「なあサロメ、さっきからなにをしているのだ?」 突然声をかけられて、いままで部屋には自分ひとりしかいないと思っていたサロメは あわてて顔を上げた。 クリスはサロメが一体何をしているのかと身を乗り出して覗き込んでいる状態で、 サロメが見上げた真正面にクリスのアップ、である。 当然サロメの心拍数は跳ね上がる。 「ク、クリス様。お出でであればお声をかけていただきましたらよろしいのに…」 なんとか落ち着きを取り戻し襟を正すサロメであるが 内心は穏やかではなかった。 「ん、たいした用事ではなかったから… その、サロメがそんなに何かに熱中しているのは見たことなかったから。」 サロメが何をしていたか興味津々といった状態である。 「これはビュッテヒュッケ城にいたころにワタリ殿から教えていただいた 将棋というゲームなのです。」 「ショーギ?」 「ええ、なんでもしのびの里ではこのようなゲームがたしなまれているということでして…」 「ふうん…で、面白いのか?」 「ええ、チェスとよく似たルールなんですがこれが実に奥が深いのです」 生き生きと語りだすサロメの様子を見ていると ショーギというものは本当に面白そうに思えてくるクリスである。 「なら戦いに通ずるものがあるのかもしれないな。」 「そうですな。…どうです?クリス様もやってみては」 「そうだな、チェスは好きだしやってみようかな。」 こうして、二人は仕事が終わると将棋に興じることになった。 「う〜……どうしても勝てないっ!!」 今日もクリスの”負け”である。 以外にも将棋の面白さに取り付かれたクリスは連日連夜サロメに勝負を挑んでいた。 「筋はよろしいのですが…」 「勝てるまで毎晩つきあえっ!」 根本が好戦的なクリスである。 こうなったら勝つまでやめるわけにはいかない。 「それはもちろん構いませんよ。」 当然快諾するサロメであった。 「ふぁ…」 執務室でクリスはため息が入り混じったような欠伸を漏らしていた。 「どうされました?クリス様」 いつものキビキビと仕事をこなす姿からは想像できないクリスの様子に 思わずルイスは声をかけた。 「勝てないんだ…」 「そうだったんですか。」 クリスから事の次第を聞き、ルイスはクリスと一緒になり 打倒サロメ卿!の作戦を考えることになった。 「そうだ!クリス様はこと真剣勝負になると力を発揮するお方 たとえば何かを賭けてみるとかしてみては?」 「そ、そうか…何かを賭ける…か。ルイスありがとう!これで今夜の勝ちが見えてきたぞ!」 「はい!頑張ってください!!」 「ああ!」 本当に勝利に近づいたのかは別として、一致団結する二人であった。 そしてその晩― 「サロメ、今日の勝負は真剣勝負だ!」 勝負を前に意気込みを宣言するクリスである。 たかが将棋なのだが… そんなちょっとしたゲームにも真剣に取り組むクリスを ついつい”かわいい”などと思ってしまい 思わず笑みがこぼれそうになるサロメであったがそれをこらえて聞き返す。 「真剣勝負…ですか?」 「そうだ。よいか、今日勝ったほうが負けたほうの言うことを1日聞く。どうだ?」 「………なるほど。 自らを追い込み高みに上がる…というわけですな。」 まったく突拍子もないことを思いつかれる…これがわたしでなかったらどうなっていることか… などと要らぬ心配をしつつもクリスの意をくみ取り勝負を受けるサロメだった。 いよいよ勝負も大詰め、勝負はサロメ有利だが… クリス様の願い事を聞いてみたい… いつも何一つ”欲しいもの”や”してほしいこと”を言わないクリスの望みを かなえてやりたいという気持ちが一瞬脳裏を掠めた。。。 だが…勝負にわざと負けることをクリスが一番望んではいないことも事実… そのわずかな迷いが隙を生んだ 「王手!!」 「…参りました。」 結局勝負はクリスが辛勝をおさめた。 「クリス様の望みはどのようなもので?負けた以上は何でもしますよ。」 自らの気の迷いが生んでしまった敗北とはいえ負けは負け、 相変わらずの自分の甘さに苦笑を覚えながらも、サロメは潔く負けを認めた。 「何でもする…か、」 言葉に詰まるクリス。 実は勝負に勝つことだけを考えていて勝った後のことなど考えてはいなかった。 「ええ、何でもしますよ。」 いつも私のためになんでもしてくれているじゃないか… そしてクリスの願いは… 「…そうだな、では明日1日仕事をしないでほしい。」 「なっ…」 驚きのあまり言葉をなくしてしまう。 「毎日働きすぎだ。たまには息抜きしてくれ」 「いや、参りましたな…」 苦笑とも微笑とも取れる表情を浮かべ、参ったというように首を振るサロメ 「どうかしたか?」 「私の望みとまったく同じとは…」 「え?」 「私も勝負に勝ったらその時はクリス様に1日ゆっくりしていただこうかと考えていましたもので」 そう、か… …同じ、なんだな。 「…では私の望みは変更だ。」 「え?」 「明日は1日仕事をしないで、私と一緒にのんびりすごしてくれないか?」 「クリス様…その望み、承知しました。」 結局、 二人には勝負の行方は関係ないようで… 翌日、 仕事人間の二人がそろって休暇をとったことと 毎晩密室で繰り広げられていた将棋の勝負が、あらぬ誤解を招き… またしても二人のあずかり知らないところで 二人の仲が勝手に進展していくのであった。 |
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