バイオハザード6の二次小説を書いてます。
| HOME  | INDEX | PIXIV | ABOUT | BLOG | E-mail | 
03.お前のためなら何でも出来る
「お前のためなら何でも出来るって言ったじゃない!」
嘘だったのね!?と詰め寄られて俺は後ずさる。
「言ったけどそういう意味じゃない」
昔の俺に言いたい。何であんなこと言ったんだ。リップサービスのつもりはなかったが、まさかこんなことになるなんて――

シェリーと付き合ってもう5年。色々あったがイドニアとアメリカの遠距離恋愛に終止符を打つべくお互い合意したのはつい先日のこと。つまりはそういうことなんだが、問題は山積みだ。
居住をどちらにするか。最たる問題はそこにある。シェリーはもちろんエージェントを続けるためにアメリカがいいだろうし、俺はこの5年で自分の居場所ともいえるポジションをイドニアで手に入れている。
あの忌まわしいバイオテロから5年。俺とシェリーが出会った事件でもあるから、なければよかったなんて口が裂けても言えないが、それでも被害は甚大だった。その間、世界がまったく平和だったとは到底言えないが、あそこまで大きい事件は起こっていない。戦場に生物兵器を持ち込む馬鹿はいつまで経っても一向にいなくならない。その煽りは内紛が多い小国にくる。結果、村が焼け、街が崩壊する。政府軍と反政府軍の小競り合いも激化するばかりだ。それは何もイドニアに限ったことではない。5年前のテロ終息後、世界を旅して回った俺が目の当たりにしたのは、そんな現実だった。

――いかに自分が井の中の蛙、大海を知らず、だったかを思い知った。

今から思い出しても頭を抱えたくなるくらい昔の自分は若かった。突っ張ってもいたし、頑なでもあった。それを変えるキッカケをくれたのが、エージェントとして派遣されてきた彼女――シェリーだったのは言うまでもない。
そんな彼女に惹かれ、付き合うことになったのは僥倖だったと思う。
その僥倖に浸っている間には昔の自分からは考えられないような甘い言葉を囁いた時期もあった。自分で自覚はなかったが、普通に言ったことも他人から見ると目を瞠るものがあったようだ。骨抜きだな、と苦笑と共に言ったシェリーのヒーローや、シェリーを泣かせたら承知しない、とロケラン担いで敵討ちに来そうなおっかないねぇちゃんとも面識を得て、シェリーが望むなら、とメシ食うぐらいには良好な関係を保っている。
シェリーを好きなのは今も昔も変わらない。一生変わらない、と言い切るだけの自信はある。

でも――

一緒になるのにお互いの信念を曲げねばならないとなると、問題は深刻だ。
シェリーとは国をまたいでの遠距離恋愛だったので、会えるのは下手すれば数ヶ月に数回だったりする。それでも俺は不満に思ったことはない。やることがあって忙しかったのもあるし、数ヶ月に一度でも会えればそれでいい、と本気で思っていた。だが、シェリーの方は不満だったようだ。その不満を口に出せないまま蓄積させて、ある日一気に爆発させた。俺の負担になるから、という名目で押し込んだ不満は抑制された分、爆発の威力は凄まじかった。後にも先にも「別れる!」という話になったのはあれだけだ。慌ててアメリカまで飛んで行った俺は泣き通しの彼女の頭を撫で、必死で宥めたが頑なな彼女は首を横に振るばかり。
付き合ってから知ったがシェリーは結構頑固な上に毒舌だ。決して言われっぱなしではないし、売られた喧嘩は買うタイプだ。激高しやすく、落ち込みやすい。顔には感情がダダ漏れだし、わかりやすい分、小細工が効かない。めんどくせぇ性格だな、と内心思う。でもだからと言って可愛くて付き合いやすい他の女と付き合いたいかって言ったらそれは違うしな、と思う。まぁ、ヒーローが言う通り、骨抜きなんだろう。
その最大の喧嘩の最中に俺が言った言葉。

「お前が望むんだったら、俺はイドニアからこっちに引っ越す。一緒に住めばいい」

口から出まかせでもなく、当時は本気で思っていた。イドニアでの仕事も何とかなりそうだったし、シェリーを泣かせてまで離れているのも辛かったからだ。それに対してシェリーはそれはダメ、とやっぱり頭を振った。
そこで例の言葉を俺は口にしたわけだ。

「俺はお前のためなら何でも出来る」

だから、大丈夫だと。シェリーは泣きながら大丈夫、もうワガママ言わないから、と結局その話はなくなった。それが今から1年半ほど前の話。
それでもいつかは、と考えていたので、シェリーの昇任の話をキッカケに再燃した。
そこで問題となったのが住む場所なんだが――

「何で昇任を辞退すんだよ?」
「だって、昇任しちゃったら現場に出れないもの。私は現場にいたいのよ」
「昇任したら支部に移ることも可能なんだろ?」
そうだけど、と頬を膨らませた彼女に俺は畳みかける。
「だったらこっちに来ることも可能だろ?それは選択肢にないのか?」
「イドニアに支部はないわ」
「近隣にはあるだろ!」
「でも…」
言葉を濁した彼女に苛立つ。付き合って5年も経てば何に対しても遠慮はなくなる。だから思う。

――何で俺ばっかり。

何で俺ばっかり折れるんだ?
俺の方が好きだからか?
シェリーは俺と一緒になるために折れる気はない?

一旦芽吹いた綻びはどんどんその存在を主張し始める。
1年半前とは状況が違う。イドニアで始めた仕事は軌道に乗って、途中で放り投げてアメリカに行くとなると躊躇する。それがいくらシェリーのためとはいえ――

「だったらどうするんだよ?」

ささくれ立った気持ちは口を軽くする。普段なら言った結果を鑑みて飲み込む言葉がするりと出てくる。それほどシェリーに対して遠慮がなくなったということなのか、折れない彼女に苛立っているだけなのか。こんな基本的なすり合わせさえできていないのに一緒になろうなんてことがそもそも――

「…だと思って」
「え?」
よく聞こえなくて俺は聞き返した。シェリーはバツが悪そうに横を向いた。
「ジェイクが立ち上げた団体を公式のNPOにするには、私が現場にいた方が都合がいいと思って」
虚を突かれて俺は黙った。
俺が立ち上げたというには少し語弊があるが、発展途上国の紛争やテロで苦しむ子供たちや貧しい村などを助ける活動をしながら各地を回っていたこの5年の間にできた人脈のお蔭で、協力してくれる人間が増えた。団体、と呼べるほどの人数になって、そろそろ公式な組織に格上げしてもいいんじゃないかという話も出て、それに向けて動いている最中でもあり、余計にアメリカに移住するには間が悪かった。
「活動の実績をレポートにして上に上げてたの。評価されたら話が通りやすいと思って。DSOが支部としてそちらの団体を援助してもいいと言ってくれてるわ。でも代わりに推薦した私が窓口になって連絡係をやらないとダメなんだけど、そうなるとアメリカを離れられないのよ。昇任の話も受けたらそれができなくなるわ。派遣という形でイドニアに行けたら一番よかったんだけど、こんなに話が早く通るための条件がそれだったから――」
俺は言うに言えなくて詰まった。何でこいつはこんな大事なこと――

「早く言わないんだよ!?」
「決まったのがつい最近なの。アメリカを離れらないのは結果的に同じだから言い辛くて…」

俯いた彼女を見て俺は舌打ちしそうになった――自分自身に対して。
思い込んだら一直線で真っ直ぐな彼女。一見弱そうな外見に反して勝気な性格で、頑固で意地っ張り。人を信じやすくて裏切られては落ち込んで、それでもやっぱりその信条は変わらない。俺に気を遣って不満を溜め込むくせに爆発したら手が付けられない。怒ると拗ね方がめんどくさい。それでも――

たまにこんな風に不意打ちでくるから堪んねぇ。

俺は顔を見られたくなくて、シェリーに手を伸ばして乱暴に抱き締めた。
「そういうことだったら俺がアメリカに行っても大丈夫だろ」
「でもイドニアを離れたくないのかな、って」
「別にそういうわけじゃねぇ。気になってたのはあの団体のことだけだ」
「ホントに?」
「ああ。一緒にいたいのは俺も同じに決まってんだろ」
更に腕に力を入れるとシェリーが小さく何か言った。ん?と耳を寄せる。
「最近、すれ違ってたから…もしかしたらもうダメかもしれないと思ってた」
オイ、と反射で顔を覗き込むと、泣きそうな顔をしたシェリーが笑った。
「だって…私も怒ることが多かったし、素直になれなかったわ」
ごめんなさい、と続いた言葉に俺はやめろ、と遮る。
それは俺の方だろ。何で俺ばっかり、とか不満をぶつけたのに、そんな風に謝られると俺が痛い。お前はちゃんと俺とのことを考えてくれてたのに、俺は自分ばっかりだった。
「俺の方こそ悪かった」
額をシェリーの額にくっつけて、俺は呟いた。シェリーは俺の首に手を回した。
「じゃ、アメリカに移ってくれるの?」
「ああ」
「よかった!」
嬉しそうにそのままシェリーは俺に抱きついた。
「クレアが盛大な式を計画してくれてるらしいの!」
言われた意味がわからず、俺は目が点になった。何だって?
「ちょ、ちょっと待て。何だって?」
「え?だからね、クレアが大きい会場を借り切って、いっぱい人を呼んでね?」
「いや、俺は別に二人だけとかでいいんだけど…」
「そうなの?でもクレアがパレードみたいに歩くのもいいわねって…」
「冗談やめろ!」
「ええっ!でもそういう話になってて」
「聞いてねぇぞ!つーか、そんなん無理に決まってるだろ!」
考えずに思わず口から出た言葉がシェリーの地雷を踏んだらしい。眉間に皺が寄って出た声が低くなった。
「どうして?」
「別にそんな盛大にする必要もねぇだろ?二人だけでいいって」
慌てて口調を和らげて俺は説得モードに入るが、一度入った彼女の低気圧スイッチは簡単には切り替わらない。
「でもせっかくクレアが色々考えてくれてるのに。クレアにも祝って欲しいし」
「じゃあ、食事会でも開いたらいいんじゃね?式は二人でしてさ――」

そしてシェリーが伝家の宝刀を抜いた。

――「お前のためなら何でも出来るって言ったじゃない!」

昔の俺に言いたい。甘い言葉はほどほどにしとけ。

→あとがき
BACK - INDEX - NEXT