遠慮しているのかそれとも。
       
        ところで先に来ていた、もう一方の二人組も含み、全員仲間なのか。しかし話をよく聞いていると
       わらじを脱いでいる客分のようでもある。名前は達地 巷説というらしい。
       かしらと呼ばれた凶暴そうな男は、機嫌が悪いのかすわるなり、
       「はっ、はっ・・・」
       と言い始めた。この男の口からどんな、すさまじい言葉が発せられるのか。
       あたりは水をうったように静かになった。そして
       
        「はっ、はっ阪神、勝ってるー?」
       と、素っ頓狂なせりふを。
       阪神フアンのやくざなのか?それにしては他の面々は、しらーっとしていてこの組自体が
       阪神フアンではないらしい。(どうでもいいことだが)後はわいわいと、他愛もない話をしている。
       私は阪神フアンではないが、この男たちに少し興味がわき、もう少し付き合ってみる事にした。
       どうも聞いていると、ベスト男が一番下っ端らしくかしらに、よくにいじめられているようであった。
       しかしそんなベスト男にも昔、別の組にいた事があって、それも七村会と言う組の、会長で
       あったらしい。(会員は認めていなかったとの事)その関係か三井墨智総業の、若頭とその補佐たちが
       たまにこの店にきているらしい。それどころかそこの元組長補佐も、たまには顔をだしているらしい。
       
        ママさんの携帯が突然、脈絡もなく鳴った。
       これ以上なにがおこるのか、やはり私みたいな一介のサラリーマンには、落ち着いて飲めるところ
       ではないのだ。
       この一杯で帰ろうと思案していると又、次の客が駆け込んできた。
       この男は息をきらせ、ふところに何か凶器を隠し持っているようで、殺気をあたりにみなぎらせていた。
       やはり話をきいていると、人斬り盛り土と言われているヒットマンであるらしい。
       何か東京に派遣されている、もう一人のヒットマン、静かなるスーと並び、詳されているほどの腕まえ
       との事。
        しばらくして私はそこをでた。彼らはラジオを聞きながら、刺しただの死んだだのと色々恐ろしいことを
       言い合っていた。東京に攻め込むつもりなのか、東京じゃい、あいつとか何とかいいあっていた。
       私は警察署に足を向けたが、途中でひきかえした。
       もう少しこの連中を見てみたいと思ったからだ。
                                   
                                        その1、おわり

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