バイ/オハザード6の二次小説を書いてます。
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Halloween―Trick yet Treat―
10月――アメリカの街は一斉にハロウィン一色となる。


**

「ハロウィン?」
ジェイクは部屋の真ん中で床に座り込んで、色とりどりの布を広げているシェリーを戸口に立ったまま見下ろした。
「ええ。今日はハロウィンでしょ?階下の子供たちと話してる内に色々やることになって…」
そう言いながらシェリーは布に針を通している。
階下の子供たち、というのはジェイクの部屋の階下に住む子供たちのことだろう。雑居ビルのような仕様で、階下にはファミリーが数多く住んでいて、子供もたくさんいるので、前の広場でよく遊んでいる。
シェリーがイドニアのこの部屋へ来るようになってから家の周りで遊ぶ子供たちと顔を合わす頻度も増えた。金髪の可愛いお姉さん、という位置づけで子供たちから懐かれているシェリーはジェイクが家を空けている間に一緒に遊ぶこともあるようだ。
「へぇ…で?何をやってんだ?」
「衣装までは大変だから、帽子くらいは作ろうと思って――」
見れば目にも鮮やかなオレンジ色の布地に黒の目鼻をつけているようだ。それを子供の人数分――布地の分量を見ると10人は下らないだろうし、常時広場で遊んでいる人数もそのくらいはいる。
「つーか、そんな習慣こっちにはないぞ?」
ジェイクは苦笑いしながら既に切り揃えられた布地を手にした。糸と針の扱いは一通りわかるし、見る限りシェリーよりは上手く縫えそうだ。
「らしいわね。この前あげた絵本の中にハロウィンのものが混ざってたみたいで、これなにって聞かれたの。仮装してよそのお家に行って、Trick or Treatって言ったらお菓子が貰えるのよって言ったらやりたいって――」
「で、こういう状態に陥ってるワケか。お前、テキトーに流してればいいんだよ。本気にすんな」
ジェイクは口で言うほど呆れてるわけでもない。シェリーのこういうところも内心では可愛いと思っている――口には絶対に出さないが。
イドニアの内紛は小康状態を保っているとはいえ未だ続いているし、市民の暮らしは一向に上向きになる兆しがない。失業率も高いままで子供たちは地域によってはストリートチルドレンとして日々の食料すらままならないこともある。ジェイクが住むこの辺りはまだマシな方だ。両親が揃っている、というだけでマシと言えるこの状況は憂うべきだが事実なので仕方がない。しかも普通に学校へ通えるような子供はほんの一握りだ。それはこの辺りも例外ではない。
シェリーはそんな子供たちにいつからか絵本を持って来るようになった。リサイクルショップで買ったの、と言いながら色んな絵本を子供たちに読んで聞かせる姿を何度か見ている。
その中にハロウィンとやらの絵本があったんだろう。
「で、でもすごく楽しい行事なのよ!難しいことは抜きにして、子供たちは仮装してお菓子をもらいに行けるんだもの。両手いっぱいにお菓子をもらってすごく楽しそうだったわ――」
楽しそうだった――過去形で話す自分にシェリーは気づいているのか。
ジェイクはそれには気づかないふりをして、苦笑いした。
「わかったから手を動かせ。暗くなるまでに縫うんだろ、それ?」
ジェイクはその行事を知らないが、何となく想像がつく。お祭り好きのアメリカ人らしい発想だ。一年に一度の恒例行事。友達同士で近くの家を回ってお菓子をもらうんだろう。そしてシェリーがそれを子供の頃に――できなかったんだろうことは想像に難くない。
研究に明け暮れる両親だったと聞いたことがある。いつも夕食は一人だったと寂しそうに漏らしたのはいつだったか。
「菓子も買いに行かねぇとここにはないぞ」
ジェイクはその時のシェリーの寂しそうな顔を脳裏から追い出した。
「そ、そうね。ジェイクも手伝ってくれるの?ありがとう!」
「お前だけなら日が暮れても出来上がらねェだろ。つーか、Trick or Treatってどういう意味だよ?」
何かの号令か?
「お菓子をくれないといたずらしちゃうぞって意味よ。ハロウィンでお菓子をねだる時の決まり文句ね」
「へぇ」
下らねぇ、という言葉は飲み込んで、ジェイクは手元に視線を落とした。


***

「これを被るのよ」
シェリーは子供たちに昼間作った帽子を手渡した。かぼちゃを模っているが、多少不格好なのは愛嬌だ。ジェイクが縫った分は幾分綺麗な仕上がりになっているのは気づかないフリをする。
わーい、とはしゃぐ声に微笑みながら、シェリーはルールを説明する。
「いい?ここにいる子たちのお家を順番に回るからね?ドアをノックして、お家の人が出てきたら何て言うのかな?」
指を立てながら子供たちの顔を見回して聞くと、威勢のいい声が返って来る。
「Trick or Treat!!」
「ハイ、正解!それでお菓子がもらえるからね」
「もらえなかったら?」
「うーん、もしもらえなかったら、いたずらしちゃおう!どんないたずらがいいかな?」
シェリーは素直に思案顔になる子供たちを見回しながら、ふいにクレアを思い出した。
ラクーンの事件で両親を亡くしてからはクレアが心の支えだった。まだ子供だったシェリーに色んなことを教えてくれたのもクレアだった。彼女のように、というのはおこがましいが、きっとクレアならこの子たちにも色んなことを教えてあげるだろう――私にしてくれたように。
口々にアイデアを出す子供たちに答えながら、シェリーはふと階上を見上げた。
明日の朝には帰らないといけないのに、一緒にいられる時間は短いのに、ちゃんと付き合ってくれるジェイクはきっと色んなことをわかっている。それに感謝しながら、シェリーは「じゃあ、行こうか!」と元気よく声を張り上げた。


「ここで最後よ」
30分ほどかけて回った軒数は8軒ほどだったが、お家の人は小さいながらもお菓子を用意してくれていて、子供たちは両手に色とりどりのお菓子を抱えて満面の笑みを浮かべている。
最後に回るのはジェイクの部屋。
子供たちが代わる代わる扉をノックする。ガチャっと開いた先に長身のいつもの姿が現れた。
「よぉ、来たか。小さいお化けたち」
扉の木枠に手をかけて笑ってる彼に子供たちは元気よく「Trick or Treat!」と声を上げた。
「おお、ないと何されるんだ?」
「いたずらされちゃうよ、ジェイク!」
「そうだよ、お菓子くれないとすごいことされるんだよ!」
元気いっぱいに答える子供たちに笑いながら、ジェイクは手品のように両手にお菓子を出した。わぁ、と歓声を上げる子供たちにひとつずつ渡して行く。
最後の子に渡した後に残ったもうひとつのお菓子――を差し出されて、シェリーはキョトンとした。
「大きいお化けはいらねェのか?」
え、とびっくりしながら思わず手を出す。シェリーもかぼちゃの帽子はかぶっているが、お菓子の頭数には当然のように入っていない。みんなの分のお菓子を作った時も入れてないはずなのに――と、ジェイクがフイと手の中のお菓子を隠した。
「やっぱやめ」
「ええっ!」
言うが早いか、シェリーは突然の浮遊感に声を上げた。ジェイクの肩に担がれた、とわかった時には子供たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
「小さいお化けはもうお休みの時間だから自分の家に帰れ。階下だから送らねぇぞ。ちゃんと帰れよ」
「ちょっ、ジェイク!お、降ろしてよ!」
抗議も子供たちの声にかき消される。じゃあねー、ありがとう、と口々に言う子供たちの声が小さく、そして完全に消えてるまで見送ってから、ジェイクはシェリーを担いだまま部屋に入った。
「お、降ろして!」
足をバタバタさせて背中を叩くと、やっと床に降ろされた。
「な、何なの、いきなり!お菓子は?」
「だってお前言ってねェだろ。俺、お菓子ねだられてないけど」
ええ!言うの!?今さら?
大人になって面と向かってそれを言うのは結構恥ずかしいことに気づいたが、せっかく用意してくれたものをそんな理由ではねつけるのも気が引けて、シェリーは渋々口を開いた。
「Trick or Treat…」
「ない」
「え!?何言ってるの?さっきあったじゃない!」
「もうねェよ。だからいたずらしてくれていいぜ?」
ニヤニヤしながら言われてやっと意図を悟る。
「もう!何言ってるのよ!出して!お菓子出して!!」
わざとのように手を突っ張ってジェイクの方へ掌を突き出す。
「だからないって。いたずらしてみろって」
シェリーは頬を膨らませてニヤニヤ見下ろしてくるジェイクを睨む。いたずらって何を――と、シェリーは突然閃いた。要するにジェイクが嫌がることをすればいいのよね?
「座って」
床を指して言うと、ジェイクは素直に胡坐をかく格好で床に座った。
「目を瞑って」
これも素直に言うことを聞く。シェリーはジェイクの横に回って膝をついて、肩に手をかけた。そのまま顔を近づけて、ジェイクの耳に息を吹きかける。
(あ、あれ?)
以前、ジェイクの肩越しに横顔のすぐ近くで喋った時に肩をすくめて「やめろ」ってくすぐったがったのに――といきなり視界が反転した。ジェイクの胡坐をかいた膝の上に乗せられて、顔が近い。
「くすぐったくないの?耳弱いんじゃ――」
「別にくすぐったくはない」
「だって前した時は"やめろ"ってくすぐったがったじゃない!」
抗議するシェリーにジェイクはわかりやすく溜息をついた。
「そりゃあんな近くでお前の息を感じてみろ。"その気"になるだろが。だからやめろって言ったんだ」
「ええっ!!!」
ジェイクの顔が更に近づいて、シェリーの耳元で囁いた。
「お前今まで本気でそう思ってたのか?」
囁く息が耳にかかって、シェリーは顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「"意味"がわかったみたいだな?」
笑いを含む声で更に囁かれて、シェリーは思わず俯いた。ジェイクの膝の上から逃げようともがくが、もちろん逃がしてくれるはずもなく――
「"意味"もわかったようだし、今度は俺からな?」
「え?」

――Trick yet Treat.

「え?なに?」
「お菓子いいからいたずらさせろって意味」
喉の奥でクツクツ笑いながら唇を近づけてきたので、シェリーは最後の抵抗とばかりに手でジェイクの口を押さえてガードした。
「そんなのないわよ!」
上目遣いで睨む顔が熱いのを自覚しながら抗議すると、口を塞いだシェリーの手を掴んで唇をつけながらジェイクが笑った。
「Trick or Treatでもいいけど。どうせお前、菓子なんて持ってねぇし」
「…持ってる!ほら、さっき子供たちにこれを――」
慌ててポケットを探ろうとするシェリーの額にジェイクは自分の額をくっつけた。ブルーの瞳に覗き込まれてシェリーは動きを止めた。
「…もう観念しろって」
そう言って更に近づいて来たジェイクの唇を受けながら、シェリーは腕をジェイクの首に回した。


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