バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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Halloween―Trick or Treat―
暗闇の中、レオンは足音を立てないようにすり足で進みながらフラッシュライトを持った手首を支えにして平行に銃を構える。前方に光を当てながら慎重に歩を進めていると、首筋にピリと産毛が逆立つ感覚がしてとっさに右に銃口を向けた。光がザッと薙いで廃墟の剥き出しのコンクリートが映し出される――と、同時に首筋に冷たい感触がした。静寂な空間で後ろに立たれるまで人の気配はなかった。よほど気配を消すのが上手いのか。

「Trick or Treat」

歌うような声音で耳元で囁かれて、最大限に緊張してた身体が弛緩するのがわかった。
「レオン、銃を下ろして」
更に言われてレオンは銃口を下げた。同時に前を照らす光も足元に下がる。
「…エイダ。こんなところで何をしているんだ?」
アメリカの西部に位置するある都市にて事件発生との連絡がFOSに入ったのは5時間前。ただ情報が交錯してバイオテロなのか定かではない、という注釈がついていたらしく、斥候の任務がDSO所属のレオンに回って来た。B.O.W.の存在を確認できれば直ちに応援部隊を投入できる。だがそのためにはバイオテロ発生中という確かな証拠が必要だ。
「それはこちらのセリフね。偵察なのにもうサンプルを手に入れちゃったの?」
「サンプル?」
レオンは舌打ちしそうになったが、かろうじて堪えた。自分がここにいる理由が偵察だと知っていることにはもう驚かない。だが――レオンはポケットにある感触を思い出して必死に頭を回転させる。エイダが姿を現したのはこれを手に入れるためだろう。でなければレオンなど素通りだったはずだ。
「ホントに嘘が下手ね」
誘うように笑う仕草が色っぽいが、迂闊に手を出せば刺される薔薇の棘だと身に染みている。
「…何の話かわからないな」
肩を竦める仕草で渡す意思がないことを伝える。聡い女だ、こちらの意図を悟るだろう。案の定、後ろの気配が少し変わった。
「…Trick or Treat」
呟く声にレオンはさっきも言われたな、と思い出すと同時に今日が何の日か思い出した。
「なんだ?」
よほど怪訝そうだったのか、後ろでフッと笑う気配がした。
「今日はハロウィンでしょ。Trick or Treat」
「あるわけないだろ、菓子なんか」
呆れた口調で後ろの彼女に言うと、首筋にあった感触が消えた。その瞬間を逃さず、レオンは華奢な手首を掴みながら振り向いた。後ろに捻じり上げるように彼女の背後に回ろうとして――掴んだ手首の感触が消えた。代わりに胸に感じる柔らかい感触に目を瞠った。
レオンの首に巻きつく細い腕、華奢な肩が顎に当たる。自分の胸に当たる感触はささやかだが立派な――いつになく近い距離に一瞬戸惑った。
エイダとはこんな――密着した距離など経験がない。いつも密着する時はお互いが相手を抑え込む色気のない攻防の末だ。そして、その一瞬の隙は意外に大きかったようだ。
不意に離れたエイダの身体が宙に舞った。距離が詰まったのも一瞬だったが、レオンから距離を取ったのも一瞬だった。
呆気に取られたレオンがポケットに手をやった時には遅かった。
「お菓子をくれないからよ?代わりにこれを頂くわね?」
軽く上げた手に握られているのは――例のサンプル。レオンは己の迂闊さを呪いながら咄嗟に銃を構えた。暗闇の中で光がエイダの姿を捕えた――が、次の瞬間にはフックショットで遥か上方へと姿が消える。
「大丈夫よ、悪いようにはしないわ」
妖艶に微笑む彼女は月明りを背にして華奢なシルエットがくっきり浮かび上がっている。菓子がなかったら悪戯じゃないのか、と言うのは負け惜しみか。
「待てよ、エイダ。Trick or Treat!」
レオンが声を張り上げると、エイダの片眉が上がった。鼻で笑われている気がしないでもないが、お遊びには付き合ってくれるようだ。
「菓子がないなら悪戯だろ?覚悟しろよ」
「あら困ったわね。何されるのかしら?」
クスクス笑うエイダに「降りて来いよ」と声をかける。言葉遊びのように交わされる会話は一種の綱渡りのようだ。
「――残念、タイムアップだわ。悪戯は勘弁だから、お菓子の代わりにこれをあげるわ」
ポケットから出してこちらに投げたものが放物線を描いてレオンの足元にカシャンという小さな音を立てて落ちる。レオンは敢えてエイダから目を離さずに銃を構えていたが、チラリと足元に視線をやって、再び上を見上げた時にはもう既に塀の上に彼女の姿はなかった。
レオンは舌打ちしながら足元の透明のケースを拾って開く。黒くて小さい物体があった。

――マイクロチップ?

怪訝に思いながらガジェットに差し込んで画面を呼び出す。内容を見て溜息を吐いた。
ここで起きているテロ事件の詳細な情報だった。B.O.W.が闊歩する街の様子が映し出されている。これがあれば応援要請が容易になるだろう。
「――ったく、俺に仕事をさせろよ…」
レオンはエイダが先ほどまで立っていた塀の上を睨むと、マイクロチップの中身をFOSにいるハニガンに全て送ろうとして――後ろの気配に気づいた。

――なるほど、だからタイムアップなわけか。

暗闇の中に這い回る気配は一体どのくらいいるのか。情報をくれはするがサンプルは奪ってゆく。自分が逃げるための時間稼ぎに躊躇なく大量のB.O.W.をレオンに押し付けていく。一体彼女は敵なのか味方なのか――
レオンは銃を構えながら、それでもエイダはこのB.O.W.程度でレオンは死なないとわかっているからだろう、と我ながら笑いたくなるくらい彼女には甘い。女難の相はきっとエイダから始まってるんだろうな、とレオンは諦めの境地で踵を返して駈け出した。

――Woman.


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